人体(化け物)改造アプリ
こんな事になるなんて……思いもしなかったんだ。
取り返しのつかない事をしてしまった後、俺はどうすればいいのか……。
教えてくれ……。
俺たちは仲の良い3人組で、その日キャンプに行っていた。
釣りに散策、バーベキュー。山奥で出来ることは一通りやっただろう。まぁ、狩りなどはやらなかったが。
小さなキャンプ場で、しかもシーズン外れの時期だったため、他の人は見当たらず、俺達は気ままに遊んでいた。
そうして日が暮れ、ランプの照らすテント内で俺たちはトランプ等をやり、時間を潰していた。そしてそれらも飽きた頃、友人の一人がこう言った。
「そう言えばさ、ネットで噂になってる人体情報改造アプリって知ってるか?」
「? 何だそれ? 有名なのか?」
もう一人の友人が頭に疑問符を浮かべ、問いただす。生憎だが俺も知らない話だった。
「何でも、そのアプリを使って写真を取ると、写った奴の情報が表示されて、自由にイジれるらしいぜ。それで整形とかした奴もいるらしい」
「何だよ、要するに都市伝説の話かよ。くだらねー」
最初は興味を持って聞いていた空気が一気に霧散し、呆れた雰囲気を醸し出す俺たち。
俺たちの態度に抗議するように、話の発端の友人は先程よりも語気を強めて喋る。
「何だよ、キャンプといえば怪談だろ。林間学校とかでもお馴染みじゃないか」
「いや、そもそも怖くね-し。どこが怪談だよ」
「いやいや、話はここからさ。情報を自由にイジれるんだぜ? 何でもイジりすぎて人間じゃなくなって化け物になる、みたいな話もあるんだよ」
「ふーん、それで人を襲いだすとか、そういうオチか?」
俺は友人の話に割り込むように、思いついた予想を話す。
「そうそう。ゾンビみたいになって人を襲うって話よ。……ってあんまり怖がってね-な」
「そりゃそうだ。何でネットの噂話で怖がる必要があるんだ」
友人の反論に俺も同意した。しかし怪談を話しだした友人はなおも食い下がる。
「ま、それもそうだな。だけど……もしそのアプリを俺たち自身で体験してみたらどうなる?」
「何?」
「今までの話はただの前置きさ。ただ単に怖い話をするより、肝試しのほうが怖いだろ? ということでキャンプ恒例の行事をやってみようじゃないか」
「まじかよ。大体どうやってだよ。そのアプリって気軽にダウンロード出来るものなのか?」
「いや、ネットで調べてみた所、いくつか条件があるらしい。電波の届かない所、人気のない場所、そして夜中。その条件を満たした上でとあるサイトにアクセスする。そうするとダウンロード出来るようになるらしい」
「何だよ、その条件。いかにも都市伝説だな。大体電波届かないのにアクセスするってどういうことだよ」
「だから都市伝説なんだろ? ともかく、今のこの状況。条件にぴったりじゃないか。山奥で電波は届かない、人気もない、夜中のキャンプ場。そしてサイトのURLはメモしてきたし」
「えー、やだよ。それを肝試し代わりにしても、微妙な空気にしかならないだろ」
積極的に話を進める友人。拒否気味な友人。そんな中俺はと言えば、前者の肩を持つことにし、発言した。
「いいじゃん。やってみようぜ。話を聞く限り、そもそも大して危険なわけでもない感じじゃん。アプリを使うと確定で化け物になるって話じゃないんだろ? 失敗したからそうなったってだけで。それに何より、サイトにアクセス出来るかどうかなんて、すぐに結果がわかるものでしかないじゃん。さっとやってさっと終わらせればいいだけの話だよ」
「う~ん。それは……まぁ……そうだが」
結局煮え切らない友人も最終的には同意する。
こうして、そのちょっとしたお遊びが行われることになった。
そしてその結果----------その試みは成功する。
「…………まじかよ、ダウンロード出来ちゃったよ」
「……え~と、ここまで仕込みって事か?」
発起人の友人へ、疑い深げの目をやるもう一人の友人。
「そんなわけねぇよ。……とにかく……起動してみるぞ」
そしてそのアプリを起動してみる言い出しっぺの友人。
「サイトによると、この状態で対象の写真を取ればその情報が抜き出されて、自由に改変できるみたいだけど……」
「……誰のをだよ」
俺は二人を見回し、言う。
「……俺は嫌だぜ……気味悪いし……」
元々否定的だった友人が拒否を示す。しかし--
