カリスマ
僕が放つことのできる最大威力の殺気術が、全方向から玖凪シラヒに迫る。玖凪シラヒも全身を覆う殺気の質と量を爆発的に高めた。
着弾。同時に全方位に巨大な電流が放出される。路面のアスファルトが砕け飛ぶ。その下の土がえぐれ、粉塵が舞い立つ。
「これで駄目なら、もうあとがない……」
残りの殺気は一割を下回っている。まだ立ってくるようならどうしようもない。
粉塵が収まるにつれて玖凪シラヒの姿が露わになる。来ていた服の一部が破け、様々な箇所に傷を負ってはいるものの、しっかりとその両脚で立ち、僕の方を静かな瞳で真っ直ぐ見ている。
「くそ……」
僕の口から怨嗟の声が漏れる。殺気術の練度が僕らよりも遥かに高い。同じ量の殺気を消費しても、玖凪シラヒは僕らの数倍の威力の殺気術になる。
「僕もだいぶ消耗したけど、……これで終わりかな」
玖凪シラヒが親指から中指まで三本の指を立て、僕に向ける。殺気がその手に収束し、電流が漏れだす。
僕の殺気出力はかなり落ちている。辛うじてかわすことができるかどうか……。
その時だった。僕の背後から呑気な声が聞こえた。
「やっほー、やってるね」
玖凪シラヒの殺気が収まる。僕も振り向いた。
ビルの縁に立っているのは先ほど疼白修爾と共に逃げたボーイッシュな少女だった。既に〈剛〉を発動しており、相当な実力者であることがうかがえる。
「いや……相当どころじゃない。萬屋さんよりも、海堂よりも強いんじゃないか……?」
少女はほとんど僕に目をくれることもなく、ビルの縁から跳躍する。僕の頭上を跳び越し、一回転しながら玖凪シラヒの傍に軽々と着地した。
「修爾は王威に預けてきた。盛り上がってるところ悪いけど、逃げるよ~。七瀬は遠くまでぶん投げてきたけど、いつ戻って来るかわからないからね。あいつは誰に対してもワンチャンあるから厄介だ。それでも負けるとは思わないけど」
「七瀬……誰だっけ?」
「……も~、教えたじゃん、僕達が今の段階で相手をする可能性がある中では一番危険な機関員だって」
「あー、ごめん」
「まぁいいよ。それより早く逃げよう。今はまだ〈機関〉を相手にする時期じゃない。〈同盟〉が頑張ってくれてるなか、機関員を殺してヘイトを集めたくないしね。僕も疼白もアレの実用化にはもう少し時間が欲しい」
少女は僕へ視線を向ける。つい引き込まれそうな、魅力的な笑みだ。可愛いとか、美しいとか、勿論それもあるけれど、全てを預けたくなるようなカリスマ性がある。
「じゃっ、元気でね! お兄さん!」
「最後の一撃を防御するのに殺気を二割も消費した。……そこそこ強かった」
「そうなの? じゃあなかなかやるじゃん!」
一度驚いた表情で玖凪シラヒを振り返り、まるで友達のようなやりとりをした後、少女は再び僕を見た。
「君も〈機関〉が赦せなくなったら、この社会に対して〈殺意〉を抱いたら、〈組織〉に来なよ! その時は歓迎するからさ!」
そして以前からの知り合いであるかのような、心から打ち解け合った仲のような、笑顔を見せる。
(そうか……、僕にも〈機関〉に対して赦せないことはある。灰庭君を見殺しにしたこととか……って違う! 取り込まれてるっ!)
僕は頭を振ってその考えを追い払う。
「ど、どうして君はそんなことをするんだ? 賢いんだろう? 頭がいいんだろう? なのになぜ社会に敵対するようなことをする?」
僕のしどろもどろの言葉にも少女は深く頷き、理解を示してくれる。この世で一番僕のことをわかってくれているのは彼女であるかのような気にさせる、そんな態度だった。
「君の言っていることはよくわかるよ。こんなことには何の意味もない。人類の発展には寄与しない。幸せになる少数の人間に対して、不幸になる人間が多すぎる。僕らだって目的を果たしてもおそらく一時の満足を得るだけだ」
「な、ならなぜ……」
「個人的な復讐心だよ。それも強烈な、ね。周りがどう言おうと、これを果たさないと僕達は一歩も前に進めないんだ」
少女は僕に手を差し伸べる。僕の心に手をぬぷりと差し入れるように。その腕を伝って少女の言葉が這入って来る。
「君にもいつか分かる。もしそうなったらこっち側に来なよ。僕達は君を受け入れるからさ」
心を犯されているような感覚を抱きながらも、僕はなんとか言葉を絞り出す。
「ぼ、僕はそんな風にはならない!」
「どうかな。じゃっ、本当にそろそろヤバいから失礼するよ! バイ!」
少女は気障ったらしいながら様になっているウインクを僕に飛ばすと、玖凪シラヒを脇に抱えて一瞬でその姿を消した。
「は、速い……」
萬屋さんの全力ですら辛うじて目で追えていたのに、少女の動きは全く見えなかった。




