第05話 ケモミミ姉妹だぞ!
――――――――…………。
……トントン……トントン。
……なんだろう? 頭の……おでこを、叩かれて、いるような? ……川に滑り落ちたんじゃ……あ? 身体が動かない……俺は生きているの……か。ゆっくりとまぶたを開けた。視界が刺激もさほどの事はなく拡がっていき……。
「あー気がついた~!」
……トントン。
「…………」
「ねえねえ、どうして川に浸ってたの~? おぼれてたの~?」
やはり……迂闊だったな。ぼやけた眼で左隣の声の主を見つめた。明るいトーンからしたら女の子のようだが……。狐色の髪は心持ち赤みがささやかで、肩口まで伸びている……いやいや、そこじゃない!
髪色よりも深い毛並みの耳がある!!
「ゲウゲフゲフッ!! ゲフゲフッウフッ! ゲフッゲフッ! ゲフッフッゲー」
「わーなんてことするの~。助けてあげたのに~」
「はぁはぁはぁはぁはあぁはあぁはあはぁはあ…………」
おいケモミミ!! ケモミミだよ! ケモミミ! ケモミミだー。すごいすごいかわいいかわいい。女神様ありがとう! セリちゃん元気? 異世界万歳!!
ナニかをたくさん飛ばしてしまいました。
スッキリしたよ、むせかえって。……この女の子が助けてくれたのか。重かっただろうに水辺から引きずり出してくれたんだ、ありがたい。ここも河原が砂地だ。たぶん背中は砂や泥が付着しているだろう。スーツは持つか? まあ安いもんだ。
まだまだ身体を自由に動かせないけれど、テンション爆上げ中だから何とかなる気がする。……痛みや痺れが減って嬉しいよ。
「もう、しょうがないな~。本当に大丈夫~?」
膝を前にペタンと座って心配してくれる、ケモミミの女の子。つぶらな瞳は髪色より澄んでいて、ゆったりと柔和な口調の幼さと相まって心も救われる。
女の子は厚手の袖を当てるようにして顔をぬぐっている。はだける上着の下には白い服から際立つ膨らみがふたつ現れていた。
いろいろ汚してごめんなさい。
「――……あ、ありがとう。ご、ごめんね」
「えへへ~。おじさん、この街の人? に見えないね、どこから来たの?」
女の子は、ぬぐっていた両腕を勢いよく下げ手を膝の間に挟んで置き、そのまま前のめりになって尋ねてきた。照れ笑いの頬もほんのり赤く、唇の色味は増した。
あふれ出す好奇心にどう答えたものかと思わず視線をそらした先には、ひょこりひょこと楽しげな毛長のもの……。ハハッ! もう勘弁して!
俺は嬉々として、それを追いかけるために上体を起こした。
「……そ、そうかな……。すごく、遠い所から、だと……。思う」
「すごく遠い所? ……それって王都から?」
「王都? ……もっと、遠い所。……かな?」
「そうなんだ~それだと、わかんないや~。……どうしたの? どこか痛いの?」
上の空で受け答えなんて失礼な話だが……まさに尻尾だな。長さは肘から先くらいか……そんなに長くないんだな。全体がふわっと太くて先端は白いのが綺麗だ。
かわいいなあ、本物だものな……違和感がない。動作は意識と連動しているの?
それとも無意識なの? どうやって服の外に出しているのかな? などと考えていれば表情にも出ていたみたいだ。
興味本位の視線は不愉快だろうから自重しよう。
「な、な、なんだか、ごめんね。大丈夫。……急に身体を起こしちゃったから」
「別にいいよ~。ねえねえ、動けるならあっちでお話し聞かせて~」
「あっちって……あの木のある場所?」
女の子が指さした先は土手の上にある一本の木だった。ポツンと一本だけ生えていて不思議な感じがする。そばに腰掛けられるベンチみたいな物もある。
おそらくは人の往来があるのだろう。ここからそう距離も遠くないみたいだから移動は大丈夫……。それとも、魔法で回復できないかな?
「そうだよ~わたしの大好きな所なんだ~」
「……そんな場所。……良いの?」
「ん~みんなが休んで良い所だよ~」
『魔法で回復できないの?』と、念じたが『過負荷解消に向け諸設定再構築中』などと返事が来た。力が超大で支える土台の問題が起きてしまったって事なのか。つまり、今は使えないと言う訳だ……。
そうすると、あの頭痛と酩酊感は、いわゆる『魔力酔い』ってヤツになるの? まあ、いきなり無茶苦茶な事をしたんだから仕方がないな。……行くぞ!
