第11話 労働者への御褒美だぞ!
「今日も頑張ろうじゃないか! 労働者諸君!!」
……。
「どうしたんだ? 突然?」
「う? あ……クロフさん。すいません」
「ああ、やる気があるのは良いんだがな……」
「アリガトウゴザイマス!」
一番乗りだと思って声を荒げたら、クロフさんがいた。背の高い人で目立つから居ないと思ったのに……恥ずかしい。
取り敢えず飯場に移動しメシを食わせて貰う事にする。朝昼にメシ食って良いと言われているからな! 特に朝は腹に何か入れなければ持たないんだからね!
しかし、相変わらずの硬いパン……は許すけど、スープの塩味がろくにないのがフザケンナだよ! 具は競争に負けてお察しの野菜クズだ。侘びしすぎて泣ける。
噂によると塩の価格が三ヶ月前から高騰しているみたい……。王家の専売品なのだそうだが有名無実化しているんだと。闇で七~八倍らしい、はた迷惑な話だ。
そして、始まる猫車押しの労働……。楽といえば楽なのだが……。見習い期間の仕事という事で、態度とか人格とかを見定めるって事なんでしょうか?
結局、行き交う労働者の噂話くらいしか面白味がなくてダレる。それも飽きた。そりゃ同じルートをループしているだけだからな。メンツが変わらないのだ。
――……。
グダる俺を解放したのは、昼飯の合図だった。猫車をいつもの場所に置き飯場へ行く。パン二個とスープを受取ってクロフさんの周囲に寄り聞き耳を立てる。
……。
どうやらこの世界の風俗は激安みたい……。いやいや『ミガルツ』の街は後発の開発都市で人口流入は激しいらしいのだ。統計的な物は無さそうだけど女性の方が人口は多い様相なんだと……。どこまで信じて良いものやら。
経済的には冒険者街に依存しているらしい。それから脱却するため南西側を開発し更に西側を農業開拓する計画なんだと。だが、ここの領主様は王国の政治闘争に御執心らしくて開発計画は滞りがちなんだそうだ……。人手不足の主因だなー。
それゆえ業を煮やしたナンザさんが『魔法使い』の投入を決定するそうなのだ!
なんだかメッチャ高給取りらしくて俺らの日当は下がるだと! 確実なんだと!
魔法使いの土木工事を見られると感激したのに本末転倒である。明日は午後から仕事に決定だ。冒険者組合に言って登録しよう! そうか、魔法は金になるのか。いやいや、勢いだけで即断はいかんな。あわてるナニはなんとやらだ。
…………。
さてさて、午後の仕事が始まった。猫車を上の空で押しつつ今後の事を考える。やはり魔法で金を稼ぐなら、ワンクッション置いた方が望ましいだろう。
高給が取れると言う事は希少性が高くて煩わしさも多い筈だからな。
それに、冒険者みたいなのは危険がありすぎる。魔法で『回復』『解毒』やらがあってもソロで行けるほど甘くはないだろう。朝のおねいさんたち見りゃ分かる。
信頼できる仲間もいないし、できる気がしないよ。
生産系もチートで物が作れても流通販売ルートがないと換金できない。商売人は利用価値があると認めれば必要以上に喰い物にしてくるだろう。それが商売人だ。貴族も想定が困難だ。独裁者みたいな傍若無人なイメージしかないからだが……。
詰まる所、如何にリスクヘッジをするかなんだよな……。それと、時間をかけてコツコツ信用できる人間関係を築くと……ウッハウハは遠いのう。
――――……。
午後の仕事も終了した。傷だらけのおっさんと同じやり取りをして銀貨十一枚を手に入れた。クロフさんに明日は午後から来ますと伝えると苦い顔をされたが了承してくれた。帰りの馬車でも考えたが、知識、情報不足でアイデアが浮かばない。
……――。
夕闇から帳が降りる頃にポツポツリと魔道具の明かりが灯る。
幻想的な異世界の夜は地を浚う現実を伴っていて遠い元世界と地続きなのかな。
『みかづきのほとり亭』のみんなに早く会いたいな……。
――……。
まあ晩御飯をみんなと食べてからまた考えよう……。フィーアさんの所に寄って服を受け取るために途中下車した。石盤とお土産の果物も買わなくちゃだな。
……。
交差点の南東側広場に来た。昨日より早めの時間だから露店も営業中の所が多く人出も残っていて、とても賑やかだ。フィーアさんの衣料品店が見えて来たぞ。
露店とはいえ造りもしっかりしていて大きい所だ。……普通の店舗を構えないのだろうか? エルフだからってのも関係しているのかな? 入口の若い店員さんに怪訝な顔をされましたが……。いかがわしい関係ではないです、と言いたい。
「すいません。フィーアさんはいらっしゃいますか?」
