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第09話 一目惚れは甲斐性の発端なのだ! その二

『スクレ』は、この異世界の果物です。

外観はメロン的、食感はリンゴ的、味はデコポンって設定です。


 ――――。


「タカシさん? いかがされましたか?」


「あ? あ、はいっ! マリィさん……。なんでもないですよ! それより、この『スクレ』は苦手でしたか?」


 俺は、マリィさんに曇りなく問いかけられ、あわてて視線をそらしてしまった。そればかりか、平静を装って『スクレ』を手振りで示して尋ねていた。


「いいえ、そういう訳では……。お客様と一緒には……」

「お母さん。それだとタカシさんの厚意を無駄にしちゃうから……」


「お母さん! 美味しいよ~」


「ミーナも大げさだよ。これはお礼ですから! マリィさん……――」


 マリィさんは一線を引いていた訳で理解は出来る。出来るのだが認めたくない。しかし、夜分に押しかけ娘さんたちを味方にして押し付けがましい男をどう思うかなんて、火を見るよりも明らかなので、厚意に甘える前に何とかしたいな……。


 そういえば、宿屋一家であるなら男というか旦那とか……居るよな? 何らかの事情は想像できるけど……。姉妹も話題に出さないし……。ふとした疑問が湧いたので少し落ち着いた。すると、否が応でも自分の火種に気付かされた。


 マリィさんの様子を(うかが)ってみる。つややかに見えた肌には影が差しケモミミも力なく垂れ気味だ。『スクレ』を見流す目元には憂いがある……。


「……頂きます。……美味しいです。ありがとうございます……」


 羽織っていた若芽色のショールを白いワンピースの袖リボンと共に抑えながら『スクレ』をつまみ、それを口に運ぶと少し厚めの唇が出迎えていた。

 マリィさんの表情は冴えず抑揚のない感謝の言葉は、俺にはきつい。いやいや、まだまだ挽回できるはず。から元気でも声を出せ。


「……良かった。では、みんなにお願いがあるんですけど聞いて貰えます?」


 俺の表情は取り繕ったものに見えているだろう。……後ろ頭に手を当て気持ちをはぐらかしながら申し出た。


「なんでしょうか?」


「え~なになに~?」

「なんですか? タカシさん」


 マリィさんは伏し目がちにささやき声を発した。鼻筋の向こうには、長い睫毛が揺れていて、俺の情欲をたまらなく刺激する。節操がないな、と呆れはした。


 レーナは、俺の腕を楽しそうに揺らしながら引っ張り、せがむようにしている。ミーナの声が俺を落ち着かせるように聴こえた。ミーナもレーナも好意的だ。なぜなんだろう? わからずとも心地良い。俺は呼応するよう希望を述べる。


「俺に読み書きを教えて欲しいんだ。恥ずかしいんだけど名前も書けなくて」


「はいはーい! 私が教えても良いよ? タカシさん」


「そうねミーナは教えるの巧いものね。レーナは今度こそ習いなさい」

「え~、わたし名前だけなら書けるもん」


 ミーナの元気な声に目を見張ると、勢いよく挙手をして名乗りを上げてくれた。この子は人見知りと思っていた。調子が変わった理由は見当もつかない。受け入れられたと信じられる根拠はないのだが……ただひたすら頬が緩む。


 レーナは俺の腕を胸の辺りに抱え込んだのだろう……当って……今は、勘弁して欲しいんだけれど……。ちらりとマリィさんを見ると涼しい顔をしていた。

 たぶん、おそらくレーナは勉強が嫌いなんだよね? そうだよね? 違いない。



「あはははは。ミーナよろしく頼むね! 一緒に習おうよ! レーナ」



 暖かで柔らかな少し若い感触を拒めるわけがないの……で、取り敢えずの大声を出す事にした。それにくわえて、ミーナに向かい片手を挙げてやる気を見せる。

 すると、大人しめのお嬢さんが自信に満ち溢れた力強い表情で俺を押し始めて、前のめりの胸元に深い谷間を生み出していた。このままではミーナに引き込まれて凝視してしまう。惜しみつつ視線をそらした……。なんたる巨乳姉妹……。


「タカシさんなら良いよね? ちゃんと一緒にするよね? レーナ!」


「そうしなさい」

「ええ~……」


 ミーナのお姉さんぶりに眉尻が下ってしまい、挙げた片手をレーナの頭に持って行きサワサワと髪を柔く撫でる。気持ちよさそうにケモミミがヘニャラとなった。

 ならば、さりげなく『もふもふ』いたします……ケモミミ。……ついにここまで来れたのだ! 俺は間違ってはいなかったのだ! 感謝せねばならないのだ!


