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大切なものとはなにか リーシャ・エリシオンの場合

 私は幼い頃、と言っても小学生の頃に自分の異変に気が付いた。


 私が顔を近づける、手を伸ばす、じっと見つめる、触ってみる。私のすることに植物が反応を示している。どの植物も同じ反応をするかというとそうではなかった。今もそう。じっと見つめて照れる子、触ると嫌がる子、構って欲しい子。なぜだろう、私はどんな植物も人と同じように接している。そう見えている。


 私の周りの植物達も次第に気が付き始めた。私が皆の意思を理解していることを。あれをして欲しい、これをして欲しい。これは嫌だけどそれならいい。あっちがいい、こっちがいい。色んな表情があって、色んなことを言う。私は毎日が楽しくなった。


 お父さんとお母さんは良く思わなかった。私は朝起きて、昼、学校に行って、夜は家族で過ごして部屋で寝る。寝る前は植物の皆と話している。何も知らないお父さんお母さんからすると、自分の子が植物に向かって独り言を言っているように見えていた。それには気が付かなかった私は、ついお父さんお母さんのいる前で植物に話しかけてしまった。子どもの私でも失敗だったと気付く。事は私の想像より深刻な事態になっていた。


 いつの間にか学校に、担任の先生に、友達に聞き取りされていた。学校でも普通だったはずなのに、いつの間にか植物の皆との方が仲良くなっていて、私は学校でいじめられ自閉症を発症したんじゃないかと思われていた。それまだ何を聞かれることもなく、同じ毎日を過ごしていたのに、いつの間に…。


 私はお父さんとお母さんが家族に見えなくなった。私は私の異変から一年が経った頃、施設に預けられることになった。学校に行かなくていいことになった。私は目の前が真っ暗になった。何にも見えない暗闇を目の前に突き出された。前も後ろも、右も左も何にも見えない、真っ暗闇が突然目の前に現れた。私は植物の皆と引き離された。ここからさらに失敗だった。これが失敗だったと気が付いたのは大学に入る頃になってからだった。子どもだった私は全てを話してしまった。植物と話せる事、顔を見れば区別が出来ること、喜んでいること、怒っている事。なぜ皆から離れ離れにされなければならないのか分からないこと。


 お父さんとお母さんは私の異変には気が付いていなかったから、私のことを何かよほど辛いことがあって、植物に向かって現実逃避しているのだと思い込んでいた。私には地獄だった。人間の友達よりも親しい友達を取り上げられて、誰とも会えなくなった。おかげで大人が大嫌いになった。大人は良かれと思ってしていることだけど、私からは理想の押しつけだった。私は不安定になった。大人は大嫌いだけど、お父さんとお母さんのことはそうは思えなかったし思いたくなかった。でもお父さんとお母さんは大人だった。


 私は苦しんだ末に脱走を選んだ。舗装された道路の隙間から植物が生えることを見たことがあったのは救いだった。植物の皆はそういうものの隙間に入り込める、誰にも気が付かれることなく。あとは簡単なことだった。唯一外の明かりを照らし出す鉄格子がある窓。新築でもない限り隙間は生じるもの。初めて脱走したときに学んだこと。抜け出した私は全速力で家に帰った。お父さんとお母さんに会いたかったからじゃない、私の部屋に置き去りにされた植物の皆が心配で心配で仕方がなかった。離れ離れにされてからというものいつも皆のことを考えていた。裸足で走ったのは初めてだったけど、今にして思えば痛く無くて当たり前だった。綺麗も汚いも無かった。


 酷い有様だった。お父さんとお母さんは皆の世話をまったくしていなかった。私は崩れ落ちて泣いた。変わり果てた友達の姿に私はどん底に叩き落とされた。皆は家という家を這いずりまわり、もはや植物が四角い形をしているようにしか見えなかった。同時に、皆の泣き叫ぶ声が聞こえた。ずっと私のことを探してくれていた。もう誰も住んでいない家の中をずっと探し続けて泣いていた。私は夢中で家の中に飛び込んでいた。


