ヤンデレ巫女
思い返してみれば一緒にベッドに寝たときに気が付くべきだったでござる、幽霊のおっぱい太ももお触り出来るなんて。幽霊として化けて出てるなら吾が輩の部屋と同じ匂いが着くならまだしも、いやそれもおかしいけど、本人の匂いがするのは一番おかしいでござる。
「なずなたん、生身の人間になってるだしょ?」
「?! 馬鹿を言うでない婿殿、いくら力の強いお前さんとて内包した別の魂が肉体を持つなどありえん。それがいくら巫女様といえど元の肉体があるんじゃぞ」
「ふふっ」
「な、なずなお姉ちゃん…?」
「ふふふ、くくく、あぁあはははははははは!」
突然笑いだした。
「そっかぁ、気付いちゃったんだあ」
何が起こったか分からなかった。気付いたらなずなたんの手が吾が輩の胸に刺さっていたでござる。
「え…、あ…」
胸を抉られ、朱に輝く巨大な結晶体が取り出された。引き抜かれた勢いで大量に出血し、部屋の床一面を汚した。
「きゃあああああ!」
「何?!」
「はああ、キレイ…、本当にキレイ…。わたしの力、わたしの心臓、わたしの魂…。こんなに輝いて…」
「な、なんと…」
吾が輩の胸から抉り出されたそれは明らかに人間の心臓とは違っていた。いや、動物のものですらない。それを恍惚と眺めるなずなたん。目の焦点が合っていない。
(な、んで…)
呆然とした後、力なく血の海に伏した。必死に口を動かすが声が出ない。首を向けることすらままならない。やー、血の海が暖かい。
「てめえ! オリジナルのなずなか!」
「ええ、そうよお。向こうの世界を出てからずっとこの時を待ってたわぁ…」
「じゃ、じゃあ洞窟のなずなお姉ちゃんは…」
「あの子はねえ、こっちの世界の『わたし』なのよぉ? まだ眠ってるのよぉ? うふふっ、あはははははは!」
「俺は何にも聞いてねえからすっかりこっちのなずなとは仲良くやってるもんだと思ってたが、違ったか。なら返せ!」
「いいわよぉ?」
「へ?」
(へ?)
「ござるくん、なにやってるの? あなた死んでないでしょ?」
…? おろ?
「…ん? あれ? どっこいしょーいち。ホントだ、吾が輩生きてるでござる」
「きゃあああああ!」
「生きてたのに悲鳴挙げるとかトモミンヒドス」
「おっおっおっ、おまっおまっ…!」
「あー、えーと、なんともないでござる…?」
死んだと思ったけど死んでなかったでござる。勘違いでした、すんません。まあアレですよ、思い込みってやつ。
「はい、返せって言うから返すねぇ」
「いやあの、そのまんま渡されてもどうしろというでござるか。というか吾が輩の心臓が心臓じゃないでござる…」
ポンと渡されても何このクリスタル。確かに脈打ってるけどどっからどう見ても心臓の形じゃないし、色も違うでござる。いや心臓の色とか知らないけど向こうが透けて見えるのはおかしいよね?
「どういうことでござるか」
「あのねぇ、あなたが食べたのはこのコピー世界の『わたし』じゃなくてオリジナル世界のこの『わたし』なのよぉ」
「コイツこっちの世界で行方眩ませやがったから追ってたんだ。オリジナルの俺やリエッセがこっちに来たのはそれが本当の理由」
「なんでまた行方眩ませたんじゃ…」
「あの世界、いらない」
「えっ?」
オリジナルだというなずなたんははっきりと言った。自分の世界がいらない?
