39*避難民生活 /終/
………。
膝に重みを感じる。
目を開けると、この2週間でそこそこ来てしまった真っ白な天井が。保健室である。
膝上に目を向けると、すやすやと寝息を立てている萌がいた。
隣のベッドには、涼葉姉が寝ている。どうやら、息をちゃんとしているようだ。
良かった。本当に、良かった。
一頻り感傷に浸った後、頭を回転させる。
……どうやら、あの攻撃の後、反動で気絶したらしい。
もしかして、最初の1回は体が勝手に止めてくれるとかそういう機能があるのだろうか。最初の時も勝手に解除されていたし━━
そこで思考を中断する。それより、今はどんな状態だ…?
状況を確認する為、寝ている萌を起こさないように、そっと周囲を見る。
窓についているカーテンが閉まっていて、外が見えない。時計も周囲には無さそうだ。
あれから、どのくらい経ったのだろうか。数時間とかそこらか?身体の痛みがかなり引いている為、そこそこの時間は経っているはずだ。
……今考えても分からないか。それより今出来ることをしよう。
今出来ること…萌の寝顔を眺める事?……そうだな。ちらりと、再び膝上の萌に目を向ける。
萌の寝顔は天使のようだ。浄化されそう。心が穏やかになる。
「んぅ…あれ?蒼にぃ……おはよぉ」
しまった。ぼーっと眺めて居たら、萌が起きてしまった。
寝惚けているのか、俺の方を見てにぱーっと満開の笑顔を見せる。緩い萌も可愛いぞ。
「おはよう。起こしちゃったか?」
「ううん…良かった、蒼にぃも生きてて…。」
俺の問いに首を横に振って否定した後、萌の目から、涙が零れ落ちてしまう。
「萌、どうした?」
焦りつつも、問い掛ける。なにかしたか?………いや、身に覚えしかないのが辛い。
どうしよう……。
………。
……………………。
どうやら、俺は2日間もの間、ずっと寝ていたらしい。萌が泣いていたのは、そのまま起きないんじゃないかと不安だったからだった様だ。よかった。いや、良くは無いが。
萌が気にして居なくても、俺が萌を置いて逝こうとした事は変わりようが無い事実なのだし。
守るとか決めておいて、その大事な妹を置いていこうとするとか。以ての外だろう。
言葉より行動で示せと言うし、これから頑張っていこう。…今度こそ。
防衛戦の結果は、奇跡的に死者0人。重傷者9名の内、能力者9名。
つまり、非能力者には殆ど被害を出さなかった事になる。まぁ、恐怖でトラウマは出来たかもしれないが。
この重傷者の内、俺と涼葉姉が2人分だ。他は、熊谷さん達18班の面々に、竜の攻撃を食らった者。
俺が気絶した後は、赤城さんが援軍で来てくれ、簡単にあの竜を倒して行ってくれたらしい。
流石、WMHAの主戦力。レベルが違う。
竜を倒した後は、食屍鬼を他の能力者達で倒し回ったそうだ。
竜の時一目散に逃げた負い目からか、能力者の人達はしっかり頑張って居たようで、竜と共に進軍してきていた奴らの掃討はかなり早く終わったようだ。………まぁ、銃を使ったと言うのも大きいだろうが。
因みに、涼葉姉が胸を貫かれたのに何故生きていたのか、医療担当の人は首を傾げて居た。
話によると、命に関わるレベルではあったものの、能力が無くても治療は出来る程度だったらしい。俺としては涼葉姉が生きていたという事実が重要な為、今は素直に喜ぶ事にする。
その今は、宴会…と言うより戦勝会の準備だ。校長先生に持ち掛けられた時は断ったのだが、萌を引き込まれてどうしようもなかった。くそう。負い目があるのを見抜かれたな。
萌に「蒼にぃ!私も皆でお祝いしたい!」とか笑顔で言われたら否定等できない。出来ようはずがない。
泣く泣くポイントから飲み物食い物を出し、渡す。参加者は全員な為、かなりの出費だ。
