ただいま
「リエッセさん! リエッセさん!!!」
うっせーなー……、人が死ぬときくらい静かに出来ねーのかよ………。
「認めない!!吾輩はこんなの絶対に認めない!!!!」
―――――――
「おっ」
ふと目が覚めると知らないところだった。崖か?それに……川?ひょっとしてこれが噂に聞く三途の川ってか。アタシは仏教徒じゃねーんだけどなー。
「やっぱ死んだのかこれ」
やっぱあれは無理があったか。このままここにいても仕方がない。天国なり地獄なり行きますか。
「にしても道長いな……。どんだけ歩かせるんだよ」
立ち上がって歩けど歩けど何も見えてこない。延々と続く崖っぷちと三途の川。
「どうすっかなこれ、めんどくせえな……」
困り果てて頭を掻く。その感触に気付くと鎧のままだった。
「まだチカラ使えんのか? 死んでも使えるつってもどんだけ引き出せるんだか」
せっかくなのだからと武器を召喚する。よく使っていたスナイパーライフル。
「ついでに的があるといいんだけどなー。ん?
ちょうどデカいのいるじゃん、ちょっと打ったろ」
川の向こう側にいくつか人影がある。的は大きい方が狙いやすい。いつもの武器、いつもの動作で狙い打つ。死んだ後も体があっていつも通り動くとは気味が悪い。弾丸は見事に頭を貫通し人影が倒れた。
「閻魔さまぁぁアアアアア!!!!!」
「閻魔さまは死んだ!もういない!!!!」
「何言ってんだコイツら」
「お前もう帰れよ!」
「帰れよっつったってなあ、死んじまったもんはしょうがねーだろ」
泳いで川を渡る。髭の濃いいかにも閻魔な格好をした中年男性が頭から血を流して白目を向いていた。飛び散った脳みそにモザイクが掛かっている。その周りで騒いでいる青年くらいの角を生やした鬼が数人。
「やべーよやべーよ、この女自分で三途の川渡りやがった。この崖何mあると思って………」
「んなこと言うなら迎え寄越せよ」
「何言ってんだ、船渡しの船頭がいただろう?まさか船頭まで?!」
「えっ?船頭?」
「えっ?」
「えっ?」
自分が起きた時のことをよく思い出してみる。目が覚めて、川があって、ここに来て。
「いや、そんなんいなかったぜ?」
「やっっっべーよこの女死んでないのに自分で三途の川渡りやがった」
「いやいや、こっち来ちまったんだけど」
「嘘だッッッ!!!! …いや冗談は置いといて、船頭がいなかったってことはお前はまだ死んでない、まだかろうじて生きてるんじゃねえのか?」
「んなアホな」
「三途の川を覗いてみろ。まだ生きてるんなら向こうが見えるはずだ」
「どれどれー?」
自分の死に顔がどんな顔しているのか拝んでやろうじゃないかと覗きこむ。水面に浮かんだ光景は全く違っていた。目を見張った。
『いやだ!! こんなのは絶対にいやだ!!!!』
『やめとけクソガキ、そんなことをしても無駄だ。そいつはもう死んだんだ』
『うるさい!うるさいうるさいうるさい!! まだだ! まだ死んでないんだ!!』
もう少しで完全に息を引き取ろうとする自分の体を、泣きじゃくりながら必死に抱き締める少年がいた。朱色の輝きを分け与えているようにも見える。
「あのっ、バカ野郎っ…!」
自分のことだけ考えてればいいのに。もう死ぬ人間にそんなことをする必要なんかないのに。そっか、こっちで能力使えるのお前のおかげだったんだ。お前が繋ぎとめてくれてるから。
「はいこちら審判の門です。……はい、…はい。あの女をですか?はい分かりました。…おい女ぁ!ちょっとこっちゃこい!」
「なんだよ」
「神様が特別に扉開いてくれるってから帰れ」
「…は?」
「地獄に落として頭吹っ飛ばされたらたまんないってさ」
「だけど、アタシの命が……もう無い」
「でも、戻りたいんだろ?」
何を言ってるんだこの鬼は。お前なんかに人間の気持ちが分かるのかよ。ましてや愛してるとまで言った男と死に別れる女の気持ちなんて……。戻れるもんならとっくに戻ってる。
「門を通れば甦る。見ればあのガキ、まだ頑張ってんじゃねえか」
「いい…のかな」
「何をそんなにためらう?だっておめえ、泣いてんじゃねえか」
「えっ? あ…」
いつの間にか、止めどなく流れる涙が頬を濡らしていた。言われて初めて頬を伝う感触に気が付いた。
「嬉しかったんだろ? まだ生きたいんだろ? またあのガキに会いたいんだろ?」
「ああ、会いてぇよ……、まだ生きてぇよ……。やっぱダメだ、アタシアイツのこと諦めきれねえ!!一緒にいたい!!そばにいたい!!隣にいたい!!ロクな話しねえしバカやってばっかりだよ! ………ホント、くっだらねえ毎日だよ。だけど、失くしてから思い出すと、ホント、楽しかった……」
「なら行ってやれよ」
鬼に背中を押される。まばゆい光が解き放たれ、巨大な門が現れる。
「ありがとう、行ってきます」
「鬼に礼なんて言もんじゃねーや。何が行ってきますだ? もう帰ってくんじゃねーぞ!!!」
ゆっくり、重たい扉を押し開ける。真っ白い光に満ちあふれたまぶしい世界。
――――――――
「……もうやめろよ。それ以上やったらお前が死ぬぞ、『コピー』」
「見てるこっちが痛々しいわ……」
「くそっ…、くそっ……!足らないんだ……足らないんだ……!!」
目を開けるとまだ光の中だった。でもすげえ暖かかった。淡いオレンジの光の球の中でアタシは抱き締められていた。これでもかってくらい苦しくて暖かった。体の芯から甦る。
「痛てえよ、バカ」
「!」
間抜けなツラしやがって。きったねぇの、涙と鼻水でぐちゃぐちゃじゃねーか。
「ただいま」