18 足止め
リーリエが勇者達と模擬戦?をしてから数日僕達は絶え間なく監視を続けている
彼らはリーリエの忠告通り円卓から進路を変えダンジョンに潜っている
Cランクダンジョン 主に罠や変幻自在の攻撃を行ってくる魔物や数体で1体の魔物など変わった魔物が跋扈する神経系を鍛える事に主軸が置いてあるダンジョンだ
急な気候変動や地形変動 気温の変化や急な昼夜逆転 感覚を狂わせる環境の変化が逐一起こり 如何に殺気と違和感と気配を掴めるか実力がものを言うダンジョンだ さらに下層へ降りれば降りるほど環境の変化のパターンが増え最下層付近では瞬きした瞬間洞窟から森 森から洞窟 洞窟から砂漠 他にも街や沼地などダンジョン自体の構造が一瞬で変わるという特殊性まである
そんなダンジョンに潜っている彼らだが目の前のモニターから見れば見事に翻弄されているではないか
触手の足を持つバインドスパイダーの変幻自在の攻撃は後衛まで巻き込み触手を切り落とそうと躍起になって敵から注意を逸らすという円卓にいる者から見れば嘲笑の的だ
そんな彼らを観察もとい監視している僕は今一人寂しくCランクダンジョン上空14000メートルで停止しているベルセルクの中だ アリサは衛星軌道上に配置されている衛星軌道掃射砲レイフォースから バグルスは自前の探知機能で4番機の反応を探りリーリエは勇者御一行を尾行している
ん?何故ダンジョンの内部をモニターで見れるかって?簡単だよ僕の契約精霊兼従者である最上位精霊に渡した今朝自作した眼鏡型アーティファクトから映像を送ってもらっているからさ
最上位精霊は完全な生物の体を実体化することができる精霊の格で最上位の中でも格上が人型 格下が動物の姿を取っている 尚姿は完全に趣味や好みで変化するのでロリっ子でも色女でも同じ格上になる
精霊王によれば人型は取れても男性の姿を取れる者はいないそうだ 精霊は皆女の子唯一男性の姿を取れる精霊王の悪意のような物が感じ取れるのは気のせいだろうか...
『ミスト様ただいま第4階層を突破しましたわ 中ボスですがどの程度参加するのがよいでしょうか?』
「いままで通り援護だけでいいんじゃないかな 彼らも自分で戦うことを望んでいるし」
『了解しましたわ それでは結果を後ほど報告いたします』
モニターの横にあるスピーカーから凛々しくも愛しさが湧いてくる声が響く
刺鎖精霊ミドヴィア
青みがかかった長い銀髪にその華奢な姿からは歴戦の勇士に似た威圧感を醸し出し その糸目から覗く金眼が強者の風格に箔をかけている その身を包むのは青と白を基準とした服に胴部のない装甲 その背中には長い銀髪を掻き分け彼女の身の丈ほどもあるブースターウェポンユニットが装備されている
今ミドヴィアには偽装した僕のギルドカードを使って冒険者のフリをして勇者達の監視兼腕慣らしとしてパーティーに参加してもらっている 最初は僕自ら出向こうとしたのだけど『これでも私レヴィの最初の契約精霊ですのよ?他の精霊達もそうですけどこうも出番が少ないと皆存在意義を無くしてしまいますわ!』と言われてしまったので急遽白色の眼鏡型アーティファクトを制作して彼女に行かせたのだ
...忘れてた訳じゃないよ?可愛い彼女達に苦労をかけたくないだけだよ?...でも頼んだ時の笑顔で喜ぶ様子を見せられたからにはこれからは少し頼るとしよう...
うっふふふふふふ ニシシシシ っふ .....
どうやら残りの4体にも聞かれてしまったようだ...これからいろいろ考えなくては...
