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さようなら

「それでも吾輩は人間だ!」






「なっ」


辺り一面に声が轟く。


「まずい! タケの体が」


「あっあっ、ああっ」


「やだ、お兄ちゃん…お兄ちゃん!!」


「あっはっはっは、これで彼は私のものになる! 彼は死なないわ、砕けた体は私が治すの、私だけが治せるの。私の力で再構成し直す。私にはそれが出来る」


吾輩の体が砕け散って、一つ一つが光の粒になって消える。今まで抱えていたものが、抑えていたものが解放されて、タンポポの白い綿毛がいっせいに空に飛び立って行くように。


「さあ、全てをやり直すのよ。私と彼がこの世界のアダムとイブになるの。間違った世界はもういらない、二つの世界が一つになって、私と彼も一つになるの」


「ふざけんな! タケがそんなことを望むとでも思ってんのか!」


「ええ望むわよ、私が彼に彼の望むもの全てをあげるから」








「ならば俺は君の死を望む」









もう一度声が轟く。



「にーちゃん!」


「また声が聞こえる…」


「でも『俺』って…」


むかしむかし、吾輩が二度の輪廻転生をする前の話。最初に目を覚ましたのは平安の頃。その頃の吾輩はまだ人とも妖怪とも言えない、それでいてどちらにも属さない形をしていた。あの頃は今の時代のように恐れられることも迫害を受けることもなく、人も妖怪も等しく暮らしいて平和な時代だった。何を生み出すことも働くことも上手くなかった吾輩に、吾輩には人助けが合ってるということを教えてくれた人がいた。顔はおろか姿さえも見ることすら叶わないやんごとなきお方。そばにいた天上人曰く、この国の繁栄と豊穣を司る神に仕える巫女。






「そのときは行商人の手伝いをしていたでござる。遠くから叫び声が聞こえたから飛んでいくと、その人が族に絡まれていた。助けたとき、馬車も籠も壊れていてすぐに姿を隠さなければと行商人のもとへ走ろうとした。それを彼女が引き止めて、そのとき彼女の姿を見てしまった。目と目が合ってしまった」









「タケ! 武将!」


「声は聞こえるけど…どこにいるの?」


「(あっ、察し)」


「ちょっとローズ! 何を悟ったみたいな顔してんの!」


「副学長には分からなくって?」






一目惚れだった。ただ彼女と吾輩の地位は月とスッポンもいいところで、叶う恋ではないとすぐに理解させられるところとなったでござる。それからしばらく経って、人とも妖怪ともならぬ吾輩がやがて精霊と認められて、堂々と都を歩けるようになった頃、一通の文をもらったでござる。それが瑠姫だった。





「うん…」


「瑠姫ちゃんあのね? うんじゃなくて私達そのへんの話聞いてないんだけど?」


「九尾の狐さんが良くしてるから瑠姫ちゃんも只者じゃないとは思ってたけどねえ〜」


「ファングにぶちん」


「ぬあんですってぇ!?」




そばにいた天上人の助けもあって、吾輩達は愛し合いながらも一緒に仕事をするようになったでござる。帝はおおよそ巫女には釣り合わない吾輩に不満だったみたいだけど、いつなんどきも仲睦まじくしている吾輩達を見て折れてくれた。帝が折れてくれたことでしだいに周りも認めてくれるようになり、ようやく一緒になることを許された。





「たった一人を除いて…」


「にーちゃんは2回も転生したんだよね」


「アンタまさか…」


「そうよ、そのまさかよ。私がふたりとも殺したわ。言ったでしょ、『俺、結婚するんです!』って言われた時に自分の心が砕けたって。たまらなく嫌だったのよ、彼が誰かのものになるのが」





すまない、こんな形になってしまって。結局今の俺にツケただけで何にも解決しなかった。逃げ続けるばかりで何にもしてやれなかった。それどころか記憶も何もかも奪ってしまった。悔やんでも悔やみきれない、償っても償い切れない。それでも俺は君のそばにいたいと思う。君が俺を待っててくれるなら。







