36*避難所防衛戦 /11/
いや、「笑み」と言うよりは「嬉しそうに顔を歪めた」の方が正しいかもしれない。
だが、恐らく笑っているのだろう。奴の、あの竜の「目」が物語っている。
「っ!?」
その直後。
━━━━━目の前が、闇に覆われた。
………いや、違う。
来たんだ。目の前に。テレポートで。
眼前に広がる漆黒は、全てあの竜の巨体。遠くから見た時より、大きく感じる。頭上には、龍の頭が。
「ォオオオオオオオアアアア!!」
竜が咆哮する。
まるで、ゲームのボスが名乗りを上げるように。戦闘を開始する、合図のように。
恐怖に支配され、身体が動かない。動いてくれない。放つ威圧感が他の奴とは全く違う。食屍鬼が可愛く見える程だ。
「っ!」
竜から、槍のようなものが放たれる。俺に向かって。
目でギリギリ捉えられる程のスピードだ。当たれば、無事では済まないだろう。
必死に身体に命令する。避けろと。今すぐ避けろと。避けてくれと。
━━━━━「代わりに…萌と…涼葉を…頼む。」━━━━━━━━
━━━ダメだ。
記憶が、脳裏を過ぎる。
俺の身体は恐怖に支配される脳の命令に逆らい、その槍のようなものに短刀を振り軌道をずらそうとする。
或いは、武の極みによる操作だったのかもしれない。
短刀に当たった槍のようなものは、結果ほんの少しだけ、逸れた。
そのまま後ろに飛んでいく。
……後ろ?
「涼葉姉!」
咄嗟に後ろを振り返り、そして、その光景に目を見開く。
俺の後ろに立っていた涼葉姉の胸に。
その槍は、深々と突き刺さっていた。
穂先は背中から貫通している。まず間違いなく、致命傷だろう。
「あ…あぁ……。」
……結局、守れないのか。たった1人の姉でさえ。
絶望感と無力感に包まれる。それと同時に、自身の行動の意味を理解する。
頭のどこかでは。或いは、能力は、身体は。分かっていたのだろう。
俺が避ければ、涼葉姉が死ぬと。
一瞬、脳裏に過ぎった記憶、暁兄の言葉も、俺に理解させる為だったのかもしれない。避けてはダメだと。
そんな俺の視界に、嘲るような竜の顔が映る。
熊谷さん達が攻撃してくれていた様で、それに対応する為に今まで追撃してこなかったらしい。
竜を見ると、心の底から怒りが湧いてくる。
━━━━コイツだけは、殺す。
こいつを殺せるなら、何でもいい。
━━本当に?
脳に、声が届く。諏訪さんの声ではない。念話では無いようだ。誰だ?…まぁ、どうでもいいか。
あぁ。
━━君は死ぬかもしれないよ?
あぁ。
━━……いいだろう!“能力解放”。脳の制御装置のリミットを破壊して、普段制御されてる力を無理矢理引き出して使う能力だ。まぁ、反動で死ぬかもしれないけどね!
その声が聞こえると同時。
頭痛共に頭に知識が流れ込んでくる。あの日と同じ。……本来、この能力は単体で使う物の様だ。
……これで、アイツを殺せるのか?
━━君次第でね
そうか。
━━━━━━━━━発動。
瞬間、頭を鈍器で殴られた様な、鈍い痛みが走る。だが、動けない程ではない。
竜に目を向ける。
まずは観察だ。敵の弱点を知る為に。殺すには、まず知る必要がある。
………動きが鈍い?……いや、今はいいか。
近くで見ると、よく分かる。竜の体に着いている漆黒の鱗。これには1つも傷が着いていない。少なからず銃弾が当たってもだ。尋常ではない硬さなのだろう。
だが、竜はそれと単体の火力は大差ない能力による攻撃を、防いだ。
つまり、ダメージを負わせられる可能性があったという事。能力による攻撃の中に、弱点があった?
