12*避難所生活 /6/
あの笑顔を見れただけで、頑張った甲斐があったと言うものだ。
さて、次にやっておいた方がいい事は……萌の、能力把握か。
俺は、横をスキップしている萌を見る。
あの時の言葉から考えると、萌の能力は涼葉姉より多いか強い。
後はどんな能力かが問題だ。
そんな事を考えつつ、避難所の元の位置に戻る。
「なぁ萌。」
「何?蒼にぃ」
「萌の能力は、なんだったんだ?」
そう聞くと、「ギクリ」と言う音が聞こえそうな程、あからさまに動揺している。
視線は思い切り泳いでいるし、手を宙に浮かべ、何かを払うような動作をしている。
……これは、萌が何かを誤魔化そうとする時にやる癖だ。
「……。そんなに言いたくないなら、言わなくて良いぞ。どんな能力を持ってても、萌は俺の大事な妹だからな。」
別に無理に聞き出さなくてもいいだろう。
何せ、俺が萌を守るのは変わらないのだし。
「蒼にぃ…。…ううん、ちゃんと言う。………ゆと……みん」
「…ごめん、聞き取れなかった。」
やってしまった。
萌が折角言ってくれたのに、聴き逃してしまった。
「……治癒と、催眠。」
「……?なんで言い渋るんだ?良い能力じゃないか!」
何故、萌は言い渋っていたのだろうか。
確かに、全くの他人が“催眠”なんて能力を持っていたら、かなり色目で見てしまうかもしれないが。
萌は、こうなる前から、能力が現れる前からずっと一緒に居るのだ。
いい子な事は分かっている。
「……だって…ぐすっ…私がいれば…暁にぃも生きてたかもしれない…から…!」
いつの間にか、萌は半泣きしていた。
話しながら、涙を拭っている。
……そうか。
そう言えば、まだ萌には回復能力が深い傷は治せないことを伝えていない。
もし自分が、自分も、行っていれば。
そう、自分を責めていたんだろう。
そう考えた俺は、萌の頭を撫でながら口を開く。
「大丈夫、萌のせいじゃないよ。暁兄の傷は、物凄く深いものだったんだ。…赤城さんに聞いたんだけど、治癒とかの回復系能力は、深い傷には殆ど意味が無いんだって。」
「でも…でもぉ!」
俺は回復系の能力を持っていなかったが、あの時持っていれば…と、思った事はある。
完治とまでは行かなくても、延命くらいは出来たんじゃないかと。
萌の場合、それを自分が持っていたのだ。
萌は賢い子だし、自分がもし一緒に行っていれば、ここに暁兄が居たんじゃないかと思ってしまったんだろう。
……ただ、過ぎた事はどうしようも無いのだ。
後に悔いるから後悔。時を戻す事も出来ないのだから、諦めるしかない。
……どうした物か。
俺じゃあ、慰められる自信が無い。
「萌……よしよし。」
丁度いい所に、涼葉姉が来てくれた。
俺が困っていたのを見てか、代わりに萌を慰めてくれている。
…はぁ。
俺は、妹を慰めることすら出来ないのか。軽い自己嫌悪に陥る。
「すみません、晃峰蒼さんですよね?校長が呼んでます。」
そんな時間も長くは続かず、声を掛けられる。
振り返ると、制服を着た、俺の一個下くらいの女子生徒が居た。髪は長めで、優等生オーラを纏っている。
…この学校の生徒さんだろうか。
「分かりました。わざわざありがとうございます。」
「いえ。校長に頼まれたので。あ、談話室ではなく、校長室なので案内しますね。」
…違う場所なのか。
迷って時間を無駄にする訳にも行かないので、大人しくその女子生徒について行くことにする。
道中、特に会話もなかったが、何事も無く校長室に着いた。
「失礼します。晃峰蒼さんを呼んで来ました。」
「おぉ、ありがとう」
しっかりノックし、その女子生徒が扉を開けると、校長室にはバラバラになった屍喰鬼が数体落ちていた。
奥の椅子に座っている校長は、俺と俺を呼んできた女子生徒に、対面のソファーに座れとジェスチャーしてくる。
俺はそのまま遠慮なく座り、女子生徒はえ?えっ?と、若干戸惑りながらも、俺から離れた位置に座った。
「なんの用でしょうか」
俺は、笑顔でそう言う。
……人の能力を、他人に聞かせようとするなと言う意味を込めて。
