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気持ち

「さあ、始めましょうか?」


「ひっ」


ついさっきまで完全に自信満々でこちらを見下していたイケメンさんの顔はみるみるうちに青ざめて、いつの間にか恐怖で染まっている。それもそのはず。ダリアさんの顔つきはこの一週間での○太くんがゴ○ゴ13になるまでと成長したからだ。いやこれ成長って言えない。


「セレブお嬢様だったのが顔の作画だけゴルゴになってるっておかしいよな」


「そうだねお姉ちゃん、作画崩壊だね」


それでも渋い顔をしているうちはまだ良い方。殺意でいっぱいになると今度はなぜか般若みたいになる。目はつり上がり食いしばった歯が見えて今にも本当にツノが生えてくるんじないかと思うほど激しい形相。でも家にいるときは何故かいつものセレブお嬢様の顔してる。そんなに我が家は落ち着くのかな。


「さあ、ほら、慈悲深い私は先手を取らせてあげましょう。どこからでもどうぞ」


「なんと無礼な…! たとえ婚約者といえどもそれなりに礼儀ってものがある。その見下した態度、今に思い知るがいい!!」


お前が言うな。


「ハァァァッ!」


「……」


「避けないだとっ?!」


わたしが思うにイケメンさんは渾身の一撃を放ったけど、ダリアさんは微塵も動かず突っ立っていた。本当にサービスなのか構えてすらいない。そして切先がダリアさんの目前まで来たところで、切先はそれ以上進まなかった。


「なぁっ?!」


ダリアさんは剣は使わず、空いた左手の指でサーベルを止めてみせた。見たところイケメンさんは成人男性。その渾身の一撃をたった二本の指だけで受け止めてみせた。


「ふっ、ふざけるな! 僕の剣を受け止めるだと?! 片手で?!」


「せっかくのチャンス、無駄にしてしまいましたわね」


「ぬおぉぉぉぉ!! こなくそぉぉぉぉ!!」


さっきのタンカ騒ぎで既にどよめいていた観客は今は静まりかえっている。一見すると容姿端麗、スタイル抜群、身長は高く脚は長い、顔つきはあどけなさを残しつつも大人びた風の女の子。高いプライドと高い知性を持っていると感じることができる。飛び抜けた美貌の持ち主。そんな女の子がたった指二本で剣を止めた。


「こんなバカなことがぁぁぁぁあ!」


どうやらイケメンさんは目の前に夢中で自分の状態に気付いていないご様子。確かに素晴らしく鍛えられた肉体からとんでもないスピードで放った一撃だったと思う。もはや肉体の限界に挑んだ一撃だったかもしれない。人間の中ではね。


「わっ、我が息子よ…」


「申し訳ありません父上! もう少しお待ちを!」


「し、下」


「え? …なんとぉぉぉぉお?!」


いいリアクションするなあこの人。なんとイケメンさんはサーベルごと持ち上げられていたのだ。左手指二本で、成人男性を持ち上げているダリアさんは唖然としている観客をよそに静かな顔でイケメンさんを見上げていた。


「サーベルごと持ち上げている…だと…!」


「【王国最強】もたかが知れますわ」


ダリアさんがセレブお嬢様からゴリラセレブお嬢様になっとる。というかサーベルどんだけ硬いのかな。普通に考えたらサーベルごと人を持ち上げるなんてしたらポッキリ折れちゃいそうなのに。まさかあのサーベルだけイカサマしてるんじゃ…。


「ぬぅあっ!!」


「ぐぉおおおお?!」


サーベルごと持ち上げられたイケメンさんは振り回された上に場外へと放り飛ばされた。手元に残ったサーベルはいともたやすく折られ粉々になった。お嬢様がぬぅあっとか言っちゃダメですよ。


「こんなもの…」


と言いつつサーベルの破片を拾うと手のひらで握りしめてさらさらの粉末にしてしまった。お姉ちゃんのアイアンクローだ。


(タケにバレたら怒られそうだから復活したら適当にいちゃもん付けて殴っとこう)


「………!! くっくっくっ」


「何がおかしいのですか」


「いや驚いたよ。まさか僕の婚約者がこれほどとは思わなかった」


「私は過去の私ではありません。過去の私とは決別したのです」


(いやに余裕だなアイツ…)


追い詰められているはずのイケメンさんが未だに余裕の態度を崩さない。どこからどう見ても圧倒的にダリアさんが勝っているというのに。サーベルはもう粉々だし今彼は場外にいる。どこにそんな余裕の根拠があるの?


