軍曹来日
無事(?)授業参観は終わり、スーさんが日本の学校に馴染めないという話は杞憂に終わった。まさかあんなことになっておろうとは露知らず、レイミさんにも馴染めないというのはいらぬ心配だったと伝えるでござる。同時にスーさんには手加減を教えるべきだと進言しよう。
(というか、あの驚異的な身体能力は一体どうなっているんだろう)
吾輩も車で走るよりも自分で走った方が速いくらいにはなったでござる。けどそれは神剣と融合してからの話。
(スーさんも神剣持ちでござる。神剣と融合すると超人になるということかな? しかし、中国からの帰りの飛行機の中で聞いた話では、スーさんやシオンさんは吾輩のような直接の融合ではなく神剣と仲良くなって了承を得て、バーチャライズ、リアライズと段階を経てようやく融合していると教えてもらった。神剣のあまりにも強大過ぎるチカラに呑み込まれてしまったがための措置とかなんとか……。だからいきなり、しかも直接融合しているらしいことが驚嘆であり、まるで暴走しない、兆候すらない吾輩の様子は異常に見える、と)
車で走りながら考えていると腹が鳴った。
(さすがに小学校の給食じゃ足らないでござる……。マクドワルド行っちゃお)
「ビッグワックと裏ダブルチーズと裏てりやきとグランドベーコンとポテトLとコーラL。全部二つずつで」
「か、かしこまりました」
「それとグランドてりやきのセットだ」
「! 軍曹?!」
「よ、坊主。奢れよ」
後ろから声がして振り向くといつぞやの軍曹がいた。作戦時の格好とは違い青いシャツに短パン、リュックサックにサングラスと随分楽な格好で現れた。意外な人物の登場に驚きを隠せないでござる。
「軍曹どうして日本に? というか日本語?」
「この間、司令部に黙って勝手にチョロチョロしてたのがやっぱりバレてな。しばらく謹慎処分だとよ。大統領も軍司令部からしこたま怒られたと」
「大統領が黙って勝手に? それは怒られるでござる」
「ただし、どこへ行っても一切関知しない。お土産は買ってこい。司令は日本の鍛えられた包丁が欲しいそうだ。要は謹慎処分という言い訳の休暇だな」
話しながら左耳にあるインカムをコンコンと指で突ついて見せた。それは武蔵野製精密機器、都合のいいインカム。【武蔵野精密機器製都合のいいインカム】とはみんなバラバラの言語なのに普通に話してて何語で話してるか気になるけど、いつでもどこでもどんな言語でも使える自動翻訳機があれば問題ないよね!という暴論から生まれた文明の利器でござる。
「おお…、さすが」
「つっても家族には本当のことは話せない。秘密の作戦だったからな。カミさんが『何したんだ!』ってショットガン生やして怒るからケツ巻くってバックレてきたぜ」
肩を竦めてみせるワリには反省してる様子はない。ラフな格好からしても完全に休暇を利用して日本を満喫している外国人旅行者のそれでござる。きっとクレジットカード限度額いっぱいまで使って帰ってまた奥さんに怒られるだろう、まで読めた。
「軍曹にも家族がいるんでござるね」
「話しただろ、俺の命を掛けて惜しくない守りたいものだよ。写真見るか?」
言うと胸ポケットから携帯端末を取り出して見せてくれた。写真には幸せそうな三人の家族が笑顔で写っている。
「この隣の美人さんが奥さんで、真ん中の奥さんにそっくりな美人な娘さんでござるか? 軍曹にはもったいない」
「言ってくれるじゃねーか。だがその通りだ。俺にはもったいないくらいだぜ」
注文したものを受け取って大きい席に陣取る。そこで周りから視線を集めていることに気が付いた。それもそのはず、スーツを着た肥えた熊と、ラフな格好の上からでも分かる規則正しい生活と訓練によって厳しく鍛え上げられ盛り上がっている精悍な肉体の外国人が一つのボックス席で仲良く話している。この光景ほどミスマッチ、アンバランスといった言葉が相応しいコンビはないでござる。
「カミさんとは俺の一目惚れだったんだよ」
「馴れ初め聞かせて欲しいでござる」
「いいぜえ。最初の出会いは大学入ったばかりの頃だった。当時の俺はグレててな、親戚のコネで入らされた大学なんざとっとと辞めてやろうと思ってた。悪友たちと毎日騒いじゃ喧嘩して朝までクラブで女遊びだ、悪いことしてればきっとクビになるだろうってな」
(親戚のコネで大学に……? あれっ、軍曹ってひょっとしてお坊ちゃん…?)
「ある日、大学でバスケの試合があってな。暇つぶしにつるんでた仲間達と観戦に行ったらチアリーダーだったカミさんも来てた。見た瞬間心臓をブチ抜かれたぜ」
うーん、フォーリンラブってヤツでござるなぁ。
「その場でアタックした。だが俺の悪い噂はカミさんにも届いててな、『有り得ないわ』ってフラレた。まあ顔も育ちもお世辞でも良いとは言えないからな。特に当時はヤンキーだったこともあって格好や髪型やらも派手にキメてたし」
おうふ、きっつ。西洋じゃ物言いに遠慮しない、歯に絹着せずストレートとはよく聞くけどそこまで言うとは。
「俺は心を入れかえた。酒も女遊びもやめて必死に勉強して、必死にトレーニングに励んだ。迷惑掛けた両親や親戚に頭を下げた。悪友たちにも女の為だと頭を下げた。やがて大学を卒業して海兵隊に入ったとき、俺から会いに行って告白した。OKだった」
「軍曹さっすがー」
豆腐メンタルな吾が輩なら最初にフラレたその場でガシャーン!パラパラ…って砕け散るでござる。このリベンジとそれまでの過程、確かに一目惚れでそうとうな愛ですな。
「褒めるなよ。それまで何回警察にとっ捕まったことか。だが変わった俺を見ていた親戚が計らってくれてな。全部チャラになった」
(軍曹の親戚は何者でござるか…? そもそも軍曹が何者…?)
「それから十年経って現在に至るワケだが、今カミさんの腹には男の子がいる。二人目で欲しがってた男の子で分かったときにはカミさんは大はしゃぎだったよ」
「おお、おめでとうございます」
軍曹、夜の方も頑張ってるでござるな。
「おう、ありがとう。カミさん本当は最初に男の子が欲しかったんだとよ」
「十年かあ。ん? …………ねえ軍曹、歳は?」
軍曹の外見について言及するのはこれが初めてでござる。角刈りの頭に鍛えられた精悍な肉体。シワは少なく白髪も見えない。働き盛りの30くらいかと、そんな印象を受けるのでござる。
「30だ、今年で31だな」
「…失礼ですが、奥さんは?」
「…28」
「…オイ」
「いいじゃねえかよ、一目惚れに歳の差なんて関係ないだろ!大切なのは愛だ愛!だいたいカミさんだって当時高3でも結局同じ大学入ったんだからオーライだオーライ」
「当時未成年に手を出すとか流石ヤンキーでござる」
「いいかよく聞け、俺は日本の良いことわざを知ってるぜ? 『それはそれ、これはこれ』」
駄目だこのアメリカ人、早くなんとかしないと。いやもう手遅れか。