表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
165/202

無人島 4

「この人は私の実の兄よ…」


彼の師匠である九尾の狐が置いていったという写真になぜか天ノ宮で唯一追放された実の兄が写り込んでいた。


「お兄さん…なの?」


「でっ、でも朋美さんお兄さん実家にいるじゃないですか。テレビでお祭りやってたときに映ってたじゃないですか」


「あの人は実の兄ではないの。実の兄はこっちの写真の方」


「何か事情がありそうね…、聞いてもいい?」


そう、事情がある。特別な事情がある。公にはされていない、天ノ宮の創始イコール日本の創始であるこの国において、この国の地を二度と踏めなくなった者はただ一人、創始上ただの一度。やってはいけない禁忌を犯した男の末路。


「ここだけの話にしてくれるのなら」


私は口外しないことを条件に頷いた。この件を知っているのはロイヤルセブンと武蔵野、総理大臣、世界の王族貴のみ。そうそう他人に、ましてや一般人に話していいことではない。さらに言うならこの話を当事者以外から不正に入手することを法律で禁じられている。当事者である私も無闇に話すことは禁じられている。ただこの二人はもはや一般人と呼ぶには少しずつズレ始めていて、瑠姫ちゃんは異能人こちら側の片鱗を見せている。


「お茶淹れなおしますね」


「ありがとう」


こういう気の利いたところは彼には似ても似つかない。彼はあるとき本当に引きこもっていた時期があるらしく、人付き合いやこういうシーンでの気遣い気配りというものがすっぽ抜けてしまっている。彼が部屋から出るようになったのは実は数年ぶりのことだとか。瑠姫ちゃんが新しく淹れてくれたお茶を飲み、改めて話し始める。


「まず、さっき言ったとおりこの写真の脇の男は私の実の兄です。間違いありません」


「本当にそうなの? 他人の空似じゃなくて?」


「間違いありません」


私は意を決して話し始める。この男は生まれつき色白で身長が高く、痩身である。未熟児として産まれ生後数年を病院で過ごす。しかし、にもかかわらず、身体能力はその痩身からは想像出来ないほど高く、また天ノ宮の血筋の者が受け継ぐ異能の力は朋美のそれを遥かに凌駕する。さらにIQは200以上、ハーバード大を10歳で卒業するなど驚異的な頭脳を見せる。次世代は彼の時代だと囁かれるほどだった。


「またとんでもない人がいたもんですね…」


「でもあなたのお兄ちゃんは確か事件に巻き込まれて、そのときの怪我でほとんど普通の人になっちゃったってテレビで見たわよ?」


「それは表向きです。ここまでは公表されているので、時間がたった今でもちょっと調べれば誰でも分かります」


しかしこの男は周囲の期待や称賛、羨望に目もくれずただひたすらに成長し、結果を残していった。大人達は口々に彼ほどヒーローに適した男はいない、あの自己犠牲ほ他にないと口にした。


「私も自慢の兄でした。当時は学校と修行ばかりの毎日で兄とはロクに話すことも出来なかったけど、いつも優しい兄でした」


事件はある日突然起きた。起こされた。いつ、どこでそうなっていたのかは分からない。しかし、この天ノ宮の男、暗黒と手を組み大量の生贄を伴う儀式に手を出した。生贄は若い少年少女数百人。ある学校一つをそっくりそのままやってしまったのだ。


「なんてこと…」


おばさまは絶句する。瑠姫ちゃんにいたっては今にも泣き出しそうだ。


「未熟で兄より数段以上劣る私には、兄を殺すことは出来ませんでした。異能を封印しただの人間に堕天させ、国外追放が精一杯でした。なにより、私には実力よりもそれだけの心が、覚悟がありませんでした」


彼がいつから狂っていたのか今となっては分からない。今でも分からない。日本の創始に始まり、現代では救世の使徒となった天ノ宮の者が許されぬ所業を犯したことは変わらない。全ては隠蔽されることになった。護国の戦士が大量殺人を行い、サバトの儀式をしていたなどとはとても公表できたものではなかった。代わりの兄が用意され、嘘を事実だと公表し、真実は闇へと葬られた。