「頑張ろうよ!! レーナ! ご褒美も用意するからさ」


「えっ! 本当~? ならやる~」


 正直な所、好奇心旺盛なレーナが文字の読み書きを出来ないのはもったいない。この世界の書物がどのような物かは知らないけれど、必ず役に立つはずだ。

 レーナのケモミミもシャッキリとして、手触りが変わった。付け根は痛いだろうから先っぽを二度三度クニクニして手を離した。次は尻尾を『モフ』りたい。


「本当だよ! ミーナにも用意するからね! マリィさんにも」


「いいの? タカシさん……私、頑張るね」

「わ、私もですか? ……。……」


 ミーナの遠慮がちな低めのトーンが、おねだりボイスのように聴こえてしまう。マリィさんはちょいとひっくり返った声だった。いろいろな空気を纏う女性だが、どれが本来のマリィさん? 興味が尽きない。俺はマリィさんに焦点を定めた。


 マリィさんの当惑する表情が一瞬だけ見せてくれた見開かれた眼。透明度の高い瞳はとても明るいものだった。微かに震えていた唇は閉ざされてはいなかった。

 豊かすぎる胸に沈み込むように手を添えて深く静かに息を洩らしている。


「…………」


「えと、俺は街とか物の価値とか分からない事だらけなので、みんなに教えて貰えると助かるんです。だから、そのお礼です。それと、必要な物とかありますか?」


「あ、あの! 石盤が欲しいです。勉強するなら……。ひとつしかなくて……」


 文字学習に石盤か……紙はあったけど鉛筆はあるのかな? あっても高価な気がするね……。傷だらけのおっさんは何を使っていたっけ? 覚えてねえー。

 明日、フィーアさんに相談してみるか。


「それは、俺が用意するべき物だね、大丈夫。それより、自分の欲しい物とかあるかな? レーナとマリィさんも」


「え、ええと……。私……」


「えい! えへへ~。わたしは何にしようかな~」

「こら! お行儀の悪い!」



 ミーナは何やら考え込んでしまったようだ。テーブルに両肘を付き握った両手を額に当てて目を瞑ってしまった。そこまで悩む物……なんだろう?


 俺の懐にレーナはかけ声と身体を倒し込み、するりと背をひねって俺を覗いた。紅潮した深味の唇は何を欲しているのか? 俺はそっとレーナの頬に手を預けた。するとレーナは小さな手を俺の手に重ねてゆっくりと目を閉じた。

 マリィさんの嗜める声は聞こえないふりのよう……。


「……本当によろしいんですか? タカシさん」


 俺は視線を上げてマリィさんと向かい会った。そこには、俺を見定めようとする静かで明瞭な目があった。何かの念を押すような問いかけに俺は本心を語る。


「はいマリィさん。俺はただ漠然と働くよりも何か目的があった方が良いんです。その日暮らしなんて寂しいだけじゃないですか。レーナは恩人で、ミーナとマリィさんはその家族です。このぐらいさせてください」


「…………はい。…………ありがとうございます」


 マリィさんは、また儚げな目で俺に礼を言った。


「ええ、まずは稼ぎますから! 今すぐは無理かもしれません……けど」


 異世界とは言っても人の世だ。先立つものが必要な事に変わりはない。

 世知辛いやらなんやらだ。しかし、ここは剣と魔法の世界。

 頂戴したチートで上手くやってやる!



 ◇ ◇ ◇ ◇



 果物パーティは夜も更けてきたので終了した。ミーナとレーナは後片付けを始めマリィさんは俺を部屋へと案内してくれる。その時に宿の事をざっくりと聞いた。

 この宿は三階まであり、食堂から奥に入ると一人部屋が六室ある。二階には二人部屋が三室に一人部屋が六室、三階は閉鎖中だけど四人部屋が四室あるそうだ。


 今は俺が宿泊する『一〇一号室』を清掃中だ。ずいぶんと利用がない状態だったみたいでホコリが凄い。取り敢えずベットは何とかなりそうだ。しかし……。


「そんなに掃除しなくても大丈夫ですよ! ベットが使えれば……」


「いいえ、そんな訳には……。もう少しお待ちになって下さい」


 マリィさんが妥協してくれない。割烹着みたいなエプロンをして作業をしている姿がお母さんぽくて良いんだけれど……お母さんでしたねー。私情を挟まない心で見ても若い。大きな娘がいる女性とは思えない。俺と同い年くらいか下に感じる。


