明日の勇者
ファングことシオン・アスターと戦野珠姫が洋館へ向かった少しした後の頃。
「はぁ〜い♪ 受付はこちらで承りま〜す」
「順番に並んでね♪」
「姉ちゃん達、眉間に皺寄ってるぞ」
武蔵野コンツェルン東京本社受付。
「うるせえブチ殺すぞクソジジイ」
「ひぇっ」
ここ武蔵野コンツェルン東京本社受付。毎朝恒例の長蛇の列。いたっていつもの光景。様々な部署を連ねる本社は周辺に死者を置いていないためアポイントメントを取った取引先が今日の一挙手一投足のために毎朝毎日列を連ねる。
「いつもの警備員の爺さん達は?」
「有給ですわ」
土日休み夜勤明け。取引先の工場のシフトに合わせて最大限の努力をするため、武蔵野と取引のある企業は必然的に平日が休みの営業マンがいて列を成す彼らのための交通警備誘導員が配置されている。もちろん土日休みなどなくファーストフード店の店員が並んだ客にメニューを配ったりあらかじめ注文を聞いたりするがごとく、一人一人のアポと要件を聞いて回っていた。そんな彼らもしばらくは存在しない。
「して、その格好のこころは?」
「罰ゲームですの」
「察し」
『バニー姿で受付嬢やってもらうからね!』
会社で罰ゲーム。それも世界を股にかける一大コンツェルンでそんなことをするのは一人しかいない。それすらも定番。レイミさんである。
「嬢ちゃん達、辞めたくなったらいつでもウチ来な?」
「辞められるもんならそりゃあええもう」
「お姉様、列が伸びてますわよ」
そんな中、一人社畜リーマンに似つかわぬ少女。ドナドナされるがごとく怨念渦巻く闇の中で一筋の光。うら若き乙女。
「あら、あなたは…」
「折り入ってお話が」
一人の少女。つい先日渋谷で騒ぎの渦中にいたその人。ダリア・イベリス。
「粗茶ですが」
「お前が言うんじゃないよ小娘」
「なんですってこの死に損ないバッ!」
ごきゃっ
なにやらおかしな音がしましたわ。しかし見慣れた光景になってしまうとどうにも怒る気になりませんわ。お姉様は脳筋でいらっしゃるから事あるごとにこのミイラババアに突っ掛かり一撃もらっておりますの。
「あの…、貴方にアポイントメントは取っておりませんが…」
「いいのよお嬢ちゃん、今社内で暇してるのは私か斉藤くらいだから」
「は、はあ」
困惑していますの。それもそうでしょう。彼女は武蔵野レイミを通じて私達を尋ねてきた。なのに何故かコンツェルンのトップが出てきた。このババアはおそらく彼女を一目見ておきたかっただけなんでしょうが、本当に暇してるとは彼女は露ほどにも思ってないでしょう。このババアは本当にそれだけではありませんが。
「なんとなく理由は分かってる。それなんだけどね、そもそもどこから話が始まったのか覚えているかい?」
武蔵野コンツェルンのトップは嫌な方でいらっしゃいますのね…。そう、今回の事件の始まりは彼女が政略結婚を拒否し、そこを彼女のためにどうにかしようとしてくれたレイミやあの彼によって暴かれたこの子の政略結婚相手の正体。その引き換えに…彼は今…。
「申し訳ありません」
「私に謝ってもどうにもならないよ」
「そうです! 私に謝りなさいこの干物バッ!」
ばきゃっ
「お姉様も学習しませんのね」
彼は二度と立ち上がることはない。
「私が言えた立場ではありませんが…、私を鍛えていただきたく、そしてその指導者としてそちらのお二方とアポイントメントを取りました」
「私達が?」
「教えるんですの?」
「いいわ、あなたのしたいように二人をお使いなさい」
「いやいやいやいや、それは私でもいくらなんでも黙ってられませんわ。勝手に決めないでくださいませんこと?」
「どのみちあんた達小娘には生活費が必要だろう? とはいえいつまでもなんの仕事も無しにお金出すワケにはいかないからねえ」
まあ、周りの社員からのお前誰やねんという視線は浴びていて気持ちの良いものではありません。おまけに無一文。そりゃそうですわ。とっととロイヤルセブンの連中を仕留めて家に帰るところが、逆に仕留められて家に帰れないのですから。行くアテのない私達を思ってかあのスケベ変態少年が気を遣って誘ってくれたのですが、即座にもう部屋の空きがないこと、ではどこにと問われて自分の部屋と答えたところボンバーアックスを食らってしまい話は流れ、今は武蔵野女性社員の寮になっているマンションの一室に転がり込んでいますの。当然そこでもやはりお前誰やねんの視線。特に女性陣から。というのも私達、胸こそ貧しいですがそれ以外は並以上、いえ、上の上以上。男性陣からの視線を欲しいがままにして、女性陣からは殺意の込もった視線をいただいております。言ってしまえばレイミが三人に増えたようなもの。そうでなくても騒ぎを起こしたどこぞの馬の骨とも知らない私達をトップのそばに置いておくなど、私達からしてみても気が知れないですわ。そして湧き上がるクレーム。おまけにこちらでは戸籍も住民票もない私達ができることといえばお茶汲みと書類整理、それと新作のお菓子の試食。とても仕事とは言えない仕事で何十万とお金を出すには足らない理由。彼女で補ってしまえば都合が良いとそういうことでしょう。
