37*避難所防衛戦 /12/
琴葉がわざと明るい声で言う。
…恐らく、切り替えて行こうということなのだろう。
「ごめん、今能力を解除するのは無理。反動で動けなくなる。」
「出来れば今すぐ解除してもらいたいんだが…それだとあたし達もキツイんだよなぁ…。」
「短期決戦で行こう。」
死ねなくなった以上、時間が長引くとまずい。
救援は遅れているのか分からないが、いつ来るのか分からないからだ。
ただ、今のままだと協力と言ってもどう動けばいいのか分からないだろう。指示を出さないといけないが…俺が言って、皆が従うか?いや、従わないだろう。信用が致命的に足りない。
『蒼さん。聞こえますか』
『ちょうど良かった。聞こえてます。』
竜はかなり知能が高い筈だ。声で指示を出すと、理解される可能性がある。念話で伝えた方が確実だろう。それを含めて、指示を出す人としてかなり適任だ。元々指示を任されていたのだし。
『一度、一斉に逆鱗に攻撃し、あの防御形態にさせましょう!タイミングは任せます!』
『えっ?あ、わかりました!』
あの防御形態、何らかの制約があるんじゃないかと思う。
理由としてはあれだけの防御性能を持っているのに、傍観している間、竜の状態だったからだ。
あの状態だと目が見えない、もしくは時間制限のような物があると見ていいだろう。
………まぁ、それすら竜の罠かもしれないが。
そこまで考えた所で、竜が痛みから復帰したようだ。こちらを殺意の籠った目で睨み付けて来ている。
こちらも睨み返し、何が来ても対応出来るように警戒しておく。
『今です!』
諏訪さんが合図を出した瞬間、残った遠距離攻撃能力者が一斉に発動させる。
「行くぞ!」
その直後、琴葉に声をかけ、竜に向かってダッシュ。
一斉攻撃の意思を見せれば、知能の高い竜は守りに入ってくれるはず。さっきの攻撃で、痛みを知った筈だ。あの反応から察するに、恐怖として刻まれたはず。
竜は近距離で避けきれないと判断したのか、痛みをこれ以上味わいたく無かったのか。
直ぐに殻に籠ってくれた。
━━狙い通り。
それを確認し、琴葉と共に急ブレーキ。
漆黒の球体が竜を包み込むのは早く、竜の内側から液体が溢れ出て、それが形作っているような状態だった。竜が防御しなければ実際に攻撃を当てるつもりだったのが良かったかもしれない。
「すまない。遅くなった。」
声がした為、振り返る。この声は━━
「フレディさん。」
「あ!あの時の銀髪の兄ちゃん!」
あぁ。琴葉は見た事はあったはずだが、名前は知らないのか。
確かに、自己紹介はあのビルでしたしな。無理はない。直ぐに居なくなっていたのだし。
「……今はいい。どんな状況だ?」
「この黒い球体が新種です。これが防御形態だと思っていますが、他に竜の形態もあります。……そういえば、援軍ってフレディさんですか?」
「いや、私の他に来る。……短期決戦を目指している様だな。」
フレディさんが唐突に話題を変える。…と言うか、なぜ分かったのだろうか。
そう言う、能力だろうか?……いや、今はいいか。
「まぁ、そうですね。」
「ふむ……蒼、お前が正面でヘイトを買い、他の奴がコイツの弱点を突きに行って隙を作れ。それが一番勝率の高い作戦だ。」
フレディさんは少しの逡巡の後、言い切った。
流石に急に現れてそんな事を言うと、かなり印象が悪そうだが………チラッと他の人を見ても、意外と気にしている人は居無さそうだ。
「私はそのサポートをしよう。」
そう付け足して、あの装飾の付いた本を出す。何も無い所から現れた。やはり、フレディさんの能力の様だ。攻撃も出来ていたし、口振りからだとサポート系の魔法も出来る可能性が高い。武の極みの魔法版のような物なのだろう。
「皆さん、もうひと踏ん張りです!頑張りましょう!」
諏訪さんは、仲間の人たちを鼓舞しているようだ。鼓舞された方は「おぉ!」と気合いを入れ直している。
琴葉は………目を閉じ、瞑想をしている様だ。瞑想と言うより、精神統一の方が近いか?
