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いざ、ヤマタノオロチ退治へ

夜、とあるあばら家にて、とある夫婦が話をしていました。

「また、この時期が来てしまったか…」

ため息混じりに、夫が言います。その言葉に、妻が頷きました。

「ええ…昨年は穂実椰比売様、そして今年は…櫛名田様…あの方には、イナヤとサヤが世話になっているのに…大した恩も返せなかった…」

唇を噛み締める妻の手を、夫が握ります。

「そうは言っても、これは仕方のない事なんだ。誰かが生け贄にならなければ、この村は消えて無くなる。村だけじゃない、我らも奴の腹の中だ。だから、もう言うな…」

「そうね…」

「…櫛名田の兄様が、どうしたの」

聞こえてきた声に、夫婦ははっと振り向きます。

「サヤ…どうしたの、厠へ行きたくなったの?」

母の言葉にサヤは答えず、尚も尋ねます。

「櫛名田の兄様が、どうなるの?生け贄って何?櫛名田の兄様の姉上も、兄上も、皆いなくなったのは、オロチに食べられちゃったから…?」

サヤの問いに答えることができず、夫婦は揃って俯きます。

「ねえ…母様」

「いいからもう寝なさい、サヤ。」

そこへ、サヤの兄、イナヤも起きてきてしまいます。

「どうかしたのですか、母様…。サヤ、父様と母様を困らせちゃ駄目だろう…」

「だって、父様と母様が、櫛名田の兄様がオロチに食べられちゃうって…!」

「…え?」

イナヤはサヤの顔を、そして父、母の顔を交互に見ました。

「…どういう、ことですか…」

絞り出すような声が、イナヤの口から漏れます。

誰も何も答えることなく、静寂が家族を包みました。

「…なら、サヤも行く。」

「え?」

サヤの言葉に、夫婦は目を剥きます。

「今、何て…」

「サヤも、櫛名田の兄様と一緒に行きます。兄様が行くなら、サヤも行く…!」

イナヤはその横で、じっと項垂れていました。

「…馬鹿なこと言わないで…」

母は声を震わせます。

「どうして…どうして、奴は毎年現れるのですか…」

呟くように言ったのは、イナヤでした。サヤがそれに続きます。

「どうして誰かが生け贄にならなきゃいけないの?どうして…オロチなんて倒せば良いのに!父様、父様なら倒せるでしょ!?ねぇ、お願い、倒してよ!」

「どうにもならないのよ、あんな化け物!」

母の叫びに、兄妹はびくりとします。尚も母は続けました。

「櫛名田様だけじゃない、次の年、また次の年も奴が現れたら…貴方達のことも、奴に差し出さなくちゃならないかもしれない…!でも他に住むところもない!どうすれば良いって言うの…」