「…………そう。……んぎぎぎ」
「ん? 大変そうなら掴まる~?」
「……せぇ、せりゃ! ふぉお~」
「あはっ! 面白い顔~」
俺は一気に腰を上げたけれど、スクワットの姿勢で固まり……かえって辛い体勢になった。だが、また助けて貰うわけにもいかないし服も汚させたくない。
これは張っていい見栄なのだ。俺は気合だけで立ち上がり笑顔を作った。
そんな事より、あの場所が大好きな理由を早く知りたいな。
「大丈夫! さあ行こう。連れってって。俺は『タカシ』って言うんだ。君は?」
「タカシ? さん? なんだ~。えへへ~。わたしは『レーナ』だよ~こっち~」
レーナちゃん……に、先に歩いてもらい誘導してもらう。決して、尻尾を見たいとかお尻のどの辺りからとかが理由ではない。筈である。だって、ケモミミの後は黒っぽいのねとか色合い的に狐っぽいとか分かったから……。
いろいろと知りたいんだがケモミミの人の立場や待遇、環境……ここの社会的にどうなんだ? って非常に気になって全開で聞けない――。
どこに地雷があるか分からないのだから、いきなり嫌われたくはない。
――……。
土手の斜面の登りに苦労したけれど体を横にしたりして、なんとか登りきった。
木の脇のベンチは切出された石製で研磨もされていた。背もたれはなかったので地面に腰を落として寄りかかった。
レーナちゃんはベンチの木側に腰かけて足をパタパタさせている。尻尾は時たま足の動きにつられるのか、ほわっと持ち上がるのが可愛すぎる! 触りたいなー。
「…………なんだか愛愛しいなあ。……ええと、その木は何ていう木なの?」
「この木は『ケロモモ』って言うんだよ~。わたしと同い年なんだって~。身長が同じ位の時からお水あげてたけど、追い抜かれちゃったんだ~えへへ~。それとね~あの川は『ラビタカの川』で、向こうの山は『エマノクの山』だよ~」
深く空気を呑み込み向き合えば、のんびりとした時間が流れてて、山は若草色で溢れている。そうして、川風に大きく吐息を乗せた……。俺も好きになれる所だ。
ケロモモの木……樹木に詳しい訳ではないから困るなあ。名前からすると桃の木なのかな? 葉は色づいているけど花は咲いてない。
季節があるのなら今は春先に感じるけれど、元世界の桃なら開花時期だよな……異世界特有の木なのか、そうでないのかは分からない。
「……なるほど~。だから大好きな所なんだ! 俺も気に入っちゃった! あと、あっちの街は何て街? レーナちゃんって年いくつなの? ……十五くらい?」
「ざんね~ん。来年だったら正解。今はひとつした~。あの街は『ミガルツ』って言うんだよ~。入口はここの道から右に曲がると南の門があるよ~。知らないのに来れたの~?」
レーナちゃんは大きな手振りで教えてくれた。年は十四歳なのか~容姿だけならもう少し上に見えるけれど、幼さを感じる口調や雰囲気だから、もっと小さくても不思議ではないと……何かアンバランス。種族的なものか個人的なものなのか。
まあ街の名前と入口も教えて貰えたから何事もなく入れるのかが問題だな。
「流されて来たから……お、溺れちゃって助けてくれたのレーナちゃんでしょ」
「そだったね! えへへ~。ねえねえ、王都よりも遠い所から何しに来たの~?」
「……う~誰かの……何かの役に立つ事を……かなぁ。決めてないけどね」
「へえ~、男の人だったら仕事いっぱいあるよ~」
「…………」
何をしに来たか……かあ。考えてみれば、朝のバス通勤から追突事故があって、セリちゃんからかって異世界転移して、スカイダイビングして溺れて助けられて、ケモミミ少女と会話している……。なんだか凄い。
それに、腹は減るし今夜どうしよう……。精神的にキツくなって来たな。
……。
「レナ! やっぱりここだったの! もうすぐお昼だよ」
……。
「あ? お姉ちゃん! もう、お昼なるんだ~」
「ん? お姉ちゃん? お昼って……」
「え? あ、あの……その、ど、どなたですか?」
木の奥の道から早歩きで近づいてきたお嬢さんが、お姉ちゃん! マジですか。薄いベージュのワンピースは丈が長め、その上に空色の羽織物。
ケモミミは大人の黒の縁取り、ロングストレートの髪色は灰色と言うより、調和したグレーが毛先に届くにつれ明度が増す純白。いろんな元気出ました!
