影の中の決戦
「うおっ」
松明だけの暗い洞窟の中に声が響く。去年に遺跡で見たときは確かにミイラだったはずなのに、石棺の中にいたのは今隣にいるなずなたんそのものだったでござる。
「ホントにわたしだ…」
「なずなたんこれどういうことでござるか」
「わたしに言われても分かんないよ」
たまーに思ってたけどなずなたんってちょっとアホの子?
「さ、触っても?」
「ええ、どうぞ」
そっと顔に触れる。凄い。干からびたミイラがここまで元に戻るなんて。肌だけじゃない、髪の毛やまつ毛も全て復活しているでござる。
「…|д゜)チラッ、推定Eカップ。ご先祖様の方が大きいですな」
ごちん!
「ギエピー!」
「次やったら殺」
棺に頭を突っ込んでおっぱい覗いたらゲンコツ食らったでござる。痛ってえ。
「あらあら、それじゃあDカップ止まりは朋美だけね」
「お母さん!」
「ほほほ。冗談よ、冗談」
それにしても驚きでござる。本当に古代のミイラが元に戻るなんて世界的大発見。というか、いくら石棺の中だって言ったって古代から現代までに朽ちて無くなっちゃいそうと思うんでござるがこれは。
「…崩壊した遺跡から運び出したにしては、妙に傷がないでござるな。いや、傷がつくどころか欠けや割れすら無いとは」
「見ての通り無傷です。よく見ていてください」
「えっ」
「ふんっ」
トモミンのお父さん、朋紀さんはおもむろにカナヅチを取り出すと思い切り石棺のカドを叩き割った。
「えええ?! ちょっとぉ?! なにしてるでござるか!」
「よく見ていてください」
「! も、戻った…」
叩かれて割れた部分は何もなかったと言わんばかりにすぐに元通りになった。こんなん事情知らなかったらただの心霊現象でござる。
「石棺の表面・側面・内側と、古代のものと思われる文字が刻まれています。まだちゃんと調べてみないと分かりませんが、恐らくこの文字がなんらかの効果を発揮しているとみています」
「天乃宮家には古代文字や当時の記録かなんか伝わっていると聞いているでござる。すぐに解読出来るのでは?」
「困ったことにそれとはまた少し違うのです。…このあたりを見てください。古代エジプトの象形文字に似通っています」
朋紀さんが指差した場所には明らかに流れをぶった切る形で別の象形文字が刻まれていた。
「こりゃあヒエログリフに近いでござる…。なんで古代日本の石棺に古代エジプトが…」
「繋がりがまったく分かりませんよ。それとこの蓋の中央に刻まれている大きな文字。何かの象徴かと思いますが、これは鳥です。そしてこの形は…」
「今の吾が輩の姿にそっくりでござる…」
大きく翼を広げているように見えるその象形文字は、今の鷹や隼を思わせる吾が輩のシルエットと酷似しているでござる。もう何体かいるけど吾輩には分からない。
「なずな様、なにかお心当たりはございませんか?」
「その…すいません…。巫女と言ってもほとんど人柱でしたし、何千年も前のことを聞かれてもちょっと…」
「ですよねー」
「そろそろ出ましょう。あまりここにいると風邪引くわ」
外に出るとやはり暑い。むわっとした空気が漂っている。ここ最近続いた雨による湿気と30℃の気温はなかなか不快でござる。
「ところで『八人目』の。お前さんなんで変身したままなんじゃ? ええと、戦野くんじゃったかの」
「自室でパンツ一丁のところを拉致られたので、さすがにその格好はまずいかなと思ったでござる」
「気を付けてくださいねござるさん。僕も自室でパンツ一丁だった時、たまたま洗濯物を届けに入ってきた朋美に110番通報されましたから」
実のお兄さんに凄い理不尽でござるな。
「お兄さんになんたる仕打ち」
「お兄さんではなくお義兄さんとお呼びください」
「字でしか伝わらないネタでござるな。ここに来る前、トモミンにも言ったけど吾が輩は継ぐ気もなければ婿になる気もないでござるよ」
吾が輩が天乃宮家を継ぐとか継がないとかは本気の話でござるか。吾が輩にはもうお付き合いする女性も出来たし、我が家を離れるつもりなんかないでござるよ。
「どちらも選ばないというんじゃな?」
「変身…」
「ちょっとちょっと。た、戦えというでござるか?」
