19*食屍鬼掃討作戦 /6/
先に動いたのは食屍鬼。
ミゴの指示なのか、俺を囲うように展開する。
……にしても、割と万全の状態で2体同時に苦戦したのに、食屍鬼だけでも5対2だ。
それに、遠距離攻撃を放って来るという、指揮官のミゴ。
……これは、時間稼ぎに徹した方が良さそうか…?
確か、まだ諏訪さん達は到着していなかった筈。
能力に寄るが、協力すれば倒せるかもしれない。
………ただ、これは賭けだな。
そもそもここに来れない可能性もあるし、嫌われている可能性もある。
嫌われているなら、協力しようにも出来ないと考えた方がいいし、それなら時間稼ぎに徹して体力を失い、今から全力で行くより勝率は低くなる。
……………………。
……あのお人好しなら、後回しにはしても見捨てはしないだろう。
時間稼ぎ、頑張るとするか。
まず、優先すべきは敵の機動力を削ぐこと。
なら、腕より足を狙うべきか。
そう判断した俺は、左腕を固定していたガーゼを取り、ミゴの真下にいる食屍鬼に突進する。
「おらァっ!」
わざと声を出しつつ、大振りで上から短刀を振り下ろそうとする動作。
ただの素人がする、拙いフェイントだが、食屍鬼は引っ掛かってくれたようだ。
すぐ様姿勢を低くし、足の付け根を狙い地面を蹴る。
そのスピードのまま駆け抜け、タイミングよく短刀を振る。
当たったっ!…だが、浅い。
狙い通り、足の付け根に当たったが、力が足りず切断には至っていない。
皮膚を切り、赤黒い血が出たくらいだ。
「くそっ…っ!?」
思わず悪態を付いていると、視界に別の食屍鬼の拳が入った。
咄嗟にその場で跳ぶ。
その瞬間、横から突風が吹くが、俺はそれに身を任せる。涼葉姉の援護だ。
俺は風に持ち上げられたまま、ミゴの方に進む。
これは、移動中に打ち合わせした物だ。
俺が跳んだ時、そのままミゴの所へ送ってくれと。
避けた動作だったが、しっかり打ち合わせ通りやってくれている。
本当に、助かるよ。こうなる前も、こうなってからも。
……ミゴの近くまで来ると、その相貌がよく分かる。
全身はくすんだピンク色で、甲殻類のような皮膚に何本もの鎌状の腕。
頭部は灰色の平べったい巻貝の様な形で、小さい触手のようなものが何本も着いている。
およそ目や口、鼻と言った物と思われる物はなく、背中に着いた2本の羽は、耳元で飛ぶ羽虫のような不快な音を奏でている。
「はァっ!」
俺は身体を運ぶ突風に身を任せたまま、短刀を構える。
武の極みを発動していないと、バランスすら取れないだろうが、そこは達人の技術を扱えるこの能力だ。
そこから姿勢を変える事も出来る。
そのまま肉薄したタイミングで短刀を首辺りを狙って振ると、ミゴは自身の腕で防いで来た。
その瞬間、キーンと言う、金属同士がぶつかった様な、甲高い音がなる。
なんちゅう固さだよっ!
………やはり、俺の攻撃だと、どうやっても倒せなさそうだ。
「…っ!?」
そのまま離脱しようとした瞬間、ミゴは別の腕で俺を殺そうと振って来る。
咄嗟に体制を崩しながらも避けるが、さらに別の腕で追い打ちを掛けてくる。
無理矢理短刀を使ってそれを防ぐが、その攻撃は俺の短刀を防いだ物よりかなり重く、貫かれこそしなかったが、身体ごと吹き飛ばされてしまう。
飛んでいく自分の身体の先には、住宅街から1番近いビル。
いや、やばい。
それは、死ぬって。
「あぁぁあああっ!!!」
そのまま俺は、ビルに突っ込んだ。
━━━━━━━
「ってて…はは。なんとか…生きてたか。」
俺は痛みを堪えながら、身体中に付いたガラスの破片を払い、呟く。
流石に、涼葉姉の風も衝撃を抑えきれなかったようだ。
まぁ、そのお陰でガラスを割れた為、良かったと言えば良かったが。
…………にしても、今のは本当に、運が悪ければ死んでもおかしくなかった。
運がいいのかもしれないな、俺は。
いや、こんな事を考えている暇は無い。俺は頭を振って思考を払う。
早く戻らないと━━━
「何かと思えば、飛んで来たのか」
「っ!?」
誰も居ないと思っていた為、驚きつつも顔を上げる。
既に明かりの付いていない、真っ暗な通路の奥から人影が近付いてきていた。
段々と歩いて近付い来るに連れて、窓から差し込む光に照らされ、その姿が顕になる。
銀髪でつり目、肌は田舎の雪のように真っ白な男性だった。
見た目からは、冷静で頭脳明晰な印象を受ける。
可愛いとか、厳ついでは無く、そのままカッコイイと言う言葉が似合うだろう。
高身長、顔もキリッとしていて肌は色白、ただのイケメンの様だ。女性に好かれそうな見た目だなとも思う。
肌の露出が少ない為、あまり肉体は見えないが、かなり細身だ。
肉弾戦には向いていないと思う。
ただ、先程の日本語はかなり達者だったが、見た目からしてどう考えても日本人では無い。
「何故、こんな所に居るんですか」
「名乗らずに最初から質問か。お前は礼儀という物を知らないのか?」
かなりきつい言葉。
こんなイケメン以外の男が言えば、まず叩かれるのは間違いないだろう。
だが、まぁ。
急いでいるとは言え、人間のようだし、名乗るべきだったか。
「それは申し訳ない。急いでいる為、気がはやっているのだ。俺は晃峰蒼と言う。」
「ふむ。私の名はフレディホワイト。先程の質問だが…ここは静かだからな。静かな所が好きなんだ。」
何故か変な言葉使いになってしまったが、まぁいい。
単純に好きだからいるという訳か。
「そうですか。」
「あぁ。で、何に飛ばされて来たんだ?」
「っ…もしかして、WMHAの人でしょうか」
口振りからして、ミゴや食屍鬼を知っている…と思う。
そして、WMHAは世界怪物狩り協会。
今まではWMHA所属でも、日本人しか出会わなかったが、日本人しか居ないというわけでないだろう。
なら、赤城さん達と一緒に来たWMHAの人である可能性はある。
「質問を質問で返さないで欲しいが…まぁ、いいだろう。私はWMHAの人とも、そうでないとも言える。」
どういう事だろうか。
仮で入った?それか、もう辞めたとかだろうか。
フレディさんは、俺に今度はお前が質問に答えろと言う鋭い眼光を向けている。
「俺をここまで飛ばしたのはミゴです。」
「なるほど。あの羽虫に苦戦している様だな。」
「えぇ。」
そう答えると、フレディさんは少し考えた素振りを見せ、こう言った。
「蒼と言ったか。助けてやろうか?」