大切なものとは何か レイミ・シルフィ・ムサシノの場合
私は幼い頃から自由だった。贅沢も、お金も、地位も、名誉も。何もかも全てが自由だった。それというのもおばあちゃんが世界で頂点に立つと呼ばれるほどの一大財閥をたった一代で築き上げ、私はその孫として生まれたからだ。
そんな私にも一つだけ不自由で仕方がないものがあった。異能力者としての力だった。こればっかりはどうしようもなかった。今はいないお父さんとお母さんも、まだ生きてるおばあちゃんも異能力者。そしてその異能力者の中でもトップクラスの者だけで構成される【ロイヤルセブン】。私はこのロイヤルセブンに入ることが生まれた時から定められていた。これが唯一私を縛りつけたもの。
私は生まれた時、稲妻を纏っていたと聞かされている。私は生まれた時から異能力者の中で最も危険な存在で最も天才とも聞かされている。稲妻を纏って生まれ、その場で立って歩き、力をコントロールした。22になった今でも覚えている。
私は私を呪った。生まれた時から、いえ、お母さんのお腹の中にいた頃から私の人生は決められていた。私は私が憎かった。確かに私は人とは違うかもしれない。だからといって戦いを強いられるいわれはない。ましてやボランティア。自分から進んでやるはずのものを強制される。最強の内の一人としてそれは義務だと言われた。たまらなく嫌だった。私以外に最強がいるならそいつらにやらせたらいい、私の意思で持った力じゃない、やりたくもないのにやるんじゃないのにと。
私は私の人生を見つけるために五歳の時アメリカに渡った。日本の義務教育が始まったら逃れられなくなると幼心に感じたからだ。当然お父さんとお母さんは猛反対した。自分に課せられた義務を放り出すなんてどういうことだと。私はおばあちゃん聞かれた。何がそんなに嫌なのかと。私は力に、この家に生まれたことに縛られている自分が嫌いと答えた。自分を縛るも放すも自分で決めることであって他者からされるものではない、だから異能力も人生も義務も無い、まず何がしたいのか何が出来るのか分かってその先に義務や力があったらそれでいいと続けた。義務や力があるのが先ではなく、意思が先にあるべきなのだと。
私は結果としておばあちゃんの後ろ盾を得てアメリカに渡り、翌年大学を卒業した。そのあと大学にまた戻り研究室に篭りっきりになった。世界の歴史、人類の歴史は私に輝きをもたらしてくれた。天才と呼ばれる私にも分からないことがあるということに私は感動した。たまに外に出る時は遺跡発掘調査だった。私の10年の大学生活の中でもっぱら没頭したのが遺跡発掘調査だった。新しいものが見つかる度に私の中の輝きはその眩しさを増していった。楽しい時間だった。そしてしだいに魔術や霊能力、神や悪魔、神秘的な存在や事象にのめりこんでいった。世界に数多ある伝説や伝承を調べに飛び回る。行った先で色んな人に出会って、たくさん教えてもらって、星の数ほどの輝きを得た。
私の人生は順風満帆だった。実家から離れて肩書きも地位も名誉も義務も忘れて夢中になることがある。最強の一角を誇る異能力者のくせに戦うことにも人を救うことにもまるで使わず、研究にばっか使っていた。
ところが調子に乗っていた私はある日生死の境を彷徨う羽目になった。
その昔、高度経済成長期に掘られていた鉱山にある坑道が閉山に伴って爆破によって埋め立てられる際、ダイナマイトの設置中に壁画が見つかったので「合同調査がある、同行してくれ」と教授に依頼された。行ってみると壁画は道標でその先にこの世と冥界を繋ぐ儀式の場に案内するものだった。儀式の場は地下にあり、そこら中が世界的歴史的発見だらけのまさに天国だった。教授は嬉しさと興奮のあまり鼻血を噴き出して失神した。私も興奮して撮影するもメモを取るも手が止まらなくなり、暗視カメラは途中でフィルムがなくなり、ついには暗視スコープで見てノートに書き写しては妄想に走った。この儀式の場で何がされていたのか、何があったのか考えるだけで一週間はご飯もいらないまさに夢心地にいたのだった。
