序章
眩しくて一瞬、目を細める。
ハングルで多い尽くされた国。
――韓国。
「あっという間ね」
由香は、ひとりごちた。
インチョン空港を出たところのバス停で、長距離バスを待っている。
実感が湧かない。
本当にここは韓国なのだろうか。飛行時間は1時間もかかっていない。
機内食をあわただしく食べ(韓国の航空会社だったので、ビビンバを堪能した)、お茶を飲んでいると着陸サインが出た。そうしたらあっという間に機外に急き立てられ、気が付いたら大きなスーツケースを抱え、かの地に降り立っていた。
たくさんの人でごったがえしている空港。そのほとんどが韓国人なのだろうか。日本人なのかもしれない。だが、見分けがつかない。
ラフな格好の旅人もいれば、いかにもビジネスマンといった、パリッとしたスーツに身をつつむ男性もいる。
家族連れが、大きなスーツケースを、そして手押し台車にたくさんのおみやげを入れて運んでいる様子をぼうっと見ながら、由香は、手持ち無沙汰に立っていた。
ふと、自分の姿を見てみる。赤いポロシャツにGパン、肩まで揃った黒髪。そして、赤いスーツケース。
赤が好きだった。成田空港では目立っていたのだが、ここでは、とくに問題はないようだ。
独特の、ざわざわした空気。うるさくはないけれど、静かでもない。ひっきりなしに人が出入りしている。
そして――。
耳に入る音が、違う。ざわめきの中に、独特の発音が混じる。
由香はその発音を、よく知っていた。
韓国語のアナウンスが繰り返し流れる。
○○便のお客様、搭乗カウンターまでお越しください――。
由香は、思わず、ぽつんと洩らした。
「本当に、韓国なんだ」
またこの国に来ることができるなんて、1年前は思いもしなかった。
2度目のこの国、そして今度は観光ではない。
「留学、ね」
気が付けば、長距離バスが停留所に到着しようとしていた。