竜を倒したのは俺じゃないのに、ポイントがかなり入っていて浮かれていたのだが……世の中はそう上手くは行かないらしい。いや、元々貯めていた分から出さなくていいのだから、上手くいっている方なのかもしれない。…勿論、暁兄と両親の死は抜いた場合の話ではあるが。
フレディさんは、またいつの間にか居なくなっていたようだ。結局、お礼を言えていない。
……まぁ、また何処かで会う気がするし、その時に言えばいいか。
あの人は確実に俺やそこらの人よりも強いし、俺が死ななければ機会はあるだろう。
「皆さん飲み物は持ちましたね?それでは!化物の大群に勝った事を祝して!乾杯!」
「「「「「「乾杯!」」」」」」
……まぁ。今は、楽しもう。
「乾杯。」
そこら中から談笑が聞こえ、時には「あ、それ俺が取ろうとしてたのに!」とか微笑ましい会話も聞こえる。
こんなに浮ついた雰囲気なのは、久し振りかもしれない。
元々、集まった時点で命を危険にさらされていたのだし、その後も非能力者、能力者で亀裂が入っていた。その為、基本常に暗い雰囲気だったのだ。
「よぅ、兄ちゃん!」
「琴葉。……ありがとな」
後ろから呼ばれた為振り返ると、琴葉が立っていた。
その琴葉に、お礼を言う。俺の暴走を停めてくれたからな。あれが無ければ、俺は死んでいたかもしれない。……いや、気絶で済んだ可能性もあるが。
……その場合は、竜の攻撃で結局死ぬか。やっぱり、命の恩人だな。
「良いんだよ。それより、萌と姉ちゃんが呼んでるぜ?」
「あぁ。」
そのまま、手を引かれる。行き先には、萌が笑顔で手を振り、涼葉姉が苦笑していた。
偶にはこう言うのも、いいかも知れない。
「おはよう。涼葉姉。」
「おはよう。蒼くん。」
先に起きていた涼葉姉に声を掛け、隣に座る。
「これから、どうするの?」
「…………WMHAに行こうかと思ってる。」
「……私は、蒼くんに着いていくよ。萌も、着いてきてくれるんじゃないかな?」
涼葉姉は笑みを浮かべながら言う。確かに、萌なら着いてくれるだろう。
出ていく理由としては2つある。
1つが、そろそろ能力者、非能力者の溝が埋まらない所まで行きそうだから。
昨日こそ、能力者、非能力者関係なく楽しんでいたが、これから先はどうなるか分からない。能力者が非能力者を守ることを義務化される可能性もあるし、能力者が暴走する可能性もある。
2つ目が、俺の能力が全員にバレた事。
何かが欲しいと俺に直接言って来なくても、校長先生や、萌、涼葉姉を経由して強請ってくる可能性が高い。人は贅沢を覚えると、低水準には戻れないからな。
「じゃあ、ここに居るのは後、4日だね」
「うん。」
………………………………………………。
……………………。
戦勝会から4日後。今日は晴天だ。
赤城さんが来た。他にも、WMHAの人と思われる人が数人来ている。
「よお。」
片手を上げつつ、声を掛けてくる。
「どうも。赤城さん。先日はありがとうございました。」
「いい。それより、決めたか?」
「えぇ。…入る事にしました。」
俺がそう言うと、赤城さんは笑みを浮かべる。
「…そうか。じゃあ、これからは仲間だな。」
「えぇ。」
「30分後に出発する。他の奴はそれぞれ気になった奴を誘ってるから、別れと荷造りをすませておけよ。……つっても、お前は能力に全部放り込めばいいから荷造りは要らねぇか。」
「そうですね。」
辺りをざっと見た所、諏訪さん、琴葉、大学生三人組辺りには勧誘が入っている。もしかすると、何か能力者非能力者を見分ける方法があったりするのかもしれない。
……取り敢えず、校長先生にくらいは別れを伝えておいたほうがいいか。
「すみません。」
「どうも、晃峰さん。どうかしましたか?」
俺が声を掛けると、笑顔で応じて来る。
