いきなりダンジョンに落ちてかくれんぼです
侮蔑的な表現と言葉の暴力が少しだけ含まれています。ご注意下さい。
というわけで、ただいまダンジョンに来ております。
ここってやっぱり異世界でしょうか。
異空間とか?
学校の図書室にいたはずなんですけど。
七不思議のある学校とは聞いてましたが、これほどとは。
はあはあ。
追われています。
鬼どもに。
転んでおります。
スライム踏んで思いっきり滑りました。
冷たい石畳の床と曲がり角だらけの真っ暗な通路です。鉄格子のない地下牢みたいな陰々滅々な場所です。
ガサガサでジメジメでひんやりです。
どれだけ慌てていたのやら。闇雲に逃げ回ったあげく、完全に迷子です。
ゴブリンに引っ掻かれた傷は疼き、スライムに触れた手は火傷みたいに痛いです。
めっちゃピンチでビビっています。
JKですよ私。ひとりぼっちでゴブリンに追われてるんですよ。
最悪の鬼ごっこです。
命の危機以上の重大インシデントです。このままでは薄い本のヒロインですよ。何の覚悟も準備も無いのに、いきなりこんなことに。
真っ暗です。スマホの明りが頼りです。でも意外と光が届きません。
入学祝いで手に入れた何でもできるはずの特盛りスマホが役立たずです。通話は圏外。メッセージも動揺です。じゃなくて同様です。
落としたら石畳の上をくるくる回りました。小気味よく滑っていきました。あっという間にバキバキ画面になりました。
新生活の象徴はあっけなく死んだのです。
怖いです。惨めです。悔しいです。
心細いです。
叫びたいけど声を出したらダメ。きっとゴブリンが寄ってきます。
そこらじゅうにいるんです。
猫背チビで緑色の皺マッチョ。めっちゃ力が強いです。片手で簡単に引き倒されます。
スライムは汚れた水溜まりみたいです。ぽよぽよした可愛い水色ではありません。まるでゲ○です。動きは遅いですが触れると肌が焼けます。
曲がり角のたびに身を潜めて、息を殺します。限界まで耳を澄ませます。
ちくしょう。
涙が止まりません。
どうして私がこんな目に。
これもあいつのせいだ。勘違いして私を呼び出したりするから。
ほら。私すっごく可愛いじゃないですか。
学校一とまでは言いませんけど、クラスではもちろん、本気出せば学年トップは当たり前な感じで。
モテちゃうんですよね。はい。
でも入学したてだから。まだ四月ですから。男子達もいきなり告白なんてできません。ずっと好きでしたなんて言えないし、いきなり付き合って下さいじゃがっつき過ぎだし。下心透け透けのお友達からですね。横並びで。抜け駆け禁止で。毎日健気に牽制し合ってて笑えます。
そんな皆の熱い視線もピュアな笑顔であどけなくかわします。清楚な雰囲気マシマシで。驚くほどチョロいです。チョロイモンです。
むしろ女子の目が怖いですよね。上手くやらないと即日ビッチ認定です。やっかみもヤバいです。味方の女の子もちゃんと確保しないとですね。
そしてあいつです。
身の程知らずの陰キャです。モブです。眼中になかったので油断しました。顔を思い出すのに苦労しました。思い出して損しました。
勇者ですか。早い者勝ちですか。どうして図書室? どんな設定ですか。モブ御用達の告白スポットなの?
下足箱に手紙とか、リアルであるんですね。綺麗に折り畳まれた黄色い紙を見て、どこの特売チラシかと思いましたよ。
しかも「告白するから来てください」て。もうしちゃってるでしょ。バカなの? 自信過剰なの?
意味分かんないですよね。メッセージアプリ使ってくれれば『びっくりだよー。うれしいけど、ごめんね』で終わるのに。秒レス瞬殺ですよ。
まあこんなやつ登録してないですけどね。
いいでしょう。練習台に丁度いいモブです。面倒ですけどこれからは直接ごめんなさいする機会も増えるでしょうし。廊下の角で出会い頭に告白とかあるかもです。可愛い塩対応スキルは必須です。美少女の基本ですからね。
そしてヤレヤレ顔を隠して図書室に踏み込んだ途端、ダンジョンに真っ逆さまですよ。
私が何をした。
どうなってんの、令和日本。美少女は国の宝だろ。理不尽かよ。
◇
えっ?
いきなりスマホが振動。生きてた? 着信?