「いや本当に…、これほど弱かったとは思わなかった」


「…なんですって?」


「君が特別な訓練をしていることなら聞いていたよ、どんな内容なのかもね。それでも僕の足元にも及ばない」


「負け惜しみを!」


「これを見てもそう言えるかな?」


イケメンさんの体は言うやいなやみるみるうちに真っ黒くなりしだいに体が膨れ上がっていく。だんだんと大きくなり始め筋肉は盛り上がり、肌には鱗、髪は抜け落ちて代わりにタテガミが生え、鋭利な爪と牙が伸び、頭には天を衝くようにツノが立ち始めた。着ていたフェンシングのスーツは破れて下半身だけが残る。辺りが悲鳴で埋め尽くされる。


「え…」


「ふぅん、何回でも変身したり戻ったり出来るのは便利だね。こりゃいいや」


変貌したイケメンさんの姿はおとぎばなしに出てくるような鬼そのものだった。真っ黒い鬼。大きく見開いた眼は紅くぬらぬらと妖しくなんかもう色々とヤバかった。わたしの語彙力…。呆然と立ち尽くしているダリアさんは今にも膝から崩れ落ちそうだ。けどすぐに我を取り戻すとゴミを見る眼に変わった。



「あなたのような者は知っていますわ。先日、ある中学校の校長がそのような姿になった事件。同じことをしたのでしょう、なんと愚かな」


「はっはっは、あんなミカン製品…、違う未完成品と同じにしてもらっては困るなぁ。薬で化け物になっただけのそれも元に戻れない自我も危うい未完成品とは違うんだよ。僕は完全体なんだ」


「確かにコタツにみかんはおいしいですよね」


(なにあれ強そう。やりてえ、めっちゃやりてえ。でもここで手を出したら後で副長にどやされそう。ロイヤルセブンがいれば揉み消してくれるんだがなあ)


隣でお姉ちゃんがうずうずしてる。これはまずいですよ。ただの教育実習生が突然現れた鬼を退治したなんてことになったらクラスメートに質問攻めにされるどころじゃない。正直この鬼さんでもお姉ちゃんに敵うかどうかと言ったらまず無理。お姉ちゃんは中学時代、社会科見学に行ったとき巻き込まれた事故で超大型クレーンをスマホを弄りながら受け止めているという逸話を持っている。その辺の化け物よりよっぽど化け物なお姉ちゃん。確かに鬼さんは人間じゃないから普通の人なんか簡単に殺せちゃうかもしれないけど、上には上がいる。もちろんわたしだってお姉ちゃんの数多ある伝説を初めから信じてたワケじゃないけど、いつぞやのデパートテロみたいにサブマシンガンの弾を平気で掴んでグリーンピースみたいにしちゃうところを目の前で見たらわがまま言う気も起きない。


「だが完全体である僕は優しいから、君が今謝るなら許してあげるよ」


「へえ、化け物風情が何を許すと言うのですか?」


こわいよこわいよ。この空気こわいよ。


「僕の婚約を蹴ったこと、僕の名前に泥を塗ったこと、僕に向かってきたこと、僕を不快にさせたこと」


「何を言い出すかと思えば…」


「そして、戦野武将とかいうクズとつるんでいること」


「なんですって?」


雑魚が調子に乗らないでよね。


「まったく君というエリートがどうしてあんな社会不適合者となんか」






「もう一度言ってみなさいこのカス」






「ぐあぁぁぁあ?!!! タテガミが! 僕のタテガミがぁぁぁあああ!!」


一瞬の出来事。鬼と化したイケメンさんのタテガミがダリアさんの右手にある。わたしは今、まばたきをしていなかったはず。なのに気付いたらイケメンさんのタテガミがむしり取られている。目で追うとか追わないとかそんなチャチなもんじゃない。人智を超えたスピードは超身体能力の一つ。しかもその右手は…。


(か、変わった…)




ダリアさんは気が付いているの?