「お待ちください」
素っ気無い……エルフの女性店員さんは、いぶかしがりながら店の奥に消えた。これだと紹介されても即行でお断りされるな……。みんな美人さんだからつらい。
「タカシさん! 来てくれたのね! 嬉しい……」
「フィ、フィーアさん! 店内! お店の中ですから!!」
「……行きましょ。中より奥に。内より深く奥に! もっと!」
「オジャマイタシマス!」
今日のフィーアさんは昨日のパンツスタイルではなくてブルーのロングドレスを着ていた。スリット深いな、どこのキャバ嬢だよ! 腕を絡め取るな! 胸に誘導しないで……切ない。別に横に座らんでも良いだろ! もういいや……。
「……フィーアさん。今日は一段とお綺麗ですけど、これからお出かけですか?」
「タカシさんが来るから張り切ったの……どうかしら? 色の深いのはお好み?」
太腿を擦りながら密着度を高められると困るなあ……。それに、何か良い匂いがするけど……。これからみんなと晩御飯食べるのに匂い残っちゃう。
「……とても艶やかで素敵ですよ!」
「ふふ、タカシさん。お上手ね……」
腰に手を回されて……腰骨なぞるの止めて欲しい。今日のフィーアさんは冗談にしてもきついなあ。話題転換をしないとペースを持っていかれてしまう。
「正直に思ったままですよ! それよりお酒の店を教えてくれませんか?」
「ごめんなさい……あたし、お酒ダメなの……。タカシさんはお強いの?」
「人並みですよ、それほど強くはありません、って売ってる方ので願います!」
「あとで店の娘に聞いてね、詳しくないの。でも飲んでる姿を見るのは好きよ」
今度は脇腹から脇の下を撫で始めたんですけど……ボディタッチが激しすぎて、なにやら不自然な気がするね……。なにか目的があるのだろうけど……。
「そうしますね……。ところで服の方は準備して頂けましたか?」
「大丈夫……。タカシさんの身体に合わせてあるわ、それに……」
残りの服は用意していてくれた。それと綿シャツとパンツも付けてくれるというけれど……あきらかにサービス過剰でないかね。魔道具も買ってくれたしな……。
あのスーツにそんな価値があったのだろうか?
「フィーアさん。いろいろと良くしてくれますけど……なぜなんですか?」
「……あたしがタカシさんを気に入った……って言うのじゃ駄目かしら?」
「そりゃ嬉しいですけど……」
「……もっと密な関係になれば、お話し出来る事も増えると思うわ……」
俺の胸に顔を埋めていて表情が読めない……。まだ何かあると思われている……なら最大限のリターンを得るべきだろう。甘えまくりの痴れ者で行きますかね。
面倒な事になったかも。俺はフィーアさんの開かれた背中をなぞりながら囁く。
「ですけど、フィーアさん。あなた人妻ですよ。俺も好きな人がいるけれど……」
「……ぁ。あ、あたしは女を捨ててないよ……。恋……。……いつでもしたいの」
フィーアさんの妖艶な声が胸板を伝い流れていた。俺は腰を駆け抜け剥き出しの太腿に汗を舐めさせ手を滑らす。そして、横長の耳に這わすように呟く。
「どこまでの恋なんですか? 俺、止まらないと思いますけど……」
「ぁ……ぅん、ひっ……ぃ、こ、こわいわね……そんなヒトに見えないのに」
「こんなヒトなんです。フィーア……服だけが欲しかったんじゃないんだね」
俺は上気した太腿から更に熱を帯びた臍下を目指す。フィーアは、のぼせ上がる耳を撫で払い、引いた薄紅も隠れてしまった唇で歌う。
「……タカシ……さ、ん。……ぅ、うん。ほ、欲しいよ……タカシ。欲しいの」
「………………フィーア…………」
あれ? これ? 俺やっちゃいました? って奴……。ハニトラじゃないの? フィーアさん……。数少ない経験からマジで恋する顔に見えるんですが。ええー?
どどどど、どうしたら良いのかな? 来る来る来た来た。異世界ファーストキスがががが……。……まあ初めてがエルフの美人お姉さんなら良いんじゃないかな。
……。……。
「「「オーナあああ、いい加減にしてくださいよおおお」」」
「「あばばばばば」」
……――――。
酷い店員さん……ずっと見てたのね……最高のタイミングで突っ込みよる……。
フィーアさんは腑抜けた顔で、天幕を見ているな……。今度はもっとムードのある場所で……ですね。分かります。
俺はフィーアさんの肩を叩いて露店を出る。上目づかいで『……また来て』と。店員さんとは普通に喋れて、お酒と石盤を売っている露店を教えて貰えたけれど、友達にはなれんだろうな。距離感が半端なかったぞ!