「お兄ちゃん…。昔の私のことはもう分からないけど、お兄ちゃんが守ってくれた私は、ずっとお兄ちゃんのことが大好きだよ。だから、これからまた何があっても待ってるよ。ずっと、ずぅーっと待ってるよ。だから帰ってきて、お兄ちゃん」







ありがとう。






「光が…!」


「違う、砕け散ったタケの体は消えちゃいなかった!」


「そりゃそうでしょうね、2回も転生するヤツだもんね、死ぬ気なんか最初っから無かったんでしょ」



「誰かの幸せは自分の幸せだと思っていた! 自分の幸せは誰かの不幸だと思っていた! 自分が幸せになる代わりに! 誰かが不幸になると思っていた! 自分が幸せになるばかりに! 誰かを不幸にすると思っていた! 自分の幸せが間違っていると! 自分の不幸が間違っていると! だが、今は違う!!!!」



砕け散った体は消滅することなく辺りを漂っていた。やがて光の粒は一箇所に集まっていき、大きな大きな力を以って元の形へと戻っていく。黄金の輝きを放つその存在はまさに奇跡だった。神に消滅させられようとした精霊が、人の心を持って甦ろうとしていた。






「誰のために戦い、誰のために傷付き、誰のために死に、誰のために悲しみ、誰のために楽しみ、誰のために喜び…、誰のためにそばにいるのか。誰のために…誰のために…誰のために…。いつも誰かとそばにいて、いつも誰かのそばにいてやって、いつも誰かにそばにいてもらって…。そうして俺は気が付いた。幸せにしてもらっていたのは俺の方だったと。誰かを助けているつもりが助けられているのは自分の方だったと、誰かの幸せは自分の幸せ、自分の幸せは誰かの幸せだと」






「っ! そんなバカな!」


「吾輩はいつでも蘇るでござる、待ってる人がいるから」


「すごい…、暖かい…」


「お兄ちゃん…、お兄ちゃん!」


神様の力を跳ね除けるなんて帝が知ったら卒倒するでござる。


「はいはいお兄ちゃんはここにいるでござるよ」


「うぇぇえええええええん」


「ごめんね、死ぬ間際に魂を飛ばすだけで精一杯だったでござる。記憶まで庇いきれなかった。だからといって吾輩みたいに呪詛を込めた体にはなってほしくなかった。何と責められても申し開きようもない。それが我が身を滅ぼされようとも! 守ってみせると誓った!!」


「…それについてはアタシも謝らなきゃなんねえ」


「リエッセさん」


「お前の隠し部屋にあったあの手紙。アレが封印していたお前の記憶を蘇らせるスイッチになってたとは知らずにアタシはお前に…、だからアタシは、お前に…!」


「ストップ」


泣きながら抱きつく妹君の頭を撫でながら制止した。こっちの人も今にも泣きそうでござる。あの手紙は中身こそ自分達を憎む気持ちでいっぱいになってしまった、彼女の手先である組織の研究者だった一つ前の両親の懺悔だけどその怨念は誰を傷付けることもなく、吾輩の記憶も受け止めてくれた。本人じゃない、残留思念なのに。


「かつての俺はもういない。けどその心だけは受け継いできたつもりだ」


「どうして…、どうして!」


「今回も、あのときも。貴女は独りよがりのために我が最愛の人を殺し、俺を意のままにせんと行動を起こし、今日こんにちまで逃した俺の魂さえもまた己の物だと言う。そんな人の言いなりになるつもりはない!」


呪うべくは俺の不甲斐無さ。しがない精霊だった俺にいた唯一の人。守ると言っておいて守れなかった。


「瑠姫は吾輩と一緒にいてくれた人。仕事で縁があって、少しずつ話すようになって、たまに一緒に仕事したり、書き物に苦戦しているところを助けてくれたり、やがて都を守る者として背中を預けるようになって。いつしか大切な存在になってた。なのに守れなかった」