泣き崩れる彼女の肩を、夫が支えます。子供らは、ただ呆然とそれを眺めていました。

「…サヤ、イナヤ。もう布団に戻りなさい。」

父からの言葉に、イナヤは妹の袖を引っ張り、項垂れたまま、揃って居間を後にしました。

「…『オロチなんて倒せば良い』、か…」

誰に言うでもなく、夫は呟きます。

「…そんな無茶なこと、誰も出来ないに決まってるじゃない…」

「ああ…それが出来るなら、こんなに苦労しないよ…さあ、もう我らも寝よう…」

夜の静けさは、一層増していくようで、朝の気配は感じられません。吹いた風が戸を鳴らすこともありませんでした。



「私達はもう、諦めるしかないと思っていたのですよ…だから、貴方様があの化け物を倒して下さると聞いた時、どんなに嬉しかったことか…」

女は、八塩折の酒を器に注ぎながら、須佐之男命に言いました。

「本当に感謝しております。私も、私の夫も、サヤもイナヤも…」

須佐之男は笑います。

「はは、ありがたいが、礼を言うのは俺がヤマタノオロチを倒してからにしてくれ。」

「それもそうですね。」

つられて女も笑いました。

そこに、足名椎、手名椎がやって来ます。

「須佐之男様、こちらの準備は終わりましてございます。」

「こちらも」

続々と他の村人達も、須佐之男の元に集まってきました。

足名椎が須佐之男を見つめます。

「…我々が出来ることは全て、終わったようです、須佐之男様…」

周りの者達も、未だ不安の残る目をしておりました。しかし須佐之男は、自信に満ちた顔で村人達を見回します。

「よし!結構結構!あとはヤマタノオロチが現れるのを待つのみだ。それでは、皆は安全な場所に身を隠していてくれ!分かったな!」

「は、はい!…ところで、我が息子は何処に居るのでしょうか…」

そう尋ねた足名椎に、須佐之男は「ああ」と言い、自身の髪にさしてある櫛を指で示します。

「これだ。」

「…はい?」

聞き間違いか、或いは見間違いか、足名椎は首を傾げます。

「ち、ちょっと何を言っているのか分からないのですが…」

「だから、櫛の姿に変えたのだ。櫛名田を。」

安直だ…と思いながらも、らちが明かないので足名椎は眉間に手を当てつつ頷きます。

「分かりました…ええと、仮にそれが本当の事だとして…元の姿には戻れるのでしょうな?」

「当たり前だ!それに、『仮に』は余計だ!さっきも聞いた気がするぞ、その言葉は。」

兎にも角にも、時間は過ぎていくもので、辺りは夜の闇に包まれつつありました。

村の者は皆、既に安全な場所に身を潜めています。

「もうしばらく経てば、ヤマタノオロチは現れることかと存じます…」

不安を拭いきることの出来ない手名椎の肩は、細かく震えています。しかしもう、ここまで来たら須佐之男を信ずるほかありません。足名椎は妻の肩を抱き、須佐之男に言いました。

「本当に、我々は見ているだけで良いのですか?」

その問いに、須佐之男は胸を張って答えます。

「ああ、勿論。さあ、お前達ももう行け。あとは俺に任せるがいい。」

「では…どうかご無事で。」

そう言い残すと、足名椎、手名椎の二人はその場を去りました。

さて、遂に残ったのは須佐之男一人。まだ姿を見せないヤマタノオロチを待ちます。森は、不気味なくらいの静けさに包まれていました。

すっかり闇に包まれた辺りを見回し、揺れ動く炎の灯された松明の元に屈み込みます。そして、瞳を閉じ、櫛の姿になった櫛名田に、語りかけました。

「…なあ、櫛名田。聞こえているかは分からんが、俺はそなたに本気で恋をしたのだ。一目見たときから…本気で自分のものにしたいと。生まれて初めてここまで心を動かされた。だから…必ず、成そう。必ず。」

全ては、そなたのためだけに。

そして、目を開きます。立ち上がり、仰いだ夜空には満月が。小さな鼠が、須佐之男の足元を駆け抜けました。

森の静寂に、ざわめきが起こります。

「…来たか。」



大地が大きく揺れ、小屋に集まった村人達の間にはどよめきが生じました。

「来たな…あの化け物め…今度は今までのようにはいかんぞ…」

そう言う男の身体は、恐怖にか小刻みに震えています。

イナヤは小屋の窓からこっそりと外を覗き見ました。暗闇でよく見ることは出来ませんが、遠くの松明の、ぼうっとした明かりが所々に見えます。

それらの明かりに照らされた中に、そのヤマタノオロチという化け物の姿を見ることは出来ないかと、イナヤは目を凝らしました。

すると、ちらりとですが、血の滴る巨大なオロチの身体と思われるものが蠢いて見え、慌てて目を反らします。

「兄様…」

心配そうな目で妹のサヤが見つめます。

イナヤは思わずサヤの小さな身体を抱き締めました。そこに母が、二人を包み込むようにして抱き寄せます。

「…大丈夫、大丈夫…」

優しい母の声に、二人の幼子はすがり付くのでした。



さあ、須佐之男命、果敢にオロチに挑んでいくかと思いきや、巨体が木々を薙ぎ倒す音を背に、未だ静かに佇んでいました。

そうしているうち、オロチの八つの巨大な頭がそれぞれ村人達の作った門へ届きます。真っ赤な目が、ぎょろりと八塩折の酒を捉えました。

大きな器の中に、オロチの頭が入ります。その様子を、須佐之男は静かに確認し、オロチが酒を飲み終えるのを待ちました。

周りの木々や草むらが、がさがさと音を立てます。他の動物達の姿はなく、辺りには異様な静けさが広がっていました。只、がさがさ、がさがさと。

まだ、まだ止まず。ふっと吐く息さえ詰まるような時間が漂います。

須佐之男は、只々じっと息を潜めていました。

どれくらいの時間が経ったでしょうか。オロチの蠢く音がぴたりと止まり、ずぅん…と重い音が響き渡りました。

今までずっと木の影に身を隠していた須佐之男は、ようやく動き始めます。堂々とした素振り。その顔には、笑みさえ浮かんでいました。

「…思った通りに動いてくれたな、オロチよ…しかしまあ、大層な大きさだ。」

須佐之男が歩みを進めると、そこにはまんまと罠にかかり、泥酔したヤマタノオロチの姿がありました。

須佐之男は、腰にさしていた十拳の剣を抜きます。オロチを起こさぬよう、声を潜めて名乗りを上げました。


「我こそは、天津神、建速須佐之男命なり。」


オロチの首に剣が突き立てられます。須佐之男は力を込めると、一気にその肉をさばきました。赤々とした血が溢れ出、流れていきます。須佐之男の身は汚れますが、そのようなことは気にかからず、須佐之男は猛ります。