「それはもう、わかっているかと思いますが?」
穏和な表情を崩さず、かつ女子生徒には全く触れずに返して来た。
「いえ…俺と、…えーっと、そこの人との共通した話題が全く分かりませんね…」
「……はぁ。駄目ですか。」
俺が惚けると、校長は溜息をつき、諦めたようにそう言った。
「はい。ただうざいだけです。」
折れてくれたので、率直に言う。
「……すみません。この子は、私の秘書のような仕事をしていまして。」
「そうですか。」
「……手伝ってもらう為に、晃峰さんの口から直接聞かせようと思いまして。」
俺が気にせず話し始めたらそれはそれでよし、俺が気にしながらも先に口に出せば「貴方が自分で話し始めたんでしょう」とか言う予定だったんだろうか。
俺がキレて、ここを出て行くとか言い出したらどうする予定だったのだろうか。
「そうなんですね。」
「……すみません。ただ、晃峰さんの信用を失っただけの様ですね…では、単刀直入に聞きます。この子にも能力の件を伝えてもいいでしょうか。」
それ、半分言っているようなものじゃないだろうか。
……ただまぁ、見方によっては秘密を守ろうとしたとも言えるか…?
「いいですよ。ただ、次そんな事をすれば…直ぐに出ていきますから。」
「肝に銘じておきます。」
それで女子生徒関係の話は終わり、当初の予定だった“店”の死体蹴りが有効かを調べる。
「これ、他に置く場所なかったんですか?」
「使っていなかった部屋や、教室は個室替わりになっていますので…。」
あぁ。
WMHAの人、お金持ち、権力者達は個室があるのか。
それで、元は教室だった部屋が埋まっていると。
……ただ、下手に一般人と同じ場所に入れなくて良かったかもしれない。
価値観の違いから、要らないいざこざが起きていた可能性もあるのだし。
━━━━━━━
「どうぞ。」
俺を案内してくれた女子生徒━━諏訪 翠という名前らしい━━が、お茶を入れてくれた。
…未だに、電気は通っているんだな。
…水道は止まっているのに。
……そういえば確かに、俺達が寝てる体育館にも、スマホを弄っていた人は結構居たかもしれない。
余り興味がなく、殆ど覚えていないが。
因みに、実験の結果から言うと、頭部丸ごとの状態でそこそこ綺麗に残し、それを真っ二つにすると1ポイント加算される事が分かった。
だが、他の場所は無理だし、勿論2度同じ個体の頭部でやることも出来ない。
…それと、どうやらこれは、正規の方法のようだ。
1日一種に付き15体という制限があった。
取り敢えず限界まで死体切りをし、回数リセットのタイミングを気にかける事にする。
……因みに、死体切りもかなり疲れる。
何故か、物凄く硬いのだ。
…いや、武の極みを使って居ないからかもしれないが、体感朝首を切った時より硬い。
一体ごとにそこそこの時間と体力を取られる為、疲れている時はそもそも切る事が出来ないだろう。
「ありがとうございます。」
折角貴重な水を使って入れてくれたのだから、有難く飲む事にする。
……苦い。
「ふぅ。……で、何が欲しいんです?」
こんなに俺の能力の為に協力するという事は、あちらにも目的があるはずだ。
恐らく、現状“店”を使わないと入手不可能、もしくは困難なもの。
「実は…こうなる前に、ずっと支援して下さっていた方が持病持ちでして…その薬が、そろそろ無くなってしまう様なんです。恩をかなり受けているので無下にも出来ず…。」
なるほど。
過去に恩を受けているなら、こんな時に薬を切らした?どうしようもない。ばいばいなんて真似はし辛いだろう。
「ちょっと確認して見ます。なんて名前の薬ですか?」
「ありがとうございます。えーっと、ロスバスタチン錠、2.5mg「DSEP」です」
それを聞き、目を閉じる。
ポイントによっては、買ってもいいだろう。
それに、いい機会だ。
これから先、涼葉姉や萌が病気にかからないとも限らない。
この辺りで、大体の消費ポイントを見ておこう。
発動。
すると、今度は元々の目的があったからか、錠剤の一覧が並べられる。
