遺された階段
深夜、妹君の通う中学校に現れた都市伝説。口裂け女はあの誰もが知るセリフを吾が輩達に向けた。
「私、キレイ?」
「ポマードポマードポマードポマード!!!! 口裂け女はこう言えば逃げるでござる!!!」
「ええっ、そうなのかいフグ田くぅん」
「七条です」
(なんなんだコイツら……)
「ええ! キレイですとも!」
突如現れるハンチング帽にブーツ、大きなケースと小学生いくらいの女の子を連れているという妙な不審者。若干ナルシストに見えるでござる。
「これでもかあぁぁぁぁぁ!!!!」
「はい! キレイです! そんなあなたをボクのメイクでさらに美しくして差し上げます!! ライトアップ!」
「はいはい」
「えっ?」
口裂け女にキレイですは禁句。大きな口を開け答えた者に襲い掛かる。にも関わらずものともせずスーツケースを広げ不審者はなんと口裂け女相手にメイクを施し始めたでござる。お前誰やねん。
「いやあの、ちょっとなにを…」
「メイアップアーティストのこのボクにおまかせください!」
「出たな化け物!!! 世間騒がせる愚か者はこの神白剣が神に代わっておしおきだ!」
またしても現れた真っ白な燕尾服に細身の剣を持った不審者。傍らにはいかにも高級そうな黒塗りの車と老いた執事が立っている。
「やめろ! なにをする! この美しい女性はこのむさ苦しい荒野に咲く一輪の…一輪の…ええと…」
「薔薇?」
「そう!それそれ!」
「むさ苦しくて悪かったでござるね」
「黙れ! 化け物は神シロ家に代々伝わる由緒正しいこの聖剣disカリバーで成敗してくれる!」
「取り敢えず…」
ガシャッ
ガシャッ
「えっ?」
「なにっ?!」
「公務執行妨害と未成年者連れ回わしの現行犯で逮捕する」
「それと銃刀法違反な」
「おっとこんなところにロープが」
「ぼっちゃまー!」
校門に不審者二人を縛り付け警察署と交番に連絡しておく。そのうちパトカーが来てドナドナしてくれるでござる。
「なんなんだったんだ今のは」
「あっ、口裂け女はどこでござる?」
「いないな。どさくさに紛れて逃げたか、いや逃げるか。俺もそうする。アッチのほうがアブない」
「七条、そこ納得しちゃダメだろ。ん? なにか落ちてるぞ」
すぐそばにぼろぼろに古ぼけて茶色に変色した紙が落ちていた。杉田さんが白い手袋をして拾って懐中電灯で照らす。見てみると建物の見取り図のようだ。
「これは…旧字だらけだな」
「杉田さん読めるでござる?」
古ぼけてところどころ欠けている上に、使われている字の中に知らない漢字が含まれている。それを見た杉田さんはすぐに旧字だと理解した。
「少しだけならな。だがこんな字は俺がガキの頃ぐらいしか使ってなかったぞ。いやガキの頃でもそんなに使った覚えはないな…」
「随分古い紙ですね…。しかしなぜこんなものがこんなところに」
「……口裂け女、か?」
「だとして、これを吾が輩達に掴ませるその心はなんでござる?」
「偶然にも落としたか、そのまま受け取るんなら、誘われているんだろう」
上等でござる。そんな余裕をぶっこいてられるのも今だけ。すぐにその裂けた口をさらに広げて逆パカしてやるでござる。
「おい七条。ここよく見ろ、一階の端に一階と二階と繋がってない階段があるぞ」
「本当だ。これは…地下室でしょうか? しかしこの階段しか書いてありませんね。繋がるはずの二階の端の部分は廊下で行き止まり、両側に階段があることにはなっていません」
「きな臭くなってきたでござる」
地下室とか隠れた秘密の部屋とかって理由もなくワクワクするよね! とそんな傍らで街灯のそばで体育座りをしているパンクロックな服装の成人男性が二人。
「どうせ俺なんか…」
「兄貴…」
※服装が真っ黒過ぎて気が付きませんでした。
