地涙村
「……で、この地涙村とやらにその殺気遣いがいる、と。殺気堕ちじゃねーんだな?」
およそ二週間後、僕ら新生B-3隊は依頼の場所に来ていた。西東京の山がちな地形の中にある小さな村、地涙村だった。
自動車の助手席から降りた唯我さんが、運転席に座っている補助官の沢村翔子さんにダルそうに聞く。僕と水沼さんも後部座席から出て、ガードレール越しにその村を見下ろした。
目の届く範囲内にほとんどの建物が収まっている。多くが古い木造建築だ。山間の小さな村で過疎化は進んでいたものの、まだまだ多くの住民がいた。昨日までは。
今はもういない。通報した人間を含む全ての住民が殺気遣いに一夜のうちに殺されたからだ。
「その通りです。通報された方が言うには瞳の色は朱。殺気に呑まれてはいないということでした」
「殺気堕ちにはならなくても力に溺れる馬鹿っていうのはいるからなぁ……。まぁさっさとブッ殺して帰ろうぜ。今日は八時からブイスターズ3期生のデビュー配信があんだよ」
「ブイスターズっていうのは確かブイチューバーの男性グループだったけ……? アーカイブ残るでしょ? 切り抜きもあるし」
「ああ?」
唯我さんは青筋を立てて、軽率な発言をした僕を振り返った。
「リアタイしねーと他のファンに後れを取るだろーが。初配信の感想ポストの頭に『バイトでようやく見れたけど~』って書かなきゃいけない申し訳なさがわかんねーのか? ブッ殺すぞ?」
「あっ、ご、ごめんなさい……」
「……それでは私は安全な場所まで引き返しますので、終わったら連絡してください」
沢村さんはキビキビとそう言うと狭い車道で上手く車をUターンさせ、元来た道を戻って行った。確か沢村さんは三十二歳と言っていたが、いかにも仕事が出来そうな女性だ。待っている間も仕事をするのかもしれない。電波は入るみたいだし。
「それでは始めます」
水沼さんはいつも通りの静かな声でそう言うと〈拡〉で殺気を薄く広げた。
「これって村のどれくらいまでカバーできるの?」
「半径五十メートルほどです。なので歩き回る必要があります。……反応はありません。行きましょう」
「近道しようぜ」
そう言うが早いか唯我さんはガードレールを乗り越え、草や背の低い木が疎らに生えた崖を滑り降りていった。車道に沿って村に降りるつもりだった僕達は顔を見合わせる。僕はため息をついてガードレールを乗り越えた。水沼さんも無表情なままで、僕に続く。