「その心臓は元を正せば私の物なのよ。継がないと言うのなら、引きちぎってでも返してもらうわ」
本来は、天乃宮家正統継承者が体に取り込むはずだった【天照の朱玉】なるものを吾が輩が食べちゃったので挨拶に来いとの話で、ついでにミイラだったはずの天乃宮家初代巫女なずなたんが生き返ってるからそれも見ろって話だったでござる。
「仲間同士で闘う趣味はないでござる」
「なら今から天乃宮武将になるのよ」
「字面がカッコいいからちょっと揺らぐけど婿入りもしないでござる。というかさらっと婿入りさせないで」
なのに吾が輩に天乃宮家を継げとか言い出して、継がないなら心臓引きちぎるとか恐ろしい脅迫を受けているでござる。
「なら心臓ごと返してもらうまでよ。ハァッ!」
「おぐえっ!」
受け身もロクに取れずに吹っ飛ばされる。つい一秒前まで吾が輩の目の前にいたのに、突然横から脇腹に一撃もらったでござる…。なんだこれ…。
「私はファントム。闇を操り闇に紛れ闇に染まり、闇に葬る…。初めてあなたの家に行った時と同じ手よ、今日もそう。ほら、また」
「おアーッ! なるへそ…、暗いところならどこ○もドアな独壇場だと…」
この山は木々でほとんど日差しがないでござる。最初からこれが目的か…。
「あなたが取り込んだ【天照の朱玉】はもう同化してしまっているはずよ。なら殺してでも返してもらうわ」
「おぇ…、今の今まで見つかってなかったんだから、これからもそういうことにすればいいでござる。下手にどうしようこうしようなんて考えるからボロが出るんで」
「そうだよ、やめようよ。なにもここまでしなくても…」
そーだそーだ!
「なずな様、あなたの肉体が甦っているのですから【朱玉】はあなたの肉体こそがあるべき場所なのです」
「わたしは誰かを死なせてまで甦りたいなんて思ってません。だからこんなことすぐにやめて!」
「お下がりくださいなずな様。ここからは危険じゃ」
「ちょっ! 離してください!」
「こらー! なずなたんになにす」
「セイッ!」
「ぶげえっ! 本気でござるか…、トモミン…」
なずなたんを無理に下がらせるから割って入ろうとよそ見すると、構わずまたしても一撃もらってしまったでござる。
「ええそうよ。むしろあなたが天乃宮家の継承をそんなに拒否するとは思わなかったわ」
「カァー!ペッ! 絶対に継承なんかしないでござる」
口の中に溜まった血を吐き出す。何本か折れた肋骨が内蔵に刺さったでござる。すぐに治るけど。
「あのね、古代から伝わる戦巫女の一族がどれくらいか分かる? 土地も家も財も権力も、地位や名声、名誉だって。望めば国だって動かせる。そしてなによりこの戦闘力。私達だけが持つ絶大な純粋な力。全ては思い通りにな」
「下らんですなあ」
「なんですって?」
人の話をぶった斬る。下らない、まったくもって下らないでござる。
「土地も家も財ももう十分だし、地位だの名誉だの気にするなら中卒無職ニートになんかならないでござる」
「それは…」
「『自分の生きたいように生き、死にたいように死ねばいい』。自分の体も、魂も、意志も、欲望も、執着も、全ては自分だけのもの。むしろ、と言うのならそれは吾が輩のセリフでござる」
「な…何を…」
「確かに吾が輩達仲間でござる。でもね、同時に赤の他人でもあるでござる。赤の他人を自分の思い通りに動かそうなんてね、ちゃんちゃらおかしな話でござる。それに、継いだらお仕事しなきゃいけないんでそ?」
「当たり前じゃない、何言ってるの?」
「絶対に働きたくないでござる! 絶対に働きたくないでござる! 絶対に働きたくないでござる!」
「言わせておけば…! このっ! 【ファントム・ドライブ】!」
「オウッ! ゲボッ…! グハッっ! …クックック、戦闘力? 絶大な力? 純粋な力? 笑わせる…。そんなもの、とっくにロイヤルセブン全員を越えているでござる。吾が輩以下なのに力だとかクソワロ」
「このおぉぉぉぉぉっ!」
「おひょおひょおひょ」
「くねくねするなぁあああ!!」
「ともみんは影こそ驚異だけど攻撃が物理に頼らざるをえないのが弱点だと思いまつ」
「ならこれはどう?!」
