見えるもの
「しかし困ったわねえ…」
昨日の神様襲撃から一夜明け、わたしとお母さんは頭を抱えていたのである。
「今日から誰がご飯作ってくれるのかしら」
そっちかー。
「いやいやお母さん、ちゃんと話したじゃん。ダリアさんあと三日しかないのに、真ともみんさんは修行どころじゃなくなっちゃったって」
取り敢えず朝ごはんはお兄ちゃんがいつも食べてる納豆卵かけご飯にして事なきを得た。お昼はコンビニでも出前でもなんでもある。でもさすがに晩ご飯くらいはちゃんとしないと…とは思うんだけど、ダリアさんは真ともみんさんがダウンしたからってことでゆっくり休んでもらうことにして、神様に一撃もらった真ともみんさんは今武蔵野学園都市の病院にいる。
「神様ねえ…。私もお父さんもそういうものの類だから創造主のお使いがいてもおかしくないんだろうけど、天使を遣わせず直接来るなんて相当に私達の世界が嫌いなのねえ」
「取り敢えずパンツで脅したけどどれくらい待ってくれることやら」
「ちーっす、たっだいま〜」
リビングにお姉ちゃんが入ってきた。今度の決闘の引率を頼んである。というのもダリアさんが断ろうとしている結婚は、ダリアさんの実家が事の発端で裏で糸を引いてる黒幕がいてもいなくてもダリアさんは政略結婚させられる運命だから、実家も敵だけにこちら側の立ち会い人はこっちで連れてこなければならない。
「庭のアレなに?」
「女の子に無責任にちょっかい掛けまくったお兄ちゃんの成れの果て」
「懲りねーなアイツも。そりゃ姐さんもキレるわな。あそうそう、病院にも寄ってきたぜ。命に別状は無いが、使える異能力は異空間作るくらいしか無理らしい。しばらくの間、変身•戦闘•激しい運動は禁止だっとよ。ほい、昼メシ。みんなの好きなもん」
さすがお姉ちゃん、そこまで言わないでも察してくれる。病院もお昼ご飯も頼んでないのに抑えるべきところを抑えてくれる。元ヤンのお姉ちゃんが教育実習生になったってときに七条さんはすごい心配してたけど、こういう細かい気配りのおかげで学園じゃそこそこの人気を誇っている。
「しっかし今どき政略結婚ねー? アタシならそんな楽な話喜んで受けるけどなー。男気に食わなけりゃブチのめせばいい話だしよー」
「みんなお姉ちゃんみたいにできれば苦労しないよ」
「それに…、今まさにその気に食わない男をブチのめす話ですの…」
ダリアさんがよろめきながらも起きてきた。完全にフラついている。パジャマ姿のままで髪も梳かさずいつもの縦ドリルでもない。ばさばさのまま降ろしている。ちょっと脱いだらきっと身体中赤黒いアザまみれで目も当てられない。
「おっ、色女になったなお嬢。タケに見られたらブチギレるぜ」
「大丈夫ですかダリアさん。まだ休んでた方が…」
「い、いえなんこれしき…ぐふう」
「やっぱダメそう」
テーブルこたつにたどり着く前に力尽きた。そりゃそうだ。現実ならとっくに死んでるどころか何回死んだか分からないくらいの殺人的修行を受けてたんだから。まともな人ならとっくに気が狂ってる。しかしこの人は起き上がるまでに一晩で回復する。魂の成長に肉体が追いついている。
「こんなんでどうすんだ? もうすぐなんだろ決闘って。アタシが変装して出てもいいか?」
「お姉ちゃんじゃ素手でも殺しかねないからダメ」
「チッ!」
お姉ちゃんはサブマシンガンの弾でもナイフでも素手で掴んで粉々にするほど。フェンシングで使うサーベルが真剣だったとしても、お姉ちゃんからしてみたらその辺の小枝にもならない。そんな人が真面目にパンチしたりサーベルで突いたりしたどうなるか。たとえ競技用サーベルでも平気で相手の体を貫通させたり、五体バラバラにしかねない。お姉ちゃんの真面目なパンチなんか受けた日には次の瞬間お通夜とお葬式の準備を始めなきゃいけない。なにのりその場のお掃除がマグロ拾いになる。
「私は一人でもやってみせますわ…」
「お前は今日いっぱい休んどけ、話はそれからだ。ほらメシだメシ」
「ぐふう………、! これは、この味は…!」
「おめーんとこのメイドはこっちの味方らしーぜ。病院がてらどーせ学園都市ン中だしな、行ってみたわ。そしたらこれを食べてもらえれば分かってもらえるっつって持たされたわ」
なにやらダリアさんのお昼ごはんだけコンビニ弁当ではないらしい。うさちゃんマークの入った可愛らしいお弁当箱。ダリアさんお弁当箱見た瞬間には顔色変えて開いてた。メイドさんってことはダリアさんが寮に入らないでわざわざ一軒家建てたって話は本当なのかな。
「あの子は本当に…自分のことは二の次で…、誰かさんにそっくりですわ」
「まあお前さんの修行にはアテがあるから心配しなさんな」
「お姉ちゃんはどっかのニート達と違って仕事できるねえ」
「だろう?」
「お母さん耳が痛いわあ」
翌日!