謎の古い見取り図を拾い、口裂け女を追って解体予定の旧校舎へと侵入する。解体される旧校舎はグラウンドの西側にあり木造の二階建てでござる。
「さて、ありませんね」
「ああ、ないな」
「ないでござるなあ」
古い見取り図には一階から二階に繋がらない階段が書かれていた。吾が輩と七条さん、それと面白そうだからとやってきた杉田さんはその階段があるはずの場所に来ていた。
「ただの行き止まりでござるね」
「周りの壁を見て不審なところはない。造りも不自然じゃないな」
電気の通っていない校舎の中は懐中電灯のみが頼り。真っ暗で足下はおろか数メートル先も見えない。埃と塵が漂い、蜘蛛が我が物顔で巣を張っている。
「見取り図にあって校舎にはない…。というかこの見取り図おかしくないか?」
「何がですか?」
「二階に繋がらないなら地下へ繋がるのかと考えると自然だ。もし地下があるならその見取り図もあるだろう。地下なら例えばB1とか地下一階とか、地上なら地上一階とかな。なぜ何も書いてない? 書いてあんのは階段だけだ」
「確かに…。もしくはまったく別に二枚目があるということでしょうか?」
妹君曰く、この木造の旧校舎は物置校舎と呼ばれているらしい。今使われている校舎で使われなくなった備品や用具が処分される日までここに押し込まれているんだそうな。ここまでの道のりでも様々な用具などを見かけた。しかしここまで汚いとなると管理という管理はされていない様子。そういえば滅多に出入りしないとも言っていたでござる。
「しかしもかかし、地下の見取り図がなければ階段もないでござる」
こんなときは何か仕掛けがあったり地下から風が吹いたりするものだが、どうやらそういった気配はない。
「こんなときのためにキミを連れてきたんだ、頼む」
「頼むったってどうしろと?」
「道がないなら作ってしまえばいいということだ」
…マジか。この人は本気で言ってるでござるか。
「俺も察したぞ。七条、お前は前からそうだがときどき無茶苦茶するよな…」
吾輩のこの人マジで言ってるの? な顔を見た杉田そんはドン引きしながら察していた。とはいえいくらなんぼなんでもむやみやたらに壊すワケにもいかないので、吾が輩は四つん這いになり、ところどころ床板を叩いてみる。内側が空洞になっていると外から叩いたときその部分だけ音が違うという、そういうパターンであると推測したでござる。
「…あったでござる」
今回は違った。いや正確には間違っていなかった。まさかそんな推測通りなワケがないと無意識の内に否定してしまっていたでござる。ただ、ある一部分だけほとんど音がしなかったのだ。もっと言うと、ここに来たときに気付くべきだったでござる。強く叩くとわずかに反響音も聞こえたでござる。
「いやに硬いでござる」
「硬い? なんだそれは」
「それはぶっ壊してからのお楽しみでっていう。二人とも、ちょっと下がってるでござる」
一度立ち上がってうろうろと歩き、足音でアタリをつける。そして片膝立ちになって力の限り掌底をぶつける。
「ぬっ破ァッ!」
すると鈍い轟音を立ててコンクリートが砕け落ちた。一緒に何かが落ちていった。
「階段だ…」
ただでさえ暗い校舎の床に、その姿を現した奈落の底へと繋がる階段。あまりの暗闇に息を飲む。ただでさえ懐中電灯の光だけが頼りの中で、ことさらに底知れぬ闇が恐怖と一緒に手招きしている。
「じゃ行きましょう」
「恐いもの知らず判断早すぎワロチ」
「俺はお前のそういうところ尊敬するぜ…」
そして平気でブッコミキメるこの人。階段を恐る恐る下ると妙な臭いが鼻を満たすようになった。一種類のものではないがどれとも言えない。なんとも表現しがたいその腐敗臭にもよく似たそれは眼前に広がる惨状を物語っていたでござる。
「うっ」
人のものと思われる、おびただしい量の白骨が散乱していた。