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取り残された怪談

「おふぁよ~」


「おはようでござる。今日は早起きさん?」


穏やかな朝。スマホ片手に起きてきた妹君。いつもギリギリ遅刻の時間なのに今日は30分以上早い。雪でも降るかな。いや、雪はもうこりごりでござる。


「ねえ、お兄ちゃん夜中になにか騒いでたでしょ? おかげで起きちゃって眠れなかったよ」


「ギクッ。夫婦漫才の練習をちょっと……」


「ふ~ん? 吉本目指すならいいけど」


こたつから出てトースターにパンをセットして二人分のコーヒーを淹れる。妹君のコーヒーにはミルクを2つ。今年ももう暖かい季節になりこたつ布団は押し入れへと追いやられた。


「はい、どうぞ」


「ありがと。お母さんは?」


「こたつ布団のないこたつなんかこたつじゃないそうでござる」


「つまりまだ寝てるんだね」


未だ起床しない母上に呆れつつ引き続き朝のニュースを見る。ところがリモコンを取られ朝のテレビのチャンネルを変えられてしまう。


「まだニュース見てるでござる」


「いいじゃんつまんないもん」


「ダーメダーメ」


「ぶー」


『本日早朝、市内の中学校でクレーンが倒れているのを通行人が発見しました』


「「ブッフォン」」


リモコンを取り返してチャンネルを戻す。ちょうど流れるニュースに二人揃ってコーヒーを吹き出したでござる。見れば、大きさこそ中型のクレーンではあるが横倒しになっていて校庭の一角を占拠している。しかもアームが伸びたままでござる。


「あれって妹君の中学校?」


「うん、物置になってた木造の旧校舎解体するって工事してたはずだけど……。お、LIME入ってる…今日学校休みだって、やったね二度寝しよ!」


『幸いにもクレーンは校庭中央に向かって倒れており、周囲に被害はありません。警察は工事関係者を交えて安全に問題がなかったか現場検証を行うとしています』


「こんなときこそ部屋のお掃除しようね妹君。散らかしっぱなしは良くないでござる」


「えー」


いつか入ったとき、服やら小物やらで既に部屋の半分が埋まっていた。今はきっと足の踏み場もないでござる。吾が輩は積みゲー片付けないとなあ。


<ピンポーン


「おや、朝からお客さんとは珍しいでござる」


「はーいお兄ちゃんが出ますよー」


「おいおい」


ツッコミを入れつつ玄関から顔を出すとそこには意外な人物が訪れていた。


「おはよう。朝からすまない」


「あれ、七条さん。おはようございます。 また姉上が何かやらかしたでござる?」


武蔵野署の二枚目刑事、七条さん。姉上が何かと問題を起こしていたヤンキー時代からお世話になっていていつも庇ってくれた人。ちょっと姉上と浮いた話が噂されていたハンサム刑事。我が家の複雑な家庭事情においても数少ない理解者。


「いや、今日は妹さんに聞きたいことがあってね」


「妹君でしたらちょうど起きてきたところなので今呼ぶでござる」


「あ、いや、すまないが出来れば中で話したい」


「構わないでござるが……」


まさか妹君が非行に? と思ったけどそんなようではない様子。なにやらいつもと違って妙な雰囲気でござる。歯切れが悪く、そして少し困惑しているような様子でござる。誰かに聞かれたくないことなのだろうか。七条さんをリビングに案内してコーヒーを入れる。


「あ、七条さんだ! おはようございます! 朝から七条さん拝めるなんてありがたやありがたや」


「おはよう。今日はキミに聞きたいことがあって来たんだ。最近、変な噂が学校で流行っているそうだね」


「噂…ですか?」


七条さんをなむなむしてトーストを食べていた妹君の手が止まる。


「なんでもあの中学校の周りでだけ、お化けが出るとか……」


「あー、それなら『口裂け女』ですね。今は解体中の木造校舎に用具を取りに行ったら、二宮金次郎像とか口裂け女とかに追いかけ回された…っていう。でもそんなこと誰もされたことないし、物置校舎なんて滅多に行かないからただの噂ですよ。口裂け女なんて都市伝説ですし」