「別れの挨拶に。」
「…成程。晃峰さんもですか。」
「も、と言う事は、他の方も?」
「えぇ。諏訪君がWMHAに入るそうです。」
成程。あの人はてっきりここに残ると思っていたが、どうやら勧誘に乗るようだ。
報酬か何かがお眼鏡にかなったのかもしれない。
「………約1ヶ月、お世話になりました。」
「……いえ。私こそ、助かりましたよ。」
それは、店の能力の事を言って居るのだろう。既に、恐らく避難所でする最後の食屍鬼の頭割りは終わった。
「それでは。」
「あぁ、見送りは出来るそうなので、別れはその時ですね。」
「分かりました。」
そう言って、校長先生と分かれる。
萌と涼葉姉も、まだ避難民の人達に挨拶をしているようだ。俺と違って、知り合いが多いのだろう。いや、俺が少なすぎるだけかもしれないが。
「それでは!さようなら!また、機会があれば会いましょう!」
校長先生や、初日に熊谷さん達にお礼を言っていた少年達が見送りに来た。
WMHAに行くメンバーは、俺、涼葉姉、萌、琴葉、諏訪さん達、無表情の青年だ。
「ええ。それでは!また!」
各々自分の別れの言葉を言い、手を振る。まぁ、俺は振らないが。相手が居ないし。
諏訪さん辺りは見送りが多い。
「蒼さん!あの時は、ありがとうございました!」
大学生3人組のリーダーが叫ぶ。彼は勧誘を断って避難所に残り、校長先生に恩返しをしたいと言っていた。
直接命を救ったのは校長先生なのだし、恩義を感じているのだろう。意外と義理堅い様だ。
若干感動の別れみたいになっているが、1ヶ月もいれば物語も生まれるということなのだろう。
実際、かなり濃かったのだし。
「行くぞ。」
「えぇ。」
赤城さん達WMHAのメンバーに続き、走る。
後ろをチラチラ見ている人も居たが、危なくないのだろうか。……赤城さん達が止めていないのだし、いいのか。
因みに、道中出会う食屍鬼は全て一刀の元に切り伏せられている。赤城さんだ。
竜の死体は……別のWMHAメンバーが後日来て、回収するようだ。放っておけば、食屍鬼共が勝手に食う気もするが。
ずっと走っていると、何かが見えてくる。
銀色の…飛行船?
「見えたぞ。あれがWMHAの移動拠点だ。」
物凄く大きい。途中で迎えに来ればいいのにと赤城さんが言っていたが、あの巨体だと避難所周辺は着陸出来ないと思う。赤城さんは風踏で上空も移動出来る為、感覚が狂っているのかもしれない。
そんな事を考えていると飛行船前に着き、赤城さんがゆっくりと前に進む。
それと同時に、出入口と思われる場所からかなりの人数が出てきた。その人達が、ズラっと綺麗に並ぶ。
「「「「「「「「「「「「ようこそ、WMHAへ!」」」」」」」」」」」」
【作者から】
ここまでお読み頂き、ありがとうございました。
これにて、1章終了、一区切りです。
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途中、毎日投稿とか言ってる癖に偶に日が抜けててすみませんでした。本当に、すみませんでした。
裏話のようなものなんですが。実は元々、蒼達は追い出される予定でした。「店の能力を持ってるのに独り占めしている」みたいな感じで。ですが、何故か没に。綺麗に終わらせたかったんでしょうか(綺麗に終わったかはさて置き)
後は……竜戦を書いている時、黒歴史を書いている気持ちになりました。なんででしょうね。
あ、指摘やアドバイスはいくら会っても困らないので、ちょっと引っかかったくらいでも是非是非言って下さい!本当に有難いので、気軽にどうぞ!出来るだけ、直していきたいと思います!
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