【短編】王太子と婚約した私はため息を一つ吐く
新作です!
楽しんでいただけたら嬉しいです。
【2022.10.28追記】
お声があり検討した結果、連載版をはじめることにしました。
【2022.10.28 13:30追記】
短編と少し違う部分や甘々要素などを追加して連載版を開始しました。
よかったらブクマをして読んでいただけると嬉しいです!
もちろん短編で味見してから・・・でも大丈夫です!
「リーディア、僕たちももう14歳だからよかったら婚約しないか?」
「ええ、エリクさまの婚約者になれるなんて夢のようですわ」
私──リーディア・クルドナは王太子エリク・ル・スタリーさまにこの日婚約のお申し出をいただき、この後日正式にエリクさまの婚約者となりました。
エリクさまのお母様である王妃様と私のお母様がそれはそれは仲が良く、頻繁にお茶会やディナーを開いたため、王族と侯爵家という身分差はありましたが、私とエリクさまは二人でいつも遊んで仲が良かったのです。
それゆえ、幼い頃から私はエリクさまのことをお慕いしており、今こうして婚約者となり傍にいられることがなによりわたくしは嬉しく思いました。
そんな婚約をした数日後、エリクさまからあるご提案をいただきました。
「クルドナ侯爵と侯爵夫人にも婚約のことを伝えに行くのだが、共に行くか?」
「わたくしもそのつもりでした。お父様もお母様にもしばらくご挨拶できておりませんでしたから」
そう言ってエリクさまの後をついて王宮の裏庭のほうへと向かいました。
裏庭に着くと、ある一角にエリクさまはそっと座り込んで持っていたユリの花を置きました。
「お父様、お母様、わたくしエリク様と婚約することになりました。もしお二人が病に倒れることなく、この場にいたらどれほど喜んでくださったでしょうか」
伏し目がちに俯くわたくしにエリクさまはそっと支えるように肩を抱いてくれました。
「クルドナ侯爵、侯爵夫人。お久しぶりです。リーディアと婚約させていただくことになりました。必ず幸せにしますので、どうかご安心を」
「エリクさま……」
お父様とお母様の眠る場所をそっと撫でたわたくしは目を閉じて祈りを捧げます。
エリクさまも何かを誓うように真剣な面持ちで長く思いを伝えていらっしゃいました。
◇◆◇
そうしてわたくしの両親に誓いを立てた婚約から5年の月日が経ち、私も王太子妃教育を受けて少しずつですがエリクさまのお隣に立つ準備をしておりました。
エリクさまは漆黒の髪にグレーの瞳というそれは見目麗しい容姿をなさっているので、女性からの人気が高いのです。
さらにご公務も非常に優れた才覚を発揮されて全うされておりますゆえ、側近や宰相閣下からのご信頼も厚くひっきりなしに「殿下」「殿下」と呼ぶ声が王宮に響き渡ります。
そんなエリクさまですから、二人でのデートもままならず、わたくしは少し寂しい思いをしておりました。
(ご公務が忙しいのは仕方ないけれど、5日も会えないと寂しいものですね)
私はいつも通り王宮にて王太子妃教育を終えた後、部屋に帰るために立派な絵が飾られた廊下をひたすら歩いていたのですが、ふとわたくしを呼び止める声が聞こえて立ち止まり振り返りました。
「エリクさまっ!」
「リーディアっ! よかった、少し部屋で話をしないか?」
「そんな、お忙しいのによろしいのですか?」
「いいんだ、リーディアと久々に話がしたくてね。いいかい?」
懇願する幼子のような表情を浮かべられれば、わたくしが断ることなんてできましょうか。
お言葉に甘えてわたくしはエリクさまと共に部屋へと向かいました。
わたくしは両親を失くしたこともあり、王妃さまのご厚意で王宮に住まわせていただいております。
そのわたくしの部屋に到着すると、二人でソファに腰かけてお話を始めました。
すると、隣に座ったエリクさまが両の手のひらに乗るほどの木箱をわたくしにお渡しになったのです。
「エリクさま、これは?」
「異国の渡来品でね、オルゴールというらしいんだ。このねじを巻くと音が鳴る」
そう言ってねじを巻くと、箱から何とも言えない高い音が鳴り響きます。
もっと聴きたくなり、わたくしは木箱に耳を近づけると心地よいリズムを奏でてくれます。
「すてき……」
「これ、リーディアに渡したくて」
「え? これをわたくしにですか?」
「ああ、受け取ってもらえるかい?」
エリクさまは、まばゆいほどの微笑みと共に音が鳴り終わった木箱をわたくしに差し出しました。
そっとありがたく受け取ると、わたくしは大事に胸元に近づけてエリクさまにお礼を申し上げたのです。
時間もあっという間でエリクさまはご公務に戻られるということで、名残惜しいですがお見送りをいたしました。
「また、来るよ」
「お待ちしております」
そう言って扉を閉めたあと、今しがたいただいたオルゴールの音色をもう一度聴きたくて、わたくしはねじを回したのですが思いのほか力がいってうまく回せません。
「もう少し力がいるんでしょうか?」
そう呟きながらわたくしはねじを力いっぱい回してみたその時!