「さあさあ、まだまだ終わらぬなあオロチよ…!」

すぐさま次の首へ、次の首へと跳び移り、オロチを切り裂いて行きました。

そして残るは一つの首のみ。須佐之男は剣に付いた血を払います。

剣を構え、オロチに突き立てようとしたその時、オロチの目が開きました。鬼灯のように赤い目が、須佐之男を捉えます。大きく奇声を発し、須佐之男に飛びかかりました。

巨大な牙から寸でのところで逃れた須佐之男は、態勢を立て直します。

「まだ生きておったか、この化け物が…!」

再び襲いかかってきたオロチに、須佐之男は飛び退きます。

「あと少しだと言うに…!」

じりじりと距離を詰めようとする須佐之男に、またしてもオロチは襲いかかります。牙を剣ではね退けると、負けじと須佐之男もオロチに飛びかかりました。その大きな口を、勢い良く切り裂きます。オロチは奇声を上げのたうち回りました。

「ええい、すぐに楽にしてくれようぞ!」

そして須佐之男は、これが最後だとオロチの首目掛けて、大きく剣を振り上げます。



「…まだ、終わらないのでしょうか、母様…」

暗い小屋の中、イナヤは小声で問いました。妹のサヤは、その側で寝息をたてています。

「…どうかねぇ…」

母親は、呟くように答えました。

続けざまに他の村人達も言います。

「ほ、本当に、オロチを殺せたのか?やけに静かだが…」

「須佐之男様、だったか…まさか、オロチに喰われたなんてことは…」

「え、縁起でもないことを言うのは止せ!」

「いや、しかし…」

次第に騒がしくなる小屋の内で、突然壁際にいた者達がびくりと肩を震わせました。

「…お、おい…今何か、聞こえなかったか?」

「き…聞こえた!何だ、今の…オロチの鳴き声か…?」

「な、何かまずいことでもあったのでは…?」

村人達の不安は増し、ざわめきも広がっていきます。

「騒ぐでない!」

足名椎の叱責に、場は水を打ったように静まり返りました。足名椎は続けます。

「…我らは、信ずる他あるまい。あの方を、信ずる他…」

暫くの沈黙の後、地面が振動しました。皆は先のようには騒ぎませんが、依然として緊張は張ったままです。

そこに、先程の何倍も大きな、悲鳴のようでもある叫びが轟きました。これには皆驚いて顔を見合せます。

「き、聞いたか?今の声は…」

「何なのだ、おぞましい…オロチのものか?」

すると、足名椎が立ち上がりました。

「…少し、外の様子を見てくる。」

他の何人かの男も立ち上がり、足名椎に連れ添います。

足名椎達が外に出ると、辺りはうっすらと明るくなりつつありました。

「…もう、これほどの時が経っていようとは…彼の御方はご無事なのだろうか…」

足名椎がそう呟いたその時、川の方を見に行った男の叫び声が聞こえてきました。

足名椎と他の男達は急いでそちらに向かいます。

「ど、どうかしたのか!」

「か、かか川が…」

腰を抜かした男が、川を指差しました。足名椎達はその先を見やります。

「…ひっ…!」

男の一人が思わず声を漏らしました。足名椎も目を見張ります。

斐伊の川が、血で真っ赤に染まっていたのです。

「…こ、これは、血…まさか、オロチの…!」

「何か、大きな声が聞こえましたが…」

小屋の中にいた人々が、ぞろぞろと外に出てきます。彼らもまた、赤く染まった川を見て、あっと声を上げました。

「これは…オロチの血にごさいますか!?ということは…」

村人達は、揃って峠の方を振り返ります。


朝日が、上ろうとしています。その光に目を細めながらも、村人達は見ました。その中に更に神々しく光るものを。


「…ああ…!」


女の一人が、その場に泣き崩れました。




断末魔の叫びを上げて、オロチは地に伏します。流れ出る血の中、須佐之男は、オロチの首に刺さったままの剣の先に、何やら硬い物が当たっているのに気がつきました。何かと思い、更に首を捌きます。すると、美しい剣が姿を見せました。