「まあ、いつまでもタダ飯食らいの居候というワケにはいかないわね。食客という時代でもないし、仕方がありません、受けましょう」
「じゃあ任せたよ」
ござる様が私を抱えて連れて帰ってくれたその日。夕方に目覚めたときには既に手遅れでした。そしてあの女神を騙る少女が現れ残していった言葉。これから起きる事、しなければならない事を考えると私も戦姫として名を連ねなければならないですわ。
「ありがとうございます」
「礼なら勝ってから言うんだね」
「はぁーっ、気は進みませんが立場のない人間が贅沢は言えませんわね」
「ちくしょうこのババア! いつか涅槃に叩き落としてやるわ!」
少し不安です。
「さて、この採掘場は武蔵野の系列企業の持ち物ですわ。ここならどれだけ派手にやってもいいですの」
「あの…」
「なにか?」
「私がどうしてお二方をお借りしたのかまだお話しておりません。始める前に少しでも…」
「話なんかいらなくってよ」
え?
「貴女のことはテレビで見ていましたから。あなたの変身した姿、まるで赤ん坊のように綺麗でまるまるとしていました」
「つまり、あなたは異能力者として劇的なパワーを開花させたにも関わらず、なぜか姿は生まれたての赤ん坊のようでした。それはやっとやっとで変身出来た異能力者と同じ姿であり、なんの個性もないただの鎧。ただ丸く覆っている鎧になんの武器もない。しかしながら状況は刻一刻と世界を終末へと誘っている…」
「私達のように誰一人として同じ形を持たない、いわばヒーローと同じになりたいと、そういうことでしょう。ま、頭数が多いことにはかまいやしません」
私は見透かされていたのですね…。状況が状況だけにもはや猶予はない。しかし何にもしないままで終わることは出来ません。せっかく咲いてくれた私の異能。生かさなければ…。
「幸いにしてあなたはなかなか鍛えてあるみたいですから、フィジカルはやってる内に上がるでしょう」
「それに私達もクビになりましたからちょうど暇ですの」
「クビ?」
「もうあなたも知ってるでしょう、あの神気取りの少女を。私達やこちらのスカイはあの中間管理職の手先だったのよ。しかし先日の事件が終わった頃、私達のところにも現れ役立たずと罵って消えた。事実上のクビでしょうね、向こうからの通路が使えなくなっていたところを考えると」
戦野家に現れたときと同じ時に…。やはりあの少女はもはや全てを終わらせようとしているのですね。
「終わりに抗う者がどれだけいるのか分からない、でも戦わなくてはならない。かといってロイヤルセブンの連中は今、原初の七人のうち一人と名乗る男と修行に明け暮れている。変身者として鍛えてもらうとしたら私達くらい、そんなところでしょう」
「この際あの神気取りのお尻を引っ叩けるならなんでもいいですの」
このお二人もきっと死にたくはないのですね。切り捨てられても裏切ってでも生きる。たとえ自分の世界に帰ることが出来ないとしても。死にたくないから生きる、死にたくないから戦う。本当にそれでいいのか分からない、けど今は今できることを精一杯やるしかない。私は私のできることをやる。
「あらやだ覚悟キマッてる眼ですわお姉様」
「戦う者は戦うことでしか強くなれない、と思い込んでるわね。少し間違っているわ」
「え?」
「貴女を含む私達変身する者の唯一にして最大の武器、それは心ですの。心こそが力の源。そして心の力は自分に素直になったとき最大の力を発揮する」
「そして心を育てるには自分の思うところにケリを着けて覚悟キメる必要があるのよ。もしくは、ロイヤルセブンのように彼に育てられ彼の力を分け与えられ、彼というただ一点を見続け、どうしたら彼のためになるか、どうしたら彼が幸せになるかだけを考えて戦うこと」
「お姉様、スーパーヒントでしてよ」
「よくってよ」
どうしたら彼のために…、どうしたら彼が幸せに…? 腹の底から怒りがふつふつと湧いてきましたわ。知っているくせに! 彼が! 戦野様が今どうなっているのか知っているくせに! それをヒント?! ヒントですって?!