 やはり、獣人の方たちの特性? 特徴? なんだろうか? 胸の大きさも……。ふさふさの尻尾も太くて長くて立派だ。駄目だ……どうしても惹かれてしまう。

 癒やしを求めているのか、劣情なのか、それとも全てか、心の整理がつかない。


「……明日、掃除して貰えれば……夜も遅いですから、マリィさん。机まで――」

「いえ、お待ち下さい……。……ミーナとレーナに湯を用意させてますから、先にそちらで汗をお拭きになられては?」


 マリィさん取り憑かれたように机を拭いている。仕事熱心なのは良いんだけど、融通がきかないな。だけど、機敏な動きは楽しそうにも見える。

 ……汗を拭けと言う事は、さすがに風呂はないみたいだな。肉体労働後であったから汗臭いはず……レーナは気にならなかったのかな? ……行って来よう。


「そうですね! どちらに行けばよいんでしょう?」


「宿と母屋の間に井戸があります。そちらから、宿側の右に沿って移動して頂くと洗い場になっている所があります」


「わかりました! 行って来ます!」


 マリィさんは俺に一瞥もしないで掃除に夢中だ……。ミーナとレーナの前で裸になるのは恥ずかしいかも……なんてな! さすがに脱ぐ訳にはいかない……。

 いろいろな面を見せてくれるマリィさん……。どの姿が本来の姿なんだろう? それとも俺の考えすぎ? 意識しすぎている自覚はある……。

 ……そうそう、フィーアさんの買ってくれた石鹸とタオルを持って行こう。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 厨房脇の勝手口から母屋に通じる道すがらに井戸が在った。そこから、宿側の右沿いに歩いていくと水浴び場みたいな所に出た。なにやら、土塊のかまどみたいな物でお湯を沸かしているようだな。……じっと炎を眺めているふたりがいる。


「お! いたいた~。ミーナ! レーナ!」


「あ~タカシさん!」

「あ! タカシさん! ……ごめんなさい。まだ準備が出来てなくて……」


 なにやらタライにお湯を張ろうとしてるみたい……。井戸水を汲んで運び、火を起こしてからお湯を注ぐなんて重労働をさせていたのか! こんな時間なのに。

 照明やら時計の魔道具があるなら湯沸かしの魔道具とかもあるのかな? ……あ! これ以上、ふたりを働かせるのは気が引けるな。


「ふたりとも! これで充分だよ! ありがとう!」


「え? でもまだ半分にもなってないです……」

「大丈夫だよ! ありがとう! ミーナ」


 ミーナの真面目さは、マリィさんに通じているみたいだ。母娘なんだなと。そう考えればレーナの明るさも……マリィさん譲りなんだろう。他にも……胸とか。


「なら、わたしが拭いたげる~えへへ~」

「お手伝いします! ……タカシさん」


 そうくると踏んでいた。流石にそこまでされると邪念が抑えられんのだ。ふたりとも、それぞれ可愛らしくて反則級の巨乳姉妹……しかもケモミミ。俺がゾーンに入ってしまう。……ああ、もう入っていますね!


「それも大丈夫だってば! ……えっと、ふたりはマリィさんを手伝ってあげて!

 あと、火を落としちゃって良いからね。それから、ふたりも汚れを落としてね」


「え~つまんな~い。背中拭いたげるよ~」


「あひゃひゃひゃっこい! レーナ! 服の隙間から止めて! しかも冷たい!」

「こら! レーナ!! ……タカシさん、ごめんなさい。……お母さんを手伝いに行きますから……。ほら! タカシさんの言う通りにするよ!!」


「あ~ん。タカシさん~助けて~」


 俺は心を鎮めるためにふたりの作業を手伝った。なぜこんなにも懐かれるのか?