「ふっ、こういうのはなぁ。一番怖がってる奴にやるもんだぜ!」
しかし推進派だった方の友人、有無を言わさず怖がる彼の写真を取る。
「あっ、てめっ!」
「おっ、何か表示されたぞ」
その言葉に、俺達はスマホを覗き込む。しかしそこに表示されているのは、見たこともない文字、あるいは記号の大量の羅列だった。
「……何だこりゃ。これが人体の情報ってことか? これじゃ本物かどうか確認しようがないじゃん」
俺はスマホを受け取り、文字列をスクロールしてみるが、どこまでも延々と羅列が続くのみであった。
「いじってみれば分かるんじゃない?」
「おい、無責任なこと言うんじゃない。俺に貸せよ。俺のデータなんだろ?」
写真を取られた友人が、スマホを奪おうと手を伸ばしてくる。
「慌てんなって。まだ何も分かってないんだからじっくり----あっ」
友人の手をかわそうと、スマホを持つ手を動かしまくった結果、俺はうっかり文字の羅列部分をいじってしまった。
「あっ……悪ぃ。何かデータの一部、いじるだか消したか何かやったっぽい」
「はぁ!? 何やってんだよ!」
「いや、別にお前らも本気で信じてるわけじゃないだろ、別に慌てる必要は--」
俺の言葉は最後まで紡がれなかった。目の前の友人の様子が明らかにおかしかったからである。
「う……ぐぅう……」
「お……おい……大丈夫か?」
何やら苦しんでいる友人。
そして異変は起こった。その友人の体が明らかに変質していったからである。
ただれているような皮膚、膨張する体、伸びた爪や牙。明らかに人間ではない……まるでゾンビのような……そう、化け物に。
「ま……まじかよ……」
呆然とし、どうしたらいいのか分からない俺たち。
しかしそれも束の間、変わってしまった友人は、何やら咆哮のようなものをあげると、俺達に飛びかかってくる。
「えっ?」
そして長く伸びたその爪が、俺の腕の表面を切り裂く。
流れ出る血を見ながら、俺は絶叫する。
「うっうわぁあああーーー!!!」
俺たちは狂乱し、わけもわからないままテントから飛び出し、逃げ出す。しかし怪物と化した友人は俺たちを追ってくる。
俺たちは森に入り、何度も転びながらも走り続ける。
どれくらい走ったのか、覚えていない。しかしいつからか、化け物はいなくなっていた。振り切ったようだった。
ようやく逃げ切れたことを確認し、その場に崩れ落ちた。
「はぁ……はぁ……な……何だよ……あれ……」
「まさか……本当だったなんて……」
一旦息を整え、少し考える余裕が出てきた俺達は、これからどうするかを相談し合う。
「おい……どうすればいい? あいつ……元に戻るんだよな?」
懇願するように、俺は話の発端の友人に問いかける。
「……わかんねぇよ。そこまでサイトには書いてないし。なぁ、どこを消したかとかわかんねぇの? そこを元に戻せば、あいつも元通りになるんじゃねぇの?」
しかし俺はその問いに答えることは出来なかった。俺自身、どうしたかなんて把握してなかったからだ。
「俺にもどうしたら良いかわからない。そもそもこのアプリ、訳わかんねぇ文字が出てくるだけだし……」
「……でも、このままあいつ放っておくわけには行かないよな。襲ってくるなんて……腕……大丈夫か?」
「ああ、別にそこまで深くない……」
俺は服の一部を引きちぎって、止血する。
「……なぁ、スマホ、返してくれ」
「え? ……あ、ああ」
そういえばずっと友人のスマホを握りしめていた。
友人は、スマホの画面を見ながら、何やら思案している。
「……なぁ、このデータを弄ったせいで、あいつが化け物になってしまったっていうんならさ……」
「? ああ」
「このデータ……全部消せば……あいつは死ぬのか?」
その言葉に、俺はゴクリとつばを飲み込む。
「……わかんねぇけど……。え……お前、あいつを殺そうとしてるっていうのか?」
「……最悪の場合だよ。俺たちだって死ぬのは嫌だけど……。でも、殺されるのならそれは自業自得の部分はあるかもしれない。でも……あいつが他の人間を襲ってしまったなら、もう取り返しがつかない……いざとなったら……」
「それは……」
俺は答える術を持たなかった。
しばらく互いに沈黙する俺たち。しかし、本来俺たちにこんなに悠長にしている余裕など無かったはずなのだ。一旦逃げ出したからといって、安全が確保されたなどということはあり得なかったのだ。