 いつの間にか眠っていた私はベッドの上で目が覚めた。泣き続けていたことは覚えているけどその先を覚えていない。とにかく皆に私はここにいること、置き去りにしたこと、離れ離れになったこと、帰ってこなかったこと、色んなことを泣いて謝り続けて、そのまま疲れ果てて眠ったのだと、ぼんやりしながら自覚した。疑問が残った。


 誰もいないはずなのにベッドの上で寝ていた。朝日が眩しくないようにカーテンが引かれている。私は着替えさせられている。部屋中を、家中を探し回っていた皆が元の姿に戻っている。洗濯されたシーツ、埃のない床、新鮮な空気。私は家を見たとき、中に入ったとき絶叫していたはずなのに。なぜ?どうして?見れば着替えさせられた服も私のパジャマだった。それもちゃんと、洗濯されてボタンの掛け違えもない。まさか、皆そこまで私のことを見ていたの?だからそうしてくれたの?


 涙の止まらない私に「流石に植物達もそこまで分からなかったでござる」と声を降ろした人がいた。誰?と振り返ると知らない人。家の中に知らない人がいる。でも皆普通にしてる。誰なのか分からなかった、見たことも聞いたこともない人だった。彼は日本人だと名乗った。


 彼はある人にお願いされて私の家を訪ねると、私の家は既に家ではなく、私もそこにいなかった。私は家の中で皆に囲まれてさながら繭の中で眠っていた。仕方なく家の中に入ろうとすると皆に攻撃されて驚いた。「知らない奴、それも人間が勝手に中に入ろうとしている。だから入れないようにしたい、なら攻撃されて当たり前か」と悟ったらしい。意味が分からなかった。彼は皆に事情を話し、皆から事情を聞き、「ならいつでも私が帰ってこられるように元の状態にしよう、だから皆の協力がいる」と皆に話したという。



 私は皆からこの話を聞いた時さらに訳が分からなくなった。成長した今だから言える、人と違うということは、こういう感覚を覚えることなのだと。それは困惑であり、戸惑いであり、不安である。人と同じことに安心を持っている。人と違うことを自覚しなかった、人と同じことが当たり前だと思っていた。私じゃない人がなんで皆と話せるのか不思議でならなかったから聞いた。一晩でどうしてこうなったのか。


 彼の答えは単純だった。「吾輩はおねがいしただけでござる、だって吾輩家っていう家に住んだことないから、どうしたらいいか知らないし」。私はとんでもない思い違いをしていた。それこそボタンの掛け違い。私は彼が指示を出してこうなったのだと思っていた。実際は彼が皆に聞いて彼が皆の言う通りにしていた。ますます訳が分からない。まさか、彼は私と同じ人?だから皆と話せるの?皆と話せることになんの違和感も覚えていない?


 私はハッとした。今、目の前で、この人の目の前で、皆と話してしまった。この人は私じゃない。皆私に伸びてきて寄り添っている。まずい。また離れ離れにされる。そんなことを思った私は顔に出ていたのかもしれない。彼は「ああ、お構いなく」。次の瞬間、私は目を疑った。皆がトレイに紅茶を入れて彼にモーニングティーを提供している。丁寧にパンも添えられている。そんな馬鹿な。この家の皆は私にしか親しくしなかった。なのに彼にはしっかりお客さん扱いしているの。おかしいでしょ?笑っちゃった。


 私の笑った顔を見て彼は安堵した。何をそんなに安堵するのか尋ねると、彼は黙って手鏡を差し出した。疑問符が浮かぶ私は差し出されるままに手鏡をそっと覗いた。覗かなければ良かった。変わり果てた友達より酷く衝撃だった。私が私じゃない。預けられた施設はお世辞にも満足のいくところではなかった。それにしても私は年頃の女の子とはかけ離れた顔をしていた。具体的にどうであったのかはこの場では割愛させていただきます。