「おお…!これはなんと、美しい剣ではないか…詫びと言ってはなんだが、姉上に贈ろうか…」

オロチの首から取り出した剣を空に掲げ、須佐之男は声を張り上げます。

「やった…やったぞ!我こそ天津神、須佐之男命だ!」

開けた山からは、仄かに明るくなった空と、黒い海が覗けます。そして、朝日がゆっくりと顔を出しました。輝かしい日の光が、剣を照らし、神々しい輝きを産み出します。


朝日のなか、須佐之男はオロチの亡骸から離れると、自身の髪から櫛を外しました。そして、その櫛を、元の櫛名田の姿へと戻します。


櫛名田は、須佐之男の膝の上で目を覚ましました。

「…目が覚めたか、櫛名田」

日の光に目を細め、櫛名田はその手で須佐之男の頬に触れます。

「…須佐之男か…?」

須佐之男は櫛名田を抱き起こしました。

「ああ、そうだ。安心しろ。ヤマタノオロチはもういない。」

にっと笑う須佐之男に、櫛名田ははっとして立ち上がります。そしてヤマタノオロチの骸を目にすると、呆然と立ち尽くしました。


「…本当に、やったのか…?本当に…」


立ち上がった須佐之男は、櫛名田の側に寄り、言います。

「勿論、本当に倒した。大変だったんだぞ。最後の最後に奴が目を覚ましてなあ…。まあ、もう終わったことだが…」


すると、突然櫛名田が須佐之男を振り返りました。彼は今にも泣きそうな顔をしていましたが、須佐之男が声を掛ける間もなく須佐之男に抱き付き、声を上げて泣き出しました。

突然のことに驚き、須佐之男は一瞬固まりましたが、子供のようにしゃくり上げる櫛名田を宥めるように、その背を優しく撫でてやります。

櫛名田は、須佐之男の身体を強く抱き締めました。

「…良かった…無事で…ありがとう、ありがとう…」

「もう良い…そんなに泣くな、櫛名田。俺が負ける訳がないではないか。」

「…それもそうだな…」

櫛名田がくすりと笑います。

須佐之男は彼が愛しくて堪らなくなり、その髪を撫で付けます。

「なあ、櫛名田。顔を上げて見せてくれないか。」

「…嫌だ。ぐしゃぐしゃだ…」

「構わない。そんなこと…」

須佐之男は櫛名田の頬に手を添え、その顔をくいと上げてやりました。

須佐之男は、その顔を見、また櫛名田も涙に濡れた瞳で、須佐之男を見つめます。


朝の光が辺りを包もうとする中、二人は、深く接吻を交わしました。

それは、永遠を誓い合うもののようでもありました。

暫くした後、互いの唇を離すと、二人の間に笑みがこぼれます。


「兄様!櫛名田の兄様!」

その声に、須佐之男と櫛名田は振り向きます。

真っ先に駆け寄って来たのはサヤでした。その後をイナヤ、足名椎、手名椎達が追って来ます。

「サヤか…!」

櫛名田は、抱きついてきた幼子をその手で受け止め、笑います。

「兄様、本当に兄様なのですよね?」

「当然。…心配を掛けた。すまなかったな。」

「いえ…いえ…!」

やっと追い付いたイナヤ達も、櫛名田に飛び付きました。

「ああ、もうサヤ!置いていくんじゃない!…兄様、ご無事で良かった…!」

イナヤは安堵の表情を浮かべ、涙ぐみます。

足名椎、手名椎夫婦も、櫛名田を抱き寄せ、おいおいと泣きました。

「櫛名田…!良かった…良かった…!」

「本当に…!須佐之男様、貴方様にはなんと礼を申したら良いか…!」

須佐之男はにかりと笑って見せます。

「良い良い!俺は櫛名田とこの村を守れたことだけで充分だ!」

他の村人達も彼らの回りに集まり、辺りは昨日までとは全く違う、明るい祭りのような雰囲気に包まれました。

「須佐之男様!」

「櫛名田様!」

「まさか本当にやってくれるとは…!」

「これでこの国も安泰じゃあ!」

村人達は口々に言います。その中で、サヤが櫛名田に問いかけました。

「そういえば、兄様」

「ん?どうした?」

「お子はいつできるのですか?」

「え」

櫛名田は言葉の意味が飲み込めず、暫しの間硬直しました。

慌てたようにイナヤが言います。

「き、急に何を言っているのだ、サヤ…!兄様困ってるじゃないか!」

きょとんとして、サヤは答えます。

「だってさっき、兄様と須佐之男様、接吻しておられました。ご結婚なさるんでしょ?ねえ、兄様。」

「え、あっ…そ、それは…!」

耳まで赤くして、櫛名田は弁解を試みますが、妥当な言葉は出てこないようでした。その隣で須佐之男は笑います。