◇ ◇ ◇ ◇
まず石盤を売っている露店に向かった。そこは石盤ひとつ銀貨一枚だったので、二個を購入。石筆一本が小銅棒一本。四本買うと銀貨一枚。なので四本購入した。大銅棒は小銅棒二本。残りの銀貨は……十二枚だ。
次にお酒の露店に行く。やはりワインが主流のようだな……。ビールもあるけど樽売か、蒸留酒の類が見当たらない。鉱人いるのに変じゃん。ここにはないだけ?
昔に転移者がいたっぽいから作ってそうだけどなー普及させとけよ。取り敢えず赤ワインを値段買いした。一本銀貨五枚の品だ! 残り銀貨は七枚。
それから、果物を探すために生鮮食品の露店に来ましたよ『スクレ』以外の果物だと野いちごみたいのしかなかった。他に何かないかなと物色したんだが、塩味がする葉っぱとか面白そうな物があった。しかし、凄い高くて一葉銀貨二枚もする。全員分は……小さいから半分ずつってのもなあ……。ちょいと無理ですね……。
王家のボンクラども何とかしろ! と内心で叫びながら『スクレ』を購入した。六個で銀貨一枚だった……そんなに高くなかった。残り銀貨は六枚。
魔道具の値段が気になるので扱っている露店に行った。ここは生活用だけみたいだ。武器やらの類は北東の冒険者街に怪しい店がたくさんあったな。
フィーアさんが買ってくれた照明や時計の魔道具は、それぞれ銀貨十枚くらいで思っていたより安かった。装飾が派手になると高くなるね。
店の一角に魔道具が山積みになっていたので、その中からひとつを取ってみた。どうやら壊れてしまった照明の魔道具みたいだ。
ふと、修理できないかな? と閃いたので『解析』と念じてみた。そうすると、回路図? 数式? みたいなイメージが流れ込んで来た……サッパリ分からん!
でもなにか切れていてはいけない所が切れているような……。試しに『再構築』と、内心で呟くと『魔術式最適化……完了。予備領域……確保成功。魔術式再構築
……完了。要検証』ときました! これは……凄い! もしかして修理できたの?
よっしゃ! 点灯と念じてみたが……光らない……。ああそうか! 電池切れと一緒で魔力切れなんだな、と盛り上がっていると店の人が文句を言いに来た。
「おいおい兄さん。さっきからブツブツ何してんだ!」
「い、いやね、ここにある壊れた魔道具ってどうするの?」
「あ? そこにあるのは修理するより新品の方が安いから廃棄するんだ。直せると思うなよ? 素人は論外で普通の魔導士でも無理だからな!」
「へえー。じゃあ何個か貰っていっても良い? 銀貨二枚くらいなら出すけど!」
「はあ? 無理だって言ってんのに馬鹿かお前? まぁいい銀貨二枚で好きなだけ持ってけよ! がははははは」
なんかムカついたので直せるのだけ貰って行く事にした……。何度か試すと修理ではなくて既存の術式を最適化して再構築するみたいで、予備領域が無いと再構築できないって事のようだ。からくりが分かると簡単だ。
照明用が六個、時計が二個、でかいライターみたいの三個がいかせそう。そしてこれが価値ある一品となる、湯沸かし用の石型魔道具だ! しかも二個いけそう。トゥです。風呂が実現できます! あとは魔力の充填だ。
店のおっさんに銀貨二枚を渡して袋を要求する! 俺もおっさんも笑顔である。残り銀貨は四枚。店から離れ人混みを避けた空き地に佇む……俺、アヤシイかな。
魔道具からバッテリーみたいのをブッコ抜きして握りしめる……『解析』……『魔力集積層……三十層使用可。残量〇』
よし! イメージだ……充電式電池みたいに……。魔力集積三十層に魔力充填。そして、魔力が満タンになったイメージが返って来た。
もう一回『解析』……『魔力集積層……三十層使用可。残量九十九』やったぞ!
ライターみたいのに使ってみる『点火』……先端から火が出た! 凄いなこれ。
さっそく残りの物も魔力充填を行い一個だけが駄目だったけど上手くいったわ。
これは大儲けが出来たと『みかづきのほとり亭』に向かう。
少し時間オーバーしちゃいそうだ。でもお風呂に入れる……風呂場あるのかな?
なくてもお湯が簡単に沸かせるから、みんなも喜んでくれるはずだ!
――……。
予想外の買物で荷物が多いし大変だ。……マリィさんのお料理を早く食べたい。お酒は飲めるのかな? マリィさん。ミーナとレーナもお手伝いしたのかな?
『みかづきのほとり亭』に明かりが灯っている。始めて来た時は暗くて寂しい所だったのに、今は俺の帰りを待ってくれている。気持ちがどんどん暖かくなる。
……。
「タカナカタカシ! 二十八歳! ただいま帰ってまいりました!!」
お読み下さりありがとうございます。
ご意見、ご感想など頂けますとありがたいです。
よろしくお願いします。