表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
187/202

大切なものとは何か 戦野武将の場合

結局夜中ってこともあってお師匠さまにはわりと早めに帰された。おっぱいは揉ませてくれた。いまだに子ども扱いされるけどぱふぱふ揉み揉みさせてくれるなら大歓迎。


(とはいえお散歩的にはまだ帰るには早いでござる)


夜のお散歩はとても静かで灯りも少なく、誰もいない静かな時間。深く深く暗闇の中、自分の心の中に沈んでいく感覚が心地よくて忘れられない。


(そいえばもう1人の吾輩はこっちに引っ越して来てるでござる)


LIME。


(ちょっと相談があるでござる…っと)


公園でベンチに座りながらぼけーっとしているとマジで来たでござる。


「よう相棒、ブチ殺すぞ」


「怖すぎわろち」


第一声がブチ殺すぞってあーた。まあ深夜に公園に呼び出されたらそりゃ怒るよね、子育て中だし。でもなんだかんだ来てくれるんだからこのツンデレ。


「って、あれ? その姿…」


ノリで話してて一瞬気が付かなかった。もう1人の吾輩は異能力が無いから超身体能力も無く、そのせいで時空を渡るだけの強さは持っていない。だからこっちに来る時はいつも機械の体に魂をインストールして来ていた。しかし目の前にいるもう1人の吾輩は生身でござる。


「ああ、これな。俺も俺のリエッセも向こうに帰るつもりねーからまるごと運んでもらったんだよ。こっちのレイミにな」


「なるへー。貨物扱い草」


「帰るわ」


「うそうそちょっとだけよーん」


「サービスサービスぅ! ってかやかしいわ」


もう1人の吾輩、機械の体の時点でイケメンデザインだったけど生身でもイケメンでござる。世の中不公平でござる。こちらの世界はコピー側、彼の世界は原本の世界側。つまり吾輩もイケメンであるはずなのに。どうしてこうなった。


「で、相談ってなんだよ」


「カクカクしかじか。まあなんていうか、そもそも大切なものとは何かという課題が今回に関係あんの?っていう」


「大切なものとは何か、か。難しいところだな」


今回の戦いってつまり神様に反旗を翻しているでござる。元の世界がダメになったからコピーの世界を良い世界にして原本とすり替えようって神様だったけど、吾輩達がふざけんなって言って独立する上に元の世界も救っちゃおうってして、神様がさらに舐めんなって言ってなんやかんや。そこに個人の大切なものってなんやろな的な。


「というか大雑把じゃないか? 大切なものって言い方。明らかに試してるのな」


「異能力を取り上げるって言うくらいだから重要なファクターであることには間違いないと思うでござる。やり方どうこうはあるにしても、個人的なのものを聞いてくるということは自分に戦う理由を持てと言われているのかもしれないでござる」


「どうしてそう思う?」


「大切なものってありがちで簡単に思い浮かぶけど、考えてみれば吾輩個人の戦う理由無いかなって」


言っちゃえばいつまでも流されてないで主体性持ちなよって話でござる。主体性とまで言わなくても自分の意見持ってなよ的な。ただこれからの時代、人類が横並びになろうとしている時に個人の考えを持つことは逆行にも等しい。そこを問うというのは矛盾なのか。


「個人的な理由? 仮にもヒーロー言われてる奴が個人的に戦う理由を持つのか? それってどうなんだ? ヒーローの戦いって常に他人の為だよな? でも聞いてきてるんだよな? っつーことは単純に大切なもののために戦えってことじゃなくて、他人を言い訳にすんなってことか」


「とはいえ誰かやなにかを大切に思うことが戦いの言い訳になるかと言えばそうでもないとも思うでござる。実際、吾輩みたいに若くして資産持って後は人生消化試合な人生からしてみれば、流されてるだけで言い訳も何も無い」


「流されて世界を守るってのもなかなかないけどな」


「確かに」


吾輩は主体性が無いと言われたら耳が痛い。持つ必要が無いものを求められても無いものは無い。


「そもそもの話、なんでお前戦うんだよ。逃げようと思えば逃げられただろ」


「まあ、ねえ」


公園に場所を移してベンチに座る男2人。寂しい電灯の灯りが照らす。決してホモォ…ではないでござる。


「そもそもなんで戦うのかって言われたら、昔の頃のことが理由かもしれないでござる」


「昔?」


「その昔の吾輩は妹君を守る、だからその脅威になりえるものは斬って捨てて夢中ででたらめにがむしゃらに生きていた。返り血で血みどろになった吾輩は化け物だとか亡霊だとかで石を投げつけられたり罵倒されたりでそれは散々だったでござる。そんなある日、たまたま助けた女の子が笑って『ありがとう』って言ったでござる」