なんと手を滑らせてオルゴールがわたくしの手から落ちてしまいそうになったのです。
「あっ!!!」
わたくしは手を伸ばしたのですが、運悪くドレスの裾を踏んでしまいわたくしの視界はぐらりと揺れた後、そのまま目の前が真っ暗になりました。
一瞬の出来事でした。
自分が床の感触を直に感じたことで転んだのだと認識したと同時に、わたくしの中に何か電流が走ったような衝撃を受けました。
そして、わたくしは“私”を思い出したのです──
◇◆◇
私は自分の中に一気に何かが流れ込んでくるようなそんな感覚に陥り、頭が混乱した。
「え?! え?! なに?!! なにこれ?!!」
震えすら起こりながら自分自身が何者であるかわからなくなり、挙動不審になってしまう。
そんな自分自身を落ち着かせるように、ひとまず起き上がって近くにある椅子に腰かけると、手で口元を隠すように当てて私は考え始めた。
「落ち着きなさい、わたくし」
そう言いながらふっと一息吐いて呼吸を整える。
わたくしはリーディア。クルドナ侯爵家の令嬢として生まれて、それからリリアナお母様とよく庭でお花を楽しんで……いや? お母様? 何言ってるのよ。私、お母様なんて呼んだことないし、第一リリアナお母様? 私のお母さんの名前って政子じゃない。え?
「なんで母親が二人なの?」
わたくしのお母様は王妃様と仲が良くて、それでお茶会をよくしていてそれでエリクさまにも出会った。
いや、私は団地に住む子供で紅茶なんておしゃれなもの嗜んでなかったし、それにまきちゃんといつも放課後まで学校で遊んでた。
いやいや、わたくしはエリクさまと婚約して王太子妃教育を受けていて、王妃のアンジェラさまとお茶をいつもご一緒していて……。
そんなわけないっ! だって、一生懸命勉強頑張って入った高校の卒業式に幼馴染のまきちゃんと写真撮って、それからそのまま家に帰る途中に……あ……れ?
家に帰る途中に猫を見かけて、それで神社に入ってから……それから……。
「黒髪に茶色の目……私に間違いない」
私は間違いなく『神崎友里恵』だ。
でも、確かに『リーディア・クルドナ』でもある。
思い出した……
私は18歳の時に神社で白い光に包まれて、気づいたら暗いじめじめとした部屋にいた。
魔術師みたいな人が何か呟いたら、ぱたりと現代の記憶がなくなった。
代わりにあったのはここで18年間リーディアとして過ごしたという『偽りの記憶』。
侯爵家の生まれも、王妃とのお茶会も、エリク様との出会いも、そしてあの墓石に誓った婚約も嘘……。
そうか、私は何者かに転移させられ、偽りの記憶を埋め込まれて「わたくし」になって一年を過ごしたんだ──
「リーディア様っ! ディナーのお時間です」
「え、ええ今からいきますわ」
私が考え込んでいるとメイドが私にいつものようにディナーの時間を知らせる。
(ディナーってことは王妃様とエリク様がいる。この二人が偽りの記憶を植え付けた犯人?)
