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短編(シュール)

読書感想文の文字数の稼ぎ方

作者: 鞠目

「どうしてこんなに短いの! 全然文字数が足りないじゃない!」

 家の中に金切り声を響かせるヒステリックなマイマザー。まあ、そう言わないでくれよ。これでも全細胞をフル稼働させて書いた渾身の作文なんだ。

 そもそも、中学生にもなって読書感想文のできを親が心配する必要なんてないんだ。まあ、見せるつもりなんてなかったのに、机の上に置きっぱなしにしていたのはおれの落ち度だ。


「あのねえ、要約したら『おじいさんが可哀想でした』しか言ってないし、原稿用紙二枚しか埋まってないし、こんなの小学生の作文じゃない」

 待て待て、マイマザー。中学生に向かってその台詞はNGだ。おれだから良かったものの、普通の中学生ならかなりのダメージだ。親のちょっとした言葉が、子どもの呪縛になることもある。勢い任せに怒鳴るのも悪手だぜ。


「『だぜ』じゃないのよ! さっきからなんでナレーション風に喋ってんのよ。あとその残念ナルシストみたいな口調をやめなさい。痛々しい」

「え? あ、やべ。声に出てた」

 母に「マイマザー」とか言ったのを聞かれたなんてヤバすぎる。おれは急に恥ずかしくなった。


「『中学一年の夏休みの宿題に読書感想文が出ました。小学校を卒業した時に読書感想文からも卒業できたと思っていたのに、世の中はそんなに甘くないんだなと思いました。

 家の近所のショッピングモールにある、この辺りでは一番大きな本屋に向かった私は、漫画コーナーの誘惑になんとか耐えて、夏休みの課題図書コーナーを見に行きました。なるべく楽して書きたいなと思った私は、課題図書の中で一番ページ数が少ない本を選びました。本に巻いてあった帯を読むと、それは外国人作家が書いた老人の物語でした。

 あまり興味のない内容だなあと思いつつも、私はその本を手に取りレジに向かいます。レジは空いていて私はスムーズに本を買うことができました。レジ袋を断りながら、鞄からお財布を出しました。本の値段は……』ってなんで感想文に本を購入するまでのことが書かれてるのよ!」

 ああ、マイマザー。やめてくれよ。書いた作文を目の前で音読されるのは、なかなか恥ずかしいんだ。おれは心の中で嘆いた。


「なんでって感想文なんだから、どうしてこの本を買ったか。買ってどうだったかを書かなきゃいけないと思って」

 おれは母に向かって堂々と答えた。

「いらないのよ! 本を読んだ感想だけでいいの! 本の値段も出版社もいらないし、レジ袋を断ったかどうかなんて誰も興味ないでしょうが!」

 母の言葉が再び家中に響き渡る。エアコンをつけるために窓を閉め切っていて良かった。もし窓を開けていたら、近所迷惑になっていたところだ。

「でも、おれの感想文を読んで『私もこの本買いたい!』って思う人が出た時に役立つだろ?」

「役立つ訳がないでしょ! この本が課題図書ならすぐわかるし、そもそも検索したら秒で結果が出でくるわ!」

 母の言葉におれは何も言い返せない。確かに本の情報は検索すればすぐに出てくることしか書いていない。でも、その内容を抜けば文字数が稼げないじゃないか。宿題は原稿用紙五枚なんだ。おれはそのことをマイマザーに伝えようとしたが、「こんな内容で文字数を稼ぐんじゃないわよ!」と言われてしまい、もう黙るしかなかった。


「『この物語はとってもシンプルだった。主人公は小さな舟で漁をする高齢の漁師だ。老人は、昔は大物をたくさん釣り上げることで有名だったが、最近スランプで全く釣れず、廃業を考えていた。

 真夏のある日、老人が最後の漁にしようと海に出ると、大物に遭遇。数日に及ぶ激戦の末、なんとか大きなマグロを釣り上げる。老人は久しぶりの収穫に大喜びするが、物語はそこで終わらない。

 港に帰る途中、老人の舟は海賊に襲われる。必死に抵抗するが多勢に無勢、老人は武器を取り上げられて、最終的にはマグロを横取りされる。

 老人は悔し涙を流しながらもう一度大物を狙うが、天候が悪くなり諦めて港に戻り、そこで引退を表明する。

 なんて辛い話だろうか。せっかくの大物を釣り上げたのに、海賊に横取りされそのまま引退するなんて。私はこの老人が不憫でならなかった。』って、これあんたの文章じゃないでしょ?」

 何言っているんだマイマザー。これはおれの感想文なんだから、おれが書いたに決まっているじゃないか。ただ、母の顔を見てそんな説明じゃ信じてもらえないとすぐに察した。脳が焼き切れるんじゃないかってぐらい考えを巡らすが、何もいい案が浮かばない。

 どうしたものかと考えていると、母がまた口を開く。

「これ、誰かの文章そのまま写したでしょ?」

 おいおいおい、まだ何も言ってないのに、どうしてぐいぐい攻めてくるんだよ母さん。おれは困惑せずにはいられなかった。

「何不思議そうな顔をしてるのよ。いきなり文体が変わってるんだからバレるに決まってるでしょうが!」

「あ……」

「あ、じゃないのよ、何バレバレの手を使ってるの!」

 この日、三度目の怒鳴り声が家に響き、おれは素直に母に謝った。その後、何度書き直してもうまく書けなかったおれは、最終的に母にも本を読んでもらい、一週間かけて感想文を書き上げた。


 中学二年、三年の読書感想文の宿題を、おれが母に怒られながら書くことになったのは言うまでもない。




「あんたたち、この文章はなに? こんな内容絶対、AIに感想文書かせたでしょう!」

 おれが読書感想文に頭を抱えた夏からもう何十年も経った。今では結婚し、二人の子どもにも恵まれ、幸せな生活を送っている。

 世の中何が起こるかわからないもので、国語が苦手だったおれだが印刷会社に入社。その後色んなトラブルや社内の派閥抗争に巻き込まれ、気がつけばシナリオライターの仕事をしている。文章を書くことが苦でなくなり、今ではあんなに感想文を書くのに悩んだなんて嘘みたいだ。

 しかし、おれの子どもの頃の国語嫌いはしっかりと子どもたちに遺伝していた。中一と小五の息子たちは、今年も読書感想文に苦戦している。

「だから、AIに書かせてるのがバレバレなんだって! 少しは自分で考えなさい!」

 妻の声が家中に響く。全くあいつら、また今年も同じことで怒られてやがる。仕方がない、ここはおれが手伝ってやるか。おれは書きかけのシナリオを残してパソコンを閉じると、書斎を出て子ども部屋に向かった。


「おいおい、毎年言ってるだろう? 読書感想文に悩んだら、まずは何を書けばいいって言った?」

 妻と感想文の監督を代わり、おれが子どもたちに質問をすると、二人は顔を見合わせて「なんだっけ?」、とぼそぼそ小声で話し合っている。まったく、こいつらは……


「前も言ったろう? この本を、いつどこでいくらで買ったか、出版社と作者の名前で文字数を稼げって。頭を抱えるのはそれからだ」


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― 新着の感想 ―
そっかシナリオライターならギリ買うまでの経緯書いても許されのか(?)
[一言] まさか本を買うまでの経緯で文字数を稼ぐとは……! 老人と海、短いから気軽に手を出して「あれ……?」ってなるの、すごくわかります笑。 あとはカフカの変身とかも短くていいですよね笑。 読書感想文…
[一言] 面白かったです!
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