――経験値変換により、スキル〈避感知1〉を獲得しました。
はぇ?
なにこれ。ひかんち、いち?
バキバキ画面のスマホなのでちょっと見辛いですが。
スキルって。
てか電波来てる?
いえメッセージは繋がらないです。ダメです。じゃあこれはどこから?
〈避感知〉って何でしょう。
避けられちゃうっていうか、気づいてもらえなくなるのかな。
あれ、いたの? みたいな。
こんなに美少女なのにボッチ臭がするスキル。嫌がらせかっ。イラネーよ、こんなの。
◇
分かりました。〈避感知〉スキル。
どんなスキルか分かりました。
体験しました。
じっとしていれば気づかれないスキルでした。
モブ必携のスキルですよね(涙目)。
ふたたび遭遇したゴブリンは、壁に貼り付いた私に気づきませんでした。どう見ても視界に入っていたのに。全身を隠せていなかったのに。
でもシワシワの顔をうっとりと緩ませて、鼻をひくひくさせていたので、匂いは分かるのかもしれません。美少女の汗の匂いでしょうか。それとも襲われた時にちょっとだけちびったのがバレてるんでしょうか。あまり近寄らせるのは危険ですね。
とにかく有用なスキルが手に入ったようです。
あとは武器ですか。
手頃な聖剣でもあればダンジョン攻略も捗りそうです。こっそりと後ろからダンジョンマスターをバッサリです。
アサシンスタイルですね。
いえ、違いました。
攻略してどうするんですか。
一刻も早くこのダンジョンから脱出しなければ。基本方針を間違えてはいけません。
この際ラスボスを倒さないと出られない的なパターンは考えないことにします。それだと完全に無理ゲーです。詰んでます。ゴブリンやスライムすら倒す方法がないのですから。
私は無手のJKなのです。武器なんてありません。
持ち物は着ている制服とポケットのハンカチ、画面バキバキスマホです。
男子ならイチコロの美少女やわらかパンチも怪物には通用しないと思います。
とにかく出口を探すのが最優先。
このままじっとしていては怪物に襲われなくても、いずれ餓死してしまいます。
このダンジョンはかなり暗いです。
でも目が慣れたのか、なんとか進めます。
光源らしいものは見当たりませんが、かすかな光が届いています。スマホの光に頼るとかえって周囲が見えにくいです。
それにしてもゴブリンとスライムしかいませんね。
どちらも恐ろしい怪物ですが幸い何とかスルーできています。でもこの先もっと凶悪な怪物が出ないとも限りません。オークとかミノタウロスとか。このスキルで誤摩化せるか不安です。そんなのは現れないで欲しいです。
これ以上の難度は要らないですから。
◇
ダンジョンに落ちて早三年。
ウソです。三時間くらいですね。
まだ歩き回っています。迷子なのは変わらずです。
緊張のせいか空腹は感じませんが喉は乾いています。ペットボトルの水でもあれば良かったんですが。
そして何とも肌寒いです。体の芯が冷える感じです。疲れたのかな。
ゴブリンとスライムだけ、というのは訂正します。
あれから色々出くわしました。
まずはラブカナブン。
命名は私です。
大型犬くらいのサイズのギラギラしたカナブンが必ず二匹セットで現れます。
一匹は前向きで、もう一匹は後ろ向きでギシギシと歩いてきます。体の一部が繋がっています。
そういうことです。
オスメスなのでしょう。オス×オスかも知れませんが。
こっちは命の危機なのに、こんなのを見せつけられるとムカつきます。
カナブン部屋とか見えない所でやってて欲しいです。
虫けらが。ムシケラめ。
壁に貼り付いた私にはまるで気づかず、マイペースで通路の彼方に消えていきます。お互いしか見えないんでしょうか。でも視線は交わらないですね。
そしてナメナメッキン。
名前の通りナメクジの怪物です。これも命名は私です。
長さが二メートルもある金色のナメクジです。それも下品なおばちゃんゴールドです。パチモンカラーです。ぬらぬらと粘液塗れで、もう生理的にダメです。気持ち悪いです。べつに舐められたわけではありません。本当です。
床だけでなく壁や天井でも構わず、ゆっくりと這っています。そして這い跡は粘液が乾いてテカります。まったくもってナメクジです。
けれど背中に巻貝の殻が付いています。とても全身が収まるはずのない小さな殻が。カタツムリのつもりでしょうか。大切な思い出でも詰まっているのかな。
ナメクジのくせに夢見てんじゃねーよ。
こいつもムカつきます。踏み殺したいです。でも触るのはゴメンです。
そして極め付けがキング姉妹コブラ。
巨大キングコブラの首が二股に別れて、それぞれに女性の首が付いている怪物です。
一目見て気絶しそうになりました。
めっちゃ恐ろしいです。凄まじく目つきが悪いです。憎悪に満ちた世を恨んだ目です。私ではあの目は真似できません。うっかり目が合ったら死ぬかもです。石化の邪眼かもしれません。交互に聞こえるダルい溜息のような呼吸音が耳から離れません。
幸い私に気づくことなく、周囲を睨みつけながらズルリズルリと這っていきました。コワ過ぎます。息止めてました。
そのせいかスキル〈避感知〉がぐんぐんレベルアップしました。
◇
変わり映えのない石の通路が続きます。
出口はまだ見つかりません。
同じところを堂々巡りしている気がしてきます。
空気がさらに冷えてませんか? 私こんなに寒がりだったかな。
ようやく新しい場所に出ると、これまでより広い通路になっています。床も滑らかで歩きやすいです。
ひゃあっ!?