警戒しながら、私は何事もなかったかのようにメイドに笑顔を振りまくと、そのままダイニングへと向かった。
(ここからは誰が敵か、誰が味方かわからない。ひとまず記憶が戻ったことは隠しながら見極めるしかない)
ディナーの席に座ると、テーブルの奥には王妃様がいて私の隣にエリク様がいる。
私はいつものように前菜のテリーヌにナイフを入れると、上品に食べ始めた。
「今日は皆揃ってよかったわ」
「ああ、母上。こうして三人揃うのも久々だからね」
「それはあなたが公務公務と忙しいからでしょう?」
「実際に忙しいのだから仕方ありませんよ。王は床に伏せられていますし」
(そう、王は床に伏せっているということはずっと言われ続けていた。しかし、私は一度もその姿を拝見したことがない。床に伏せっている理由も知らない。それに私はこの“二人”のことを最も怪しんでいる)
私はスープをそっと手前からすくうと、そのまま口元へと運んで飲み込んだ。
(この二人を怪しむ理由は単純で、エリク様は正式には『王太子ではない』はずだからだ。第一王子が王宮のどこかにいてそのことをメイドが話しているのを昔聞いた。但し、私は一度も会ったことがない)
「そういえば、リーディアちゃん。エリクは優しくしてるかしら?」
「ええ、とても優しくしていただいております。先ほどもオルゴールという素敵なものをいただきまして」
「まあっ! あれいいわよね! わたくしもエリクに見せていただいたときになんて美しい音色かしらと感心したわ」
「とても上品で王妃様の好みに合いそうでしたわ」
「エリク、今度わたくしにもいただけるかしら?」
「今度手に入ったらお渡ししますよ」
「待っているわ」
私はそっとメインのお肉にナイフを入れると、口に運ぶ。
なんて美味しいんだろうかと現代の生活を思い出したからこそ違いがわかってしまうこの悲しさ……。
そんなことを考えていると、ディナーの時間は終わってまた自室へと戻ってくる。
「あ~疲れたあ~」
ようやく解放されたという安心感からリーディア人格ではありえないほどのだらしない言葉が部屋に響き渡る。
ベッドに身体を預けると、そっと目を閉じながら考え始める。
(今の段階では王妃様とエリク様が怪しいのは確かだけれど、彼らだけで記憶を操作したのなら他の使用人や王宮で会う人々もわかるはず。まさか、全員グル? そんなことは……いやありえるか。私に会う人はいつも同じメイド、宰相、騎士団長。あまりにも少なすぎる)
ベッドの脇にあったコップに水を注いでごくりと飲んで、顎に手を当てて考えてみる。
(まずはメイドから確認するか)
そう思い今日は頭を休めようと、そっと眠りについた。
翌朝、朝の支度のために世話役のいつものメイドが部屋に入って来る。
メイドは椅子に座る私の髪を梳きながらいつものように「リーディア様の御髪はきれいですね~」と呟く。
私は何気なく探りを入れるために、メイドに声をかける。
「王妃様ってどんな方なのかしら?」
「え?」
「いえ、いつも何をされていらっしゃるのかなと」
「え、えっと。その……」
(口ごもった)
私はその瞬間を見逃さず、そのまま話を続けた。
「王妃様もおしとやかな方だから、きっとお花を愛でたり昔みたいにお茶を楽しんでいらっしゃるのよね」
「え、ええ! そうですわね、そうとお聞きしております」
このメイドは王妃様のもとへも通っていたはずなのに、この落ち着きのなさ、慌て具合、そして「そうとお聞きしています」という他人事のような言葉を言った。
(このメイドもグルだ)
