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VS七瀬桜6

「ぼぶば……」

 息が苦しくなってきているがそんなことは関係ない。桜君が水沼さんにゆっくりと近づいてくるのを目を見張って凝視する。

 手を伸ばせば触れられるような僅かな距離で桜君と水沼さんが対峙する。桜君は薄ら笑いを浮かべて水沼さんを見下した。水沼さんは顔を歪ませながらも、その視線を受け止めてーー挑発するように微笑む。

 次の瞬間、桜君の左拳が水沼さんのみぞおちに叩き込まれた。水沼さんは反応すらできていない。水沼さんは近距離タイプではないのだ。

 殺気の出力も大きく劣っていた水沼さんの腹を拳が貫く。

「ばぶぶばばっ!!」

「大丈夫です」

 その声は、腹を貫かれた水沼さんの更に遠く、桜君の背後から聞こえて来た。

 一部の色度の濃い泥がまるで雲が晴れるように動き、その分かたれた合間から片腕を失っている水沼さんが姿を現す。

「〈湖沼の月〉の効果は湖沼の生成と、一度限りの幻影の投影。湖沼に映る月を求めて近づく者は泥濘の中へ沈む。一度触れれば幻影だと知れど、もう泥濘からは抜け出せない。私は月にして、かつて月を求めし者。〈湖沼の月〉の水沼観月」

 桜君に腹部を貫かれた水沼さんが、泥に溶けるようにして消える。

「中心に〈縮〉、外縁部には〈拡〉。それを下降する泥の流れで堕とす。《黒泥棺の埋葬》」

 水沼さんのよく使う統合殺気術《泥の棺》。それに〈拡〉が加わり、何倍もの圧力が桜君にかかる。密度が高くなったことにより泥は黒く変色していく。

「泥濘の湖底、安寧の古泥。沈み、還り、廻れ」

 そして桜君を閉じ込めている泥ごと、下降を開始した。ゆっくりと、しかし確かなスピードで、桜君は沈んでいく。

 泥の中は流石に外よりは見通しが悪い。数十メートルも降下すると桜君の姿は見えなくなった。

 水沼さんはさらにそれから二分ほど待つ。七瀬桜が上がってくるような気配はない。

「や、やりましたか……?」

「ばっ、ばぶべっ!」

 嘘だろ。

 僕はずっと水沼さんの方を見ていた。だから視界には入っているはずなんだ。

 なのになぜ気がつかなかった? 背後に忍び寄って水沼さんに襲い掛かる、まさに今この瞬間まで。

 桜君は水沼さんの後ろから素早い動きで首に腕を回し、頸動脈を締め上げる。

「うっ、うぐっ……なんで? 泥は反応してなかった……」

 水沼さんは腕を剥がそうと抵抗するも、十分な〈剛〉を纏い、深く極まったチョークスリーパーから抜け出すのは容易ではない。

 ほんの十秒も首を締められれば人は意識を失う。水沼さんも例外ではなかった。瞳の色が朱色から元に戻り、〈湖沼の月〉が解除されて僕らは地上に引き戻される。

「水沼さんっ!」

 僕は急いで水沼さんに駆け寄る。桜君は地面に水沼さんを横たえた後、大声で縁下さんを呼んだ。

「おい、優視! 治療してやってくれ!」

 崖の上から縁下さんが跳躍し、僕の横に降り立つ。すぐに〈癒〉の粒子が縁下さんの腕から放たれ、水沼さんを包み込んだ。

「これでもう大丈夫だ。優視は腕がいいからな」

 僕は仲間をズタボロにされた悔しさに唇を噛みながら振り返った。

「……よくもやったな、とは言わない。訓練だからね。でも最後のあれはなに? 見えていたはずなのに、直前まで気がつけなかった」

 桜君は腕を組みフっ、と笑う。また答えてくれないかと思ったが、意外にも桜君は教えてくれた。

「俺の適性は〈陰〉だけだ。殺気出力を落とさずとも気配を消すことができ、視界に入っても気づかれにくい。触れた感触も察知されにくい。他が使えるのは、まぁ、才能だな。とはいえ殺気の消費が激しかったり適性のある奴に比べれば威力や射程諸々は格段に劣る」

 桜君は片目だけを薄く開ける。

「お前も見ただろう? 俺の《貫國》は《神貫手》をモデルにしている殺気術だが、本家の半分ほどの威力しか出ていない。硬さ、圧縮度、ともに足りていない。殺気の消費も激しく、俺の殺気の二割以上を持っていく」

 桜君は両目を開けてニヤリと笑った。

「今の俺の殺気量は一割ちょいだぜ。惜しかったな」

 あの女の殺気術を抜け出すのにも結構消費させられたぜ、と嘯く。

「さて……能力と課題はよくわかった。これからビシバシしごくぜ。お前らには俺らBー1隊との合同隊、Bー13隊として〈組織〉の捜索と壊滅に精を出してもらうことになるからな」

「え?」


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