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光ヶ浜透流

 あとの対応は応援に来た〈機関〉の人間達に任せて、合流した萬屋さん達とともに僕らは渋谷駅に戻っていた。現在は未来堂書店の前で渋谷スクランブル交差点の信号が変わるのを待っている。

 萬屋さんは僕の右側で上機嫌に笑っていた。貼り付けたようなものではなく、心底嬉しいという様子だ。

「いやー、やるやん! 〈轟〉を使わず、賭けにも出ず、戦いの中で有効打を見出して詰めきるっていうのは、言うのは簡単やけど、なかなか実行できるものやないで! ウチの目が確かやったな!」

「あ、あはは。ありがとうございます」

 そのことにあそこまで追い詰められないとわからなかったっていうのが、僕には恥ずかしかった。玖凪シラヒとの戦いでは、半ば無意識のうちに自分の命と一緒に、唯我さんと水沼さんの命をも賭けのチップにしていたわけだし。

「まぁー、俺は時と場合によっては賭けに出ざるをえないときもあると思うけどな」

 脇に立てたサーフボードを支えながら、軽そうな感じでサーフィンニキが言う。萬屋さんは振り返って顔をしかめた。

「透流、それは本当に後がない時の最後の手段や。賭けが日常化してるコイツに言うことやない」

「まぁ、そりゃそうか」

 透流さんは白い歯を見せて僕に笑いかける。

「萬屋の言う通りだぜ。俺の言ったことは忘れてくれ。悪かったな」

「あ、い、いえ……」

 信号が変わる。多くの人々とともに僕らもスクランブル交差点に足を踏み出した。後ろで透流さんがなんて事のないように呟く。

「ただまぁ……本当に賭けでしか成立しない勝負っていうのはあると思うぜ。例えば、今とかな」

 どっパァ、と。

 僕の右から聞いたことのないような音が響く。中身の詰まった袋が内側から破裂したような音だ。同時に僕の右半身に生暖かい液体と何か柔らかいものが飛んできた。

「……え?」

 僕は右手を上げてその赤黒い液体と、張り付いていた見慣れない縮れた肉の管をみる。右側に視線をやろうとすると、視界の端で突き出されたサーフボードの先端が引っ込んだような気がした。

「ボサッとするな小僧ッ!」

 僕の左側から厳爺が叫ぶ。身体を強く引かれた。足が地を離れ身体が空を泳ぐ。同時に僕のいた空間を殺気を纏ったサーフボードが貫いた。

「萬屋だけか……。まぁいいか。念のため……」

 くるりと回転したサーフボードが、残っていた萬屋さんの下半身を叩き潰す。残ったのは地に落ちていた萬屋さんの腕だけになった。

「あんたは強い割に他人に甘く油断しがちな部分がある。他の奴に厳しく言うのも自己批判の裏返しだろうな。S級の二人は言うに及ばず、実質的な切り札であるA-1の三人も俺に殺せない。だけどあんたならなんとかなる」

「なにを……つべこべ言ってやがる、透流ッ!」

「俺なりの贖罪だよ。萬屋はいい上司だったからな。有能で情に厚く、面倒見がいい。俺が妹を失った時も親身になって励ましてくれた」

「そうだ。それなのに貴様は……ッ!」

「だけど……悪いな。俺は妹が『その他大勢を救う為の経費』として〈機関〉に斬り捨てられたことが赦せなかった。妹は俺が生きる全てだった」

 呆然としている僕を置いてけぼりにして、二人は舌戦を交わす。

 透流さんの声は哀しみを押し殺しているかのようだった。

「俺は萬屋の死を手土産に〈組織〉とやらに入る。俺ならいつでも歓迎だそうだ」

 〈組織〉。その言葉で僕の意識が現実に引き上げられる。同時に煮えくり返るような怒りと殺意が腹の底から湧いてきた。

 厳爺が吐き捨てるように怒鳴る。

「だから俺は反対したんだッ!」

「反対……? どういうことだ?」

「萬屋は知っていたさ。貴様の年の離れた妹が死んだあと、内側に暗い炎を灯していたのをな。それでも萬屋は貴様を〈機関〉の尋問連中に売るような真似はしなかった。それなのに……ッ!」

「そうか。……マジでいい人だったよ。あんたは」

 透流さんは慈しむような、敬意を表すような視線を萬屋さんのいた場所に落とす。しかしすぐに〈剛〉を全開にして僕らに向き直った。

「……で、どうする? 厳爺じゃ俺には勝てねぇだろ。俺としては見逃してもいいが……」

 透流は引き倒された時の姿勢のまま、地面に横たわっていた僕を見下ろす。

「そっちはやる気満々って感じだな」



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