《血穿》
海堂は仰け反りながら崩れ落ち、膝を突いた。萬屋さんはそんな海堂を見下ろしながら《神貫手》を構え直す。
「デべ……」
「舌を噛み切ることによる死因はショックでも痛みでもなく、舌が引っ込んで喉を塞ぐことによる窒息死や。致死率は百パーセントやない。トドメを刺させてもらうで……? なんやッ?!」
萬屋さんは叫びながら、自分の右脚を見る。そこには自身の足に突き刺さる《血穿》があった。ボコボコボコと身体の内から爆ぜるように変形していく。
萬屋さんはおそらくこの能力を知らない。しかしとっさの判断で自分の右脚を斬り飛ばした。
「く……」
《血穿》は海堂にも突き刺さっていた。苦しんでいた海堂がその呻き声を止め、ゆっくりと立ち上がる。
「よくやったな。疼白」
そう、はっきりと発音した。新たに生えた舌で。
僕は二人から数百メートル離れた山の中で、吐き捨てた。
「疼白ッ?! 離れたんじゃなかったのかよッ?!」
「海堂が劣勢と見るや、リスクを承知で〈陰〉で近づいたんだろうな」
「私達も行きましょう」
「そうしろ。私はここに置いていけ……足手纏いだ」
「気をしっかり保っててね……唯我さん」
僕と水沼さんが〈剛〉の出力を戦闘用に戻そうとしたその時だった。
「来るなッッッ!!!」
轟いた声の主は萬屋さんだった。僕達はまだ〈陰〉すら解いていない。僕達の行動を見越した一喝により、僕らは〈陰〉を維持したまま、その場で立ち竦んだ。
「機動力に問題はないッ! 逆にお前らを避けながら動く方が負担や! だから来るんやないッ!」
そう言われても……と僕は水沼さんと視線を交わす。
水沼さんは少し考えた後、再びスッとしゃがみ込んだ。
「もう少しだけ様子を見ましょう」
僕も顔を歪ませながら、しゃがみ込んだ。自分の力不足を恨む。
「なんや。こんな近くまで来たんか。リーゼントに気を取られて気がつかなかったわー。死にたいんか?」
萬屋さんは気丈に振る舞ってはいたが、冷や汗や歪んだ口元を隠しきれていなかった。
切断された太ももは強固な〈剛〉に覆われており、血が一滴たりとも流れ出ていない。しかし〈剛〉の出力は明らかに落ちていた。
それでも、おそらく僕ら三人を瞬殺できるほどの力は残っている。それはつまり疼白をも瞬殺できるということだ。
しかし萬屋さんは動かない。目の前のリーゼント男……海堂に隙を晒せばどうなるかわからないからだ。
「……これでようやく俺らが微有利ってところか。大した女だぜ」
海堂はポケットから煙草と高価そうなライターを取り出し、火をつけた。萬屋さんはピクと反応しかけたものの、隙と言えるほど隙はなかった。
「さて……わかってると思うが、疼白を殺そうとすればその隙にお前を殺す。俺を殺そうとすれば俺と疼白でお前を殺す」
「はッ……二人とも無事に帰れると思ってるんか?」
「無理だろうな。俺はともあれ、疼白は死ぬだろう。だがお前も死ぬ。だから交渉の続きだ。ここで手打ちにしないか?」
「……ハァ? アタシの友達を殺しておいて随分と都合のいい頭をしてるんやな。お前を殺して疼白とやらも殺す。アタシが死んでもや」
「仇討ちか……。そういうことなら仕方ないな。そういう感情はむしろ〈組織〉の俺達の方が持っているような感情だと思っていたんだがな」
海堂が目を細める。煙草を落とし、火を踏み消した。
「やるかーー」
「ま、待って! ください!」