そして一通りの道具を使い切ったところでその日の調査を終えるとし、帰路に着こうと調査チームが各々帰りの支度を始めたとき、冥界の門を守る者が現れた。儀式の場に認められない者が立ち入り穢したと言って私達を襲い始めた。私は戦うことをためらってしまった。戦えないワケじゃない、鍛えてないワケじゃない、変身も出来るしフルパワーでも戦える。問題はそこじゃない。私が全力を出したら周りを巻き込む上に儀式の場を黒焦げにしてしまう。全てを失う。私は全力を出さずに周りも儀式の場も巻き込まないように力を抑えて戦った。そして負けた。
説得を試みるも、守り人が提示した退く条件はつまりは死ねだった。その儀式の場の守り人が言うにはこの怒りを鎮めるほど怒りを受けたら許す、謝罪の儀式はしてもらうというもの。周りの全てを巻き込まないようにしつつこの守り人の怒りを全て受ける。不可能だ。第一この守り人には防戦一方だった。全力を出しても勝つ確率は五割はおろか一割もあるかどうか怪しい。私はまざまざと思い知らされた。調査チームを助けたい、儀式の場は傷つけたくない、なのに己の力は全く足りていない無力を。やれ最強だの天才だのと言われていつも突っぱねてきたくせに、結局は天狗だった。
私は条件を飲んだ。怒りを受ける、謝罪の儀式はする、だから調査チームは誰一人として死なせない。既にボロボロで具現化した鎧はあちこち砕け、右腕は垂れ下がったまま動かず、左足は脛から下が違う曲がり方をしていたが、一歩も引く気にはならなかった。守り人の怒りを受けるうちに、段々と意識が薄れていき、最期に見たのは知らない男が日本の鎧武者の姿に変身する瞬間だった。
次に目を覚ましたときは現地の病院だった。死を覚悟していた私は、目を覚ました私を見て泣いて喜ぶお父さんとお母さんに呆気を取られる。一体何がどうなったのか?調査チームの皆は?あの守り人は?私はなぜ生きているのか?全ての疑問はお父さんとお母さんの隣にいた知らない男とあの守り人が話してくれた。おばあちゃんが私の危険を察知して助けを飛ばし、私と守り人の間に挟んでくれたとのこと。あの日本の鎧武者は幻覚か何かと思ったがそうではなく、守り人と戦ったあと、私を抱きかかえたまま調査チームを率いて地上まで上がってくれた恩人だった。さらに守り人を説得までしてくれていた。
さらに驚いたことにこの知らぬ男性は異能力者でもなくなんでもなく、本来は討伐対象の厄災だった。私はさらに混乱し、日本に帰っておばあちゃんを質問で攻めに攻めた。いつどこで出会って何がどうなって厄災になりどうしておばあちゃんと知り合いでなんで助けてくれるのか。あの知らぬ男性は羅生門からみて鬼門の地の出身でそもそも人間ですらなかった。人間の姿の方が変身した姿だという。かつておばあちゃんは幼い頃に彼に助けられ、彼はおばあちゃんに助けられ、それ以来の付き合いだとか。
私は彼に会いたくなった。またあの儀式の場に赴き、守り人に会い彼は今どこにいるのか尋ねた。というか彼が割って入った時何が起きたのかも守り人から直接聞きたかった。守り人は酔っ払っていた。力いっぱい殴り飛ばした。守り人曰く、彼は自分と私との間に割って入った際、割って入ったことによってさらに激怒した自分の怒りを全て一人で受け切り、私と調査チームを助け、守り人には謝罪とお神酒代わりの日本酒と、今回の調査チーム以外の人間は立ち入れさせないという条件飲ませたあとまた世界を飛び回っているという。
