亀の甲より年の功
今回はまったくもって正解が見つからないでござる。
(吾輩にとって大切なものって言ったら家族しかない。だけどあの二人の言いようはそうじゃない)
吾輩は久しぶりに夜のお散歩をしていた。誰に出会うこともない一人だけの時間。かつての吾輩とは違って今の吾輩は家族を持っている、妹君以外に。そうなると当然一人の時間というものは無くなる。家族と過ごしつつも一人の時間は大切にしたい…。
(吾輩にとって大切なものとは…? )
自分なのか、家族なのか。昔から妹君を守ることばかりに夢中になってがむしゃらに斬り捨ててきた。だけどある事件をきっかけにそれは間違いだったと気付いた。だけど気付いただけでそれから先のことは分からなかった。
(ここまで流されてているだけだったのがそうも行かない事態になった。吾輩からしてみればおフトゥンに引きこもって適当な人生で有ればよかったでござる)
なんの目標もなくただ生きているからしてたいした人生を望んでいない。毎日をなんとなく過ごして平和であればそれでいい。何をするにしても浅く広くにわかに覚える程度でまったりが良い。刺激がないと言われたらそれまでだけどかつての血塗れの頃に比べたらもう刺激はいらないでござる。ニート最高。それに、吾輩や妹君の正体隠すにはこれが一番でござる。下手に目立たず適当に流されて常に大多数の中に紛れ込む。吾輩や妹君の正体知ったらきっと皆騙したなって言うと思うし。
(ここは1つ、大先輩に相談でござる)
善は急げでお師匠さまのログハウスへ。
「ぶべらっっっ」
入れなーい。なんでやねーん。めっちゃ激突した。お師匠さまのログハウスには常時三枚の結界が張られているでござる。表から順に認識阻害、迷宮、物理的拒否。吾輩は物理的拒否以外は通り方を知ってるからなんともないけど、最後はお師匠さまの許可のあるものだけしか通れない。いや吾輩は通れるはずなのに…。
「お師匠さまー、ここ開けてー」
<今何時だと思ってんだばかやろー
「そんなこと言わずに可愛い弟子の人生相談聞いて欲しいでござる」
<信長にでも愚痴っとけー。わっちは今レイドで忙しいんじゃー
こーのニート妖怪め。まさかネットゲーム? 間違ってVCで正体バラしてたりしないよね?
「ちっ、妖怪腐れニートババアのケチ!ブス!疫病神ー!」
「お前今なんつったコラ」
「うひょう?! おおおおお師匠さま?! え?! あれ? 後ろ? だって今中から声が?!」
「わっちを誰だと思うとる! 金毛白面九尾の狐じゃ! 一人二人増やすくらいワケ無いわ!ええから中入れこの馬鹿弟子がぁ!!」
※ボコボコにされました。
「かくかくしかじかでござる。早速ダメージ負ってるけど」
「そういうことは早く言わんか」
「まあ平たく言うと吾輩この先どうしたらいいんかなと」
「大切なものさねえ。わっちはこうやって日がな毎日ダラダラしてる生活が大切さね」
やっぱりニートでござる。妖怪に働けったって戸籍もないから無理もないけど。
「もう何年もこの国を見てきても、ありきたりなことしか出んよ。生まれた時代、生きた時代、死んだ時代。いつどこでどんな風に生まれて育って生きて死んだかは人それぞれ。平民にしても権力者にしてもそれは同じ。各々が何を大切に思い、何を大切に生きるかなどに答えなどありゃせん。綺麗も汚いも関係ないわ、それがええと思うたらそれがええんじゃ。逆になんも大切なもんなんか無いという奴もおるわ」
「環境によるところは大きいでござるね」
「せっかくの久しぶりの出番で長いセリフなのに一行で略すでないわ! そもそもお前は大切なものを見つける前に、人間を信頼することが出来る様になったんかえ」
「…周りの人達は、まあ」
妹君にも聞かれたことがまさかここに引っかかってくるでござる?
