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片翼のゴーレム  作者: シオカラ節
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22/29

《3》

肉を打つ鈍い音が掌の感触とともに己の躰の芯まで響いて来る。


ディッシュは村名主(メロゥド)の使用人の娘に馬乗りになり、殴打を浴びせ続けていた。


加虐の奮えが彼自身を戦慄かせ、その暴力的な衝動に身を任せるまま、強情な娘の口を割ろうと尚も拳を振るう。



「……どうだ、ちっとは素直になったかよ?」



息も絶え絶えになりながら、夜目を凝らして娘を見遣る。


小生意気で人を食ったような貌はみるみる内に腫れ上がり、最早見る影も無かった。


娘は返事を寄越す代わりに顔を引きつらせ、横を向いてぺっと唾を吐いた。


カラン、と乾いた音がしたので、歯でも折れたのかもしれない。


「へへっ、痛えだろお。どうだ、そろそろ喋らねえかぁ?」


刹那、ディッシュは背筋が凍りついた。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()




夜闇から唇から血を滴らせ、こちらを尚も睨み返す少女が浮かび上がったのだ。


その瞳には激しい憎悪がありありと彼に向けられており、その眼にかつての心的外傷(トラウマ)を呼び起こしてしまった。


『次男にさえ生まれなきゃ、お前にもっと魔術を教えられたろうにな』


『あんたのような出来損ないを食わす小麦なんぞ、一(ポンド)だってありゃしないんだよ』




『聞いたか、ディッシュの野郎、次男坊の里子らしいぜ』


『なんだよ、そのくせあんな偉そうなんかい』




『すまんな、貴様の出自がせめてこの村であれば、正式に使用人として雇ってやるのだが』




止めろ、()()()()で俺を見るな!



一瞬怯んだ己に憤りを覚え、誤魔化すように怒りのまま娘を叩いた。


「てめぇ、いい加減殺されてえのか?」


打たれた衝撃で横面を背けた少女だが、直ぐ様視線をディッシュに戻した。


その面構えは先程とちっとも変わらず、今にもディッシュの喉笛に噛み付かんばかりであった。


なんなんだ……、こいつ、あのメアリーなのか!?



孤児として名主の元へ回されたのはまだ乳離れも出来ていない赤子の時分で、その時はまだメロゥドの先妻が面倒をみていた。


彼が娘と出会ったのは四つかそこらで、その時から小生意気で頑固で口が減らないガキであったが、大抵一、二発くれてやると恨みがましい眼ををしながらも大人しくなったもんであった。


それが、今はどうだ。



こっちは()()()()()というのに、死んだ貝の如く口を閉ざしてやがる。


それどころか、この俺様に対して歯向かうような面までしやがって!



「……ろしてやる」


「あ?」


「殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやるっ、ころ…して……」


ディッシュは気がつくと娘の喉輪に手をかけて締め上げていた。


「あ、悪魔め!」


殆ど畏怖からの行動であり、冷や汗が噴き出るのを感じながらディッシュは尚も掌の力を強めていく。



もういい、半殺しにするくらいの罰をくれてやろう。



この娘は悪魔に魅入られたのだ。


だから、罪人十字を入れられて名主の家を追んだされたんだ。


人の皮を被ったケダモノに罰を加えるだけなんだ、少々やり過ぎたって聖母様も御許し下さるさ。


「静かにしろ、もう遅えんだよ!

聖母様に代わって俺が罰を下すんだから、感謝して欲しいぐれえだ!」


何処にそんな力が残っていたのかと思うほどじたばたし出した小娘をディッシュも必死に抑えつける。


自分でも身勝手なことを口走っていることは分かっていたが、もう止められない。


ディッシュもまた追い詰められていたのだ。






千載一遇の好機が訪れたのは、メアリーが失踪していた刻まで遡る。


領主(ガーウィッシュ)の羊を探させたものの、日没どころか翌日を迎えても戻って来ない下女に苛々を募らせていた最中、一人の男が近づいてきたのだった。


聞けばその男はハービィ卿の命で遣わされた、所謂間者であった。


俄には信じがたい話ではあったが、家の蠟印を持ち出されては取り敢えず信用する他ない。


渋々ディッシュも羊を柵に追い立てる手を止め、相手にすることにした。


男は既に領主の羊が五匹消えていたことを知っており、しかもそれが()()()()()()()に関わっていることを仄めかした。


ディッシュはそこでピンときた。


北の都の大貴族様がこんな片田舎の、しかも羊が脱走したことに御執心とあらば、この件、()()()()()()


ディッシュは逆に間者の男に問い質した。



ひょっとして、()()()には魔導兵器が絡んでいるのかと。



お陰でディッシュは首筋の薄皮をナイフで剥がれる結果となったが、半ば出まかせで、その在処を知っていると答えたのだ。


そこでディッシュは辛うじて口を封じられることを阻止し、代わりに魔導兵器を引渡す手引を担うこととなった。



当然ディッシュがそんなものを手に入れられる立場には無かったが、彼には宛があった。


この件にあの使用人のガキが絡んでいるのではないかと睨んでいたのである。


彼の犬(ファンファン)小娘(メアリー)が居なくなった夜、明け方近くに返り血と泥に塗れ怯え切った状態で羊小屋に戻ってきたのがその証左だった。


ディッシュはすぐさま畜犬に下女の匂いを嗅がせ、犬に導かれるまま村外れに広がる森へと分け入っていったのである。


捜索は困難を極めた。


なんせ彼の犬は愛嬌があり人懐っこいものの、牧羊犬としての躾しかしていなかったので辺りに散らばる小娘の匂いを中々追い切れなかったのである。


ましてや仕事を放り出しての苦行である。


ディッシュも段々と首筋を冷たい刃物で撫でられた感覚が蘇ってくるにつれ、気付けば寝食も忘れて森を彷徨う羽目となってしまった。


そうして日も暮れだした頃、ある猟師小屋の近くで畜犬が振り返って吠え出した。


慌てて犬の口を塞ぎ、伏せ、と命じて小屋の外から様子を伺うと、何やら中から声が聞こえ、その内の一つはどうやらあの小娘のものだった。


ディッシュの心臓がドクリ、と跳ね、更に会話の内容を探ろうとすると、突然、強い光が小屋から溢れ出して来た。


目に焼き付いた光を振り払うように咄嗟に飛び退いて側の木の陰に隠れること暫く。



(メアリー)が血相を変えて飛び出してゆくのが見えた。


ディッシュは逡巡し、小娘を追いかけるかどうか迷った挙句、まずは小屋の様子を探ることにした。


恐る恐る扉に手を掛け、腹を決めて一気に開け放つと、中には粗末な床に臥せる血塗れの老人が居たのだった。

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