現在勇者御一行は女子2人を後衛 ミドヴィアを中衛 男3人を前衛に1人が遊撃といった陣形を組んでいる
女子の2人の魔法は精度が高いが魔力の放出 収縮 発射までの過程が長い 恐らく地球では魔術師と呼ばれる魔法とはまた違った原理を用いる存在だったと思わせる動きだ しかしトリッキーなCランクダンジョンでは速さが大事なのであまり役に立ててない様子
男3人特に巨体の男は剣筋がいいのだが剣の重さのせいで思い通りに動けていない様子
遊撃の男?は正直男に見えにくい だが雑魚を相手する時間や加減 視野の広さは素晴らしい
個々で評価すればC超えもあるだろうが全体で言えばぶっちゃけDランク相当だろう 個々の能力が突出しすぎているせいで逆に連携が取れていないのだ これなら個人個人で動いた方がマシである
未だ勇者御一行が倒れないのはミドヴィアの力量と重力制御で動く鎖による援護と牽制による敵の攻撃の阻止だ 肩の装甲と腰のサイドスカートから伸びる鎖に大剣 槍 刀 戦鎚の4つそれぞれを取り付けたなかなか凶悪な武装だ 鎖は防具に付与されている【ウェポンズコピニング】によって魔力ある限り無限に伸び続け特に鎖やワイヤーの操作を大の得意としているミドヴィアに装備させているので阻害という意味では厄介極まりない
さらに鎖には神代アーティファクトの武器をそれぞれ取り付けているので厄介どころか凶悪になっている
破衝大剣''エルブレス'' 絶穿淵槍''ランカスター'' 一刀修羅''白拍子'' 波状城鎚''マッシャー''
鋭利な衝撃を放つ大剣 圧倒的な加速で貫く槍 舞の様で修羅の如く断ち切る刀 理不尽な衝撃波で全て潰す鎚
それが空中を飛び地面を跳ね鷲の如く襲いかかる 1個あるだけで過剰戦力な武器が中央無尽に4つもミドヴィアを起点に飛び交い雑魚を殲滅し敵将を鈍らせる いくら味方といえどこれがあと背部のウェポンユニットに4つ 肘に2つ スカート裏に2つ ブーツに2つ 計10本も残っているのだから恐ろしいったらありゃしない
━━━僕がそうした張本人という事は目を瞑ってほしい...
で
護衛など護ることに長けた騎士精霊と同等の圧倒的集中力を持って焦れったい戦闘を精神的な意味で耐えたミドヴィアはすぐさま甘味で糖分補給 彼女曰く『確かにお腹は好きませんが疲れは出ますので甘い物は必要なのですわ!』とのことだ 生物を模倣した体を持つ最上位精霊特有の悩みらしい 特に人型
今も満面の笑みを浮かべながらダンジョンの中なのに俗に空間魔法と呼ばれている魔力で生成された空間から取り出したケーキを食べている うん絶対甘い物が好きなだけだこれ
今は油断しているのか女の子座りで眼は中途半端に見開かれ庇護欲を刺激する姿勢のままケーキの甘みで笑顔を振りまいている
そんな美少女な彼女の満面の笑みは勇者御一行の遊撃役以外の3人にドストライクしているのか少し顔を赤くしてミドヴィアを見ている 僕の忠け...契約精霊兼従者だから渡さないからね?
『やはり体調を崩す者が多いようですわ 冒険者でありながらこの様ではこの先やっていけるか不満しか...』
「そのダンジョンは特に酷いからね 環境が逐一変化するから体調管理を怠ったら死亡ルート一直線だよ」
ダンジョン内の次層に続く階段の手前にあるセーフティーエリアでは環境の変化で体調を崩す者が続出しているのだ 今もミドヴィアの真横を腹を壊したのか屈強な男がダンジョンでは珍しいトイレに直行していた
地殻変動はその地域の特徴を忠実に再現しているので平地から山岳に変化した場合急な気圧変化で高山病に陥ったり 熱帯から冷帯さらに熱帯へと変化するのが多いので特に腹を壊す者が多い 現に勇者御一行は全員荷物を置いてトイレに直行したほどだ 不用心にも程があるだろうに...
『お?そこの銀髪の姉ちゃん沢山荷物持ってんな 少し分けてくれよ』
『そんだけ持ってれば重いだろ?俺達と一緒に行けば楽だぜ?』
ミドヴィアの美貌と見るからに質のいい勇者御一行の装備目当てに近寄る薄汚いのが現れるのはもう何度目か...
『生憎お腹を壊した仲間から託されているのでお渡し出来ませんの どうしてもと言うのなら...勝者の権限を取得なされてはいかがです?』
『そ...そうか ちょっと用事を思い出したから断らせてもらうぜ...へっへへ...』
『そ...そうだな!さっさと片付けないとな!』
「ミトは相変わらずだねぇ...もうちょっと優しくしてあげたらどうだい?...いやミトにまで目を付けてたから半殺しでいいでしょ」
『私を大事に思ってくれるのは嬉しいですけどこれでも精霊ですのよ?それに手っ取り早く終わるなら威圧で黙らせた方が楽ですわ』
そうだね それが手っ取り早いよね だが僕はミドヴィアがまだ下位精霊の頃からずっと一緒だったから親馬鹿的なあれで手を出されてなくても半殺しでor瀕死で済ませたくなってしまうんだ!!!
