疑念
授業参観の帰り、意外な人物と出会い色んなことを語り合う。二人。ワックドナルドの一画で異質な光景を放っている。パッツパツなスーツのデブ少年と筋肉もりもりの外国人が仲睦まじく話しているのでござる。
「これは結婚式、これはハネムーン、これは娘が生まれたときの写真だ。でこれはこの間の妊娠が分かったときのだ」
「どれもいい写真でござる。軍曹、いきなり頭下げたりしたら悪友の人たちには怒られたのでは?」
「もちろんそりゃ怒られたさ。だが今でもヤツらがやってるバーに呑みに行ったりしてる。いつだったかカミさんが暴漢に襲われたときは守ってくれてな。仕事中に警察に呼び出されて駆け付けたらなぜかアイツらが捕まってるんだよ」
「日頃の行いが悪かったってヤツでござるなあ」
「何人か海兵隊に誘ったしそろそろ小隊組めるな」
仲良きことは素晴らしきかな。もはや腐れ縁という仲なのでござるな。吾が輩にはそういった友人はいないから羨ましいでござる。ネットにはいるけど。
「つかぬことをお聞きしますが、軍曹の親戚ってどんなお方でござる?」
「ああ、指令だよ。叔父さんがな」
ピャー
(さらっと言うなあ……。なんでこの人軍曹やってるでござる? 七光りって言われないようにかな…)
「そうだお前、アキハバラとか詳しいのか?」
「へ? ああ、まあそれなりには」
「指令のリクエストは包丁だが同僚からのリクエストもあってな。まずはアニイトととらあなとゲーマーズだ。あとメロブも寄りたい」
「待て待て待てーい!」
海兵隊員が日本のアニメグッズかーい!
「あと俺が個人的にメイドカフェにも行きたいんだ。チェキ撮りたい」
「軍曹何しに来たの? いやマジで」
「メイドカフェで萌え萌えキュン」
思わずござる調を忘れツッコミ。取り敢えずはぐれた時を考えて電話番号を教える。その後秋葉原に行きあちこち引きずり回されチラシを配ってるメイドさんを見かければホイホイついてく軍曹の頭をひっぱたき、無事指令リクエストの包丁を買った。
「軍曹、この包丁はステンレスではなく刃金だからたまにでいいから研ぐように指令に伝えるでござる」
「ステンレスの方が良かったんじゃないか?」
「あんなん邪道でござる」
あくまでも吾が輩のこだわりでござる。やはり包丁は鉄を鍛えたものでなくては。っていうかそれが注文だったのでは。軍曹すっかり忘れてる。
「ま、俺はなんでもいいけどな。俺はそろそろホテルに戻る」
「おっと、もう夕方でござるね。吾が輩もそろそろ帰るでござる」
「またな坊主。お前も早いとこ女見つけろよ? いいぜえ家族は。ってお前は選り取り見取りか」
「軍曹は奥さん鎮めるの頑張るでござる」
駅で別れて軍曹を見送り、コインパーキングに置いといた車を取って自分も家に帰る。自分の家族がいる家へ。
(信じているのは妹しかいない俺に、誰かを選ぶことが出来るのかな…? 今さら誰かを信じるなんて出来るのか…?)
「ただいまー、でござる」
「おかえりー。あれ、お兄ちゃんスーツなんて持ってたの?」
「まあ、一着くらいなら。妹君、もう体は大丈夫なのでござる? 学校行った?」
「ダルいから今週休んだ」
「中間テスト」
「アーアーキコエナーイ」
「タケちゃんは朝からスーツでどこ行ってたの?」
「知り合いの人が子どもの授業参観行けないって言うから、その代理で行ってきたでござる」
「…あー、隠し子?」
「なんでそうなる?!」
18歳で小学三年生の隠し子いたらやばすぎるでござる。今にもはち切れそうな馴れないスーツをクローゼットに押し込んでふとLIMEに着信があるのを見つける。
『萌え萌えキュンしたのバレた』
『反省しなさい』
翌朝。
「おはよ…」
「おはー」
「あれ…お兄ちゃんまたいないの?」
「今日はお見舞いとかなんとか」
「怪しい…」
武蔵野学園都市、武蔵野病院。ある個室。
「調子はどうでござるか?」
「どうもこうもこの通りだ。病院食とは味気なくて仕方がないな。それに退屈だ」
苦い顔で語るサラリーマン魔術師さん。銀座騒動のとき、敵であるにも関わらず吾が輩を庇ってくれた。まだあちこち痛々しいギプスや包帯が目立つでござる。
「ギプスが取れてしばらくしたらリハビリが始まるそうだ」
「あの…すいませんでした」
「何がだ?」
「吾が輩のせいでクビになったと…」