周りに気を巡らせて観察していると、私は「なぜか」行ったことがない場所がいくつか存在していることに気づき、その一つである王宮書庫室へと向かった。
「おや、あなた様がいらっしゃるのは珍しい」
「少し調べたいものがありまして」
「元王妃様の代から仕えているこのような私のところにいらっしゃるなど王妃様に叱られますよ」
(元王妃様……? ──っ! なるほど、今の王妃様はいわゆる後妻か。つまり、このような口ぶりをすると、王妃様にあまりいい感情を持っていない。それにもう一つわかった。この王宮には派閥がある。王妃様側と元王妃様側の人間)
私はしばらく考え込んでしまったようで、目の前にいる書庫室の管理人のような人物に心配された。
「大丈夫ですか? 具合でもよろしくないのでしょうか?」
「いえ、少しめまいがしただけです」
「それは大変だ、こちらにお座りくださいっ!」
そう言って管理人は私に椅子に座るよう促す。
少し落ち着いたふりをして目の前にいる管理人にいくつか質問をしてみることにした。
「あなた様はこちらの書庫室に来て長いのですか?」
「元王妃様の代からですから二十年ほどになりますでしょうか。書庫室長を任されたのは元王妃様が亡くなる一年ほど前です」
(元王妃様はすでに亡くなっている……。すると、やはり第一王子はもしや元王妃様の息子で、第二王子が現王妃様の息子の可能性が高い)
「いろいろ教えてくださりありがとうございます。いくつか本を見させていただいてもよろしいでしょうか」
「もちろんです。ごゆっくりご覧ください」
(王妃様と第二王子は今日外出のはず。風邪でしばらく部屋には入らないでほしいとメイドには言ってあるから少し時間は稼げるはず)
私は急ぎ足で王宮の歴史をまとめた本やこの国についての書物を片っ端から探し、ざっと目を通すことにした。
何度か忍んで書庫室に通うようになった数日後、王妃様が廊下の向こうから来るのが見えたため、私はいつものようにカーテシーで挨拶をして王妃様が通り過ぎるのを待った。
王妃様がすれ違う瞬間にそっと扇で口元を隠しながら私に対してそっと呟いた。
「あなた、わたくしが“行ってはいけない”と言ったところに行ったそうじゃない?」
(──っ!)
すぐに書庫室のことだと思い否定しようとしたが、違和感に気づき私は落ち着きを持ったいつものおしとやかな令嬢口調で返答した。
「申し訳ございません。王妃様がわたくしに行ってはならないと仰った場所などないと思うのですが、ご気分を害されることをわたくしはしてしまったのでしょうか」
「…………ええ、そうね。行ったらいけないなんて言ったことないわよね。ごめんなさい、勘違いだったわ」
「いえ、寒くなってきたので王妃様もお体にはお気をつけくださいませ」
「ええ、ありがとう」
そう言いながら王妃様は私のもとを去っていった。
去ったあとで唾を一つごくりと飲んで心の中で一つため息をつく。
(そうだ。『行ってはならない』とは言われていない。おそらく私に行くなと暗示をかけさせた。記憶を取り戻したかを探って来たということはやはり王妃様は黒)
私の額に一筋の汗が流れたのを拭うと、その足で自室へと向かった。
この時間はいつも自室でアフタヌーンティーをしており、一息つく時間だった。
いつものようにメイドが給仕をしていると、見慣れない執事の身なりをした老人がそっと部屋に入ってきた。
「執事長っ!」
「本日はわたくしが王妃様の命で紅茶の準備をしにまりました」
「王妃様のご命令ですか」
「はい、聖女様に極上の一杯を召し上がってほしいと」
「わかりました、お願いします」
(執事長? 初めて見る顔。それに聖女様? なんのことだ?)