「はっはっは、見られておったか!そうか…子か…何人欲しい、櫛名田!お前が望むなら三人でも五人でも十人でも…!」

「そっ、そのような話をするでない!」

櫛名田は須佐之男の頭を勢い良くひっぱたきました。「痛あ!」と声を上げた須佐之男に、サヤとイナヤが笑います。周りの大人達からも、笑い声が湧きました。

「そうだ、これから村に戻って祝言を挙げましょう!須佐之男様、櫛名田、宜しいですかな?」

嬉々とした表情で足名椎が提案します。

「え!?そ、そんな急に…」

「乗ったぁ!!」

戸惑う櫛名田を他所に、須佐之男はその目を輝かせます。

「だからなんでお前はそう…!」

頭を抱える櫛名田を、手名椎が宥めます。

「まあまあ、いいじゃない。とても良い方ではありませんか。」

「でも…」

「ほら、お前の母上もそう言っている!」

「お前は黙ってろ!」

須佐之男と櫛名田による多少のいさかいはありましたが、結局、二人の祝言はその日のうちに挙げられることとなったのでした。



「須佐之男様、櫛名田様、ばんざあぁい!!」

「ばんざーい!ばんざーい!」

村中の歓声に包まれて、須佐之男と櫛名田の二人は肩を並べます。

須佐之男は美しい衣装を纏った櫛名田を眺め、感嘆の息を漏らします。

「…俺は真に幸せ者だなあ…本当に、兄上に礼を言いたいくらいだ。」

それを聞いた櫛名田がくすりと笑いました。

「『追放していただき有り難う御座います』、と?」

「はは、そうだなあ!」

そこへ、足名椎がやって来ます。

「須佐之男様、たった今、高天原へ使者を遣りました。」

「ああ、ご苦労であったな。」

「ん?何かあったのか?」

櫛名田の問に須佐之男は答えます。

「俺がヤマタノオロチを倒した時に奴の頚から出てきた草薙剣を、姉上へ送ってもらったのだ。姉上には多大な迷惑を掛けたからな…」

「天照大神様に…そういえば、何故お前は高天原を追放されたのだ?」

須佐之男は「ぐっ…」と言葉に詰まりました。

「そ、それについては…余り聞かないでくれ…」

「そう言われると、気になるだろう。」

「ま、また、そのうち話そう…」

納得いかなそうに須佐之男を見つめる櫛名田でしたが、「まあ、良い」と顔を前に向けます。

櫛名田の目には、楽しそうに笑う村人達の姿が写っていました。

「…平和な国を、作ってくれ。」

櫛名田の手が、須佐之男の手を握ります。

須佐之男もまた、村人達の顔を眺め、言いました。

「ああ。そのようにして見せよう。必ず。」

宴は、夜が更けるまで続きました。その間、皆は絶え間なく騒ぎ続けます。須佐之男、櫛名田、足名椎、手名椎も今までにないくらい、笑い、楽しみ尽くしたのでありました。



「うむ、ここが良い!屋敷を建てるのにもってこいだ!」

ヤマタノオロチ退治から幾日も経たある日、出雲の丘にて、櫛名田を連れた須佐之男は満足げに頷きます。

その言葉を聞いて、足名椎は言いました。

「承知致しました。では、明日から早速お屋敷を建て始めましょう。」

「よろしく頼んだぞ!」

「ええ。」

櫛名田の父、足名椎は、須佐之男に仕える身となり、須佐之男が国主となる為の準備を整えることに精を出していました。その妻、手名椎もまた然り。

「真、ここは良い土地ぞ!ほら、海も見える。」

「そうだなあ…」

須佐之男に肩を抱かれながら、櫛名田はそこからの景色を眺めました。美しい海が太陽に照らされ、きらきらと光っています。

ふと、須佐之男が言います。

「…八雲たつ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を」

「何だ、それは。」

「良いだろう。この清々しい気持ちを言葉に乗せてみたのだ。」

「成る程…そういえば、須佐之男。」

「どうした?」

「子が出来た。」

「そうか、子かぁ…子…子!?ま、まことか!?」

「何故嘘を吐く必要がある。…って、泣いているのか!?」

「うぅ…そうかぁ、子が…きっとお前に似て美人なんだろうなぁ…よくやった、よくやった…」

「お、おい…大丈夫か…全く…」

櫛名田は困ったように頭を掻きながらも、幸せそうに微笑みました。



かくして、ヤマタノオロチ退治は成ったのでした。この後も、神々達によるの波乱万丈な世は続いていくのです。

それはまた別のお話。

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