「うほっ?!」
いい男……じゃなくて。あたり一面が一筋の木漏れ日も差さない真っ暗になったと思ったら満点の星空とまん丸大きなお月さまが現れたでござる。
「【月影】」
「秋の夜長にはちと早いかぬ」
「いつまでもやってるその余裕が気に食わないのよ!」
「おお?!」
月の灯を受けたともみんはなんと沢山増えたでござる。ぐるっと一周囲まれてアリ一匹逃さないご様子。なーに上が空いてるでござる。あくまでも異能力による空間なワケだから内側から天井ブチ抜けばいいだけでござる。
「そらぁあああああ!!!」
「おひょひょひょひょ」
「ぬがあああ!!! なんで?! どうして?! どうして当たらないの?!!!!」
「周りをよく見るでござる」
「っ??!!」
そう、周り。完全に手玉に取られて頭に血が上っているともみんは気が付かなかった。無数に増えたはず、無数の自分で囲んだはずの自分でが囲まれていることに。見渡せば実に己の三倍。いつの間にか増えている。ともみんは知らず知らずの内に吾輩の残像と戦っていたのでござる。
「くっ! 猿真似したところでなに?! スターダストメテオ!!!」
「んほお、こりはすごひ」
満点の星空はただのお飾りでは無かったでござる。一つ一つの光が鋭い矢に姿を変えていっぺんに降り注いできた。真っ暗な空を埋める満点のお星さまが先端をギラギラさせながらべらぼうな速さで向かってくるという、これなんて罰ゲーム? この数の多さからスターダストでござるか。確かに眺めている分には優雅な景色でござる。地面が穴ボコだらけだけど。
「こ、これだけやれば……!」
「倒せると思った?」
「?!???!??!!!」
「うーん、やはり鎧の上からのおっぱいは硬いでござる。やはりおっぱいは生乳が至高」
耳元で囁かれながら胸を揉まれたともみんはもの凄い速度で転身して飛び退いたでござる。まん丸なお月さまだけが残った美しい夜空に相応しくない土埃。肩で呼吸しなければならない程、息も絶え絶えなともみん。相対して、汗一つどころか息切れの一つもしていない吾輩。
「一撃も外さなかったはずなのに…! なによ、なんなのよさっきから」
「いつからそこに吾輩がいると錯覚していた?」
「なっ…?!」
そこはなん…だと…って返してほしかったでござる。ハイここで種明かし。最初からお月さまの後ろに隠れて覗きを働いていたのでござる。バザールでござーる。吾輩からしてみると動く残像とはラジコンやドローンのようなものに過ぎない。影分身のような独立した意志は無いのだから適当に星の矢がヒットしたようなリアクションを取らせてから消しただけでござる。
「あの大きな月に実体があったのは驚きだったけど、ということは? このフィールドの外にある太陽から光を取らないと輝けない、つまり影分身出来ないということではないのかぬ?」
月は太陽の光を反射して輝いているでござる。
「うぅ…!」
「もう、奥の手まで使ったのかな?」
「うぅ…ぅうわあぁあああ!!!」
「『ストライク』!」
「ガぁッ!」
待ってましたこの瞬間。大きく出て隙が出来る時を待っていたでござる。一発でぶっ飛ばし、気絶させられるこの瞬間を。トモミンは轟音を立てて大木に叩きつけられ、地面に落ちた。なんか途中からトモミンが影だけになってたくさんいたように見えたけど気のせいでござる。多重影分身かな? しかしもかかし、この間のハト頭とわんわん頭に貰った眼は誤魔化せない。一撃を食らわせにくる瞬間、一体だけチカラが急激に高まるのが見えた。
「ぷうー、疲れたでござる…」
スペシ○ム超光波アレンジでござる。ネオストリ○ム超光波もやりたいけど、あんなん漫画通りにぶっぱなしたらこの山ごと熱海が消し飛んでしまうでござる。つまりは超手加減。
「朋美っ!」
フラフラとへたり込む吾が輩に目もくれずトモミンに家族が駆け寄る。彼女はぐったりした様子ではあるがしっかり生きているようでござる。
「ござるくん、大丈夫?」
「おお、なずなたん。ゲホゲホッ、手加減キッツいでござる。超再生が効くギリギリを攻めるのはホントに勘弁、もぉーやりたくない」
吾が輩は英雄でござる。婿入りはしません。