何かが凄い勢いで追い抜いていきました。
危ないです。ぶつかりそうでした。
人?! 自転車?
暗い道を無灯火ですか。
ゴブリンは自転車乗れないですよね。脚短いし。
なんとか見えた、カスクを被った頭。背中に大きな四角いボックス。
あれはウーパーなんとかでしょうか。近頃見かける出前サービスです。
どこへ行くのかな。すごく急いでました。ダンジョンにも配達してくれるのでしょうか。それとも私のように迷い込んだとか。もしそうなら追い掛けたいところですが、あっという間に角を曲がって消えてしまいました。
速過ぎます。安全運転しろし。
またまたスマホが振動。
――経験値変換により、スキル〈避感知8〉がスキル〈避感知9〉になりました。
おお。
またスキルレベルが上がりました。コソコソしているだけで上がります。私は全力でコソコソしていますからね。
これは隠れる力がかなり増したってことですよね。助かります。怪物と戦うなんて絶対無理ですから。できるだけスルーしたいです。
あれは明りなのかな?
通路の突き当たりに光が見えます。
もしかして、ついに出口でしょうか。
いえ。なんだか動いています。近づいて来ます。強烈な光です。凄いスピードです。
あれは、ヘッドライト? エンジン音!? うそ。トラックなの?
私は慌てて壁に貼り付きます。
減速することなく通り過ぎる箱トラック。
街中でも馴染みのある車です。よく知られた黒い牛のキャラクターロゴ。宅配便のトラックですよ。
何でダンジョンにクロベコが?
クロベコ通運はのんびり顔の黒牛マークで知られています。
時代に逆行するようなゆっくり配達が売りなのです。やすい、ゆっくり、ていねい。急がない荷物はクロベコ一択です。遅くするためにわざわざ海外を経由させている、なんて噂があるほどです。
目が痛いほどのヘッドライトでした。やっぱり私に気づいてないですね。ゆっくり配達らしからぬ飛ばしっぷりでした。どんな運転手さんでしょうか。
さっきのウーパーなんとかといい、ダンジョンの外と行き来できるのかな。もしそうなら何とか気づいてもらわないと。
スマホが振動。
――経験値変換により、スキル〈避感知〉が上限に達しました。
――上位スキル〈完全避感知1〉を獲得しました。
――〈避感知〉は〈完全避感知1〉に置き換わります。
どうしましょう。今もじっとしてさえいればダンジョンの怪物には気づかれないのです。それがさらに存在感が薄まる?
いえ、新しいスキルは〈完全〜〉なのですから、まったく見つからなくなる、動いたり物音を立てても安全ということかもしれません。怯えながら隠れなくていいのは助かります。
でもこれ以上はさすがにマズいのでは。
誰にも私が見えないかもです。
確認しました。
ゴブリンの正面に立って手を振っても気づかれなくなりました。
透明人間ってこんな感じなんでしょうね。
声を出して挑発してもまったく反応しません。これでは腹いせの言葉攻めも出来ません。
◇
不安で一杯です。
自分が気味悪いです。
お腹が全然空きません。もう半日以上歩き回っています。
〈完全避感知〉のおかげで緊張から解放されたのにおかしいです。疲れもそんなに感じません。喉の渇きは相変わらずですが耐えられないほどでもないです。
さすがにこれは異常です。
そして体の傷。
ゴブリンに思い切り掴まれて爪が食い込んだふくらはぎの傷です。見るのもイヤな傷でした。いつまでも疼くので化膿を心配していたのに、痕も残さず元通りです。転んでスライムに突いた両手、火傷みたいに赤くなっていた手の平も同じです。
これはスキル成長の効果でしょうか。怪我が治ったり体力が回復するような。
でも、それならどうしてこんなに寒くて堪らないのかな。
ええっ!?
