第三話 呪縛
後日、藤田くんから回答に関してのお礼の文が届いた。基本的に相談の回答に関しての、反応がくることは珍しいことなので僕は驚いた。内容はというとこんなことが書かれていた。
相談部の方々、回答ありがとうございます。今回こうしてお手紙を書いているのはお礼が言いたかったからです。というのも、あの回答を読んだおかげで、なんというか逆上がりの呪縛から解放された感じがしたんです。少しオーバーな表現になりますが救われた気がしました。
でも正直なところ逆上がりに関しての未練は中々捨てきれません。なので逆上がりの練習は続けたいと思います。でも、今までのような固執したものではなく、出来なくても構わないといった楽な気持ちで練習をしていきます。今まで通りバカにされるかもしれないから、相談部のみなさんのアドバイス通り、自分の長所を伸ばして見返す努力もしていくつもりです。
えっと……。こういう手紙の締め方が良くわからないんですが、言いたかったことは以上です。本当にありがとうございました。
「練習続けるんですね」
「意外だな」
相談部で一緒に読んでいた桐山さん、篠原先生が感想を口にした。
「うん、やっぱり藤田くんにとってはなんとしても逆上がりは成功させたいんだろうね」
「私の読みが間違っていたということでしょうか……」
桐山さんが困惑した表情を見せている。確かに彼女は藤田くんはもう逆上がりの練習をしたくないから、相談文の最後がどうすれば良いと問いかけていると推測した。でもその読みはそこまで外れているものではないのではないかと思う。
「ここ見てみて。逆上がりの呪縛から解放された感じがしたって書いてある。ってことは彼は縛られていたわけだ、逆上がりに。そしてその縛りを誰かに解いてほしかったんだと思う」
「つまりこういうことか。彼は逆上がりの練習をもうしたくなかったわけではなく、逆上がりに固執する自分をなんとかしてほしかった」
「……。途中で全部持っていかないでくださいよ先生……」
「あ、いやすまん。話が読めたからつい」
先生が軽く謝罪する。僕たち二人の説明を聞いても桐山さんは浮かない顔をしていた。
「やっぱり少し違った読みだったわけですね」
「真面目だなぁ桐山は」
先生があっけらかんとした口調で言う。
「だって……」
「良いんだよ。そんな細かいことは気にしなくて。結果的にお前は藤田くんを救った。だからもうそれでこの話はおしまいなんだ」
「そうなんですかね」
「そうだ。そもそもこんな部活にマジになる必要ないんだぞ」
「ちょっと、ちょっと。仮にも顧問の先生が、そんなこと言わないで下さいよ」
「いやぁ、でもさ。この部ってぶちゃっけあれじゃん。ラジオとかでよくあるお悩み相談コーナーみたいなレベルのやつじゃん」
「ま、まあそうかもしれないですけど……」
「フフ……」
僕と先生とのやり取りを見ていた桐山さんが、少し微笑みを浮かべた。
「お、少し元気になったか」
「ええ、まあ。先生の言う通りあまり気にしないようにします」
吹っ切れた様子の桐山さんが、おもむろに席を立ち上がった。
「ちょっとお手洗いにいってきます」
そう言って相談部を出ていき、室内には僕と先生だけが残された。
「二人きりになったな」
「なんでそんな恋人に対して言うような、言い方してるんですか」
「ハハ、そう聞こえたか」
先生が軽く笑う。僕は先刻の先生の言葉に未だに納得がいかないでいた。
「先生、さっきの話の続きですけど、やっぱり顧問としてこんな部活にマジになる必要ないって言い草はひどいと思います」
「ん?ああすまないな。お前としては私がいい加減な気持ちで、顧問をしているように聞こえたか。実を言うとあれは本心じゃない」
「え?じゃあうそをついたって言うんですか」
「そう、桐山のためにな」
桐山さんのため?どういうことだ。僕は話がまったく見えないでいた。頭の中が疑問符でいっぱいになっていると先生が説明を始めてくれた。
「さっきあいつにも言った通り、桐山は真面目過ぎるきらいがある。だから相談部に対しても過剰に気負い立っている傾向があると私は思っているんだ」
「ああ、確かに今なんか読みが少し外れてたことに、ショックを受けてる様子でしたもんね」
「だから、私はマジになる必要はないと言ったんだ。まあ、言い換えれば肩の力を抜けみたいなニュアンスだったってわけだ」
「なるほど。そういうことでしたか」
得心がいくと同時に、僕の中で先生に対しての認識が少し変わった。この人は結構いい加減な性格をしていると内心思っていたのだが、どうやらそうではないようだ。
「生徒のことを考えているんですね」
「ま、一応教師だからな。こう見えてちゃんと生徒らのことは我が子のように可愛いと思ってるし、性格含めてどんな子かは把握しているつもりだ。もちろん佐藤、お前もな」
「先生……」
僕が感心していると先生はニヤッと笑った。
「まあ、あのひねくれ女王はちょっと可愛げがないけどな」
「戻りました」
桐山さんがトイレから帰ってくると、先生はちょっと動揺した様子を見せた。
「き、桐山。今の私の言葉聞いてたか?」
「は?いえ、先生の声は耳に入ってきてましたが、内容までは聞き取れませんでしたよ」
「そうか、そうか。それなら良いんだ」
「……。悪かったですね可愛げのないひねくれ女王で」
「バッチリ聞こえとるやないかい!」
なぜか関西弁でツッコミを入れる先生。席に戻りながら桐山さんは言った。
「まあ、一応私がこの部室に居なかったときなので良いですけど」
「あ、見逃してくれるのか」
「今回だけですよ」
やれやれといった感じで告げる桐山さん。そんな彼女に僕は一つの疑問を投げかけた。
「でもさ、なんで一回聞き取れないってうそついたの?」
「うーん」
少し悩んだ後、桐山さんはいたずらっ子みたいな笑みを浮かべ、僕にだけ聞こえるように小声で言った。
「まあ、ひねくれ女王ですからかね」
……。あれもしかしてひねくれ女王って呼称、結構気に入ってる?
「ん?おい今なんて言ったんだ」
先生がこちらに近づきながら尋ねてくる。
「さあ、なんて言ったんでしょうかね」
肩をすくめながらとぼける桐山さん。うーん、気に入ってるのだろうか。聞きたい衝動に駆られたが、仮に気に入ってたのだとしても正直に答えないだろう。僕はそう予想した。なぜなら彼女は――ひねくれ女王なのだから。