VS七瀬桜4
珍しく感情を露わにして、キッと桜君を睨みつける端正な顔立ちの水沼さん。桜君は下卑た笑みを浮かべる。
「YOー、いいのかYO? その綺麗な顔に傷がついちまうかもしれないYO?」
「気色の悪い話し方をしないでください。天羽さんと唯我さんを馬鹿にされて私は、怒ってます」
この間に縁下さんが凹型訓練場の底まで降り、項垂れる唯我さんの肩を叩いて一緒に上がってきた。唯我さんは体育座りになり、膝に目を押し当てている。
こんなに落ち込む唯我さんは意外で、新鮮だった。
「気にしなくていいよ。相手はB級最強らしいし……」
「だからどうした。昨日も私一人じゃ死んでた。今日は手も足も出なかった」
唯我さんの声に嗚咽が混じる。ショートパンツの剥き出しの太腿を、一筋の透明の液体が滑り落ちた。
「私は弱い……」
肩を震わせる唯我さんに僕はかける言葉を探したが、その思考は空をきった。泣きながら悔しさに打ち震える女の子にどんな言葉をかけられるだろうか? この情けない元ニートで元フリーターの僕が。何を言ったところで説得力なんかない。
そこまで悔しがれるなら、まだ強くなれるさ。
そう思いながら凹型訓練場に向き直るのが、今の僕の精一杯だった。
訓練場の底でちらと僕らの方を見て唯我さんがいることを確認した水沼さんは、戦闘開始の掛け声の代わりに桜君へと腕を伸ばした。
「〈湖沼の月〉」
沼のように軟化し、勢いよく盛り上がった地面が桜君を覆い尽くそうとする。
桜君は地面が閉じきる前に、その一部をぶち抜いて脱出した。が、踏み出したその脚が地面に沈む。
「……七瀬さん、実は殺気の残量、半分ほどですよね」
「あぁ?」
僕らの戦いが始まってから初めて、桜君の顔が僅かに強張った。
「天羽さんの爆発を防ぐために、あなたは自身の殺気の三割ほどを消費していますね。その他の戦いで二割弱。残りは五割強といったところでしょうか」
「……目がいいんだな」
「削りきります」
ドプン、と桜君が地面へと沈んだ。同時に水沼さんも自分が作り出した沼へ沈み込んでいく。
沼の外から、中の様子はわからない。心配になった僕はなんとなくわかるようになった沼の縁を見つけ、そこに飛び込んだ。
沼の中では水沼さんが僕をちらりと見て、すぐに対峙している桜君に向き直った。