「…ロリコン」


「おまわりさーん!ってこら。その女の子が笑ったとき、花が咲くってこういうことなのかと思った。本当に花が開いて咲くように笑ったでござる。恐怖の対象でしか無かった吾輩にまさかそんな笑顔を向けるとは。そのとき、吾輩は救われた気がしたでござる。そして救われたと思った時、そう感じたとき、吾輩はボロ泣きが止まらなかった。どこかで自分のしていることが間違いなんじゃないかって思ってた頃に笑ってありがとうって言われて。いつの間にか涙を流すとはああいうことを言うでござる」


人間じゃなかった頃の吾輩は本当に荒んでいて目に映るものを片っ端から斬り飛ばしていた。近づけば斬る、喋れば斬る、いるだけで斬る。腰に提げた刀はいつも赤く染まっていた。身も心も返り血でどろどろだった。胸の中は血だらけだった。


「人の笑顔が花開くときほど美しいものはないでござる。それからというもの、人を守る、誰かを助けるということに価値を感じて傾倒していった。妹君を守ることと変わらない、どちらも同じことだと」


「お前はそれで何を得たんだ?」


「さあ」


「さあっておい」


「あの女の子からあの笑顔を貰って以来、自分が何かを得ることはさほど重要なことでは無くなってしまったでござる。人を守る、誰かを助けることに価値を感じてその行為しか頭に無かった」


「言うて皆が皆その女の子じゃないだろ」


「もろちん。どんなに吾輩の行いが変わっても以前の吾輩の行いが消えるワケも無く、大半の人々は吾輩への恐怖を忘れなかった。それどころか吾輩に助けられた人が吾輩に会釈しただけで村八分にされて、出て行かされたくなければと石を投げる側に回らされたということもしばしば」


しかし吾輩は変わることなく助け続け守り続けた。救われた自分の気持ちを分けてあげたい。あの暖かな陽の光を感じる笑顔。その笑顔を浴びた吾輩の気持ち。エゴと言われたらそれまでだけど、エゴを超えて自分が気持ち良くなることも忘れた。あの笑顔を貰って以来、誰かも笑っていて欲しいと思った。誰かを助けてお互いに気持ちが良いのが一番かもしれない。誰かを助けた時は本当にホッとするし安心する。でも自分がどうとかもどうでも良くなった。人の笑顔にこそ価値があるのだと。だからこそ誰にでも笑っていて欲しいと。


「あの暖かい笑顔ひとつでこの世界を守る理由には十分でござる。この世界を担っていくのは人間でござる。その結果が繁栄であれ破滅であれ、この世界を生かすも殺すも人間の時代になった。吾輩はその結末を見たい」


「そうだな。俺達がどこへ行くのか、行く末がどこなのかそれは分からん。結末が見たいってのは分かる。映画も結末は気になるもんだしな」


「己から望んで戦う理由はこれでいいのかもしれないでござる。誰かが憎いとか復讐したいとか、正義だとか大義だとか、そんな大袈裟な理由はいらないでござる。他人からしてみれば小さくてささやかで足りないことかもしれないけど、吾輩はそのささやかなものを守る戦いにこそ理由があって価値を感じるでござる。心を照らす暖かい陽の光、風の心。自分の心に素直になったとき、初めて、もしくは改めて真っ裸の自分を見られる。これほど気持ちの良いことはない」


「おまわりさーん」


「本当にやめてマジで」


「つーかお前元の頃にそんな危ないことしてたんかよ。斬って捨ててとか危ない奴だな」


「そういえば話変わるけど、もう1人の吾輩は吾輩と正体同じでござる? 最近それいい加減話したらって迫られてるんだけど」


「とっくにバラしとるわ」


あいええええええ?!


「俺は俺で人間として生きる決意をして、人間になって、リエッセと一緒になるときに俺は俺の刀を差し出したよ。『今まで騙しててすまなかった。俺を斬ってくれ。お前に斬られるなら俺は本望だ』ってな。そばにいて落ち着く奴に黙ってんのが我慢出来なくなってついに腹を割ったんだ」


「足着いてるんですけど。成仏はよ」


「そこだよ。アイツどうしたと思う? 俺の刀を受け取ってそのままへし折ったんだぜ。信じられねえよな。呆然だよ。そんでアイツが言うには『お前に文句がある奴はアタシがぶっ殺してやんよ』だってさ」


「ひゅーひゅー!」


「アイツが俺の女で本当に良かった。俺はあのとき救われたよ」


リエッセさんは元の方もこっちの方もイケメンでござる。


「俺は俺の弱さを認めた。俺の優しさが弱さから来るなら強さはアタシが持つ。だからお前はそのままでいいって。後にも先にも女の胸で泣くのはアイツだけさ」


「激アツぅ!」


「俺は泣いたことで救われた。お前は笑顔で救われた。それを許してくれる奴を守って悪い理由があるか? 守っちゃいけない理由があるか?」


「無いでござる!」


「ブチかましてやろうぜ、相棒」


「おおよ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