31*避難所防衛戦 /6/
昨日の夕方、一緒に戦った無表情の青年だ。
だったと言うのは、今、食屍鬼や猟犬の死体の山の上で、口角を上げ、笑っているから。
右手に持ったナイフを、座っている食屍鬼に刺しながら、だ。
ずっと同じ動作を繰り返しながら笑っている青年に、物凄い狂気を感じる。
近寄り難いというレベルでは無い。普通に恐怖を感じる。
━━━━━逃げるべきか?
……逃げた所で、か。
それに、逃げてどうするのだ。避難所で会う可能性が高いのだし。
結局どうしようかと動けずに居ると、奥から猟犬が青年に飛び掛っていた。
「っ!」
助けに行くべきか?と短刀を構えたが、その必要は無かった。
青年は、振り向き様に拳を前に出す。
そして、その拳が猟犬の頭部に当たった瞬間。
━━破裂したように、消えた。
夕方の防衛戦で見たのと同じ能力だろう。
……食屍鬼の胴部分に空いている風穴も、同じ能力なのだろうか。
痛みで悶えている様にも見えないし、見た目的な変化も無い。怪物を一撃で倒せるレベルの能力が、代償無し?そんな事があるのだろうか。
見ている限りでは、武の極みより強い可能性も全然あるのに━━
「っ!?」
今、目が合った。
黒く濁りきった、何も映さない瞳。……それが、こちらを見ていた。
咄嗟に飛び出し、避難所の方に走り出す。
その言動の根底は、恐怖。あの日、食屍鬼に殺されかけ、赤城さんに助けられた時よりも、怖い。
頭は今すぐその場所を離れろと、あいつから逃げろと訴えて来る。
地面にある食屍鬼の死体に足を取られそうになるが、何とか倒れずにそのまま走る。
………………………………………。
………………。
そのまま必死に逃げ続けていると、いつの間にか避難所に着いていた。
後ろを振り向いてみても、誰も居ない。追いかけて来てなどいない。
そもそも、冷静に考えれば目が合っただけだ。刃物を向けられた訳でもないし、攻撃の素振りがあった訳でもない。本当に、ふと目が合っただけ。
「ふぅ…」
それでも、安堵の息が漏れる。
……早く休もう。
避難所の中に入り、涼葉姉と萌の寝ている所まで進む。
すやすやと寝息を立てている萌と涼葉姉は癒しだ。見ているだけで頑張ろうと思える。
俺が、守らないと。
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「大変だ!」
報告を待っていると、扉が乱暴に開け放たれる。
現在は夕方。昼の3戦目は先鋒と数が殆ど変わらなかった為、何のイレギュラーも無く倒し切れたのだ。
…まぁ、何も無いのはいい事だ。と言うか、元々の報告になかった怪物がいるのがおかしい。
それと、数が増えている事が確定した。
流石に偵察を出した結果、次に来る最後の集団は500を超えている可能性があるらしい。
更に、食屍鬼、ミゴ、猟犬の他にムーンビーストが居たらしい。
最初の報告は本当に何だったのかと思う程の違いだ。といっても、その存在を知れただけ意味はあったのだが。
「どうした?」
熊谷さんが、焦燥した様子の仲間に声を掛ける。
「新種だよ!新種の怪物が居たんだ!」
「なっ!?」
新種?WMHAで戦った事が無い怪物、という事だろうか。
それなら、情報が全く無いと言う事になる。
どう言う攻撃をしてくるのか。どのくらいの硬さなのか。どの程度の知能なのか。特殊な攻撃は無いか。
懸念要素が多すぎる。
ただでさえ、命を懸けて戦っているのだ。普段より安全マージンの取れない敵など、誰も戦いたく無いだろう。
「今すぐ本部に連絡しろ!応援を頼む!」
熊谷さん達は、バタバタと何やら始めている。
……ここに居ると邪魔かもしれない。そう判断し、体育館に戻る。