俺に気付いて少し慌てて警戒している。ただ普段は長閑なお嬢さんっぽい。
「えへへ~。わたしが助けてあげた『タカシ』さんだよ~おぼれてたの」
「こ、こんにちは。タカシです。お嬢さんのお名前を伺ってもよろしいですか? 溺れている所を妹さんに助けてもらった者なんです。ありがとう」
「へっ? ……は、はい。わ、私は『ミーナ』です。姉です……」
俺はレーナちゃんに紹介されたので気合を入れて立ち上がった。背丈は高めかな目線の高さにケモミミがある……。思わず名前を聞いてしまったが、お辞儀をして感謝の気持ちを伝えた。
こんな男にも会釈を返してくれる真面目さと聡明さを醸し出すのは細面と合っている切れ長の目ではないだろうか。当惑を思わせる眉も芯は残っている。
鋭利な印象が薄いのは柔らかい物腰だからだろう。それに血色が良いからかも。お名前は『ミーナ』ちゃん……さんって言いたいな。
突然、名前を聞いたから驚いているのかな?
「あはっ! お姉ちゃん照れてる~。えへへ~」
「な、なに言うの! わ、わたし照れてなんか……もう、お昼なの! お母さんも待っているから、帰るよ!」
照れてるのが図星だったのか……なんか可愛らしさも出てきちゃって反則だな。男慣れしていない清楚なお嬢さんって……素敵だ。
レーナちゃんの肩を軽く叩いたりなんかしてて、仲の良さは感じ取れる。それにくわえて美少女姉妹のお母さんか……。
非常に興味が湧いてくるのだが。
「お母さん待たせちゃダメだよね~。ごめんね~タカシさん」
「す、すいません。妹が、ご迷惑をおかけして……」
「迷惑だなんて、そんな事ありません。助けてもらってケロモモの木の事も教えてくれたんですよ。感謝しています……」
ミーナさんはレーナちゃんの頭を軽く押さえ一緒に頭を下げた。俺を助けた事は信じていないみたいだ。ベンチのレーナちゃんのお尻の辺りを払って挙げている。レーナちゃんの尻尾はワサワサと忙しなく動いていた。
美少女姉妹ともお別れか……残念だ。今は昼と言っていたから街に行くか……。
俺も昼飯どうしようかなあ、今夜からの事も何とか目処を立てたいな。
これからが不安だらけだけど良い出会いが出来たから良しとしよう。
「え~レーナ迷惑だった?」
「そんな事ないよ! 感謝してるよ、ありがとう。レーナちゃん」
「でしょ~。わたしのたちの家は『みかづきのほとり亭』って言うの宿屋なの~。泊まりに来てね~。えへへ~お話いっぱい聞かせて~」
なんですと! レーナちゃんの家は宿屋さん一家なんだ。また会える機会はありそうだから宿泊代とか聞いておくかな。
それにしても、この子は好奇心旺盛だな、ミーナさんと繋いだ手をブンブン振りながら話しかけてくる。
期待に答えられると良いんだけど。
「こら、そんな事いって、お母さんに叱られるんだから! 行くよ! し……し、失礼します」
「えーお母さん怒らないよー。代わりにお姉ちゃんが怒るんだもん! えへへ~」
……。
ミーナさんは、また会釈をして振り向き、来た道を歩き出した。尻尾は髪よりも色味が濃いのでレーナちゃんより細く見える。
言い合っていても、ふたりの尻尾の動きはゆったりしていてお互いを見合う横顔はとても穏やかだ。自然と俺は癒される。
「タカシさん! じゃあね~」
少し離れた所でレーナちゃんが振り向き手を挙げて別れの挨拶を送ってくれた。
「……じ、じゃあまたね! レーナちゃん! ミーナさん!」
俺は、それに答えて大振りの返礼をした。レーナちゃんは挙げていた手を口元に持っていき笑っていたようだ。ミーナさんは嗜めるように澄まし顔を向けたのち、俺に微笑んでくれた。
ふたりの背中が曲道の段差で隠れていく……その道は家に続いているのかな。
お母さんには今日の出来事をどのように伝えるのだろう。
ケモミミ姉妹のお母さん……に会うためにも金を稼ぐしか無いな!
あ、宿代いくらか聞くの忘れてた! また見てただけかよと独りごちる。
――――。
レーナちゃんに教えられた土手沿いの道を行く。大きな道に出ると馬車と出会いすれ違った。やはり中世ヨーロッパ風世界なのか……。
――……。
見えたぞ! 『ミガルツ』の街の入口だ。
お読み下さりありがとうございます。
ご意見、ご感想など頂けますとありがたいです。
よろしくお願いします。