表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕の後輩はひねくれ女王  作者: 耳の王様
第一章 ひねくれ女王誕生
1/4

第一話 逆上がりの方法

「『僕は鉄棒が苦手で、三年生のころから一年ほど練習していますが、未だに逆上がりが出来ません。スポーツの家庭教師を呼んだりしましたが、一向に成功する気配がありません。お陰で体育の授業中、周りからは散々バカにされ、悔しくてうるせえと言い返してる日々です。僕は一体どうすれば良いでしょうか』初等部四年の藤田(ふじた)(いさむ)くんからか。うーん、結構難しい相談だね」


 この春で高等部二年になった僕、佐藤(さとう)桐矢(きりや)は相談部の部室で一通の相談文を読み上げたあと、ひとまずそれをテーブルに置いた。そしてすぐさま解決方法を考え始めた。


 僕もどちらかと言えば運動は不得手なほうなので、小さい頃は逆上がりをするのに結構苦労していた覚えがある。確かそのときはタオルを使用して練習してた気がする。えーとどういうやり方だったっけかな……。


 腰掛けていたパイプ椅子に寄りかかりながら、必死に記憶を呼び起こそうとしていると、隣に座っていた後輩部員が声をかけてきた。


「先輩。なにを悩んでいるんですか」


 黒のショートヘアーに包まれた小顔にキリッとしたつり目、一見すると機嫌が悪いように見えるがこれが彼女の普段の表情。高等部一年の桐山(きりやま)亜季(あき)さんだ。この春から相談部に入部してきた僕の後輩である。


「いや、なんかタオルを使った練習方法があったと思うんだけど、どうも思い出せなくてね」


「なんだ、そんなことですか」


「そんなことって……。僕は必死にこの男の子のことを思ってただね」


「……。はぁ」


 桐山さんがわざとらしく大きなため息をついた。え?なに僕そんな呆れられるようなこと言った?不安を少し覚えていると彼女の小さな唇が動いた。


「先輩、一番手っ取り早い解決方法がありますよ」


「え、マジで?そんなのあるの?」


「ええ。それもすごく単純で誰にでもすぐ出来ることです」


 信じられない。タオル以外の練習方法といえば、後はもう踏切板を使うぐらいしか思いつかなかった。今彼女が言ったような魔法のようなやり方なんてあるんだろうか。


 考えても仕方がない。僕は単刀直入に聞いた。


「じゃあ教えてくれるかなその方法」


 桐山さんはこちらの方向に身体を向けると淡々と告げた。


「諦めることです」


「…………。は?」


「ですから、諦めることです。逆上がりをすることを」


 いやいやいや、ちょっと待て。あまりにも想定外の回答に思わず絶句してしまった。なんだそれ、絶対おかしいだろ。


「えーと桐山さん、この相談部のことわかってるよね」


「ええもちろん。相談部とは生徒たちの悩みを解決するために作られた部活。小中高一貫校であるこの学園では、小一から高三まで幅広い世代の子たちの悩みが届く。ちなみに部員は私と先輩の二人だけという将来廃部濃厚の部活です」


「最後のは余計だけどまあそんなところだよ。でもさ、それを知ってるなら……」


「知ってるならどうして諦めるなんて単語が出てくるのか?ですか」


「う、うん。まあそんなところ」


 先読みされて少し驚いてしまった。その動揺を表情に出さないよう、懸命に顔に力を入れていると桐山さんは眉をひそめた。


「先輩、こんなときになに変顔の練習をしてるんですか?」


 ……。前々から思ってるのだが彼女は僕のことを先輩として見ていない節がある。まあこの部はそんな体育会系みたいに上下関係に厳しいわけじゃないから(っていうかそこを厳しくしたらますます新規部員が入ってこなくなる)別に良いのだが。


