お嬢様鍛える 2
「鍛える…って言ったってどういう風に?」
今回も愉快なオブジェであらせられるお兄ちゃんに代わりまして妹がお送りします。
「というか話的に騎士と決闘なのよね? 決闘したがるのはバトル系の悪い癖ね」
「そうです、決闘でございます。ただ皆さんのような命の取り合いではなくフェンシングという、日本でいう剣道のようなものです。日本でもオリンピックメダリストがおりますからそれなりに有名かと。つまり、五輪メダリストに勝つと同義かそれ以上になります」
「ということでな? お主らにはあくまでも『人間の範囲内』でこのお嬢を鍛えあげてやってくれとそういう話なんじゃ」
なんだろう、確かに周りの人達は明らかに人間じゃないような人達ばかりだけどなぜかそこに私も含まれている。おかしい。私はまだ中学生で来年高校受験を控えるごくごく普通の一般的な美少女なのに。
「お話は分かりました。みごと最強の騎士を泣かして生まれてきてごめんなさいの土下座させるくらい鍛えてみせましょう!」
「そこまで言っとらん」
「お母さんマジ? お母さんニートじゃん」
「瑠姫ちゃんが!」
「ぅええ?!」
ナンデ?! ナンデ?!
「まあ! これは頼もしい! お兄様の妹君様に鍛えていただけるのでしたら百人力ですわ!」
「決闘はいつ頃?」
「ちょっと待って勝手に話進めないで」
「明日から数えて来週の一週間後ですわ!」
「それ無理くね狐ババア」
私が鍛える? 知らない人を? しかも決闘が来週?!
「ドイツがどこにあるのか知らんが日本じゃないんじゃろ? 片道どんくらい掛かるん?」
「飛行機で丸半日じゃの。乗り込んだり降りたりのその他etcの時間を含めたらもうちょい」
「場所はどこでやるの?」
「渋谷のスクランブル交差点を閉鎖して特設会場ですわ」
「無茶するなあ…」
「大丈夫ですわ! 告知は無くとも既に関係各所には手配済みですの。私の自由と将来を賭けた大勝負になります。なにとぞなにとぞ」
この人ドイツ出身じゃないの? なにとぞなにとぞなんて一体どこでそんな日本語覚えたんだ。いたわ、うちにござるのお兄ちゃんが。犯人はアイツか。わたしは食器棚からフォークを取り出して額めがけて投げた。フォークはまっすぐ飛んでいき直角に突き刺さった。きれいに突き刺さってびくんびくんしてる。キモい。
「わたしは部活動で後輩に教えるくらいしかしたことないんですけど、そんなんでよろしければ…」
「はい、よろしくお願いいたしますわ!」
とはいえどうしよう。わたしフェンシングとかしたことない。剣道だってしたことない。あるのはテニスだけ。まあ、このへんで珍しくソフトテニス部と硬球の普通のテニス部があって、普通の硬球テニスやってたおかげで平均的女子よりかは腕とか握力が強いのは救いかな…。というかルールも何もかも知らないのに教えていいのかな。
「うっしじゃあ決まりじゃの。荷物ここに置いていくからよろしくな」
「え?」
「あらぁ、もしかして泊まり込み?」
「おう、言っとらんかったか?」
まずい、それは非常にまずい。
「言ってないです聞いてないです。妖子さん?」
「金が掛かるってんならワシの財布から出してもよかろう。鍛えるための道具も持ってきてやろう。フェンシングの道具ならお嬢が持っとったから今ここにあるぞ」
「問題はそこじゃないのよ妖子ちゃん」
「ぬ?」
「この家で飯作れんのあの小僧だけじゃぞ」
「真姫、瑠姫。お主ら…」
「「てへっ」」
「それでしたら私が作りますわ。武蔵野に来る前までは実家で何事も覚えさせられております。お口に合うかどうかは分かりませんが、月並みでよろしければ」
「いえいえこちらこそ。実を言うと今夜辺りからコンビニか出前にしようかと悩んでいたところなのよ」
「年頃の女が飯も作れんとは世も末じゃのう。儂が生きてた頃はそんなこと無かったのに」
「ノッブさんプラス10枚ね」
「ギエエエ」
そんなこんなでお兄ちゃんの同級生のお嬢様を鍛えることになったんだけど、妖子さんが持ってきた鍛えるための道具がダメだった。
「きぃぃぃぃ!!!」
「間違ってもお嬢様が出しちゃいけない声出してる」
かつてお兄ちゃんを鍛えた頃の道具を持ってきてくれたんだけど、なぜか全身スプリングだらけの筋肉増強スーツに1tの鉄下駄に手足それぞれ1tずつ計4tの重りというデタラメにも程があるモノだった。案の定地面に叩きつけられて1ミリも動けないダリアさん。善は急げということで(?)、早速一日目の前にしてお庭で鍛え始めた。で、これ。
「お兄ちゃんが殺人的トレーニングって言ってたけど確かにこれは無理だよ」
「きぃぃぃ!!!」
「取り敢えず外しましょ、これじゃ鍛える以前の問題だわ」
そりゃーこんなの普通の人間なら無理だよ。
「今の若い娘はこんなに弱いのね」
そっち?!