「…教えを請う者がする態度ではありませんの」
気付いたら私は胸ぐらを掴んでいたのです。彼女の発言が許せなくて。どうしても、どうしても。もうあの方は目を覚まさないのに、その人を幸せにする? どうやって? あの方にはもう、なんにもしてあげられないのに。
「しかし、よくここまで我慢しましたの」
「そうね。そして乙女をこんなに泣かせるあの男は罪深いわね」
涙が止まらない。そうです、私のせいなんです。私が結婚拒否などするからこうなったのです。大人しく家の道具にされていればいいものを、拒絶するから戦野様は死んだのです。そうです、私が、私が殺したんです。私が殺したから目を覚まさないんです。私のせいで。
「だって…だって…、誰も責めないんです…。私のせいなのに…、誰も私のこと責めてくれないんです…。なんで…」
「もう言われてると思うけど、遅かれ早かれあの天ノ宮の兄に会っていればいずれはああなったでしょう。たまたま今回あなたが話の最初にいただけ…」
「でも…! でも…!」
「でも、今貴女がキメている覚悟のことを知ったらロイヤルセブンの連中はもっと悲しみますわ。今ならまだ間に合うのよ?」
「私は…それでも私はやります。私はあの人に生きていて欲しいから」
「そう」
「あの方は人が幸せになることに幸せを感じる方。そのために自分の命さえも捨ててくれる方。私のような自分勝手な女のために…命を捨てることなんか無いのに…」
私がやろうとしていることは確かに間違いかもしれません。こんなことでは強くなれないことも分かっています。でもこうするしかないんです、ごめんなさい。これが私の素直な気持ちなんです。あなたのためになるかと言われたらきっとあなたのためにはならないでしょう。それでもあなたがくれたものを大事にしたい。だからこうするしかないんです。ごめんなさい。あなたはこのことを知ったらきっと反対するでしょう。そういう人です。自分が死のうが生きようが興味が無くて、抱えられるだけの人を抱えて山ほどの人を救いたい。そればっかり考えて生きてきた人だから。
今あなたの一番大切な人が泣いています。しかし私は何も出来ません。なのにあの子は優しい。私達があの子のお兄さんを頼ってばかりいたがためにこうなったのに、ただの一言さえも、私達に罵倒を向けることがないのです。最初は自分だけ何も知らされずにいたことにショックを受けて泣いていたけど、今は違う。でもその理由をまさか聞くことは出来ません。
あなたに会えたこと、本当に幸せに思います。本当に運命だったと感じます。私の運命の人。出来ればあなたと幸せな日々を過ごしてみたかった。出来ればたくさんお話をしたかった。出来れば普通にデートしたり食卓を囲んだり一緒にゲームをしてみたかった。でももうそれも叶いません。ごめんなさい。私は今この道を辿るしかないんです。だからどうか、私の最後の誤ちを赦してください。
「…出たわね」
「私達の鎧が誰一人として同じ形を取らない理由。それは人の心が誰一人として同じではないから」
「人の心は十人十色、誰一人として同じ心は持たない」
だから見ていてください、私の最後の変身を。