無人島 3
「ここがクリーチャー保管所でござるか」
吾輩は一人、研究所の一つ下にあるフロアにやってきたでござる。正確には戻ってきた。
『オラオラオラァ!! 吾輩のお通りでござる!!』
『だ、誰かぁー!』
『はーあーいー』
『なんだお前は?!』
といった形でまず先に居住区まで降りて放たれていたクリーチャーを殲滅してからクリーチャー保管所に来たでござる。
「ギャオオオオ!」
「チェストォオオオオオ!」
「グオオオオオ!」
「そらあああああ!!」
ところがどっこいクリーチャー保管所に残されていた個体はいったい全体どれだけの数がいるのか、やってもやってもキリがないでござる。しかし上はまだ研究員の人達が、下には居住区があって下手にブチかますと地下で生き埋めになってしまう。
「ええい! どんだけ作ってたら気が済むでござる!」
一つ見誤っていたのがクリーチャーの強さでござる。吾輩はてっきり中国でやった岩山のように大きい熊タイプや斬って斬って斬りまくったら縮んだ大トカゲの程度と考えていたら、あんな連中が可愛く思えるほどレベルの違う個体ばかりだった。
(どいつもこいつも吾輩に適わない程度にしても、通常兵器しか使えない軍相手なら簡単に潰せるほどでござる)
こんなことになるならリエッセさんたちを無限回廊から出しておいてから来ればよかったでござる。そうすればなずなたん’sの力も青龍たんの力も使えたのに。今のままじゃ素の力と眼の力、光速の翼しか使えないでござる。
(しかもここは無人島の地下…。ストライク・カノンでどてっ腹に穴でも開けようものなら海水が入ってくるでござる)
どうしたものか…。
───
その頃の戦野家。
「お兄ちゃんちゃんとやってるかなあ」
「それよりお昼どうする?」
「作れないもんね…、私たち…」
「今まで全部あの子任せだからね…」
中からため息していると分かるほど負のオーラが漂ってきてる…。やっぱり来て良かった。
「こんにちはー」
「あ、ファントムさん」
「朋美でいいよ」
「じゃあともみーん♪」
「…」
こっ、この母娘は…。思わずため息が出る。本当に彼といい、お姉さんといい、お父様といいそっくりだ。これで本当に血が繋がってない家族なのかはなはだ疑問が残る。仲の良さだけみればそこらの普通の家族よりも上だろう。
「レイミさんにまた無茶が始まったから様子を見に行ってくれって言われたので、お昼作りますよ」
「お、さっすがー」
「デキる義姉を持つと誇らしいです」
「瑠姫ちゃん字が違うからね」
そういえば瑠姫ちゃんはどうして平日の昼間なのにお家にいるんだろう、そんなことを考えながら借りた台所にお買い物用バッグを置いて冷蔵庫の中をチェックする。
(足りないものがない…。まるで今日自分がここにいないことを見透かしていたような)
「ともみさん、どうかした?」
「え? え、ううん、なんでもないけど…」
「ああ、冷蔵庫の中なら今はずっとこんな感じですよ」
「えっ?」
いつも? いつもこんな感じですよ? 確か彼はここ最近大きな事やリーシャの実家に行ったりでそれほど暇は無かったはずなのに、目の前に広がる冷蔵庫内の様子はいかにもこのタイミングを知っていたと言わんばかりの充実ぶり。買い物など大きなお世話だった。それがいつも?
「前はお母さんとお兄ちゃんしか家にいなくて、わたしは学校があって夕飯くらいしかまともに食べないしってこともあって、半分くらいしか使ってなかったんですけど…」
「けど?」
「今はもういつも賑やかだからいつ誰がどれだけ来てもいいようにってずっと冷蔵庫の中は絶やさないようにしてるんです」
「んふ、家計簿つけてるあの子のカオ、嬉しそうだったわよ。こんなに食費が増えるなんてって」
…。彼は私から見れば本当に熊のようで、やたらめったら強くて、そのくせ何故か体中傷だらけで、おまけにバカでスケベでセクハラばかりで、底抜けに明るい男で、きっと私達と違って心に影なんて無い人間なんだろうと思っていた。しかし違っていた。
(私達がロイヤルセブンなのにバラバラだったのを彼がまとめてくれて、私はそのときになって初めて仲間がいて良かったと心が満たされた…。そのときと同じだ…)
自然と顔がほころぶ。これまでも、これからも苦労も嫌なことも絶えないだろう。けどそのときだけは幸せを感じていた。彼が家計簿をつけて嬉しそうにしていたことはそういうことなんだ…。
「朋美さん?」
「はっ」
あっけにとられていた私はきっと間抜けな顔をしていたに違いない。
「お昼作るの、手伝ってくれる?」
「はい、もちろん!」
まったく、こんなに可愛い妹ちゃんを放って彼はカレンなんか連れてどこに何しにいってるんだか。私だったら余計な仕事なんか正式に依頼が来ないされない限り突っぱねるのに。カラミティ絡みが彼にとって特別なのは分かるけど、発端はプライベートな上にカラミティはあの中学校の事件以来表立った事件は起こしていない。こちらから手出しするなら、周辺国への言い訳がそれなりに必要なのに。私達が特権で自由にできるのも現場となる国や周辺国への気配りがあってというもの。それを無視したらとてもじゃないけど庇えない。
「どう? おいしい?」
「はい! お兄ちゃんより野菜の切り方が繊細で食べやすいです」
「よかった。自炊はするけど人に作ってあげるのってあんまりないから」
「あの子はやっぱり男の子って切り方なのよね」
お昼からカレーというのもちょっと重たいかもしれないけど、彼がいつか「家族は料理が作れない」と愚痴を漏らしていたことを思い出した。おそらく夕飯にも困るだろうとカレーを多く作り置きして正解かもしれない。作るのを手伝ってくれた瑠姫ちゃんの手つきはヒヤヒヤさせられ、包丁を握らせてはいけないと感じるほど。
「そういえば瑠姫ちゃんは学校いいの? 今日平日だよね?」
「自主休校です。お兄ちゃんが単位なんか後でレイミさんに言えばどうにでもなるから安全な家にいろって」
あの野郎…っ! ん? 安全なって、どういうこと?
「…彼はどこへ何しに行ったの?」
「ああ、ギリシャの近くに無人島があって、カラミティ絡みの調査に行くとか行かないとか。これ、狐の妖子さんが記憶から念写した写真って置いてってくれたんだけど」
「え…」
カレーを食べ終えてお茶を飲んでいたテーブルこたつに、一枚の写真をおばさまが差し出した。私はそれを見て絶句した。身体中の神経が凍りついて動かない。頬を伝う冷や汗にまるで感触が持てず、たった一秒が一時間にも二時間にも似た時間に感じるほど長く、指先の一本も動かせないほど硬直している。湯呑みを持つ手が震える。一言で言えばそんなバカな。
「と、ともみんどうしたの? 凄い汗よ」
「この人は…」
「不気味ですよね、一人だけ切り取ったみたいに首だけ後ろのこっちを見てるなんて」
「そっちじゃない、この脇の男」
「脇の男?」
念写したという写真には真ん中に写っている二人の男、うち一人は首があらん方向に曲がって振り返っている。その二人とは別に小さく男がまた一人写っている。その顔は忘れもしない、天ノ宮家の歴史上ただ一人、天ノ宮家を追放された男。
「この人は私の実の兄よ」