可能性はある。多種多様な攻撃だったのだから、1つくらい弱点の攻撃があってもおかしくない。
ただ、避難民の能力者達の殆どは既に恐怖で逃げ出している。残っているのは大学生3人組、琴葉、諏訪さん達、熊谷さん達くらいだ。全属性を揃えるのは無理だろう。
……そう言えば、何故竜は俺を狙ったのか。
……いや、本当に俺を狙ったのか?あの槍の攻撃。
俺は少し逸らしたが、それだけで掠りもしていない。何故……
……狙ったのは、俺ではなく、涼葉姉?
涼葉姉を狙う理由……風流による、攻撃のサポート。
若しかするとコイツも、俺達を観察していたのかもしれない。そして、気付いたのだろう。
涼葉姉が能力による攻撃の軌道を、コントロールしている事に。
つまり、弱点は……場所。
………逆鱗
「あぁぁぁあああ!!!」
能力解放と武の極みをフル活用し、竜の顎の下辺りを狙い跳ぶ。
全力で跳ぶ時、身体が痛みで悲鳴を上げたが気にしない。動けるならそれでいい。
……体が重い…?いや、脳の知覚範囲が広がったせいで、そう感じているのかもしれない。
能力解放には、そういう能力もあったはずだ。
「らァ!」
勢いのまま、全力で短刀を振るう。が、竜はそれを避け、再び槍のような物を放ってくる。
狙いは俺の心臓。このまま何もしなければ、凄まじいスピードで見事に俺の心臓を突き刺さし、致命傷になるだろう。下手すれば即死かもしれない。機械のような正確さ。物凄いコントロールだ。
空中で無理矢理身体を捻り、槍を回避する。腕を掠り、痛みが走ったが、まだ動ける。動かせる。
地面に着地し、再び竜を見据える。
このままだと、避けられるだけだ。もっと早く。早く。
「っ?」
竜に、火、土の球が飛んで行く。見ると、大学生3人組が、攻撃していた。
逆鱗を狙って放たれたその攻撃を、竜は首ごと振って避ける。
そして、その攻撃は文字通り逆鱗に触れた様だ。大学生3人組の方を睨み付けている。
その隙を狙い、全力で駆ける。さっきより、動きに重さを感じない。竜が、遅い。
だが、竜は俺に気付き逆鱗を頭部で隠そうとしている。
このままだと、殺せなくなる。……足が壊れてもいい。もっと、もっと早く。守られる前に。早く。
「死ねッ!」
自分でも驚く程の速さで肉薄し、そのまま逆鱗から顎に短刀を突き刺す。
殺すつもりで刺したが、殺し切るには俺の力が足りないようだ。竜が痛みで暴れだし、振り払われる。
見ると、短刀を刺したところから赤黒い血が出ていて、顔は痛みで歪み、俺を視線で殺さんばかりにを睨みつけている。
ダメージはあるようだ。これを繰り返せば━━━
「っ!」
肩に手を置かれ、驚き飛び退く。見ると、琴葉が立っていた。
「兄ちゃん、そのままだと体が壊れる。直ぐに能力を解除しろ」
真剣な顔で言ってくるが、それくらい俺もわかっている。下手をせずとも、このままだと死ぬと。
「どうでもいい。」
パシンッ!
と、いい音が響く。琴葉に頬を叩かれたのだ。
「…なんだよ」
「お前には萌がいるだろっ!何捨てて死のうとしてんだよッ!それにっ!あんたの姉もまだ死んでないッ!」
……え?
言われ、後ろを振り返る。そこには、涼葉姉を必死に治す萌の姿があった。
涼葉姉の胸から槍は抜かれ、刺さっていた部分から血が出ている。だが、明らかに量が少ない。
「あ…」
「だから兄ちゃん、自分も大事にしろ。」
……そうだ。俺には、萌も居る。ここで死ぬ訳には行かない。
そっか。そうだよな。
顔を戻し、琴葉を見る。
「……あぁ。ごめん」
「……よし!皆で協力して、あいつを倒して…全員で、生き残ろうな!」