そう考えているうちに執事長はメイドに背を向けながらソーサーの下に何か手紙を挟んできた。
(──? 手紙? 『あなたは第二王子を愛していますか? YESならため息をひとつ。NOならあくびをひとつ』? 第二王子……? まさか……)
この違和感には覚えがあった。
現王妃様側の人間は皆おそらく第二王子を「王太子」と呼んでいた。
つまり、エリク様を第二王子と呼んだということは元王妃様側の人間……。
私はそっと手を当てて一つあくびをした。
すると、さらに今度は手紙を自分の身体の前で私に見せた。
(『王宮書庫室で明日お待ちしております』)
私はため息を一つ吐いてYESの合図をすると、満足そうに笑みを浮かべて執事長は去っていった。
明日は王妃様と第二王子が外出する日だった──
◇◆◇
翌日、私は再びメイドの目を搔い潜って王宮書庫室に行くと、そこには書庫室長と昨日部屋に来た執事長、そして見知らぬ若い男性が立っていた。
「お待ちしておりました」
私はそこにいる者たちの瞳の奥に何か自分のまわりにいた者たちと違う雰囲気を感じる。
「あなたはもしや何かの術にかけられていましたか?」
「──っ!」
「ここにいる者たちは皆私の近しい者。王妃に告げ口するような人間ではありません」
若い身なりの良い男性はそう言い、私に安心をするように言った。
(信じていいのか? 私の仮説ではもしや目の前にいるのは……)
「私はこの国の第一王子ユリウス・リ・スタリー。元王妃の息子だ」
(第一王子……やはりあなたは……)
シルバーの髪に碧眼というなんとも女性の目を惹きそうな見た目とその柔和な声色、まさに私の思い描く王子像の人間だった。
「私はあなたを助けたい。まずは話を聞いてから信頼に足る情報か聞いてほしい」
そう言うと、ユリウス様は王妃や元王妃、そして自分自身の立場を語り出した。
──三十年前、元王妃は王の元に嫁いで来たが、一向に子宝に恵まれずに苦肉の策で王は第二王妃を娶った。
その第二王妃が現王妃だった。
現王妃はすぐに子宝に恵まれ、エリク様を出産した。
やがて、エリク様に第一王位継承権が与えられる直前に元王妃は子宝を授かって王子を産んだ。
それが第一王子のユリウス様だった。
しかし、元王妃はそのまま病で亡くなり、王は憔悴して同じく床に臥せてしまった。
王がいなくなった王宮を支配したのが、現王妃だった。
現王妃は自ら王に正妃の座を迫って実権を握り、元王妃の代の宰相や騎士団長、メイドなどを辺境の地へと追いやって自らの息のかかった者たちばかりを王宮に入れた。
(私が王宮書庫室で調べた内容と同じ、食い違いはない)
「そして、今度は第二王子を次期国王とするために聖女を婚約者とした。それがあなたです」
「──っ!」
「この国は元々聖女の力で繁栄した国でした。聖女は他の世界からの人間だったと過去の文献にあったのを王妃は見たのでしょう。私の調べでは王宮魔術師の手を借りてあなたを召喚したことまで把握できています」
(それで異世界に呼ばれた……? つまり、執事長の言っていた『聖女』はこのことか)
「そして、王妃は私欲のためにあなたの記憶を改ざんして第二王子の婚約者だと嘘をついて住まわせた」
そこまで聞き、一つため息を吐くと、そっと話し始める。
「私は第二王子の婚約者であり、そして私にはこの世界で生きてきた別の記憶がありました」
「──っ!」
その日からユリウスと私の共闘生活が始まった──
まず、王妃にユリウス様と私が通じ合っていないよう執事長の通称じいじが私に手紙を差し出し、その内容にYESならため息、NOならあくびを一つして合図を送った。
私から話をする場合は決まったある本の27ページ目に手紙を書いて挟み、書庫室長に合図をした。
こうして二人で王妃と第二王子エリク様を王宮から追放する証拠と手筈を整えていった。
◇◆◇
──ある晴れた日、王妃は我が物顔で謁見の間の王座に腰かけると、優雅に扇をはためかせて言った。
「あら、リーディアちゃん。サロンやお庭じゃなくてわざわざ謁見の間でお話したいことって何かしら? まさかっ! エリクとの結婚宣言の式典の日取りを早めてほしいとか?! やだあ~もうそんなにエリクのことが好きなの~?」
「エリク様には先にお伝えしたのですが」
「まあっ! じゃあやっぱり結婚宣言のしき……」
「エリク様は泣いて私にすがりつきましたよ」
「──っ?」
「第二王子エリク・ル・スタリー様との婚約を破棄させていただきたくお願いにあがりました」
「──っ! あなた、まさか……」
王妃が私を見る目が変わり、一気にその顔は化けの皮がはがれたように凄みを増した表情になる。
「あなたを母と慕う予定はありませんし、両親が亡くなって引き取っていただいた恩を感じることもありません。なぜなら、そんな両親端からいませんから」
「──っ!」
「私の母は政子ただ一人なのよっ! 肉じゃがもカレーも豚肉で作る節約家、でもそれがいいうま味を出すことを知っている! パンツに穴が開いても、靴下に穴が開いても履き続ける!」
「あなた何を言っているの?」
「でもそんな母は毎日遅くまで働きながらそれでも朝早く起きてお弁当を作って送り出してくれた、優しい母だった。そんな優しい母が私は好きだった。それをあなたはなんの理もなしに奪ったのよっ!!!」
私は息を切らせながら目には涙を浮かべて王妃に母──政子への愛を誓った。
突然の母と離れなければならなかった、この苦しみがお前にわかるのかっ!!