彼はなんのために世界を飛び回っているの?と聞くと、彼は人助けのためだけに飛び回り、助けを呼ばれたらいつどこに関わらず必ず駆けつけていると話す。対価は何?と聞くと何もないと話す。
私はまたしても驚いた。討伐対象の厄災は神や悪魔と紙一重。なんの対価もなく無償で人助けに世界を走り回っている?そんなバカな。守り人は話す。彼曰く、「対価はもう貰っている」。私は首を傾げた。私は対価を支払った覚えはない。お父さんとお母さんもそんな様子は無かった。では誰が対価を?守り人は生温い微笑みを浮かべるばかりで私の疑問には答えなかった。ブン殴った。日本に戻っておばあちゃんに聞くも何故かおばあちゃんも笑った。守り人の気色の悪い気持ち悪い笑みとは違って、優しくて暖かい春の日差しのような柔らかい笑顔だった。でも結局何を対価に支払ったのかはぐらかされただけだった。
私は彼を追いかけた。彼は瞬間移動は出来ないはず。私を助けにくるときはおばあちゃんが飛ばしたと聞いた。にも関わらずまったく追いつけない。追いついたと思ったのに次の瞬間にはもう別の場所にいる。彼は光速移動でも出来るのかと疑ってしまう。彼は私が退院するまでずっとそばにいてくれた。お父さんもお母さんもおばあちゃんも忙しいからたまにしか来れなかった。だけど彼だけはいつも面会時間の始まりから終わりでずっと一緒にいてくれた。自分のことは一切話さなかったけど、私の話すことはなんでも聞いてくれた。世界を飛び回って忙しいはずなのに、私が入院している間はずっとそばにいてくれた。守り人との戦いの中で超再生出来なかったことについてもその時教えてもらった。
彼はひたすら優しかった。人間でもないのに人間なんかよりよっぽど優しいと思わせるほどに。私が彼の優しさのあまり泣いてしまった時も優しく抱きしめてくれた。神でも悪魔でも人間でもない。彼は謎に包まれた厄災。分かっているのは姿と出身と今していることだけ。後に妹がいると分かる。私は彼にとって妹のような存在なのだろうか。
私はお父さんとお母さんに頭を下げようかと、当時諦めかけていた。私一人ではとてもじゃないけど追いつけない。追っても追っても行った時にはもういない。私は彼に救われていた。事実だけではなく、心も。
入院している時彼は私のことを立派だと言った。刀を振るうばかりの吾輩なんかより立派だと。吾輩は力を振るうばかりで物事を考えることなどほとんどなかった、考えても妹のことばかりだと。自分で自分自身を解放できる人はそうはいない、その境地に既に達していてなお、己を犠牲にして誰かを助けようとしたのだから立派以外の言葉は無いと。君は既に誰かにとってヒーローであり大切に思われている。だから自分を嫌わないで自分を愛せるようになって欲しい。彼はそう話した。
私は誰かを助けることで義務に縛られると話した。生まれ持った力、生まれ持った才能、生まれ持った環境。それらが私を制限すると。彼は言った。なら全てにおいて自分の意思を持った上で行い、自分の意思でないことはやらなくていいと。要はやりたいことをやってやりたくないならやらなくていい。そんなことを彼は言い切ってしまった。そういうことを世間一般ではわがままや自分勝手と呼ぶ。決して自由と言わない。言っても陰口としてだ。
彼は続けた。自分の気持ちを大切に出来ない人が誰かを大切に出来ない。最近そう感じる。だから吾輩も自分の気持ちを考えなければならない時に来ている。君は今から自分の気持ちを考えていいし、自分が第一、自分が大切、他はどうでもいいと言える立場にまだいる。なんならおばあちゃんには吾輩から話しておく。ロイヤルセブンが君が抜けて困るならその穴は吾輩が埋める。だから君は君の望むままに生きたらいい。自分に素直な心こそ大切なのだ。
