大切なもののために
「じゃあざっくり説明するわね?」
黒髪ロングスーツの女性in我が家の洋間。どっから出したんだホワイトボード。もうつっこまないぞ。
「無人島であのとき彼は半分死んでて魂を抜きやすい状態だったの。普段だと深い睡眠状態でないと魂抜けないんだけどすっぽり抜けたから私の夢の中に連れ込んで、体感的に数日間過ごしてもらいました。このとき過負荷・過加速状態にして彼は魂が肉体に影響するほど凄まじい勢いで再生していたの。つまり意識があるときの超速再生を意図的に起こしたのね」
セリフが長い!
「もちろん私の能力は本気になれば肉体ごと取り込めるけど、あのときは肉体が使い物にならなかったから魂だけ引っ張ったの。それに肉体に影響するほどの魂を持っているのは私達みたいな異能持ち、それも飛びきり強い能力者に限るわ」
「あんましホイホイ使える能力でもないのう」
「というかこっちのともみんに無い能力をなんで真ともみんが持ってるのぉ?」
そういやそうだ、お母さんの言うとおりだ。こっちのともみんは確かに速いし強いけど、徒手空拳しか使えない完全なインファイター。相手に向かって飛び込むのが基本。というかそれ以外にしたというのを聞いたことがない。ましてや人を肉体ごととか魂を引っこ抜くなんて。
「無いワケじゃないです。私の場合は現実世界でかつ、展開したフィールドの中でのみ、戦いにだけ使用可能という制約がありますが」
「えぇ…、あるんですね」
「オリジナルとコピーで能力差や強さに差があるのはよくあることよ。例えばファングとローズだとこっちが強くて向こうが弱いとか、向こうのが仲良くてこっちは犬猿の仲とか。私も後から知ったことだけど」
その差の着き方はどういうことなんだろう。単純に鍛え方とか生きてきた環境の違いなのかな。と、部屋の片隅でダリアさんが体育座りでチワワみたいに震えてる。さっきまでの元気はどこへやら。
「私はとんでもない方々に相談してしまいました……。察してはいても触れずにいようと努力いたしましたのに…」
「まあ知らぬ間に沼にハマってることはよくあることですよ、ハハハ」
つまりはだ。この真ともみんさんの能力を使って決闘までの一週間の間に過負荷、過加速状態で鍛え上げオリンピックメダリストなんか目じゃないくらいにしてしまおうということだ。だけど一個おかしい。飛びきり強い能力者にって話なのだ。ダリアさんは普通の人だ。わたしは普通じゃないみたいな言い方だ。普通の人をそんな状態にしてしまったらやっぱり死ぬのでは?
「この小娘に耐えきれるのかのう…」
ノッブさんがダリアさんをチラッと見て、正直に感想を述べる。確かにわたし達からしてみたらチワワも同然である。部屋の片隅で震えることしか出来ない人からしてみれば、今この部屋で化け物どもが誰が一番先に喰らうか相談しているかのように見えていることだろう。妖子さんに拾われたのが運の尽きですな。
「そこはまあ、生かさず殺さずということで、ね? 大丈夫、あなたは死なないわ。私が生き返らせるもの」
「それ死んどるんだが?」
「帰りたいですわ…」
ダリアさんの目が死んでいる。
「じゃあ明日から鍛えるとして、学校はしばらくお休みねぇ」
「そうですね。ダリアちゃん、ちょっとこの後いい?」
「へ?」
ちょっとツラ貸せよ的な言い回しで、お昼ご飯を食べた後、わたしと真ともみんさんとダリアさんで武蔵野学園都市にある病院に来ました。
「私達はある存在と戦ってるんだけど、どうしてこんなにやっきになって戦ってるのか、理由聞いたことある?」
「? いいえ?」
「そういえばわたしも無いですね」
「そうね、彼にだって言ってないものね。なんとなくは察してるかもしれないけど、おそらく明言されたことはないはずよ」
受付で記帳を済ませて病院の廊下を歩く。色んな人が行き交っていて、それでいてあの一週間前の出来事が無かったかのように皆過ごしている。正直ここの人達はちょっとおかしいんじゃないかと思う。いまだに空にあんな巨大戦艦が浮いててまるで気にしていないなんて。普通の人なら気が気じゃない。わたしだってお兄ちゃんのことがなかったら怯えている側だった。
「私達は簡単に言うと、私の世界であるオリジナル、あなた達の世界のコピー、両方を守りたくて戦ってるの」
世界を守る、それも2つも。こりゃまた壮大に出ましたな。
「敵は、神」
神ぃ?!
「正確には世界の管理者で、神とも言える存在」
「ど、どうしてそのようなことに…」
「私達の神は私達の存在を許さないそうよ」
自分で産んどいて自分で存在を許さないなんて、ニュースでたまに見る、生まれたばかりの赤ちゃんを殺害した母親みたいな…。いや、スケールが違うだけでやってることは同じなのかな。
「さっ、着いたわよ」
「着いたわよって…、ここVIP専用個室じゃないですか。というか、ここの病棟がそもそもVIP専用ですよね? 武蔵野学園大学生付属に転入したときのパンフレットにも載ってましたけど…」
「ええ…、武蔵野学園都市系列には各国のエリートや私達のような子息令嬢もおります。その私達に何かあったときはここで治療を受けることになっておりますわ」
「ここで治療を受けるのはVIPだけじゃないわ。なんてったって武蔵野学園都市だからね」
真ともみんさんがノックして声を掛けると部屋の中から聞いたことのある声がした。
(リエッセさん?! まさかまた何か事件に巻き込まれて…?!)
病室に入るとそこには赤ちゃんとリエッセさんがいた。わー、赤ちゃんかわいー。じゃなくて!
「やっほー、元気そうね」
「おかげさんでな。まったく今回ばっかりは死んでたと思ったぜ。で、そいつらは?」
「こっちの世界の、妹ちゃんとそのお友達」
「おう! よろしくな! アタシはオリジナルの方のリエッセだ!」
女の人の挨拶がおう!って、お、おう…。
「妹の方はこっちのアタシと会ってんだよな?! ガサツだろアイツ!」
あなたもたぶんそうですよね。
「まあゆっくりしてけや! 何にもないけどな!」
「いやいやありますよ、先にLimeしておいたじゃないですか」
「まったくもって話が飲み込めませんわ…」
まったくもってそのとーり!って思ってたら真リエッセさんがさっきまでの豪快な女傑の顔からふっと母親の顔になって、赤ちゃんの顔を見た。赤ちゃんはそばでこんなにうるさくしてるっていうのにすやすやと眠っている。
「そうか、アタシらがやっきになってボロボロになっても戦ってる理由か。…コイツの寝顔が可愛いからさ、簡単だろ?」
あ…。
「ぶっちゃけ世界がどうとかどうでもいいんだわ。それよっか守りたいものがあってな、どうしても譲れないんだわ」
「こんなに可愛いのに、誰かが気に食わないなんて理由で消されるなんて嫌じゃない?」
「…そうですね」
「アタシらみたいに強いとどうして男に生まれなかったんだって自分が憎いこともあったけどな、女ってのもまだまだ捨てたもんじゃねーのよ」
「はい」
赤ちゃんはそっと触れるとくすぐったそうにした。