 私はまた泣いた。こんな姿になっていたなんて、こんな姿で皆に会いに来ていたなんて、皆が泣いてた本当の理由を知ったそのとき、私はまた泣いて謝っていた。こんな姿なら帰ってくるんじゃなかった。こんな姿なら帰って来なかったほうが良かった。私がこんな姿になっているのが嫌だったことよりも、こんな姿を皆に見せてしまったことのほうが嫌だった。ただでさえ突然いなくなって皆に心配させたのにその上こんな姿を見せた。それが堪らなく嫌だった。


 彼はそっと私を抱きしめた。泣きじゃくる私を。変わり果てていたのは私のほうだった。なのに皆は私だと分かってくれた。私が帰ってきたとき、ひとりでにドアが開いた。そのとき察するべきだったけど子どもの私は出来なかった。今でもそのときのことを後悔している。皆は私のことを分かってくれたのに私は皆のことを分かってあげられなかった。泣きじゃくる私はいつしか姿を変えていた。私が私で無くなっていた。私の変身は皆からのプレゼントだった。私のことを彼と一緒に包んで、私を守るものを与えてくれた。


 私はずっとそのままの姿でいた。泣き止んでからも、それから何日過ごしたかも分からない間、ずっと鎧のままでいた。皆に心配させる姿を見せなくていい、皆がくれたこの姿て。彼は繭の姿になった私に戸惑うことも困る素振りも見せることもなく、普通に接してくれた。お父さんとお母さんが帰ってきてからも私はそのままでいた。そのままの姿なら本当の私を見せなくていいから。


 私は変身してからどのくらいそのままでいたのか分からない。あとでレイミちゃんに聞いた話だと、最年少にして最長記録だということだった。どうでもよかった。それよりも嬉しかった。今までは私が皆の面倒を見ていたのに、今度は皆が私の面倒をみてくれる。施設暮らしの中でどこか私の一方的な自己満足なのかと疑うこともあった。現実は違った。皆優しくしてくれる。植物の皆も、人間の友達も、お父さんもお母さんも、そして彼も。


 彼はしだいに元気を取り戻す私を見て明るい表情が増えていった。お兄ちゃんが出来たみたいで嬉しかった。私はだんだんと彼が何者なのか気になるようになり、ある日聞いた。あなたは何者なのか、どこから来たのか、なぜ皆とお話しすることが出来るのか、どうして他の皆は何も聞かないのか。彼は一度にいくつも質問した私に1つ1つ答えてくれた。自分は人間ではないこと、日本から来たこと、皆には自分から言っておいたこと、植物と話せることはさほど不思議なことではないこと。全ては噛み合わなかっただけで、皆私のことを心配したがためだったこと。


 私はまた泣いた。仮面の下でひっそりと涙を流した。どれだけ私が大切に思われていたのかそのときになってようやく知った。ただ元の私には戻れない、戻れなかった。もはや皆とお喋りしたり触れ合ったりすることをやめるなんてことは無かった。それがまた誰かを心配させるかもしれないとしても、植物の皆はいつしか私の家族になっていた。私はもうここから離れたくなくなった。


 私はさらに驚いた。彼はテレパシーが使えるのかと思った。次の日から学校には行かなくていい、先生が家に来てくれるからとお父さんとお母さんに告げられた。何がどうなっているのかさっぱり分からない風でいると、彼に叱られたと語った。「あの子の親なのにどうしたらいいのか分からないとは何事だ。だからあの子を泣かせたんだ」と。「心配も必要かもしれない、でも本人が知らないところで勝手に話を進めて離れ離れにさせて、辛いのは自分達だけだと思っているならそれは思い上がりだ」と。話をしている間彼はずっと顔を赤らめていた。彼は熱くなるとそういう風になりがちだと言った。


