35*避難所防衛戦 /10/
「遠藤さんは避難民に単独行動を避ける様、呼びかけて下さい!俺は家族と合流した後、熊谷さん達に報告しに行ってきます!」
「わかりました!」
涼葉姉も萌も、今は体育館に居るはずだ。
俺が居ない時、2人の近くに食屍鬼が現れれば簡単に殺されてしまうだろう。そんな事にはさせない。
校長先生に他の避難民への報告は任せ、一足先に体育館に戻る。
………。
…。
「成程。俺も避難所内で発生したという報告は聞いたことがない。その可能性はある。となると……」
「一気に倒したい所ですね」
あの後、萌と涼葉姉と合流し、銃弾をばら蒔いている熊谷さんを諏訪さんに頼んで呼んでもらい、俺の考えと共に2階に現れた食屍鬼の報告をした。
何故諏訪さんに呼んでもらう必要があったかと言うと、銃撃の音が大きく、叫んで呼んでも聞こえなさそうだったからだ。撃ち終わったリロードのタイミングなら聞こえたとは思うが。
ただ、竜の能力の詳細によっては一刻を争う可能性が有る。そこで、諏訪さんの念話だ。あれは耳から届く訳では無い為、周囲が煩くとも問題なく聞き取ることが出来るのだ。
「あぁ。……避難民の能力者達にそろそろ頼む事があると伝えて置いてくれ。」
「わかりました。」
恐らく作戦か何かを考えるのだろう。
ミゴは殆ど全滅したにも関わらず、食屍鬼達は統率が崩れていない。という事はあの竜がかなりの知能を持っていて、全体を指揮している可能性が高い。
となれば、遠くから削ろうとしても食屍鬼を盾にされるのは時間の問題だろう。
つまりあの竜を倒すには、食屍鬼やムーンビーストを倒し切って接近するか、遠距離から一気に攻撃するしか無い。アイツ、全く前に出てこないからな。
「皆さん、そろそろ出番です!今、熊谷さん達が作戦を考えているので動けるようにしておいてください!」
と言うと、返事こそ殆ど無いが、脳を休める為に寝ていた人は起き上がり、座って休んでいた人も深呼吸等で気合を入れている。……まぁ、寝惚けている人もいるが。
「涼葉姉、萌。体調とかは大丈夫?」
「うんっ!」
「大丈夫だよ、蒼くん。」
振り返り2人に体調を聞いてみると、萌からは元気な返事が。涼葉姉からは柔らかい笑顔が返ってきた。顔色が悪かったり等はない為、大丈夫だろう。
「辛かったら無理せず言ってね」
「蒼くんこそ、無理はしないでね」
一応、もし辛かったら我慢しなくていいと言うと、心配そうに無理はするなと返ってきた。無理せずとも大丈夫なら、勿論無理はしない。ただ…必要なら、躊躇わずする。無理せず失うより、無理して守った方がいいに決まっているからだ。少なくとも、俺の中では。
「善処するよ」
「作戦が決まった!」
そこで、熊谷さんが入ってくる。他のメンバーは、外で未だに銃を撃ち続けているようだ。銃声は鳴り止まない。
既に避難民全員が聞く体勢に入っている。勿論、俺達もだ。
「まず、我々が邪魔な食屍鬼共を殺り、そこを一斉攻撃で仕留める!以上だ!絶対に勝つぞ!」
「「「「おぉ!!」」」」
熊谷さんが発破をかけ、それに能力者達が吠える。
恐らく、自分を鼓舞しているのだろう。
既に殆どが食屍鬼を投げる姿を目撃している。力があるのは間違いない。そんな怪物と戦うのだから、多少の差はあれど恐怖は感じているだろうし。
能力者全員で外に出る。近接戦闘向きの能力者は、念の為の護衛だ。何があるか分からないしな。
━━━━発動。
既に、移動くらいなら大した反動がない程になっている。咄嗟に行動出来るよう、備えておいた方がいいだろう。一応、短刀も抜いておく。
「すまない。」
そこで、熊谷さんが話しかけてきた。
「なんですか?」
「お前の姉の力を借りたいんだ。」
話を聞くと、あの竜に確実に攻撃を当てる為、涼葉姉の風流の力を借りたいらしい。
「俺は涼葉姉が良いなら構いませんよ。」
「私は大丈夫です。」
俺としては、反対する理由は無い。強いて言えば涼葉姉に負担をかける事だが、既に俺自身、かなり負担をかけてしまっている。俺がとやかく言えることでは無い。
涼葉姉はその要請を承諾し、敵の位置や攻撃の数を確認しているようだ。
「助かる。ロクに訓練もしていない筈だからな。近くなら兎も角、あの距離を当てるのは厳しいと判断した。」
熊谷さんは態々説明をしてくれる。
確かに、ここからだとそこそこの距離がある。
既に能力を得てから2週間以上が経っているとは言え、そこまでの精度はないだろう。
「よし、これから一斉掃射を始める!避難民は攻撃準備を始めてくれ!…撃てー!」
一応、耳を抑えておく。
その直後、一旦止んでいた銃声が再び鳴り出す。近くで見ると、かなりゴツイ銃だ。
空いた穴を塞ごうと後ろからでてきた食屍鬼が、銃弾の雨によって蜂の巣にされている。
「今だッ!」
数十秒打ち続け、かなり正面の食屍鬼が減ってきた所に、熊谷さんの叫び声が通る。
それを合図に、準備していた攻撃が一斉に発射され、竜に向かって多種多様な攻撃が飛んで行く。その間、俺は敵が飛ばされて来ていないか辺りを警戒しつつ、成行きを見守る。
相手の状態を見るのは大事だが、それで真後ろに居る涼葉姉を危険に晒す訳には行かないため、警戒を優先する。
……。
………………。
その攻撃が竜に到達した瞬間、何かの化学反応でも起きたのか、ドーン!と、爆発音の様な音が聞こえた。更に、その爆発で周囲の瓦礫が舞ったのか、煙塵で姿が見えなくなる。
「どうだ?」
それは誰の声だっただろうか。煙で竜の姿が確認出来なくなり、状況が分からない。
恐らく、全員がどうなったか気になっているだろう。
次第に、時間経過で煙が晴れる。
姿を現したのは、最初に見た、漆黒の球体。それが再び割れ、中から━━━
━━━━━━無傷の、竜が出て来た。
「そんなの…ありかよ」
避難民の誰かが、膝を折る。
恐らく、今出来る最高火力だっただろう。全員の攻撃を、一度に命中させたのだから。
それを食らって、無傷。絶望感を感じるのも無理は無いかもしれない。
━━だが。
今使ったのを見るに、あの球体になるのは防御形態のようなものなのだろう。
なら、少なくともあの攻撃を防ぐ必要があったと判断したはず。あの竜は、銃弾が流れ弾で当たっても全く気にしていなかった。つまり、有効打ではあったのだろう。
ダメージが通るのなら、勝てる。希望がある。
内心でガッツポーズをしつつ、顔を上げる。……すると、こちらを見て“見つけた”と言わんばかりの笑みを浮かべた、竜と━━━
━━━目が、合った。