灰庭有志
視界の端で何かが動いたような気がした。そしてその感覚は直後に確信へと変わる。
全身を欠損してもはや人間の形を保っていない殺気堕ちが僅かに動き、その肉体から膨大な殺気が立ち昇った。
「……ッ!」
人間ではもはや生きているはずのない欠損だった。だが……甘かった。
殺気堕ちの纏う殺気が素早く凝縮され、鋭さを増す。
「まずいッ!」
完全に戦闘態勢を解いていた僕はすぐに殺気術を発動できない。辛うじて発動していた〈剛〉の出力を上げ、硬度を可能な限り高める。同時に隣にいた水沼さんを押し倒して覆いかぶさった。
直後、殺気堕ちの全身から全方位へと向けて鋭利な弾丸が無数に放たれる。
「うぐぅッ」
それらは僕の全身を容赦なくえぐっていく。しかし全力で硬化させた〈剛〉はなんとか貫通を防いでいた。
弾幕はほとんど一瞬で過ぎ去った。だがその一瞬で周囲の景色は一変した。あらゆる壁や天井が穿たれ、弾痕を残している。
「クソっ」
僕は急いで起き上がると殺気を使い果たしたのか、再び〈剛〉を解除した殺気堕ちに《爆心》をぶつけた。無防備な肉体を爆発四散させる。
「灰庭君ッ!」
僕は灰庭君の方へ駆け出した。弾丸は全方位へと発射されている。それは灰庭君がいた方向も例外ではない。
果たして〈剛〉も解けていた灰庭君は全身を貫かれて死んでいた。
「嘘……だろ」
僕は少し呆然とした後、周囲の空間へと向けて叫ぶ。
「萬屋さんッ、いるんでしょうッ!」
「ハイハーイ」
どこかからか現れた萬屋さんが僕の傍らに降り立つ。
僕は瞳に涙を浮かべながら振り返った。
「なんでッ! 萬屋さんなら今の攻撃も防げたでしょうッ! A級のあなたならッ!」
萬屋さんは僕にわざとらしく微笑むと
「あれ? 君、その子に散々ぞんざいな扱いを受けてたやん。嫌いじゃないんか?」
「嫌いですよ! でも灰庭君には未来があったじゃないかッ! 僕とは違い、まともな大人になれる未来がッ!」
「ないよ」
僕はその断定的な言い方と冷酷な口調に、思わず息を呑んだ。萬屋さんは薄目を開けて僕を見下ろしている。
「殺気遣いになった以上、戦いの中で死ぬか、殺気堕ちとなって殺されるかのどちらかだよ。そしてそれは君が死ぬまで続く。仲間だって何人も死んでいく」
萬屋さんは再び薄っぺらい笑みをその顔に貼り付けた。
「慣れることやなー! 試験はその第一歩やで! あっ、でも君達二人は合格だから安心しいや!」
似非くさい関西弁で萬屋さんは続け、僕の肩をぽんぽんと叩く。
「それでも見殺しにするなんて……」
C級での訓練時に聞いてはいたが、受け入れがたい現実に僕は項垂れる。