 その日お風呂に入ろうと洗面所に行ったらあるものが無いことに気が付いた。鏡がない。気が付いたとき同時にハッとした。帰ってきてから鏡を見た覚えがない。故意に映らなかったんじゃない、鏡そのものが無い。まさか、彼が?お父さんとお母さんはこういうことに気を回す人じゃないことは、二人の性格を考えたら分かる。やはり彼しかいない。皆に聞くとやはり彼だった。お風呂に入るときは元の姿に戻らなくちゃいけない。初めて変身を解いたとき、洗面台の鏡に映る自分を見て吐きそうになった。吐きそうになった口を手で押さえて恨めしそうに私を睨む【こんなの】が私だったなんて。その様子を皆のうち誰かが見ていて彼に相談すると、「いっそのことこの家から鏡という鏡をこの家から無くしてしまおう」と言ってその場でお父さんとお母さんに承諾を取って外してしまったらしい。一応一枚だけ残されていて、お父さんとお母さんの部屋にある化粧台だけ、お母さんがお化粧に困るからということで外してないとか。皆は勝手に話してごめんなさいと謝ってきたけど、私は私の方こそ心配かけてごめんなさいと謝った。日本では思い立ったが吉日って言うんだっけ?あなたの行動力には本当に驚かされるよ〜。


 あくる日の朝、そろそろ学校に行ってみない?と突然彼から言われた。私は肩を震わせて怯えてしまった。学校に?この姿で?それとも元の姿で?どちらにせよ私は嫌だった。どちらの姿でも学校の友達がどんな反応するのか分からないし、きっと「やっぱりおかしな奴だったんだ」と言われるのが目に見えていたし、それが嫌だった。彼が「体育の時間だけ、一時間だけでいいから試しに行ってみようよ。吾輩も一緒にいるし、本当に無理そうならすぐに帰っちゃえばいいでござる」と言うから私は元気なく答えた。仕方なく学校に行こうとすると彼は「空を飛んで行こう」と言い出した。そんな馬鹿な。いくらなんでも空から現れたら絶対におかしい。空を飛べる人は私は彼しか知らない、普通は空を飛べないことぐらい知っている。私だって彼から教わって初めて飛べるようになったのに。彼は「片手片膝着いて足元にクレーターを作ればめっちゃカッコいいから大丈夫でござる」と親指を立てて言うやいなや、日本の鎧武者の姿に変身して飛んでいった。私は慌てて飛んで追いかけた。


 結果から言うと大好評だった。主に男子に。この頃には世界中で鎧の姿をしたヒーロー達が名を馳せていた。そしてなんと彼は「そのうちの二人が今日この学校に来るよ!」と予告してしまっていた。私が行かなかったらどうするつもりだったのか。というか私は国を出たことなんか一度もないのにいつの間にかヒーローの一人にされていた。体育の時間は大賑わいになり、盛り上がっていた彼はついには全校生徒対私達二人のドッジボールを言い出した。驚いてそんなの絶対に負けると言う私に、全力出して動き回れば大丈夫!と豪語する彼。結果から言うと、一発の被弾無く勝った。全校生徒には一人一つずつボールを持たせたのに、何百人といるのに一発もかすることすらなく勝った。


 次の週から私は学校に行くようにした。少しずつ、少しずつだけど時間を増やしてなるべく学校にいるようにした。どうやら私が学校に来なくなったこと、家が皆で覆われたことは能力の発現のショックで起きたから、そしてそのあと何故かヒーローに弟子入りして修行に励んでいたからになっているらしい。私は家に帰って彼に怒った。知らないうちに勝手なこと言いふらすのはやめてほしいと。というか私はヒーローになるつもりなんかさらさらないとも。彼は謝った。「予告で学校に行ったときに口が滑って吾輩がヒーローだっていうのバラしちゃったから口から出まかせで誤魔化しちゃって」。なんて?戸惑っている私を見かねて皆が彼は悪くないと謝ってきた。「変に勘繰る人がいたから黒板にデタラメ言うなって書いちゃった」。なんて?まさか皆を連れて行ったの?伸びたの?伸びたところ見られたの?「そのあとなんとなく仲良くなってブランコ作ってあげて皆で遊んじゃって」。どうしてそうなった?「そしたらあの子は今どこにいるの?ってやっぱり聞かれちゃって」「仕方なくしばらく修行に出たことにして、今は吾輩がヒーローとしての家庭教師をやっているってことに」。最後のだけは良しとしてあげようと思った。でも鏡のこともあったから、今後はなるべく私に一言相談してほしいと伝えた。彼のすることにはいちいち驚かされる。ずっとこんな調子だったら神経がもたない。