「別に変顔をしていたわけじゃないよ」


「そうですか。ではまあ説明いたしましょう。なぜ諦めると言ったのか。それは逆上がりなんて出来なくても特に問題はないからです」


「問題はないって……」


「別に逆上がりが出来ないからといって、死ぬわけでもないし将来困るわけでもない」


「そりゃあまあそうだけど、この藤田くんとしては是が非でも逆上がりをしたいわけで……」


「はぁ……」


 桐山さんが再び大きなため息をついた。そしてゆっくりと口を開いた。


「藤田くんに対してキツイことを言うことになりますが、ハッキリ言って成功させることはほぼ無理かと」


「む……り……?」


 どうしてそんなことが言えるのだろう。彼女はこの藤田くんと、会ったこともないというのに。


「ほらここ。三年生のころから一年ほど練習してるってあるじゃないですか」


 長テーブルに置かれた相談文の冒頭部分に指を乗せる桐山さん。


「……。ああ確かに」


「ところで先輩は小学生のとき逆上がり出来ました?」


「いや、すぐには出来なかったな。さっき僕が言ったタオルの方法試して、一か月ぐらいかかったと思う」


「そうですか。ちなみに私はすぐ出来ました」


「……。え?なに自慢するために今の質問したの」


「そんなわけないじゃないですか。私が言いたかったのは普通は逆上がりの練習に一年もかけないってことです」


「ああ、まあそれはそうかもしれないけどさ。人には個人差ってものがあるから、桐山さんみたいにすぐ出来る人もいれば僕みたいに一か月かかる人もいる。それだけのことでしょ」


「それにしたって一年は長すぎです」


「け、けど可能性はゼロじゃないだろ。それにさっき僕が言ったタオルの方法を試せば案外すんなり……」


「ここを見て下さい」


 桐山さんはまたしても相談文に指をやった。


「スポーツの家庭教師を呼んだりしましたがってあります」


「だから?」


 まるでピンとこない僕に、桐山さんは少し不服そうな顔をした。


「鈍いですね先輩。家庭教師をつけたということは、その人に大体のコツは教えてもらっているということですよ」


「あ」


 言われてようやく僕は理解した。そうか。なんでこんな簡単なことに気づかなかったのだろう。


「タオルを用いた練習方法は結構有名ですから、当然教えてもらっているでしょうね。ついでにそれ以外の方法も色々と。それでも出来ないという状況なんです」


「うう……。でもだからってさ。諦めるっていうのは解決方法になってなくない?それだとクラスの子たちにバカにされたままになっちゃうし」


「そんなのは無視すれば良い話です」


「いや無視って」


「逆上がり如きでマウントを取ってる低脳どもがって言い返してやれば良いんです」


「…………」


「まあ今のは言い過ぎましたが」


 僕がドン引きしたのを見てか、さすがに桐山さんは前言を撤回した。


「ともかくそういう人たちになにを言われても、気にしなければ良いだけのこと。違いますか?」


「でもそんな風に意識を変えるのって難しいと思うよ」


「一年出来なかった逆上がりを、出来るようにするよりかは簡単だと思いますけど」


「そうかな」


「ええ。うるせえと言い返せているということは、イジメというよりかはイジリのような感じでしょうし、そこまで深刻なものでもないかと」


「う、うーん」


 気が付けば完全に後輩部員のペースに乗せられてる。なんとか反論したいところだが、目下彼女を言い負かせる言葉を見つけられない。


「それに……。藤田くんももしかしたら、もう練習をやめたいと思ってるかもしれませんし」


「どうしてそんなことが言えるんだい?」


「最後の文に僕は一体どうすれば良いでしょうかとあります。逆上がりが出来る方法ではなく、これからどうすべきかを尋ねてきてるんです」


「……。つまり?」


「あくまで私の推測ですが、心のどこかで誰かに、こう言ってもらいたいのではないでしょうか。きみはもう充分過ぎるほど努力した。これ以上頑張らなくても良いんだよ。と」


「…………」


 僕はなにも言えなかった。なぜなら、完全に彼女の話に聞き入ってしまっていたからだ。


「その気持ちが、この最後の文に現れたのではないかと」


「…………」


「先輩?聞いてます?」


「ああ、聞いてるよ。すごいなきみは」


「な、なんですか急に」


 桐山さんは慌て気味に目を逸らした。心なしか少し顔が赤くなってる気がする。


「ちゃんと相談文の細かいところまで注目して、相手の心境を慮ろうとしている」


「当たり前のことです」


「まあ、そうなんだけどさ。僕はこの藤田くんに対しては、逆上がりを成功させたい子って認識しか持ってなかったから、今の桐山さんみたいな解釈は思いもしなかったことなんだ」