「私はあの方に大切なことを教えていただきました。だからあの方はわたしの大切な人です」


「このクソがキィいいいいい!! 下手に出てりゃ調子に乗りやがって! 女は黙って男のいいなりになってればいいんだよぉぉおおおおおおお!!」


「私の大切な方を侮辱するなど許しません、絶対にですわ!!!」


むしり取ったタテガミを投げ捨て、雄叫びを上げながら襲いかかるイケメンさんを頭から蹴り落としそのまま踏みつけた。


「ごめんなさいと言いなさい」


「クソがぁぁあああー!!!」


踏みつけられた状態から無理矢理抜け出すとまた襲いかかった。しかし鬼の手は一ミリと届くことなく無くなった。


「あぎゃあああああああああああ!!!」


「私はお義兄様から大切なことを教えていただきました。でもそれがどんなことか、私にはまだ分かりません」


「こなくそおおおおおおお!!!」




ダリアさん、今変身してるよ。




「お義兄様は守るためにとおっしゃいました。でも私は自分のために使いました」


「うぎゃああああああああああああ!!!」


「私にはお義兄様のような大切な存在はおりませんでした。誰かのために己を捨てたこともありません。唯一私と幼い頃から一緒にいるメイドだけは今までも、これからも大切な存在と言えます。しかしメイドのために己を犠牲にしたこともありません」





わたしもお姉ちゃんも、片腕だって出来たことないのに。知ってた? お姉ちゃんヤケ酒してたことあるんだよ。『アタシじゃアイツを守ってやれねえのか。アタシはアイツと一緒に戦えねえってか』ってね。





「まだまだァ!! まだ両足がァっっっっ!!!」


「私は考えても考えても己を犠牲にし、誰かを守るなどという発想には至りませんでした。しかし…」


「ああああああああああああああああああああ!!!!!」






大切な存在がいなかったなんて嘘。だってトールさんから聞いてるもん。『やたら必死だから聞いてみた。なぜ逃げないのか?なぜ不可能に立ち向かっていくのか?とな。彼女は私は私を大切に思ってくれる方々の想いを大切にしたい、だそうだ』って。





「このお義兄様を愛しく思う気持ちに嘘偽りなどございません! 私はあのお方のそばにいたい! 学園でも、学園の外でも! どんなときでも私はあのお方のそばにいたいのです!」


「ヒュー…ヒュー…、こ、殺してやる…殺してやる…」


「私は未熟です。この力の使い方も意味も分からない。何度考えてもどれだけ考えても答えは出ません。しかし私はお義兄様と同じ異能チカラを持ちました。そう!つまり!」


「コロシテ…コロシテ…」


「これは運命! 私は【運命】という赤い糸でお義兄様と繋がれているのです!!!」


「僕は…、僕はね…」


「だから私は! だから私は自分の愛する人を守りたい!! 未熟でも! 弱くても! 自分が誰かのために死ぬ覚悟が出来なくても! 何にも出来ないかもしれない! 何の役にも立たないかもしれない! でも! それでもっ! 私の愛する人が笑っていて欲しいから!! 私の愛する人が悲しむのは嫌だから!!」


「やりやがったコイツ…」


「もう世間知らずなお嬢様なんて言えないね、お姉ちゃん」


イケメンさんだった鬼をついに退治したダリアさんのその姿は、全身に鎧を纏う戦姫そのものだった。一撃与えていくたびに、蒼く透き通った海がダリアさんを包み込んでいった。後ろ姿からは見て取れない仮面もきっと優しい色をしているはず。


「だから私は戦います。どんなに考えてもあなたの言う大切なもののためにという答えは出ないかもしれません。こんな…、わ、たし、でも…」


「お嬢っ!」


「やばっ、ダリアさん! …あっ」


いつからそこにいたのか、それともずっとそばにいたのか。どこからともなく現れた真っ黒い八人目おにいちゃんが、力尽きて倒れそうになったダリアさんを抱きしめて優しく微笑んでいた。


「…美女とケダモノ」


「そこは否定しようよお姉ちゃん、せめて今だけでも」

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