無人島 2
「やめろ、やめてくれ、それだけは駄目なんだ…」
「しかし、もうこうなっては…」
「いったいなんだと言うのよ」
兵士たちの攻撃が一段落したのか、けたたましく鳴り響いている警報とは裏腹にあたりの誰もが静かに、それでいて人生を諦めざるをえないという顔をしているでござる。老齢の男の制止を聞かずに何か話そうとする若い男は何か知っているようだ。
「実は…、ここに集められた研究員は皆誘拐されて連れてこられた。家族や恋人、親しい友人やペットを人質にされて…」
「!」
なんということを…。誘拐されて人質まで取られて、ならここでの研究は無理強いされていたと。こんなことをする連中にダリアたんは渡せないでござる。もとよりカラミティに関わってる疑いがある連中なんか毛ほどにも信用できない。腹の底からふつふつと怒りが沸き上がり今にも煮え繰り返りそう、いやもはや煮え繰り返った溶鉱炉のように…。
「ちょっとあの」
「へ?」
カレンさん…、いや今はヘシンしてるからローズさん。が不意に声を掛けてくる。振り返ったらなぜか同じ目線にいるでござる。はて。ローズさんは160cmかそのくらいの身長だったはず。吾輩
は175くらいだったかな? なんで吾輩と同じ目線に?
「グレーチングが溶けてます」
「ぬおっ?!」
腹の底じゃなくて靴の底からだったでござる! カレンさんに引っ張り出してもらい、深呼吸してどうにか気持ちを落ち着かせるでござる。大丈夫、溶けてない。まさか青龍たんがいないから?
「話を続けても?」
「どうぞどうぞ」
「人質は全員ここの居住区にいる。もちろん私達とは別にされている人質のための居住区だ。監視や警備は言わずもがな。正直言ってこんなことを頼める立場ではないんだが、どうか家族だけでも助けてくれ!」
「あ、ああ、そうだな。皆もそれでいいか?」
「はい…」
「わ、わたしも…。もう一度恋人に会いたかったけど、それが叶わないならせめてここから無事に…」
「私達の命はいい、せめてかけがえのない存在を助けてほしい」
白衣を纏った研究員達が口々に続ける。皆よく見れば目のクマはひどいしやつれてるし服はしわしわだし。そんな人達が自分の命は捨てるから他の誰かを助けてくれなんて卑怯でござる。確かにこの人たちの研究は罪かもしれないけど、これでいや無理っすとでも言ったらどうなることやら。なんて、考えたところで答えは決まっているでござる。
「…全員生きて帰るでござる、ここにいる皆さんもね」
「い、いいのか?」
「吾輩はHEROでござる」
「いやいやちょっと待ってください。ここにいる研究員だけでも相当な人数なのに、他のフロアだってあってそこの研究員もですよね? さらにその家族まで助けるっていくら私達でもカバーしきれません。私は反対です」
カレンさんに反対されたでござる。確かに無茶振りかもしれないでござる。ここにいる研究員全員がワンフロアであるとして、ざっと二十人。ここが全フロア3階層、全フロアの研究員がここの同数として、さらにその家族までとなるとざっと100人は越えていると予想できるでござる。でもあるんだなこれが。起死回生の一発逆転ホームラン決める一手が。
「大丈夫でござる、吾輩にまかせてちょんまげ」
「ダメだったらどうするんですか? あなたは七人の戦姫、ロイヤルセブンではないにしてもHEROだと名乗っている以上約束を反故にすることは出来ませんよ。もちろん実力が足らなかったなんて言い訳も通じません」
「だぁーいじょうぶだって。お兄さん、ここで一番広い場所は分かるでござる?」
「一番広い場所か…、それなら最下層にあるクリーチャーの性能テストに使っているコロッセウムが一番広いが…」