思わず声が出ました。
指が透けています。
スマホを点けて気づきました。光が透過しているのです。
なにこれ。指だけじゃない。腕も、膝も。体全部が透けていく?
クラゲか濁ったゼリーみたいに半透明に。さらに制服やスマホも透けてきてる。
私が透明になる?
いえこれは、消えていくんだ。
私という存在が消滅する。
体温も下がってます。冷たいほどに。
まるで温かい血が流れ出て、代わりに冷気が入り込むような。生き物としての、生きるための熱が奪われているみたいです。
これもう戻れないのかな。このまま誰にも知られず暗闇の中で死ぬのかな。
痛いほどの動悸で胸が軋みます。
この鼓動すらもうすぐなくなる。
きっとこのダンジョンはそういう場所なのです。
かくれんぼスキルを得た代償は私の命だったのでしょう。何も知らずに安心していた自分が馬鹿でした。
ここに落ちてからずっと、私はゆっくりとゆっくりと死んでいたのです。
たぶんもう時間は残っていません。
砂時計の最後の砂が落ちるように、私の時間が終わろうとしています。
いえ、ダメです。諦めては。
気力まで薄まれば、そこで終わりです。
どうしましょう。どうしたらいいでしょうか
どうすれば。
すぐにここから出ないと。
誰か。
誰か助けて。
助けてください!
助けてよ!
あ。助けが、来る!
伝わる重い振動。石壁を照らす電気の光。
クロベコのトラックがまた来る。
私は残った力を振り絞り、飛び出しました。
そこが暖かい場所への出口と信じる羽虫みたいに。両手を大きく振りながら。
その眩しい光に向かって。
猛スピードで爆走するトラックの真ん前に。
止まってー!
助けてー!
私を連れてってー!
トラックは躊躇いもなく、ブレーキを踏むこともなく、そのまま私を轢き潰しました。
のんびり配達と信じていたのに。裏切られました。
いえ。分かってはいたのです。このトラックもダンジョンの怪物なのですから。私を消し去るための存在です。そんなモノに手を伸ばす。それほどまでに私は錯乱していたのです。
礫死体同然の私。
胸が潰れ、首はへし折れ、膝はあらぬ角度に曲がりました。
脇腹も裂けて何か溢れています。
もう動けません。動けるはずありません。
苦しいです。本当に苦しいです。
もう息をしていないのに意識があります。痛みも感じません。
鼓動も聞こえなくなりました。
体重もどこか軽かったような気がします。
とうに存在が薄くなっていたのでしょう。
でも苦しい間は、私は生きているのです。
姿は消えそうでも、冷たくても、まだ生きている――はずです。
死んで――なん――か――
◇
うはっ!
一気に重さと温かさが戻りました。
ショックで座り込んでしまいます。図書室のリノリウムの床にスカートが広がります。
私がダンジョンに落ちた、まさにその場所に戻っています。
どうやら時刻もそのままみたいです。ダンジョンにいた時間は経過していません。
急いで立ち上がります。カッコ悪いところは見せたくないですから。幸い誰もこちらに注目していません。あまり人はいませんけど。
体は元通りです。制服にもシワや汚れはありません。よかったです。変な目で見られちゃうところでした。
でもスマホは――
バキバキスマホだけがあのダンジョン体験の証です。
夢や幻覚ではありません。あの苦しさと恐ろしさ、寒さ。幻のはずがないのです。あれは現実の痛みでした。
しかし、トラックにはねられてダンジョンから戻るなんて。誰も信じてくれないですね。なぜ戻れたかも謎ですが。
そしてまたスマホが震えました。
――もういいのかなと。
――まだなんだね。
――またね。
送り主不明です。意味も不明です。レスもできません。
文句は受け付けないんですね。まるでコミュ障の言い逃げです。汚いです。
勝手にもういいなんて決め付けるな。
まだ生きたいですから。これからなんですよ。私の高校生活は始まったばかりです。あんな陰気な所で消えてたまるかです。
で。いったい何だったんでしょう。
ダンジョンマスター?