 ところがどっこい、さらにさらに驚くことに彼は賞金首だった。何度かお巡りさん達が家を尋ねてきた。やってきたお巡りさん達は私に手配書を見せたのだ。私はのちに魔女と揶揄されるほど強烈なやり方で追い返した。彼に怒られた。そんな力の使い方をしては駄目だ、力の使い方はもっと他にあるから教える!と彼は張り切った。朝から晩まで一緒に過ごした。彼は力の使い方について詳しく、手取り足取り細かいことにいたるまで分かりやすく教えてくれた。聞くと人類史の歴史上、先天性の異能力者として初めての能力者らしい。彼以外の能力者はたいていが人ではない妖怪や神様の奇跡が関わっているとか。しかし彼は人間ではない。人間ではないのに人類史にカウントされるのは何故なのか疑問に思った。


 ある日、またお巡りさん達がやってきた。追い返そうとする私を宥めて彼は招き入れてお茶を淹れて迎えた。お巡りさん達は彼を捕まえることなく世間話と最近の私のことを聞いて帰った。私はハラハラしながらその様子を伺っていたけど拍子抜けだった。訪ねてきたお巡りさん達は実は彼と付き合いのある人から頼まれて様子を見に来ていただけだった。建前の上ではあくまでも捜査しているフリでもしないといけないらしい。数日後、また訪ねてきた。今度は別の仲間のお巡りさんを連れてきていた。いくつか言葉を交わすとお庭に出て、何故か彼もお巡りさん達もジャージになっていた。何が始まるのか分からなかった私はそばで、何かあればすぐに手を出すつもりで片手に花の棘を潜ませて見ることにした。


 お巡りさん達はどうやら彼にお稽古をしてもらっていた。ちぎっては投げちぎっては投げ、お巡りさん達は投げられっぱなしでまるで歯が立たない。彼は一切の力を使うことなく、お巡りさん達を怪我させることなく制圧する。一時間くらい経って、なぜか私とお巡りさんでやってみてと言われた。彼は「手の中のものは使っちゃダメだよ、手加減はしなくていいでござる」と言った。バレてた。しぶしぶ私は棘を彼に渡してお巡りさんと向かい合った。私はその場から微動だにすることなくお巡りさんを睨みつけた。私は知っている。私と向かい合ったお巡りさんが学校に来たことを。誰に何を聞いて回っていたのかを。全ては皆が教えてくれる。私は学校にまた通うようになっていたけど鎧姿のままだった、そのせいであらぬ噂が立っていることも知っている、それをこのお巡りさんに告げ口して誰かが傷付けられたということにされているのも知っている、そしてお巡りさんは噂を事実だとして聞いて回っていたのも知っている。つまり私の敵、皆の敵。皆と私を離れ離れにさせる悪者。手加減しないでいいと言われた以上、死なせても構わないとそういうことを許したのだと思った。けどここで事件を起こしたら皆とまた離れ離れになる、あらぬ噂を立てた誰かの思惑に嵌ってしまう。私はスッと身体の力を抜いて構えた。誰かの思惑に嵌ってしまうからといって、何にもやり返さないなんて私の怒りが収まらない。