「エリク様は白状しましたよ。あなたが王宮魔術師に聖女召喚の儀式をおこなわせて私を召喚したこと。そして、第一王位継承権を得るために私を婚約者として、そしてこの世界で18年生きてきたという偽りの記憶を植え付けたこと」
「なっ! エリク……あのバカ息子……」
「息子の教育が甘かったですね、王妃」
「──っ! ユリウス王子」
私の後ろにある柱からそっと姿を現したのは第一王子であるユリウス様だった。
「そう。あなたと繋がっていたの」
「ええ」
「ふん、所詮よくわからない異国の人間だわ。な~にが聖女かしら。色仕掛けでも使ってそそのかしたのでしょう?」
「いいえ、私から声をかけましたよ、あなたの動向がおかしいことに加え、急に現れた聖女がいきなり第二王子の婚約者になるなど、どこからどうみてもおかしいですからね」
「私がやったという証拠はないわ」
「口を割りましたよ、王宮魔術師も」
「なっ!」
「あなたはあの方に慕われていると思っていたのでしょうが、残念でしたね。彼なりの処世術ですよ、あれは。地下室にあった術の痕跡、そして彼が術をかけるために使用した贄の出処も押さえました。すべてあなたの故郷の村の人間の子供の死体や植物でした。村長がおびえながら話してくれましたよ」
聖女召喚には多大なる贄が必要となり、その中には6歳までの子供の死体と特殊な植物と大量の血が必要になる。
それらは全て王妃の生まれた故郷で集められ、持ち込まれていた。
自分の召喚にそのような大きな犠牲を払っていたことに、そして何よりただ自分の息子の婚約者にしたいから、自分が王妃として盤石な地位を得たいからという理由でそれがなされたことに腹が立つ。
「もう一つ、あなたは罪を犯しました。10歳の時に私に毒を盛ったのはあなたですね、王妃」
「なんのことかしら?」
「当時のメイドを探し出し聞き出しましたよ、私の皿に毒を盛ったと泣きながら伝えてくれました」
「…………」
私とユリウス様は並んで立ち、王妃を見上げて問う。
「「何か申し開きはありますか」」
その言葉に王妃はくくくとこらえきれないように笑うと、そのあと手を口元に当ててさらに高笑いをした。
「ああ、おかしい。だからなんなの? 私がしたから何? この王宮の人間は全て私の味方なのよ?! あなたたちに何ができるっていうの?」
その言葉を合図に私たちを取り囲むように兵が立ち並ぶ。
「さあ、第一王子を牢へ連れて行きなさい、小娘も同じよっ!!」
その言葉に兵たちは全く耳を貸さない。当たり前だ。だって……。
「それで気が済んだか? アンジェラ」
その言葉にユリウス様と私は膝をついてその人物を迎え入れた。
私たちの頭を優しく撫でると、その人物は王座へと向かって行った。
「誰がそこに座っていいと許可をした?」
「……王……」
顔をあげると、そこには見たこともないほど青ざめた顔をした王妃の姿とその王妃を見る王の後ろ姿があった。
「あ……あ……」
王妃は言葉も出ずおびえたような表情を見せている。
「わしの可愛い子供を危険に晒した挙句、勝手に聖女召喚、そして民衆からの不当な税の徴収。どう落とし前をつけてもらおうか?」
「こ、昏睡状態だったのでは……」
「ユリウスが匿ってくれ、半年前から様子は聞いていたよ。そして今のやり取りも全てそこで聞かせてもらっていた」
王はマントをはためかせ、謁見の間に集った者たちに告げた。