一発逆転ホームランのためにはまず研究員と人質達を一箇所にまとめなければならないでござる。できればの話だけど、できなくとも通路も壁も天井もぶっ壊してショートカットすればいいだけの話。
「ギリシャでこんな研究所なのにコロッセウム? イタリアに怒られるわよ。居住区画はどこに?」
「居住区はその真上だよ。ここは入場口の地上階を除いて、地下4階。上から研究所、生体クリーチャー保管所、居住区、コロッセウムとなっている。下層へ行くには中央エレベーターしかないんだ」
「中央エレベーター?」
「そうだ。貨物専用と人員専用の二本あるエレベーターを中心にコンパスで円を描く形でフロアが作られているんだ」
「私達はそんなもの見なかったけど?」
「なら恐らくカラミティの構成員専用の出入口を使ったんだろう。私達はそういうものを見たことはあるが、このとおり外出は禁止されているからね」
うーん、居住区に行くまでが少しやっかいでござる。研究所と居住区との間にクリーチャーを挟んでいるのはいつでも人質を殺せるんだという脅しなのだろうか。いやしかしコンパスで円を書くようにということはここにいる研究員はごく一部。中央エレベーターを挟んだ向こう側からも連れてこないといけないでござる。とはいえコロッセウムまでは近いからクリーチャーが出てこなければ楽勝でござる。この人たちを無事に外へ送ったら吾輩の当初の目的を果たさせてもらう。
「『S型緊急警報を発令します。一部の区画が閉鎖されました。職員はただちに避難してください。繰り返します…』」
「この放送、突然なんでござる? 緊急警報?」
「ああっ、なんてことを…」
「うそ…、うそうそうそ!」
「君たちは騒動を起こしてここに来たんだろ? ならこれは遅いくらいだった…」
ただでさえ顔色の悪い研究員さん達がみるみるうちに青ざめていってもはや死んでいるかのような驚きの白さになってしまったでござる。もはや蒼白を通り越して漂白ってくらい。
「ちょっとあんた! 泣いてないで説明しなさいよ!」
「ま、まーまーローズさん。あの、この警報の意味はなんでござる?」
泣いている若い女性研究員の胸ぐらを掴み怒鳴りつけるカレンさんを抑える。ここ最近、ごはんにします?お風呂にします?それともわ・た・し?みたいなセリフが鉄板になっていたカレンさんが仮面の上からでも読み取れるほど激しい感情で怒っているでござる。まあ警報って聞いて良いイメージを持つ人はいないし仕方ないのかも。吾輩がゲーム脳だからかもしれないけど、Sっていうのは概ね全てにおいてAの上にくるものだから恐らく一番ヤバい警報だと察するでござる。
「えっ、S型警報っていうのは、保管所からクリーチャーが出てしまったという警報なの…」
「しまった! 居住区か!」
「いや、クリーチャー保管所はここと居住区を挟まれている。故意に開放すれば両方に…」
「(ノ∀`)アチャー」
「余裕ですね」
ゆっくり動画みたいにゆっくりしていってね!張りにゆっくりお話している場合じゃなかったでござるッ! (ノ∀`)アチャー。
「じゃあローズさんはここの研究員全員の保護をお願いするでござる」
「え゛っ」
「吾輩は中央エレベーターの貨物用の方をブチ抜いて下のクリーチャー達を全部ぬっ殺してくるでござる。じゃっ!」
「えっえっえっ、待って! ちょっと待って! 私だけじゃ…!」
光速移動する背中に何か聞こえたような気もするけどきっと気のせいでござる!
「………」
「ま、まあ彼も七人の戦姫の仲間なんだろう? どうにかなぐえっ! ぐっ、ぐるじい…!」
「ちょっ、主任! あなた戦姫だからってさっきからなんな」
「…ぅのよ」
「えっ?」
「手伝えつってんのよ! 手伝えつってんのが聞こえないの?! さっさと行け!!」
「目が座っとる…」
「黙って言うこと聞いた方がよさそうね…」