「無理にしろとは言わないねぇ。しかし、お前の場合は過敏症か食わず嫌いだな。裏切られるのが恐いから信頼するのが恐いんじゃろ。ま、あの戦姫とかいう連中は何故かお前さんのことを一方的にしかも特にこれといった理由もないのに好いておる。そんなことされればかえって怪しいわな」
「そこもよく分からないでござる。吾輩、人間になってからは異性と関わり合いは無かったはずなのに。仮にあったとしても年齢的に合わない」
「それにしてはなんやかんやしてるじゃないか、童貞ボウヤが」
「どどど童貞じゃないでござる定期!!!!11111!!!!! ぶっちゃけ目の前に乳尻太ももがあったら揉むでしょ」
「なんだ痴漢か」
「変態紳士でござる」
ロイヤルセブンの皆については本当に表に出ている情報しか吾輩にも分からないでござる。一部は都市伝説、一部は隠しもしない公表もしないと言ったところ。後者もたまたま現場に居合わせるか、たまたま居合わせたメディアや野次馬による撮影でネットに流出する程度。戦姫ではある、しかしそれは見せ物ではないと。
「だいたいお前、あのリエッセとかいう女とツガイになるってなんなんだい。人間のこと信頼してなかったんじゃないのかい?」
「あの人、一緒に作戦に行った時、あの人わざわざ自分が死ぬ作戦を組んでたでござる。もちろん当時はそれくらいしか無かったんだけど。その理由が吾輩が戦う理由と被ってて」
「共感しちまったのかい」
「二人きりのときにもまあなんやかんや」
言葉にすると矛盾かもしれない。恐いから戦わなくちゃ、力があるなら戦わなくちゃ。流されてても、偶然だったとしても戦えるならやらなきゃと。失って後悔するなら自分の命がいい。誰かを悲しませることになるかもしれないけれど、誰かを失うよりかはずっといい。
「人間に感化されるとは、人間臭くなったもんだねぇ」
「隣に人間がいて落ち着くとは思わなかったでござる。そんなこと、ほんの数十年前までは妹君だけだったのに」
吾輩にもそんな風に思っていた時代がありますた。
「それに戦士や戦姫も化け物って後ろ指差されるばかりじゃないでござる。事件で出会う人達とは世間話をしたり寒い日には一緒に火を囲んだりするし、出先じゃ手を振ってくれる女の子もいるでござる」
「妊娠させられるぞ」
「吾輩のこと性獣みたいに言うのやめて」
「じゃがな、元は人間じゃないお前が人間になったところで人間と同じ寿命で死ねると思うなよ。人間と一緒になるのは構わんがな」
「それは承知の上でござる」
「承知の上でいるのはお前だけだろう。知ってるぞ馬鹿弟子、お前が未だに正体隠してるってのは。些細なことならいざ知らず、お前が隠してることはデカすぎるんじゃないかい?」
「それは…、言われると耳が痛いでござる」
だって、ねえ? いくら自分達がバケモノと後ろ指差されてたってまさか本当に目の前にバケモノがいるとは思わないじゃん? 吾輩のこと知ってるのは青龍たん、なずなたん’s、武蔵野のおばあちゃんだけでござる。武蔵野のおばあちゃんにいたってはよく調べたもんだと感心する。かつての吾輩が消えた時期と人間になった時期がタイミングぴったりとはいえ、吾輩が人間になった時を知ってる存在はごく僅か。それも記録らしいという記録は無いし、記録と分かるものも全て処分した。一体どこからどうやって掴んだのか。
「いっちょ、賭けをしてみないかい?」
「賭け?」
「リエッセにお前さんの正体バラして反応を見るんだ。それ次第でこれから先、人間を救うかどうか決めたらいい」
「だが断る」
「即レスかよ」
あの作戦の時、短い付き合いなのに自分が死んででも大切だと言ってくれた人に向かって試すことなどしないでござる。
「しかしもかかし、そこまで大切に思ってくれる人にだけでも打ち明けてもいいのかもしれないでござる」
「気を付けなんし。馬鹿は馬鹿でも可愛い馬鹿弟子だ、応援はするがお前は正体は間違いなく討伐対象。下手な場所で晒せば石を投げつけられるどころかその場で殺されても文句は言えん」
「馬鹿バカ言い過ぎィ!!」