プロローグ
私の婚約者は、私の事が大好きなんです……。
「失礼致します。アンナリーゼ様、王太子殿下から本日のお手紙が届きました」
公爵令嬢であるアンナリーゼは、読んでいた本を閉じ振り返った。
本日の手紙。この変わった言い回しには理由がある。アンナリーゼには幼い頃より決められた婚約者がいる。彼の名はレンブラント。この国の王太子だ。
彼は毎日欠かさず、手紙をアンナリーゼに送ってくる。多い時には日に2、3回……朝昼晩と届く事も暫しだ。
「フロラ、ありがとう」
アンナリーゼは、侍女のフロラから封書を受け取ると中身を見た。
『愛しい、愛しい、僕のアンナリーゼ。君の声が聞きたい、君に会いたい、君を想うと胸が締め付けられるんだ。君に会えない時間は、寂しくて死んでしまいそうだ。そういえば、今日のアンナリーゼの下着の色は……(自主規制)」
この後読むに耐えない怪しげな文章が続く為、アンナリーゼは手紙をそっと閉まった。見なかった事にしよう……。
「アンナリーゼ様、王太子殿下は何と?」
「レンブラント様は、本日も健在です」
引き攣った笑顔でアンナリーゼはそう答えた。そしてフロラに封書を渡す。彼女は少し不思議そうな表情でそれを受け取った。
「いつもの場所に閉まっておいて」
「かしこまりました」
フロラは丁寧にお辞儀をすると、部屋から出て行った。
いつもの場所、それは手紙を保管する為だけに用意された部屋だ。5歳の時にアンナリーゼがレンブラントと婚約をしてから今に至る11年間、毎日欠かさず届けられる手紙の置き場所に困り果て、必要に駆られて用意した。その数7000通に及ぶ……。
保管してあるからといって、別に読み返す訳ではない。ただ、まさか王太子からの手紙を捨てる訳にはいかない故、致し方なくだ。
それにしても、彼からの手紙の内容は昔はもっと好感の持てるものだった。
『アンナリーゼ、元気にしてる?次会った時は君と、もっと話がしたいな』こんな感じだ。
故にアンナリーゼもレンブラントから届く手紙を毎日楽しみにしており、返事も欠かさず書いていた。
だが年を追うごとに、段々と内容は怪しくなっていき……下着の色は?胸が少し大きくなった?君のうなじを堪能したい……自主規制。
兎に角、読んでいるこちらが恥ずかしくて顔から火が出そうだ。
そもそも、寂しくて死んでしまいそうって……。
「昨日、お会いしたばかりなのだけどね」
アンナリーゼは、ため息を吐くと再び本を開いた。