この学校の七不思議?
いずれにしても、か弱い女の子を罠に嵌めて悦にいるなんて、キモメンへたれ糞ゴミ雑魚虫に違いありません。覚えておく価値もないです。一切無視してやります。またね、じゃないです。二度と御免です。忘れ去ってみせます。
さて。
私を図書室に呼び出した勘違いモブはどこでしょう。元はと言えばあいつのせいでこんな目に遭いました。
県内屈指の広さを誇る学校だけに、図書室も大きいです。
いたいた、いました。あいつです。ムカつくほど平凡な男子です。ゴブリン見た後だからマシに見えるだけです。
棚の本を選ぶフリをしても、あんなに目がキョドってたら不審者ですよ。めっちゃ緊張してますね。これから告白ですからね。ふふふ。心臓バクバクでしょうね。
でも、許さないから。
スマホの仇です。バキバキにしてやりますよ。心を。
思い付くかぎりの〈ごめんなさい〉で抉ってやります。女の子の前では、うーあーとしか言えなくなるくらいに。叶いもしない夢なんて見なくていいように。ずっと一人で生きたくなるように。
一生DTにしてやんよ。
ふっふっふ。
私はダンジョン帰りの美少女。
傷だらけの(スマホを携えた)JKですから。
もう怖いものなどありません。
◇
怖いです。
どうやら私の〈完全避感知〉がまだ仕事をしているようです。
ダンジョン限定のスキルではなかったみたいです。
私が私が大ピンチです。
すごく意識を集中して正面から挨拶すれば私を見てもらえます。
でも二言三言話すうちに相手の視線は移ろい、私を見失います。そのまま印象も薄れるようで、たった今挨拶を交わしたことすら忘れられています。
無視系のイジメみたいですね、これ。
私と話すのは時間のムダですか。私を思い出してはくれないですか。
忘れたい人ナンバーワンですか、私。
自意識パワーを極大にしていないと私の存在感は消えるのです。さすがに気力集中力が保ちません。出欠確認やプリントの配布時などはとくに緊張します。油断すると机の上に花瓶とか置かれそうです。授業中は指名されなくてラクですが。
そしてあのモブくん。
図書室で〈ごめんなさい〉しようとしたその時、私のステルスモードが発動。
私を見失ったモブくんは唖然として、混乱し、考え込み、やがて喜びの表情になりました。笑顔の意味が分からないんですが。嬉しい要素ないでしょ。
私の姿が消えておかしくなったのでしょうか。夢だったと思いたいのかな。これでは告白も失敗ですからね。あいつの頭の中には一体どんな物語が湧いたのでしょう。
そして驚いたことに、モブくんは図書室内を熱心に調べ始めたのです。私が隠れていないかと。また会えないかと。完全下校時間になるまで。
でも本の裏にいるわけありません。小さな妖精じゃないんですから。
近くの女子トイレまで覗こうとしたので思わずステルスキックしました。アホですね。
そして今も時間さえ許せば私を探しているようです。
熱心過ぎます。
そんなに私のことが好き? ストーカーになってるよ。
あっはっは。必死だし。バカ過ぎだし。冴えない同類男子も巻き込んでるし。
その努力に免じて、未来の同窓会での「ずっと好きでした」「ごめん、誰?」の対象から外してあげます。
笑えます。
泣けます。
泣けてきます。
頑張れ、陰キャのモブAよ。
栄えある私の正式モブ第一号に任命しよう。
私の運命は君の頼りない双肩にかかっているのだ。
ごめんなさい、ごめんなさい。マジで感謝してます。お願いです。
早く私を――
見つけて下さい。
お読みいただきありがとうございます。
その県立高校ではとある新入生女子のことが噂になっていた。
凄く恥ずかしがり屋の美少女がいると。
可憐な姿に心惹かれるも、目を凝らした途端にシャイな彼女は幻のように消えてしまう。何かを訴えるような潤んだ瞳は生徒や教職員の庇護欲をかき立てるが、その奇跡の光景すらいつしか記憶からこぼれ落ちていく。
確かに彼女を知っている。けれど誰かは覚えていない。
正体不明の天使のままなのか。新七不思議には手が届かないのか。
やがて謎に魅入られた者達による有志会が結成され、今も密かに捜索が続いているという。
よろしければブックマーク、評価☆をお願いします。暑さに弱い作者が元気になるかもです。