「…それがそうでもないんだ」


そう言うと七条さんは神妙な面持ちでコーヒーを一口含んだ後、スーツの胸ポケットから警察手帳を取りだして挟まれていた一枚の写真を差し出した。


「これは私が……無断ではないんだが持ち出した。外に漏らしていいものではない物だから内緒ということで頼む」


「ひいいいいいいいいいっ!」


「こっ、これは…なんと…」


写っていたのは耳の高さまで口が裂けた何者かが凄まじい形相でこちらを睨んでいる様子だった。思わず払いのけてしまいたくなるほどおぞましい。一瞬、特殊メイクかと思ったけど刑事さんがわざわざ内緒で持ってくるものではないでござる。


「今朝のニュースは見たならこれでおおよその話が分かると思う。クレーンが倒れた原因はこの『口裂け女』だ」


「いやいやいやいや…。この22世紀にそんなバカな」


「俺は本気なんだ」


青葉香る穏やかな朝。訪れた突然の霹靂。新しい時代を生きる都市伝説。まさかの口裂け女でござる。


「もう一枚見てほしい」


出てきた写真はクレーンを地面に固定する足を捉えている。その足は原型を留めないほどひしゃげているでござる。ついさっき、そして今もテレビに映っているクレーンでござる。つまるところ暴風や突風の類で倒れたのではなく、人為的にということ。


「うっわあ…」


「このクレーンはラフタークレーンもしくはラフテレーンクレーンと言って、要はクレーン車なんだが、見ての通り作業時に車体を固定する足が明らかに変形している。そう、今朝の事故の写真だ」


「うーむ。七条さん、まさかこれを口裂け女の仕業だと?」


「ああ」


言葉少なく答える七条さん。この人は冗談を言うタイプではないでござる。こちらが冗談を言えば真面目に返してくるのだ。目で見たものを信じるリアリストであってかつ、こういったものも受け入れる。そして受け入れたものには実直な人。


「確かに人間業とは思えませんが……。妹君、学校でこんな被害はなかったでござるか?」


「ううん、そんなことあったら大事件だよ。ねえ、そんなことより七条さんその写真しまってよ」


「ああ、驚かせてしまってすまない」


おぞましい口裂け女の写真は再び警察手帳に挟まれる。七条さんが朝からここに来るということは、人的被害が無い内に解決したいとそういうことなのでござろう。


「しかし、この短時間でよく持ってこれたでござるね」


「鑑識に無理言ってなんとか。今は杉田さんもいるし」


「そっか。杉田さん今は課長でござるな」


七条さんの先輩刑事さん。かつて七条さんと共に姉上のことでお世話になっていた人の一人。今は最前線から退いているけどこういった七条さんの無理を通してくれるありがたい存在でござる。


「そこでキミに頼みなんだが、ちょっと付き合ってくれないか?」


「な、何に?」


「中学校は今週はお休みにしてもらうようお願いした。誰もいない。その間の深夜に、この校舎へ踏み込んでみようと思うんだ」


「リアル学校の怪談でござる…。えっ、吾が輩が行くの? 妹君じゃなくて?」


「やだ! 私は絶対やだ!」


ですよねー。姉上が事件解決し過ぎで吾が輩達までアテにされているでござる。


「聞けば最近、キミはお姉さんと似るようになったそうじゃないか」


「…それはどこから?」


「言えないな」


吾輩のことに関しては今は武蔵野グループの息が掛かってるでござる。それが漏れるとあればレイミさんに報告しなくては……。いや、この人の場合自分の足で独自に情報を掴んでいてもおかしくはない。そう思ってしまうほどにこの人は優秀でござる。


「うーん、仕方ない。行くでござる」


「助かる。じゃあ深夜一時に中学校の正門で会おう。日取りはおって連絡する」


はい、ということでとある土日の深夜徘徊。寝静まった街の中学校正門。待ち合わせの時間になるとどこから聞きつけたのか、それとも無理に言わせたのか、予定外の人が加わったでござる。


「よっ、楽しそうじゃないか。俺も混ぜてくれよ。ん? 君はまた太ったんじゃないのか? ワハハハ」


「杉田さんお久しぶりです。でもなんでここに?」


「どうしても来ると聞かなくてな…。杉田さん、くれぐれも無茶はしないようにお願いします」


「分かってるって七条。学校の怪談って言やあ俺がガキの頃にもよく流行ったもんだ。全く懐かしい話だぜ。実物を拝むのは今回が初めてだがな」


そして、男三人の前に立つ、旧校舎のそばの街灯から現れた、白装束の女。


「私、キレイ?」


「ポマードポマードポマードポマード!!!! 口裂け女はこう言えば逃げるでござる!!!」


「ええっ、そうなのかいフグ田くぅん」


「七条です」


(なんなんだコイツら……)

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