厳爺
渋谷スクランブル交差点、駅側の島のガードレールにもたれかかっている。背中側の一メートルも離れていない位置を自動車がビュンビュン通るので、だいぶ心臓に悪い。
「〈轟〉は禁止やときいてるけど、そうなん?」
「あ、はい」
僕の最大火力の《劫心包み・轟》や《爆心・轟》は桜君から禁止されている。それに頼った一発勝負しかできない精神性ではまずいということらしい。
「正直、言われるまで気がつきませんでした。僕が、勝負から逃げ腰になってるなんて」
「まあ通用するかわからん丁半勝負をする味方なんかいらんわな」
ぐさ、と萬屋さんは遠慮のない言葉で僕を刺す。
「あの二人がAー2隊の面子や」
萬屋さんが親指で少し離れたところでガードレールに腰掛けている二人の男性を指す。
一人は身の丈以上もあるサーフボードを抱え、海パンにサーフTシャツを着ている。浅黒く焼けた肌が似合う好感の持てる男性だ。歳は三十五くらい? 萬屋さんに指されると笑って手を振った。白くて綺麗な歯が褐色の顔に映えている。
もう一人は髭を生やしたムキムキの中年男性だ。カウボーイのアップリケがついた高価そうなポロシャツがはちきれそうになっている。下はチノパンに革靴と品がいい。腕を組んで僕を品定めするように睨みつけていいて、萬屋さんに指されても態度を変えるようなことはしなかった。
「やけど、今日は基本的にアタシとのツーマンセルで動いてもらう。〈同盟〉に所属してるグループの一つ、ヤクを扱っている奴らが今日来るらしい」
「ヤクって……薬物ですか? そんなものまで?」
「〈同盟〉はガチの犯罪組織と殺気遣いが結びついた巨大ネットワークや。人身売買、武器密輸、薬物販売、何でもやる。そいつらに比べたら正直B級連中がひーこら言ってる殺気堕ちなんて可愛いもんやで……厳爺、来たで」
厳爺と呼ばれた中年男性が空中で指を弾く。ごく小さな殺気の球が真っ直ぐに飛び、普通で目立たないスーツの男性のズボンにくっついた。
殺気の球からは一切気配がしない。注意してみてもほとんどわからないレベルだ。
「〈陰〉……?」
「そうや。あいつは〈同盟〉やないけど、今回の取引相手や。位置は厳爺が追ってくれる。止まったところに突入するで」
「お、……押忍っ」
スクランブル交差点の歩行者信号が青になり、みんな一斉に渡り出す。スーツの男も歩きだした。
「109……文化村の方へ行くな」
厳爺が低くて渋い声でぼそりと呟く。歩行者信号が点滅し始めた時に僕らは交差点を渡る。信号が変わるとすぐにわたったスーツの男とはおそらく五十メートルほど離れており、人ごみで視認は出来ていない。男のズボンについている自分の殺気を追う厳爺に、僕らはついていく。
五分ほど歩くと、厳爺は路地の前で立ち止まった。
「ここから入ったところでエレベーターに乗った。あのビルだ。……止まった。最上階だ」
厳爺が目線で指し示したのは、表通りからは屋上付近しか見えない十三階建てほどの細いビルだった。
「……GJ厳爺。ヤバそうな気配はせんな。ウチがまずは突入する。二人はいつも通り頼むで。沁も飛べるやろ? ついて来な」
萬屋さんは〈陰〉を発動したまま空中に〈創〉〈硬〉の統合殺気術〈天踏〉を発動し、宙を駆けるための足場とする。
「あっ、すいません僕、〈陰〉のまま飛べません……」
情けない僕の申告に萬屋さんが冷めた目で見やる。
「ならウチの《天踏》を使え」
「あ、ありがとうございます」