 お巡りさんが私に一撃入れようと動いた瞬間、私は心臓を狙って拳圧を思い切り放った。お巡りさんは宙に浮いて数メートル吹っ飛んだところで彼にキャッチされた。少しだけ気が晴れた。内功を拳圧として放つ。人を死なせずに、力を使わずに人を制圧する技の1つとして教わったもの。ただし、その気になれば人体のどんな部位も破壊したり破裂させたりして殺すことが出来ると注意された。彼曰く、異能力者は力の成熟過程において、身体に流れる力をコントロールすることを覚える。これが内功の覚え方とよく似ているため、普通の人よりも簡単に、それでいて加減のきく技になる。私はこのときお巡りさんの心臓を爆裂させることも出来た。彼の教えのおかげで私はただみんなとお喋りする以外に色んな力の使い方を覚え、色んな身体の動かし方を覚え、見違えるほど成長した。けどお巡りさんを殺すことはなかった。


 吹っ飛んだお巡りさんは気絶していた。一時間は気を失って眠っていた。その間にも彼と他のお巡りさん達のお稽古は続いた。陽が傾く頃になってお巡りさん達はようやくお稽古を終わりにした。気を取り戻してまたお稽古に参加していたお巡りさんは、さっきの技について私に食いいるようにで質問してきた。私は彼に教わるままに覚えたと言うと、今度は彼に技を教わりたいとお願いしていた。次の瞬間膝から崩れ落ちていた。仲間のお巡りさんは爆笑していた。彼は「君は才能ないから無理」とバッサリ切り捨てていた。


 私は私が家に帰ってから一年間、彼とお父さんとお母さんと四人で暮らした。楽しい時間だった。朝になれば皆に起こされ、彼が私の髪を梳かしてくれる。学校に行くと私の鎧姿に戸惑うことなく周りが接してくれる。家に帰れば彼に力の使い方や超身体能力の活かし方を教わり、夜には四人で晩御飯を食べて、彼と一緒にお風呂に入り、私が眠るまで彼と皆が一緒にいてくれる。唯一私の素顔を見せられる人。私の仮面は皆から貰った一枚だけじゃない。他人と接する時はいつも被っている。お父さんとお母さんと一緒にいるときも。


 彼とお別れのときが来た。私はもう大丈夫だから、また世界を飛び回る生活に戻ると彼は言った。私は人生で初めてわがままを言った。ずっと一緒にいたい、もっと色んなことを教えてほしい、離れたくない、絶対やだ。泣きじゃくって仮面からも溢れて流れる涙を彼はそっと拭ってくれた。「吾輩もずっと一緒にいたい、もう一人妹が出来たみたいで吾輩も嬉しかった」。「君なら妹と良い友達になってくれそうでござる」。「またどこかで会うことがあったら、そのときは成長した姿を見せてほしい」。私は声を大にして彼に誓った。「私は必ずあなたに成長した姿を見せる、今度は私があなたを助ける」。彼は静かに頷くと空の彼方に姿を消した。私は星空が見えるようになるまでずっとその空を見つめていた。


 私はこの十年、あなたと本当の家族だったら良かったのにと何度も考えた。ずっとあなたのことばかり考えていた。いつのことだったか、レイミちゃんが「彼を普通の人に戻すには結婚させてフェードアウトさせるしかない」と話したとき、それだっ!って感じた。本当の家族じゃないなら、本当に家族になってしまえばいいじゃない。唯一本当の私をさらけ出せる人。私の全てを出せる人。ロイヤルセブンの皆が本気で彼を狙っているのはそれとなく感じていたから、「一夫多妻制にすれば皆で誘惑出来るよ、そしたら彼も誰かと結婚してくれるよ〜」と唆しておいた。まさか本気にするとは思わなかったけど。ライバルを増やすようなこと言うなんてまさに墓穴を掘る。どうしてかあなたはあの頃のことを覚えていないけど、でもこれで堂々とあなたに近づける。そして私はサロンで受付兼マッサージ担当。全ては私の手のひらの上だよ…。私はあなたのカラダを堪能し、あなたは私の成長したカラダを堪能するの…。なんてのは冗談で、でも何かと理由をつけてまたあなたと一緒にいられるね。私の初恋の人、私の初めての人、私の旦那さんになる人。




 私達、ずっと一緒にいられるよね…?


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