「先輩が注意力散漫なだけです」


 桐山さんがようやく視線をこちらに戻し、さらっとキツイ一言を告げてきた。


「はは、手厳しいな。じゃあ回答に関しては……」


「今私が言ったように、もう頑張らなくても大丈夫といった感じで良いかと」


「うーん」


 確かに今までの話を聞く限り桐山さんの回答で問題はないように思える。でも……。まだなにかが足りてないような気がする。それだけだと藤田くんを完全には救いきれてない気がする。


「まだなにか問題でも?」


 小首を傾げてくる桐山さん。その仕草が少し可愛らしく見えた。ってなに考えてるんだ僕。


「……。それプラス少しフォローを入れたらどうかな」


「フォロー?」


「うん。逆上がりはもう頑張らなくても良い。だけど今回のことを理由に努力がムダなことだとは思ってほしくない。人には向き不向きがあるから、藤田くんの得意なことだってきっとあるはず。もしかしたらもう見つけてるかもしれないけど、自分の長所を発見してそれを伸ばすこと。その際、逆上がりを一生懸命やったことを思い出せれば、きっと努力は苦にならないはず。そしてその長所を伸ばし続け、誇れるようになれればバカにしてたクラスメイトたちをギャフンと言わせることが出来るよ……。みたいなことを付け足したいんだけどどうかな?」


 聞いてる間桐山さんは黙って僕の顔を見つめていた。そして僕が話し終えるとフッと口元が緩んだ……。ように見えた。


「先輩……。らしいですね」


「僕らしい?」


「ええ。先輩らしい優しくて……。私のバカにしてるクラスメイト徹底無視より、良いアイデアだと思います。取り入れましょう」


 桐山さんが今日一番の穏やかな表情を見せている。そして珍しく彼女に褒められたので少し照れ臭い気持ちになった。


「でも先輩」


「ん?」


「ギャフンって少し古いですね。今どき大人でも使わない単語ですよ」


 ……。褒めた直後にこの言いようである。いやまあ確かに使ってる人見たことないけど。


「では結論も出たところですし回答を書きましょうか」


「よしきた」


 桐山さんに言われ僕は勢いよく立ちあがり、部室の片隅に置いてある学校机に近付いた。机の下の引き出しを開け、数枚入ってる回答用紙の一枚を取り出す。


「今回は私に任せて下さい」


 桐山さんが名乗り出たため、彼女に回答用紙を渡した。特に行き詰まる様子もなく、黙々と書き続けている。僕はその姿を黙ってただ見つめていた。


「出来ました」


 ペンを静かに置き、したためた回答文を見せてくる桐山さん。そこに書かれていた文章はこういったものだった。




 藤田くん、相談ありがとうございます。逆上がりが出来ない悔しさ、心中お察しします。さてこれからどうするべきかとの相談内容でしたが、藤田くんはもう充分頑張ったと思います。世の中には見切りを付けるタイミングというものがあり、それが今だと私は考えています。


 あきらめると言えば聞こえは悪いですが、中には良いあきらめというものもあると思うのです。無理に一つのことに固執し自分の心身をすり減らす。そういうのは自傷行為となんら変わりません。頭を切り替えて、他のことに時間を使う方がずっと有意義です。


 そして藤田くん、クラスメイトにバカにされて悔しいとのことでしたが、でしたら一つ案があります。藤田くん、あなたには得意なことがありますか?もしないのであれば探してみて下さい。藤田くんの長所と呼べるものがきっと発見出来るはずです。


 そしてその長所を伸ばしてみて下さい。一年もの期間、逆上がりの練習をしてきた藤田くんにはかなりの忍耐力が備わっているはずですから、きっと頑張れます。そうしてその長所が誇れるようなレベルにまで達したとき、クラスメイトたちを見返すことが出来るでしょう。


 最後にもし逆上がりが出来る方法を希望していたのでしたら、ごめんなさい。ご期待に添えることが出来ない我々のことを恨むなり、呪うなりしてもらっても構いません。




「どうでしょう?」


「うん。良く書けてると思う」


 僕は率直な感想を述べた。少なくとも前回彼女が書いた“あれ“よりかは普通に回答文として成立している。最後の恨むなり呪うなり云々のところは、ちょっとどうかと思うけど……。


「そうですか。では、篠原(しのはら)先生に見せにいきましょう」


 淡々とした口調で答えると、桐山さんはスッと立ち上がり扉へと向かっていった。僕も相談文と回答文を持って彼女の後に続いた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