「イルジー・ヴィ・スタリーの名において、王妃アンジェラ・ル・スタリーと第二王子エリク・ル・スタリーを王宮から永久追放とする!」
「おおおおーーーー!!」
取り囲んだ兵は王妃直属の兵ではなく、実は王直属部隊であった。
兵たちは声をあげ、王の復帰を歓迎した。
私とユリウス様は共に目を合わせて微笑むと、そっと静かに頷いた──
◇◆◇
王妃とエリク様はその後王宮を追放され、辺境の地に追いやられていた王宮の従者たちは復権して戻ってきた。
私は相変わらず手厚い環境に身を置かせていただいていた。
そんなある日、自室で本を読んでいた私の耳にコンコンというノックの音が聞こえてくる。
「はいっ!」
「ちょっといいかい?」
「ユリウス様っ!」
ノックの主はユリウス様であり、彼は遠慮がちに部屋に入ると私の向かいに座ってこちらを見つめてきた。
「どうなさいましたか?」
「君には迷惑をかけた。すまない」
「ユリウス様が謝ることではありません」
「必死に君が元の世界に戻れるようにと文献を探しているのだが、なかなか見つからず」
「そうですか……」
私も同じく書庫室に通って文献を漁っていたが、自分の帰る方法はないのではないかともう諦めていたところだった。
「母が恋しいか?」
「え?」
「いや、君のあの謁見の間での言葉を聞いて、私も亡くなった母を思い出した。私の母も優しい人でね」
「そうでしたか」
二人で母のことを思い出しながら少しの沈黙が流れる。
先に口を開いたのはユリウス様だった。
「あなたと協力をして、あなたの頑張る姿を見て、私はあなたのことが気になってきてしまった」
「え?」
「聖女としてではなく、一人の女性として守りたい、大切にしたいと思うようになってしまった」
私はドキリとして動揺からか目が泳いでしまう。
「でもあなたは元の世界に帰ってしまう。だからせめて気持ちだけでも伝えさせてほしい」
その言葉を私はじっと待った。
「あなたが好きでした」
淡い心を抱いていたのは私だけではなかった……。
帰りたい。お母さんに会いたい。でも、でも、それでも私は……。
「私もあなたをもっと知りたい」
「──っ!」
「あなたを思うと夜も眠れない日があった。あなたからの手紙がいつしか嬉しくなった。あなたに会いたかった」
ユリウス様は黙って私の言葉を聞いてくれていた。
「私はここにいていいのでしょうか? あなたの傍にいていいのでしょうか?」
「ああ。あなたは本当はなんという名前なのですか?」
「友里恵です」
ユリウス様は一度テーブルに目を移すと、私に手を差し出すようにして再び私の目見つめて言った。
「ユリエ、私とこれからも一緒にいてくれますか?」
その言葉に私はため息を一つ吐いて、その手をとった──
読んでくださりありがとうございます!!
いかがだったでしょうか?
感想などお待ちしております!
ブクマや評価☆などあればとてもとても喜びます。
※ジャンルについては運営様に確認し、適切なジャンルに修正しました
【2022.10.28追記】
お声があり検討した結果、連載版をはじめることにしました。
【2022.10.28 13:30追記】
連載版を開始しました。
よかったらブクマをして読んでいただけると嬉しいです!
短編後のお話をこのあと中心に描いていきます(短編後の話は2万字前後あたりからの予定)