「キミが気にすることはない。私も被害者と言ってしまえば被害者なのだ。諜報部がもっとしっかりしていればこんなことにはならなかった。もっとも? 諜報部も部長や課長がクビになったそうだ、私と違い再就職先の斡旋無しに」
サード・アイの社則には余計な被害を出さない、一般人は巻き込まないなどがある。しかしあのとき被害を出していたのはこちら側なのに、一方的に責任を負わせてしまった。罪悪感がするでござる。
「ところで再就職先なのだが、キミと同じだ」
「へぇっ?」
「聞いていないのか? 私は学園の警備部に回される。それを条件にここでの治療費や入院費、退院後の通院費や生活費などなど全てをカバーするというのだ」
「聞いてないもなにも、そもそも吾が輩武蔵野学園に就職した覚えがないんですがそれは」
「あの娘…、人にウンと言わせるために口からでまかせで適当なことを話したな」
レイミさんのことでござるね…。あの人はどうにも本人が適当というかいい加減というかなんというかちゃらんぽらんというか。
「ところでその変な口調はなんなのだ?」
「え、ああこれはその、なんと言いますか…。使い分けで正体を知られないためと言いますか…」
「深くは聞かない。心の壁が厚いことは悪いことではない」
見透かされているのか。それともこの人にも同じような経験があるでござる? 正直正体を知られないためというのは都合のいい後付けで、実際は吾が輩が他人を信じられないから距離を置きたいだけで…。それにチェックのシャツにござる口調はオタクの嗜みでござる。
「中国での騒ぎは私もテレビで見ていた。これから戦いが激しくなればああいう手合いは増えるぞ。いつまでも正体を隠していられなくもなるだろう」
もうなし崩しに…というワケにはいかなくなってきた。戦う力を得たとはいっても吾が輩には本当に関係なかったのだ。しかし関わった以上いきなり放り出すのは違うと思うでござる。
「キミはテレビゲームはやるかね?」
「へ? それなりにはやるでござるが…」
突然妙なことを聞かれた。そりゃあまだそういう年頃だし遊び盛りですからゲームくらいいくらでもやるでござるが…?
「次世代のゲームモデルとしてフルダイブ型が研究され始めていることは聞いたことがあるだろう。武蔵野は既にその先、現実と仮想世界が同時に存在する技術を開発した。まだ機密だがな」
仮想世界に潜るその先? まさかリエッセさんがこの世界を仮想化し進化するなんて言っていたアレ? いつの間にか噴き出していた冷や汗が背中を伝う。
「イマジネーションリアル。想像する現実。我々異世界人が神に対抗する唯一の手段」
「そ、想像を現実に?」
「そうだ。そう遠くない将来、仮想現実は本物の現実となる。皆ロイヤルセブンのように変身し、戦うようになる。そういう力を得る。もちろん全員が全員ロイヤルセブンほど強力とはいかないだろうが」
やはり…。しかし兵士でもなんでもない戦士でもなんでもない普通の人達まで戦わせるつもりでござるか?んなバカな…。
「そしてイマジネーション・リンク。架空の自分と現実の自分が繋がるシステム。ゲームで強くなれば現実の自分も強くなる。その逆も然り」
「つまりどういうことでござるか…?」
「要は現実でゲームのアバターに変身出来るのだ。容姿だけでなく、能力や装備、スキルやアビリティなどそのアバター全てを自分のものに」
そんな無茶苦茶な。いやいや待ってほしい。変身出来るようになったからっていきなり戦えるかっていったらそうじゃないでござる。
「人は誰しもああなりたい、こうなりたいと願望を持ったりするだろう。アニメやゲームのキャラクターを自分に重ねたりもするだろう。それを叶えてしまうのだ」
「確かにそういう想像というか妄想に走ることもあるでござる。でも、だからってそれとこれとじゃ話が違いすぎる! そんな、人類総兵士みたいな話!」
「そういったMMOの普及までにあと百年ほどは掛かると言っていた。その前段階としてこの世界を一度仮想化するそうだ。私にもこの世界の神への反逆に荷担しろと言うのだよ」
「…吾が輩にも荷担しろと?」
「心当たりはあるんじゃないのか? キミを取り込む理由は分からんが…まあ恐らくな。注意したまえ」
まさか、ロイヤルセブンの皆がやたら吾が輩に寄り付くのはそういう思惑があって異常に親しくしているのでござるか…? まさか…。胸の奥底でどす黒い疑念が生まれる…。まさか…、吾が輩は騙されている……? なし崩しで逆らえないようにしているのはこの為に……?