彼女の攻撃を跳ね除けると


「それにね、吾輩は自分の幸せも手に入れたでござる。何度人を救い! 何度化け物と呼ばれようと! 戦い続ける理由を手に入れた!!」


「それ、私達のこと?」


「皆のこともそう、この世に生きている人もそう。ここにいる人達もここにいない人達も全員でござる。過去に自分が苦労したり辛い目にあったからこそ、今同じようになっている人達を救いたい。誰かが傷ついたなら癒やしてあげたい、誰かが夜遅くまで働いて疲れ果てているなら労ってあげたい、誰かが苦しんでいるならその苦しみを分かち合って一緒に苦しんであげたい。少しでもそれが軽くなるなら吾輩に押しつけてくれたら吾輩は全力で受け止めるでござる」


「なんとまあ上から目線だこと」


「よう言うわアンタ。さんざんスケベしたくせに」


「でもにーちゃん、今のにーちゃんになる前にボクのこと助けてくれたときもそうだけど、にーちゃんは損しかしてないじゃん」


「吾輩が損をするかどうかじゃないでござる。損得勘定なんか関係ない、助けたい人と同じ立場同じ世界同じ時間を一緒にいたいんだ。…自分の妹ばかりでなくて、助けられそうな人全てとそばにいたいんだ」


皆が分けてくれた力をまた皆に戻す。この黄金の奇跡はもう吾輩には必要無い。たった一人強くあることよりも、皆と一緒にいられることに吾輩は価値を感じているでござる。スカイを助けたのちの転生が最後の転生。そう前から決めていた。吾輩は人して生きていくと決めた。


(俺とか言ったり吾輩とか言ったり…、どういうこと?! 彼は昔の彼に戻っているのに人格が二つある…。まさか…まさか…、受け入れている? 過去の自分と今の自分を意識が統合されずにどちらも自立して認め合い、一つの器に収まっていると言うの?)


「だから貴女とは一緒にはいられません。オリジナルの俺の世界と、もう一つの世界である吾輩達の世界を滅ぼそうとする貴女とは! もう一度吾輩の大切なものを奪おうとする貴女とは!」


吾輩の姿がかつての黄金の姿から元の人の姿へと変わっていく。


「吾輩が愛したこの世界を、俺が生きるこの世界に生きる人を壊されるワケにはいかない。だから貴女を倒します、今日! ここで!」


変、しぃん!


「二人のなずながくれたこの力、俺にはこれだけで十分」


「…嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!! 君は私だけのモノ! 誰にも渡さない!」





「本当に」


「そんな装備で大丈夫か?」


「大丈夫だ、問題ないでござる…ってホルス! アヌビス!」


「ようやくだな我が同輩よ」


「お前の一助となればとくれてやったのにやすやすと手放すとは。お前らしいがな」


「お前らァー!」


吾輩のそばに二つの光の柱が降り立った。かつて、人ならざる者だけが立ち入れる空間で出会った二人。吾輩の、俺の先輩ながら肩を並べて語り合った二人。思い出せなくて申し訳ない、記憶を犠牲にして申し訳ない。


「貴様のような上司はごめんだ」


「なにより我らこの世界の神、役割も形も、そして存在すらもたがえど、想いはたがわず」


「この者と辿る道もまたたがわず。なればこそ我らこの者と、再び道を交えん」


何言ってんだこの…。仮面に変身したのに、仮面の下ならバレないと思ったのに。目頭が熱くなってたまらないでござる。


「泣くな友よ」


「泣くにはまだ早いぞ。さあ、顔を上げろ、我が友よ」


「なになにどういうこと? このワンちゃん達とござるくん知り合い?」


「ワンちゃん言うな!」


「なずなお姉ちゃん達といいこの二人といい、人脈どうなってんの?」


「ほーれジャーキーだぞー、取ってこーい」


ぽーい。


「バウッ!!!!!」


「アヌビスお前…」


「はっ!!!!!!」


「ぷっ、あっはっはっは」


ああ、何もかも懐かしいでござる。


「ふざけるな! お前らが束になったところでなんの役にも立たない! 私を倒す? そんなことを言ってられるのも今のうちだ! 私の軍が全勢力をもってここに向かっている!!! 私と、私の軍を倒す宝くじなどお前らには無い!」







「私達のこと、忘れてもらっちゃ困るわ」








激昂する彼女に対して空から声が降ってくる。降り立った二つの光は、今の吾輩の恩人。いずれこうなると分かっていたのに吾輩のことを知って引き取ってくれた。もう二度とこの世界に、力に関わるまいとした二人が、吾輩のために力を奮ってくれるでござる?