「さて、真ともみんとやらが異空間だけはなんとかなるっつーこって助っ人を頼んである。レイミさん繋がりでスペシャル助っ人だ」
「うむ、アトラスだ。よろしく頼む」
「まーた神様来ちゃったよ」
「私はもう何も驚くことなどありません」
なんかこう…ありがたみがない。笑っていいとも! で紹介された友達かよ。レイミさん繋がりってなに? レイミさん友達に神様いるの? それだけで色々解決しない? なんだこのゴリラマッチョイケメン。
「じゃあトールさんや、フェンシングの指導頼むぜ」
「フェンシング…、やったことないが?」
「お前何しに来たん?」
まずお姉ちゃんの人選が間違っているだろうことは分かる。せめて戦いの神様連れてこようよ。これじゃただのムキムキのお兄さん連れて来ただけだよ。よくよく考えたら神様だからって生きてる時代違ったらダメじゃん。どんなに強くてもダメじゃん。
「まあ神様だしどうにかなるだろ。ほら、この剣持って相手どつけばいいんだよ」
「そんなのが今は決闘になるのか? ううむ、現代は奇なり」
この神様は真ともみんさんより手加減が出来ないらしい。というか、いかに真ともみんさんが手加減していたのかよく分かる一撃を放った。
「レイピアで地面が裂けた…。神様手加減って知ってる?」
「知ってる知ってる」
「私は修行の前に遺書を書くべきでしたの…」
「瑠姫は瑠姫で聞きてえことがあるわ」
「へ?」
ダリアさんがアトラスさんから逃げ惑っているのを傍らに、わたしとお姉ちゃんは高みの見物と洒落込んだ。
「女神様とやら脅したって話だが、どういうこった?」
「どういうことも何も、必死だっただけだよ」
まさかパンツアンダーアングル撮影会で時間稼ぎになるとは思いませんでしたが。なんとかその場はやり過ごすかことができた。我ながらあの時はおかしくなってた。普通に考えたらそんなんでわたし達の世界を管理してる女神様をどうこうしようなんて無茶もいいところ。
「ぶっちゃけイケると思ったんだろ。コイツなら勝てるって」
「いやいやそんなまさか」
そんなことは…そんなことは…いや、あったかもしれない。初手で殺せる相手のわたし達を殺さない理由はいざ知らず、わたしはどこかで何か確信を持っていたかもしれない。女神様を見た時、わたしは何を感じた?
「アタシの経験上、一見格上に見える奴でもちょっと間を置くとソイツの強さを計れることがある。たいていそういう奴にはハッタリが効く。相手も無意識に敵わないと感じているからだ。やり合ったら負けるってな」
「…………」
「実際ハッタリ効いたんだろ? お前が感じたのは間違っちゃねーよ。それは奴が弱いんじゃねえ、お前が強いんだ」
「わたしが、強い?」
お姉ちゃんは何を言ってるんだろう。昔はお兄ちゃんに守られてばかり、今も喧嘩なんか一回もしたことないのに。学校のスポーツテストだって平均的で、身体能力なんかお兄ちゃんやお姉ちゃんなんかには足下にも及ばない。でも、じゃあ昨日は?
「そうだ、お前は強い。だから次会った時は迷うことなく右ストレートでぶっ飛ばせ」
「いやそれはダメでしょ」