ロスバスタチン錠は…あった。
…7日分で15ポイントか。
他の物もだいたいそのくらいだな。
目的を達したので、能力を解除する。
完全に文字列が見えなくなった事を確認してから、目を開ける。
すると、不安そうな表情を浮かべた校長と、諏訪さんが居た。
…諏訪さんも、その持病持ちの人に恩があるのだろうか。
「どうでしたか?」
「あぁ、ありましたよ。15ポイントでした。」
それを聞くと、2人は嬉しそうだ。
「買って頂くことは…」
「………。」
どうするか。
…いや、買うのはいいのだ。
ただ、俺は善人じゃない。
無償━━そのポイントを集めたのはWMHAの人達だが━━で渡す程、お人好しでもないのだ。
………良し。
「買うのはいいですが、その前に俺の能力で貴方々が購入する時のルールを決めます。」
「…分かりました。ルールとは?」
「まず、毎日15体分の食屍鬼の頭部を持ってくる事。」
「そもそもポイントが無いと、買えませんもんね。」
これは、納得しているようだ。
「次、15体持ってくる度に、そちらが自由に使えるポイントが5ポイント増えることにします。つまり、残りの10はそのまま俺のポイントになります。俺がどう使おうと勝手、という事ですね。」
「おかしいじゃないですか!」
それまで、黙って聞いていた諏訪さんが急に突っかかってきた。
「待て、そもそも能力は個人の物だ。私達はそれを使わせて貰っている立場なのだから、そのくらいは受け入れよう。」
「校長!」
どうやら校長先生の方は、俺の要求を飲むつもりの様だ。
それを聞いて、裏切られたような表情をしている諏訪さん。
…税金と大して変わらないと思うが、何が不満なのかね?
「私は反対です!折角人の役に立てる能力を持っているんですから、持っていない人の為にも1回につき14ポイントは他の人が使う権利を持つべきです!」
……あぁ。
ただの性善説…いや、ちょっと違うか?
人に人の役に立つ事を強制するタイプの人種か。
何が悲しくて興味もない、ただ近くに居るだけの人の為に、能力を使わなきゃ行けないといけないんだろうか。
「嫌なら嫌でいいですよ。俺は別に無理に出せって言ってる訳じゃないですし。…後、多分切羽詰まってるのって、そっちですよ?…あ、今度は薬だけ渡せとか言いますか?それだと、俺の旨みは全く無い。お互いに理がないと、基本的に続きませんよ?他人同士の協力関係って。」
少しイラついた俺は、諏訪さんに対して若干の煽りを加えつつ、自分の思っていることを述べる。
確かに、命を掛けずにポイントを稼げるのは美味しいが、別に無くてはならないという程では無い。
今日の朝の様に、1日一体からどんどん慣れて行けば、その内一日に狩れる量も増えていくだろう。
…俺は死ぬ気もないし、これから涼葉姉と萌を苦労させる気もない。
別に、この話に拘る必要は全く無いのだ。
……それを、分かっているのだろうか?
「っ!校長!」
「供給を考えろ!確かに、病院や薬局に命を掛けて行けば手に入るかもしれない。晃峰君から貰わなければ入手不可能というわけではないだろう。だが、それも限りがあるだろう!後々の事を考えるなら、このルールは寧ろかなり私達に譲歩してくれている!」
俺が本当にこの話をなかった事にするのを恐れたのか、校長先生は諏訪さんに怒鳴った。
怒鳴られた諏訪さんはと言うと、あれだけ言われても悔しさと恨み、不満が顔から溢れ出ている。
……あぁ。
萌の笑顔で癒されたい。
なんでこんなに恨まれなきゃ行けないのか。
……そろそろ無理矢理切り上げるか。
「なら、最初に言ったのでいいですか?俺、そろそろ戻りたいんですけど」
俺がそう聞くと、校長は諏訪さんの頭を抑えたまま、頭を下げた。
「はい。それでお願いします。…また、ポイントが手に入る様になったタイミングでここに来て頂けると助かります。すみませんでした。」
「分かりました。それでは。」
俺はそう言い残して、部屋を出る。
さて、戻ろう。
……ちょっかい掛けられないといいが…。