私は泣いた。人前で泣くのなんか初めてだった。それまでは隠れて泣いていた。おばあちゃんと一緒に居たって泣いたことはなかったのに。この人の前では泣いた。自分に素直に生きてきたのにいつも否定ばかりされていた。それが私に影を落としていた。地位も名誉も肩書も財産もあるから。だからアイツはあんな自分勝手が出来るんだと。そんなことを囁かれていた。それを知ってからはなお自分勝手になっていったけど、そういう囁きを辛くないと思っていたかというとそうではなかった。私はそんな暗い囁きをする奴らに全てを押しつけたい気持ちでいっぱいになった。なら全部あげるから全てを強制されてみろと。私は私の好きなことだけをして生きる。地位も名誉も肩書きも財産もいらない。既にこのとき私にとって、私は私に付随するものより地球や人類の歴史の方が大切なものになっていた。いえ、最初からそうだったのかもしれない。そんな自分に素直にいていいんだと言われた。誰にも認めてもらえなかった自分が、自分の生き方が、私を助けてくれた人に自分を大切にしていいと言ってもらえた。泣かずにはいられなかった。
泣いた私を優しく抱きしめてくれた。褒めてくれた。慰めてくれた。頭を撫でてくれた。彼は無条件に私の味方でいてくれた。今もそう。今の彼は昔とは変わってはいるけど、変わらなかったところもある。アイツ、最初にサロンに連れて行った時手を繋いだのに、拒否しなかった。他人を助けまくって私のこと覚えてないくせに。入院してる時に寂しくて手を握って欲しいって言ったの覚えてんのかな。
私は追いかけて追いかけてついに彼に追いついた。なんで私を助けてくれたのか、おばあちゃんからもらった対価はなんだったのな聞いた。彼は答えてくれなかった。ただ優しく微笑んでいた。何か言ったと思ったら、「元気になって良かった、ずっと心配だった」。コイツはいつもそう。人の心配ばかりで自分のこと全然気にしない。人には自分のこと大切にしろって言うくせに自分は自分のこといつも二の次にする。心配なのはアンタの方だってーの。
当時、結局私ははぐらかされたと思っていた。物を聞いて誤魔化されたらはぐらかされるってことは知らないワケじゃない。そんなこと他愛のない話をしているときでもある。あとになってあの優しく微笑んでいた理由が分かったような気がした。あの時の優しい微笑みは今でも胸の中に大切にとっておいてある、私だけの思い出。私を救ってくれたら優しい思い出。不幸は起きてしまったけれど、失いたくないものが増えていた。
後にも先にも誰かに夢中になるのはアイツだけだと思う。今にして思えば私が誰かに夢中になるなんて初めてだった。だからあんなにムキになって追いかけていた。今でもアイツのことばっかり考えている。昔は夢中、今は心配。どうやったらアイツの負担を減らせるのか考えてる。
ただ最近はかなり厳しい。戦う相手がどんどんヤバい連中ばっかりでついには神様と来たもんだ。ついでにその戦う神様ってのは気に食わなかったら世界丸ごと消しちゃえる、私なんか霞むくらい無茶苦茶なヤツ。勝手にバックれキメようかと画策してたらどうやらバレたみたいだし、なんか軍勢差し向けようとしてるし。それ抜きにしてもサード・アイみたいな趣味に突っ走って好き勝手やってる連中はいるし、カラミティみたいな危ない研究とテロが本懐みたいな連中もいるし。アイツはもう途方もないほど頑張っているのに負担は一向に減る気配を見せない。結婚して無理矢理表舞台から引きずり下ろそうかと思ったら何故かそれは拒否られたし、ロイヤルセブンに引き入れてフェードアウトさせようかと思ったら入ってくれないし。そのくせ何か頼んだらなんだかんだでやってくれる。まったくアイツの性格も自分の性格も呪うところだわね。でも、忘れないで欲しいことがある。
私を夢中にさせた罪は、重いわよ?