「まったくだらしないのう。わっちなぞ紐でまとめて引っ掛けてきたというのに」
「すいません人間の範囲内で話してください。だいたいお母さんだって昼間から飲んだくれのニートなんだから無理でしょ。私だって無理だよ」
「あら、なによこんなもの」
言うなやいなや、ダリアさんから脱がせてあげた1tの鉄下駄をひょいっと履くと思いっきり振りかぶって真上に飛ばした。
「あーしたてんきになぁーあれっ」
鉄下駄は直角に飛び上がり見えなくなってからしばらくすると、かかとから地面に突っ込んでそのまま刺さった。
「なん…だと…」
「明日は曇りね」
それは曇りとは言わないと思うよお母さん。
「昼間から日本酒をラッパ飲みしてる飲んだくれニートのお母さんが?!」
「明日から本気出す」
「キリッ しなくていいから、お兄ちゃんのモノマネしなくていいから。むしろ今まではなんだったの?! 今ので本気じゃないの?!」
「能ある鷹は爪を隠すものよ、瑠姫ちゃん」
「お主は胸を隠せ」
「爪を隠して胸隠さず。儂には眼福じゃ」
「ノッブさんさらにプラス10枚」
「いや流石に40枚はちょっと…」
「なに!! 文句あんの!!!」
「あ、ありません…」
なんなの?! なんなの?! うちの家族なんなの?! 血が繋がってぬいところまでは良しとしよう。そこまではまだ探せばある話。兄妹が養護施設に育てられて引き取られるなんて話は世界中にある。だけどこれはおかしい。どうみてもおかしい。1tだよ? 車一台分だよ? それを片足で見えなくなるまで飛ばしてしかも飛ばしたままの状態で戻ってくるんだよ。どう考えても普通じゃない。それなりの握力のわたしでもフォークがせいぜいなのに。
(まずい、心当たりがある…)
最近部活で本気で力任せにサービスショットを打ったとき、打ち返そうとした同級生のラケットを突き破り、同級生の手は重度の捻挫を負ってしまった。めっちゃ謝った。めっちゃ怒られた。翌日からあだ名がゴリラになった。解せぬ。
(それからというもの、サッカー部のボールが飛んできたのを蹴り返したり野球部のボールが飛んできたのを投げ返したりしたとき毎回避けられるようになった。わたしのボールを受けたら死ぬとでも言うのかな?)
ひょっとしたらわたしも出来るかもしれない。ちょっとやってみよう。適当に筋肉増強スーツや重りを着けて鉄下駄を履く。
「瑠姫ちゃん?」
おいっちにー、さんしー、ごーろく、しっちはち。
「普通にイケた、ウケるんですけど」
「なっ、なんですって…! インターハイレベルの私ですら中学生に敵わないというのですか…?!」
「素質あるのうお主ら。バカ弟子ですら最初は肩で息をしながら立っているのもやっとだったというのに」
ひょっとしてわたしも変身出来たらお兄ちゃんより強くなるのかな?
「ところで人間の範囲内は?」
「「あ」」