 全く思い当たる節がないけれども……。心は完全に舞い上がり、それでも良いかとじっと掌を見つめ握りしめた。


 片付け終わり去って行くふたりの背中……。井戸の角で曲がり隠れていった……寂しさを紛らわせるのは先程までの感触……。ええ、ふたりの尻尾の汚れを取ると称して『モフ』りました! 『モフ』り倒しました! 俺は間違っていないのだ!



 ◇ ◇ ◇ ◇



 颯爽と部屋に戻ろうとすると、マリィさんたちは部屋の外で待っていたようだ。……宿屋の人なら当然なんだろうけど……。魔道具が容赦なく廊下を照らしていて客なのは俺だけ……。


「ミーナ、レーナありがとう。さっぱりしたよ。マリィさん掃除は終りました?」


「タカシさん。お待たせして申し訳ありません」


「えい! それそれそれっ! ……えへへ~綺麗になった~」


 レーナの抱きつき案内で部屋に突入した。勢いそのままでベットに押し倒されてしまった……。暗くて良く見えないけど息が近い。このまま抱きしめたくなる。

 だがしかし、部屋を照らす魔道具で我に返る。


「大丈夫ですか? 申し訳ありません。……レーナ!」


「ええ~やだやだ」


「もう……レーナったら! タカシさん。具合いはどうですか?」


 マリィさんがレーナを引っ剥がす。駄々るレーナ。明るさをもたらしたミーナが傍らに寄り声をかけてくれた。何だか忙しいな……家族って。


「うん、ぐっすりと寝れそうだよ。ミーナ、ありがとう。マリィさん、部屋の掃除ありがとうございます。レーナもありがとうな!」

「本当に申し訳ありません。ほら! あやまりなさい!」


「え、えへへ~。ご、ごめんなさい……。タカシさん……」

「ご迷惑かも知れないのだから……」


 マリィさんに頭を下げさせられてケモミミもヘタリとしているレーナ……。こんなの可愛すぎるだろ! 迷惑なんて一つもありません!


「俺なら大丈夫ですよ! マリィさん! レーナは俺がひとりで寂しくないように気を使ってくれたんですよ。ですから叱らないでください!」


「…………本当に申し訳ありません」


「……レーナがごめんなさい」



 俯いているレーナ。心配そうなミーナ。こんなに近いマリィさん。みんなが居たから楽しい時間を過ごせたんだ。もっと暖かくだって出来るのだ!



「それよりもお願いがあります! 聞いて頂けますか?」


「…………はい」


「明日の『二刻と三(午前四時)』に起こして貰えませんか? 仕事に行くからなんですけど、自分で起きれる気がしないんですよ! お願いします! あっ!! 時計の魔道具もありますから」


「……はい」


「それと、晩ごはん! 頂きたいです!! ひとりで食べるのは寂しいですから!

 みんなと食べたいです。用意して下さい! お願いします!!」


「はい」

「お母さん……。ごめんなさい。タカシさん。ごめんなさい」


「レーナ……。お母さん……」


 熱くなっていたのは俺だけだったようだ……。そうすると、急激に冷静になって恥ずかしさがこみ上げてくる……。もうだめかもわからんね。


「マリィさん……すいません。お願いばかりで……。レーナ、明日から一緒に勉強頑張ろうな……。ミーナ、明かりと時計はみんなで使って、俺は蝋燭でいいから」


「うん……分かった」


 ……。


「「「おやすみなさい。タカシさん」」」


「……おやすみなさい」


 ドアが閉まると部屋は真っ暗になった。蝋燭は鼻に刺さるので使わない。とても長かった一日が終わる……。初めての異世界の夜……肌寒いな。寝るか。


 …………。


 最後の最後でやらかしたっぽい……浮かれすぎていたな。ケモミミ巨乳美人母娘と知り合えたんだからそうもなるよ……。固いベットで薄い毛布だけど体温が残るから暖かいよ……。だが、目を閉じると強烈な孤独感が襲って来た。柄にもなく、友達やら同僚やら知り合いの事を考えてみる。この世界には誰もいないんだ……。


 ……――――――。


 ……母さんと父さんの夢を見た。母さんは病室のベットから遠くを眺めている。父さんは遠ざかる母さんを追って走って行く……。同じだ……。いつも――――。


 ――――――……。


「おはようございます! タカシさん!」


「お母さん~起きないよ~タカシさん」


「タカシさん! タカシさん!」


お読み下さりありがとうございます。


ご意見、ご感想など頂けますとありがたいです。

よろしくお願いします。

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