「Speed increase。Muscle strength。」
フレディさんが何かを呟いた瞬間、体に違和感を覚える。
なんだ…?これ。
「ゲームで言う所のバフだ。少し体を動かして慣れておけ。」
俺が疑問を浮かべていたのが分かったのか、フレディさんが説明する。
……感覚が違うのは命のやり取りにおいて重大だろう。言う通り、軽く跳ねたりする。
その後ろでは、フレディさんが萌と涼葉姉を浮かせて運んでいた。
容態が気になるところではあるが、今は目の前の敵を倒す事が一番萌と涼葉姉の為になるだろう。
簡単に跳ねたりして動かしてみた感想だが、物凄く、体が軽い。
能力解放と部の極み、フレディさんの支援が合わさった結果なのだろうが、既に超人レベルの運動能力なんじゃないかと思う。
…その、軽い肉体とは裏腹に、そろそろ反動、と言うか代償が来てしまっているのだが。
身体中に突き刺すような痛み。……まだ、大丈夫。
こんな事をしている最中もしっかりと球体を視界に入れ、咄嗟に動けるようにしている。
ただまぁ、恐らくだが、殻を割った後はすぐに攻撃出来ないのではないかと思う。
…いや、1、2回目の殻から出る動作がゆっくり過ぎた気もする。ミスリードを誘う罠か?
甘い考えは捨てた方がいいかもしれない。
首を振り、考えを改める。
と、その時、漆黒の球体上部から殻が割れ出す。
俺は意識を集中させ、すぐに回避行動が取れるよう待機する。
他のメンバーも、攻撃準備を始めている様だ。
パキ…パキ…
「っ!?」
殻の上部分が割れ始めていた為、上を警戒し注視していたが、正面から槍が飛んできた。
咄嗟に伏せて回避する。頭スレスレをかなりのスピードで通過し、後ろの地面に突き刺さった。
ムーンビーストと言い、この竜といい。
怪物共は、だいたい顔か心臓を狙う癖があるようだ。
つまり、伏せれば遠距離攻撃は基本避けられる。今の所の話ではあるが。
「そういう物」と思考を止めるのは危険な事だが、考え過ぎるのも良くない…はずだ。
『突進来ます!』
他のメンバーより距離を取っている諏訪さんからの警告。
俺は直ぐ様体を起こし、左に飛んで避ける。普段なら間に合わないだろうが、今なら、避けきれる。
俺が避けきった数瞬後。今まで居た場所に、竜の頭部があった。
避けていなければ、喰われていただろう。
だが、その攻撃は隙が多い。
皆は、しっかりと攻撃してくれている。これで倒せれば良し。倒せなくても決める!
「ガァアアアアア」
竜は余裕のない咆哮を上げつつ、飛んでくる攻撃に対して槍を放ち相殺を狙っている。
そこに、下から琴葉が急接近。
琴葉もフレディさんにバフをかけて貰っていたため、物凄いスピードを出している。
竜は━━━━
━━━体を、反転させた。
ひっくり返った事で、琴葉の攻撃は逆鱗に当たらない、が。
今しか、ない。
俺は地面を強く蹴り、全力で跳躍する。
あれだけ大きく動いたんだ。回避行動など取れやしないだろう。
……届くか?ギリギリ…!
その瞬間。下から風が吹く。
………涼葉姉。
「━━━らァッ!」
肉を断つ、確かな手応え。
正真正銘、全身全霊の、渾身の一撃。
身体が軋む。無理をしたかもしれない。全身が焼けるように痛い。力が入らない。
「━━━━後は、任せろ。」
ぶっきらぼうな、男の声。
赤城、さん。
何処からか聞こえたフルートの音と共に、俺の意識は暗転した。