戻ってみると、急に慌ただしくなった熊谷さん達に引き摺られてか、それとも何かを感じ取ってか、避難民の殆どが不安そうな表情で、全体が暗い雰囲気になっている。
「兄ちゃん」
つったっていると、後ろから声を掛けられる。
夜の青年の事もあり、急に声を掛けられビクッと体が反応してしまったが声的に琴葉だろう。
「何だ?」
「呼ばれてるよほら、こっち。」
と、腕を捕まれ引っ張られる。そのまま無抵抗で連れて行かれた所は再びの会議室。
居るのは熊谷さん達18班の面々、校長先生、諏訪さん、大学生3人組、琴葉、無表情の青年、前の会議にもいた恐らく権力者の人達。
無表情の青年が座っているのに気付いた時は思わず顔が引き攣ってしまったが、青年は俺に気付くも特に何も反応しなかった。
気にしていない…のだろうか。
「今から緊急会議を始める!」
そんなことを考えていると、熊谷さんの声が響く。
今は会議に集中しよう。うん。これは現実逃避では無い。絶対にだ。
「実は先程、更に数が増えているという報告と、新種の怪物が発見されたという報告を受けた!」
熊谷さんがそう言った瞬間、俺と無表情の青年、18班の面々、校長先生以外は驚いた様だ。
校長先生と18班の面々は先に聞いていたのかもしれない。俺が驚いていないのは、先に聞いていたからだ。……まぁ、数が増えたというのは初耳だが。
「具体的にはどのくらいの数なんだ?」
「凡そ…1000。」
1000。遂に4桁…か。流石にそれは驚いた。
無表情の青年は……反応が無い。驚いていないのか、顔に出ていないのかがわからなさ過ぎる。
他の能力者メンバー、権力者メンバーは全員目を見開いていたり、席を立っていたりと様々な反応を見せているが。
「それぞれの数は?」
「ミゴ150、ムーンビースト100、猟犬50、新種1。新種は一体しか確認出来なかったそうだが、他の種類は大体の数だ。それより多いかもしれない。」
ムーンビーストは槍で遠距離から攻撃をしてくる怪物らしい。
何故月の怪物なのかは分からないが。
「相手に遠距離攻撃が出来る固体がいるんだから、こっちはそれより長い射程の武器で戦わないと辛くないか?それと、新種の奴がどんな攻撃してくるか分からないから、ミゴを遠くで先に燃やすってのは難しいと思うぜ」
琴葉の発言は最もだな、と思う。
もしかしたら索敵能力に優れているかもしれないし、超遠距離攻撃が出来るかもしれない。
そんな奴の射程に入るかもしれないのに、火を放ちに行く人は居ない。いてもかなり少ないだろう。
「……最初から銃の乱射で数を減らすのはどうでしょう。」
「まぁ、食屍鬼、ミゴ、猟犬辺りにはダメージを与えられるとは思うが…。」
「新種の知能、装甲を確認する意味でもいいんじゃないでしょうか。」
銃で傷付くなら良し。付かなくても情報は得られる。……まぁ、それで倒せるのが一番いいのだが。
「そうだ、救援は?」
「間に合うか怪しい、との事だ。」
怪しい、という事は、間に合わなくても時間を稼げれば来るということか。
なら、数を減らして時間稼ぎもありか?
「そろそろ来ます!」
そこで扉が開き、新種の怪物の報告をした人が言った。
「……仕方ない。まず我々が銃を発砲する。それに合わせ、遠距離攻撃能力者はミゴ、猟犬を狙って攻撃して欲しい。行くぞ!」
熊谷さんはそう言って、準備をしに行った。……校長先生は避難民に報告しに行くようだ。
俺は涼葉姉と萌に伝えに行こうか、と席を立つと、無表情の青年が近付いてくる。
思わず身構えるが、青年は俺の肩に手を置いて、こう言った。
「お前の姉と妹を、何があっても守れ」
「え?」
そのまま青年は通り過ぎ、体育館に戻ったようだ。
姉と妹は涼葉姉と萌の事だろう。何故、青年がそれを言うのだろうか。いや、元々守るつもりだったが。
……考えても分からないな。取り敢えず、涼葉姉と萌に会いに行こう。