「火星付近でうろうろしてる連中がいたのでな! 潰してきたぞぉぉぉぉぉ、我が息子よぉぉぉぉぉ!!!!」


「お父さん、お母さん?!」


「ごめんね瑠姫ちゃん、黙ってて」


「お館様ぁぁぁぁぁ!!!」


「息子よぉぉぉぉぉぉおおお!!!」


「私達は駆け落ちしたの。人と神が恋することを禁じられてからも私達は気持ちを抑えられなくて、力を使わないことにして人の世界で生きていこうって何もかも捨てて駆け落ちしたの」


「おおお館様ぁぁぁぁああああああ!!!!」


「息子よぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおお!!!!」


「ちょっと邪魔! 二人とも黙って!!!」


「「ハーイ…」」


「引きこもりのくせに出しゃばったマネを…!」



あーもう目から塩水が止まらないでござる。実の子じゃないのに…。



「血なんか繋がってなくても、私達の自慢の息子のためだもの」


「子どもの喧嘩に親は出ない…とは言うがな、君とやり合うなら喧嘩とは呼ばんだろう。我が子の窮地に助けん親などいるものか! そんな親! いると言うならば親とは呼ばん!!!」


涙を拭っているともう一つ光が見えたでござる。


「あー! タマちゃんびりっけつー!」


「親父もお母さんも速えんだよ」


「た、珠姫さん!」


「姐さん! え、いや、え? 今の上から…生身で…?」


「伝説…というかお伽話じゃかぐや姫は月に帰ったって話になってるがな、実際は駆け落ちして娘がいんのよこれが」


「でえええええええ!!!!!!」


「oh…」


「yeah…」


「二人ともやってる場合じゃないよぅ」


ぱーどぅん?


「いや…今の吾輩も聞いてないでござる…。女神と人間で恋したけど反対されたからって…」


「ああ、それ嘘だから。いや駆け落ちは合ってんな」


「確かに私達は本来戦う力じゃないけれど、奮えばそれなりよん」


「厳しい鍛錬を課せられてようやく金色に変身できるようになった私達って一体…」


「やめてカレン、それ以上言わないで。悲しくなるから」


「久しいな二人とも」


「我ら四人また相まみえるときが来ようとは」


「えっ、こっちとそっちも知り合いなの?」


「駆け落ちの手引きしてくれたのこの二人なの。 ま、その代わりタケちゃん達が転生成功したら面倒見てやってくれってそういう話だったんだけど」


「何を犠牲にしてでも愛する者を助けたいというのだ、素晴らしいじゃないか。自慢の息子、自慢の娘だ。誰にも渡さん! ましてや貴様などにぞ!! くれてやるものなど一切無いのだ!!!」


「父上…、母上…」


「アタシら確かに血の繋がりはねーよ。けどそれが家族の全てってワケでもねーだろ、な?」


「お姉ちゃん…」


「さあ、残るは貴女だけだ」


「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ! どれほどの勢力を出したと…! ぅわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


「誰かに助けられ、誰かに夢を守ってもらった。だから今度は誰かを助け、誰かの夢を守る番でござる。絶対に壊しちゃいけない。…そのために、青龍!」


「はい!」


「タケ! 持っていけ! アタシらの力も! 気持ちも!」


みんなの力を、吾輩が今持てる全てを、この一撃に。



「今ここで決める!今日ここで決める! 今までは人のことばかりだった。人の夢、人の未来、人の人生、人の命 人の業…。全てを背負うと誓った! だが今回は自分のために! 自分の夢!自分の将来!自分の思い!自分の業!今を生きる、自分自身のためにィィィィィ!!!!」



だから。





「さようなら」

あと1話です。人生初めての最終回です。人生初めての最終回だからどう締めたらいいものかまだ分からないけど、どうか最後までよろしくおねがいします。

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