「わたしに好きな人がいたって話を覚えてるぅ?」
「え、ああ、その昔吾が輩にそっくりさんで結局その人とは結ばれなかったっていう…」
「その人ねぇ、あなたの前世なのぉ」
「?! 吾輩転生しとる?!」
衝撃の事実。吾が輩前世から縁があったでござるか。ということはどのみちいつかは世界のいざこざに巻き込まれる運命だったでござるか。
「でもねぇ、オリジナルの転生先は何故か別人だったの。あの人じゃないの…。あんな二枚目あの人じゃないの…。あの人がいない世界なんていらないのぉ…」
「いや面影はあんだろ」
「黙ってろこのザコ」
「やべえ、機械の体なのに心臓痛てえ…。へえへえどーせ俺は弱いっすよ…」
「あの人ねぇ、神に捧げる巫女になったわたしを汚す存在だって殺されちゃったのよお。うふふ、ひどい話じゃなぁい?」
「えぇ…」
「だからずっと探してたよぉ…あなたのことを…ようやく見つけた…ようやく一緒になれた…わたし達は一心同体…もう離さない…あなたはわたしだけのもの…」
ああー、ヤンデレだこの人。
一瞬不穏な空気が流れてシリアス展開と思ったけどそんなことはなかったでござる。ヤバいことには変わりないけど。ここまでするでござるか普通。
「体も、心臓も、魂も共有する運命共同体…どんなときも永遠に一緒によぉ…」
なずなたんはとってもヤバいシンデレラならぬヤンデレラでしたとさ。好きな人と悲劇の別れをしたから転生したそっくりさんの吾が輩と魂一緒になっちゃえって恐いでござる。レベル高いストーカーだ。
「ござるくんよく気が付いたね」
「今までパッと出てパッと戻るくらいだから匂いって変だなって思ったくらいでござる。ひょっとして吾が輩の知らないところで結構長い時間出てきてるのかなって」
「あなたのベッドで匂い嗅ぎながらあなたのことを想って自分を慰めてたのよぉ」
この人、人のベッドで何してんの…。
「帰ったら手遅れだったって報告しなきゃいけねーわ…。なずなが精神的にイっちまってるからやべーとは思ってたんだが、まさかここまでとは」
「そういうことはもうちょっと早く言って欲しいでござる…。え、どうすんのこれ…」
真っ赤に染まった床、飛び散った血の付いたぬいぐるみ、胸の部分に穴が空いて真っ赤に染まってしまったTシャツ。
「あーあ婿殿、床弁償じゃな。フローリングじゃから張り替えないとならん」
「私の部屋でこんな血の海を見るとは思わなかったわ」
「吾が輩の服も血だらけでござる…。どないしよ」
「そんなの元通りになるわよぉ。胸に心臓押し当てて、はい、深呼吸して」
「すぅ、はぁ」
カッ!
「おお…」
「凄い…」
大量の血で汚れた床は何事もなかったようになり、血まみれだった服も穴の空いた胸も全て元に戻ったでござる。
「吾が輩パネェ」
「こんなのは小手先。あなたはこれからまだまだ強くなるんだから、お姉さんが手取り足取りナニ取り教えてあ・げ・るぅ♪」
吾が輩は恐怖しているでござる。知らず知らずの内に手を出してはいけない人にさんざんセクハラしていたでござる…。つーか手取り足取りもナニも今心臓取ったでしょ。
「あの、聞きたいことがあるんだけど…」
「なあに朋美ちゃん」
「私が夢で会ってたなずなお姉ちゃんはどっち…?」
「それはね、両方。毎回入れ替わってた」
「いきなり会えなくなったのは?」
「両方ともござるくんに食べられちゃったから。年頃の女の子が男の子に食べられるとかキャー! 恥ずかしい!」
ん?
「え?」
「おい待てなずな、両方食べられちゃったってどういうこった」
「ござるくんと一緒になるにはこっちの【天照の朱玉】に入らなきゃいけなかったの。でもこっちのにはこの世界のわたしもいるじゃない?」
まさか吾が輩が長野のあの遺跡を見つけたのはなずなたんに仕組まれていた…? 最初から仕組まれていた…?
「じゃあ吾が輩が会っていたなずなたんも二人いた…?」
「うふふ、せぇかぁい♪ ずっとあなたの中であなたと一緒にいたわよぉ。これからはずっとずぅっとあなたと一緒にいるの…」
蕩けた表情で抱きついてくるなずなたん。ストーカーも真っ青でござる。ヤンデレラが二人いて常に一緒にいたとかもはやホラーでござる…。しかも好きな人と一緒になるにはどうしたらいい? 食べられたらいいじゃない! とかどんだけー。
「8000年もずうっと探してたんだから…」
「8000年?!」
「8000と16歳でーすぅ」
おお、マジか。めっちゃ歳上。
「今ババアとか思ったでしょ」
「めっそうもございやせん」