「キシャァアアーーー!」
奇声とともに飛び出してくる化け物と化した友人。
「!?」
スマホを持っていた友人へと飛びかかり、爪を体に突き刺し、彼に覆いかぶさる。そしてその拍子に彼はスマホを手放してしまう。
「うわぁああ!!! こっこのっやめっ!」
噛みつこうとしてるのか、顔を近づける化け物。それを何とか阻もうと両手を伸ばし必死に抵抗する友人。
「たっ…助けてくれ! スッスマホをっ! データを消しっ!」
俺はハッと我に返り、落ちていたスマホを拾い上げる。
軽くパニックになっていた俺は、まともに考えることも出来ず友人の言葉をそのまま受け取る。そして震える指でスマホを操作、一部のデータを俺は消した。
その結果は、すぐに表れた。5本だった指の一つがポロリと取れ、4本になる。まるで最初から4本指の生物だったかのように。
データが消されたせいで、あいつの体の情報が書き換わったのだ。
いける! 確かにこのデータを消せば、あの化け物は簡単に殺せる! 俺はそう確信する。
俺たちは何も武器らしいものを持ってない。しかし、あの化け物を殺せる道具は、この手の中にある。そうだ、俺達にとってあの化け物は脅威なんかじゃない。殺そうと思えばいつでも殺せる、か弱い存在でしかないのだ。
この結果は俺の心に余裕をもたらしてくれた。そう、余裕ができて、俺に考える時間をもたらしてしまった。考えてしまったのだ
…………………………でも、本当に出来るのか?
あいつは……………………俺の友達だぞ?
俺の悪ふざけで化け物になってしまっただけの………………。
俺は改めてその事実を認識し、その事実に打ちひしがれ、身動きが取れなくなってしまう。
だが俺が躊躇している間、相手が待ってくれるわけもない。怪物は、友人の手を押しのけ、肩に噛み付く。
「ぎぁああああああっ!」
叫ぶ友人。
「たっ、頼む! 助けてくれっ! 痛いっ! 痛いんだっ!」
俺はもう何も考えられなかった。ただ、目の前の惨状をこれ以上見ていたくなくて、俺はスマホを操作してしまった。データを消してしまった。
その結果も、またもやすぐに表れた。化け物は友人から飛び退いたかと思うと、苦しみだす。
そして体がドロドロと溶け出し、どんどん小さくなっていく。
そしてあっけなく、本当にあっけなく、怪物はいなくなってしまった。
俺たちはその様を、ただ呆然と見ているしか出来なかった。
「…………データ、消したのか?」
しばらくして、肩を押さえながら友人が問いかける。
「……ああ、……あ、いや……」
俺は確かにデータを消した。1文字分を残して。俺の躊躇が、全消去ではなく1文字分残すという、煮え切らない状態を生んでしまったのだ。
化け物のいた所に目をやると、そこには小さな肉片のようなものが残っていた。脈打っている。生きているようだ。
「俺たちの、いや、俺のせいでこいつはこうなってしまったんだ。何とか……元に戻してやらないと……」
「それは…………」
友人は沈黙する。するしかできなかったろう。
俺は今後一生をかけてでも、彼を元に戻す事に人生を費やさなければいけない。そう思わなければ罪悪感に押しつぶされそうだった。
だが……本当に出来るのか? この状態から彼を元に戻すことが……。
この先、色々と調べる事が必要だろう。……見つかるだろうか。
ああ、考えてはいけない。考えては…………。
この先、彼を元に戻そうと試行錯誤し、何度もアプリで彼の情報をイジらなければいけないだろう。失敗もするだろう。……それは、彼の尊厳を、さらに傷つけるだけではないのか。
ああ、考えてはいけない。考えては…………。
俺たちは彼の爪や牙に傷つけられた。……もしかしたらゾンビみたいに俺たちも化け物になってしまうのでは。……ひょっとしたら、そうなることが一番楽になるかもしれない。
ああ、考えてはいけない。考えては…………。
データを全消去して、殺したと認識し後悔しながら生きるほうが、ひょっとしてマシだったんじゃないか。
ああ……考えてはいけない……。考えては…………いけない……。
ああ…………。
こんな事になるなんて……思いもしなかったんだ。
取り返しのつかない事をしてしまった後、俺はどうすればいいのか……。
教えてくれ……。