7*命蓮坂 夕日
「あいつは、間違いなく、人類最強だったよ。だが……4ヶ月前、呆気なく死んじまった。」
命蓮坂…?4ヶ月前…?
色々気になる所はあるが、赤城さんは俺が泣いていた時も何も言わず待っていてくれた人だ。
最後まで静かに聞くべきだろう。
「4ヶ月前、WMHAと化け物共で大規模な戦闘があったんだ。その時、俺ら一班も戦ってた。アイツの最後は、本当に呆気ないものだったよ。……その時、死角から来た攻撃を、俺が避け損ねたんだ。…それを、庇って。」
……。
大切な人が死ぬ。
その人が死んだ理由が自分にあるなら、それは苦しいだろうし、悔しいだろう。
既に、赤城さんは話しながら泣きそうになっている。
自分を恨んでいるのかもしれない。そう思う程の形相だった。
「即死じゃ無かったんだ。だが…それを境に、奴らの攻撃が激化した。エースの負傷で動揺もあり、WMHAは劣勢になった。そしてそのまま、撤退を余儀なくされた。」
相手のエースが手負いになったタイミングで一気に攻める脳があるなら、そんなエースを潰せるチャンスを易々と逃す訳が無いだろう。
撤退って言ったって、そう簡単じゃなかったはずだ。
「その時、あいつは、自分が囮になるって言ったんだ。手負いの自分が1番足でまといだし、相手も私が囮になれば、無視出来ないだろうって。」
成程。
確かに理にかなっているようではあるが…それだと、本末転倒じゃないか?
恐らく、その撤退は戦力を失いたくないからじゃ…?
なら、手負いとはいえ序列1位の、組織内最強を失うのは、後々の事を考えれば大損害だ。
思わず頭を捻る。
「その時の指揮官が、言っちゃあ悪いがビビりでな。あいつを囮にすることを決めたんだ。そりゃあ、誰だって死にたくは無い。1番責められるべきは、そんな状況を作っちまった俺だ。…だが……やるせなくってな。俺が……あの時、もっとちゃんとしていればって。」
恐らく赤城さんは、過去に何回も後悔したんだろう。
そして、今でも後悔してる。それは、声色や話し方から伝わってきた。
「あいつは、優しかったんだ。さっき誰だって死にたくないとは言ったが、あいつは自分の命より、仲間、他人の命を優先出来るやつだった。…そのまま、WMHA本隊は夕日を残して撤退。夕日は爆弾を自分で纏いつつ、最後まで敵を倒していたそうだ。」
「成程。凄い人だったんですね」
「…あぁ。……すまないな。俺の話に付き合わせちまって。」
「いえ、俺も泣いている時待ってもらいましたし…お互い様ですよ。そもそも俺が聞いた事ですし…そう言えば、聞いていいですか?」
「…あぁ。いいぞ」
なら、色々聞かせてもらおう。
「確か、夕日さんの能力に明らかに回復の奴があったと思うんですが、何故夕日さんは自分に使わなかったんですか?」
それを聞くと、赤城さんは忌々しそうに口を開いた。
普通は自分の回復を優先すると思うが。
……もしかして、怪物の中には能力を封印することが出来る奴がいるのだろうか。赤城さんも、新種の怪物は今も見つかっていると言っていたし。
「回復系の能力は、基本的に自分に使えないんだ。それに、あいつの傷はかなり深かった。並の回復能力じゃ手に負えねぇ。……能力って言っても、万能じゃないのさ」
確かにそうだろう。
俺の能力だって、代償があるのだし。
「…じゃあ、WMHAって、いつ出来たものなんですか?」
てっきり俺は、各国と連絡が取れなくなった頃…一か月前かそこらくらいからだと思っていたのだが、それだと四か月前と言うのはおかしい。
「……1年前だ。」
「えっ」
「ここ最近、化け物共の量と質が上がってきてるんだよ。しかも、範囲も広くなってる。」
一年前、一年前か…赤城さんの口ぶりから察するに、1年前は恐らく、化け物も食屍鬼くらいしか出なかったのだろう。
そして、量も少なかった。
WMHAだけで問題なく制圧出来ていたんじゃないかと思う。
だが、最近になって敵の量と質が上がって、WMHAの手に負えなくなった。
…しっくりくる。
「他は質問ねぇか?」
赤城さんを見ると、既にあの悔しそうな顔は何処にもない。
……やはり、戦いに身を置いていると切り替えの速さは大事なのだろうか。
「はい。」
「なら、勧誘の話に移ろうか。つっても、もう察しが付いてると思うけどな。」
まぁ、WMHAにって事だろう。
「えぇ、まぁ。」
「お察しの通り、WMHAへの勧誘だ。だが…俺が言うのもなんだが、多分ここに居た方がお前の家族は今の所安全だ。だから、無理に今決める必要は無い。」
1ヶ月後、また来るって話だったな。
「詳しい事は1ヶ月後、仲間になってくれるなら話そう。…俺としては、お前にはWMHAに来て欲しいと思ってる。」
「……考えておきます。」
「いい返事を待ってるよ。」
赤城さんは、そう言い残して、避難所の外へ歩き出す。
……そこで、ふと気になる。
その1ヶ月の間に、俺が死んだらどうするのだろうか。
…いや、勿論死ぬ気はないが。
「赤城さん!」
「…ん?なんだ?」
赤城さんを呼ぶと、その声に反応し、その場で立ち止まって振り返る。
「もうひとつ、聞いていいですか?」
「あぁ。」
「もし、俺が1ヶ月の間に死んだら、どうするんですか?」
俺がそう聞くと、赤城さんはニヤリと笑ってこう言った。
「その時は、まぁ勿体ねぇとは思うが…そこで死ぬなら、WMHAの戦いに着いて来れねぇからな。そんなやつは、いらねぇ。」
成程。
…さっき、赤城さんは、WMHAの方が危険だと言った。
つまり、この避難所にいて死ぬレベルなら、そもそもWMHAに入っても本当に足でまといなんだろう。
「…あ、そうだ。俺もひとついいか?」
「はい!」
「お前の名前をまだ聞いてなかったな。」
恐らく、暁兄との会話を聞いていたはずだし、分かってはいるんだろう。
でも、態々聞いてくれた。
「俺は、蒼です!晃峰蒼!」
「蒼か。じゃあ、又な。」
赤城さんは、そう言って避難所を出ていった。