「私が駆けつけたときには既に手遅れでした、何もかもが」


静まり返る学校のあった場所、広がる瓦礫の山、血の海に散らばる人体のパーツ、食い散らかされた内蔵、降り注ぐどろどろの血みどろで聖なる鎧を真っ赤に染め上げた戦士。


「心の底から怯えました。脚がすくみ上がり、力が抜けて、まっすぐ前を見ることすらままならないくらい。そこにいるのが兄なのか信じられなくなりました。泣きながら戦ったのは後にも先にも、今ところはそれだけ」


狂っていた彼はもはや人類の敵だった。


「行かなくちゃ」


「────!」


瑠姫ちゃんがいっそう悲しい顔になった。今の暗い話のせいで既に泣き出しそうなのに、さらに悲しみに満ちた表情。あなたもどうして、そういうことを言うのと。まさか二度目? とすれば彼か…。どうやら私は彼に良くない影響を与えてしまっている。


「未熟な私の施した封印が溶けてしまったのかもしれない、そうでないのかもしれない。異能抜きにしてもお兄ちゃんは並の人間じゃなかった。カラミティに属しているなら私がやらなきゃ」


「でも…でも…、兄妹なんですよね? お兄さんなんですよね?」


「そうね」


瑠姫ちゃんがその目にたっぷり溜めた涙はついに溢れた。この子は優しい、優し過ぎる。人としても異能の者としても。あまりにも優しいと危ない。私の兄のような男にいずれ殺されてしまう。だから、今度こそ私がこの手で討たなければならない。天誅を下すのだ。戦いは虚しい。隣にいる人が、そばにいる人がある日突然死んでしまう。二度と会えない。殴られて、殴り返して、殺されて、殺し返して。それでも私は振るう。今目の前にいる大切な人のために力を振るう。他の誰かが戦わなくていいように、他の誰かが力を振るわなくて済んで、そこに幸せを感じていられるように。


「大丈夫?」


おばさまは優しい。瑠姫ちゃんとは別の優しさ。女神の慈悲にも似た暖かさを感じる。こんな嫌な話の中でも微笑みを絶やさずに、私の心配をしてくれる。


「はい」


「昔みたいな恐い目はしないのね」


「彼のおかげです」


恥ずかしい話、戦うときの目が戦士ではなくて鬼だと言われたことがある。それほど殺気に満ちていて目つきが悪かったらしい。自覚はあったが改めて指摘されたときは突き刺さった。でも今は違う。私には仲間がいる、彼がいる、家族も増えた。まさかご先祖様とは思わなかったけど。


「朋美さん…、帰ってくるよね? 大丈夫だよね?」


「大丈夫だよ、約束する」


「約束だよ? ぜったいぜったい、約束だよ?」


私は微笑んで返した。


───────


「さてどうしたもんでござる」


小さな無人島の地下深くに建設された研究所はもはや捨てられているでござる。おそらく敵は吾輩達がここに来た時点で、その判断を下したと思われる。それだけこの研究所は重要でなかったのかもしれない。でなければわざわざ人質を取ってまで、連れてきた研究員のフロアにまでクリーチャーを送ろうとすることはないだろう。


(なんだかんだ青龍たんやなずなたん’sに頼ってばかりだったんでござる、吾輩)


ここは基本に立ち返り、本来のインファイターとして接近戦のみで切り抜けるでござる。なに、幸い光速は使えるんだからめっちゃ速いパンチで一撃3キルくらいすれば早く終わってカレンさんに(あんまり)怒られない(はず)。


「あーちょちょちょちょ!!!」


壁<ぼこーん!


「アッー」


と調子に乗ってたらちょっと壁を抜いてしまい辺り一面に土煙が立ち込めてしまったでござる。ぐえー、やってしまったンゴ。


「げほっげほっ、なんたる失態。お師匠さまにしれたらお説教モンでござる」


「うぇーっほ、なんだい今のは」


クリーチャーとフロアが7:3になるほどクリーチャーでぴっちぴちだったのに、土煙の向こうに人影が見えるでござる。しかもクリーチャー達がいたほうから誰かが歩いてくる?


「! 誰かいるでござる?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