『そ...そうでしたの...でもそれだけ私を大事に思ってくれてるということでですわよね?ふふっふふふ』
「あれ?心の声漏れてた?あとそこで悶えないで周りから変な目で見られてるから...」
周りから見れば目に見えない誰かと話しててコロコロ表情を変えるという残念な人と思わせるような光景を繰り広げていたとミドヴィアが気づいた時には時すでに遅し だいぶ距離が置かれていた
それから数十分たって腸の激流を耐えて戻ってきた勇者御一行と攻略を再開して数時間 夕食時となり最下層入口のセーフティーエリアで夕食を食べていた時それは起きた
『...む?アカリなんだかダンジョンの様子がおかしくありませんこと?』
『そうかしら?特に何も感じないわよ』
「まずい!ミト極限環境変化 極海だ!全員に耐寒装備を着せろ最悪水中移動だ耐寒系の魔法を全員にかけろ!」
『...っ!汝らの身に宿れ 赤き熱【エンチャントフレイム】!』
『アッツ!ちょっ何すんのさミドヴィアさッムィ!今度はなん...だよこれ...』
『数年に1度だけの環境変化の最難関 極限環境変化ですわ 身が一瞬で凍るほどの低温の極海 そこにいるだけで蒸発する獄界 2つを合わせた凍獄の3種類が確認されてますわ これはセーフティーエリアの特性をも貫通する完全な初見殺し 今回は極海なので皆さんの防具に最小限の【エンチャントフレイム】を使用しましたの 周りを見れば分かると思いますが...そういう事ですわ』
『周り?ん...っ!?』
Cランクダンジョン最下層で最も珍しい環境変化 その作用はセーフティーエリアですら貫通するのだ 現に極海という絶対零度の世界で防寒準備をしていなかった者は全員氷漬けになっている 休憩のために眠っていた者 酒に酔っていた者も 仲良く談笑する者も 自慢の得物の手入れしていた者も 賭けをしていた者も 今から出発しようと足を進めようとした者も 誰もが平等に氷漬け こうなってしまえば助かる術はない
『なんだよ...ホントなんなんだこれ...』
『えげつないよ...』
『晶見てくれこの肌を...死ぬ光景に耐性ある筈なのに鳥肌立ってるぜ...?』
『や...やっぱりゆー君と私は相性抜群だね!私も鳥肌立ってるのよ...』
『ミドヴィア...さん?俺達はどうして氷漬けにならないんだ...?』
『サァァァァムゥゥゥゥイ!!!』
『純銅ちょっと黙ってろ』
グキっ!...キュ〜...
『あっちょスマン純銅!誰かメディック!メディィィィィィック!!』
数分ぐだぐだな会話を続けていた勇者一行は徐々に落ち着きを見せ一斉に黙ったかと思えば同時にミドヴィアに視線を向けてくる いつもならふざけた感じの視線なのだが今回は状況が状況なので真剣な眼差しである
『ようやく落ち着きましたのね やっと今後の事を話し合えますわ』
『『『『『っう』』』』』
『今は極限環境変化 今までの環境変化とは一味どころか全てが違いますわ 全てが最難関 かの一騎当千のSランクですら下手をすれば一瞬で死ぬ環境ですの 今最善なのは防寒対策を万全とし体調を崩さないようしっかり体調管理をすることそしてこのセーフティーエリアから1歩も動かない事ですわ』
皆状況とセーフティーエリアの特性をしっかり理解しているので反論はなし 技術はないにしても理解力と判断力は人一倍ある頼もしい者達だ
「ミト計算結果が出た 次の変化は草原時間は3時間だよ 変化したらすぐに出発してね数日前に極限環境変化があったらしい 数年に1度の極限環境変化がこうも短い感覚で起こるのは不自然だから何があるか分からない 恐らく外部からの力が働いているはずだ」
『了解しましたわ 変化後全速力で突破することに致します』
それから3時間ミドヴィア以外全員が寄り添い少ない手持ちで寒さと飢えを凌いだ一行は予想外の出来事で足を止められたのが癪に触ったのかミドヴィアが提案する前に全速力で最下層を突き進むのである